サワコの朝【篠原ともえ▽34歳になりました】 2014.02.22

(阿川)おはようございます。
阿川佐和子です。
今日のゲストはですねかつて奇抜なファッションとそして元気なこんな感じの女の子だったのがいつの間にかすっかり大人の女性になって今やファッションデザイナーとしても活躍してらっしゃるというこの方です。
タレントでファッションデザイナーでいらっしゃいます篠原ともえさんです。
どうもはじめまして。
まあ〜もう…。
「もう…」って初めてですけども。
はい!でもテレビではいつもなんかもう…元気〜!っていう人だった…。
あれがいくつぐらいの頃?あれは1718歳ですね。
高校生とか…。
今はもう30越えたんだって?はいそうなんです。
もう大人系です〜。
大人系です〜。
あんまり変わってないんじゃない?いやもうどんどん大人になってますよ。
大人になってるんですか?でこの衣装は…。
今日はちょっと私自分で手作りしたワンピースで。
自分で縫えるわけ?
(篠原)はい。
縫って自分で仕上げたミシンや手縫いで作ったワンピースで出来たてホヤホヤなんです。
なんかさっきまで縫ってた…。
そうなんですよ!
(ナレーション)今日のゲストは16歳の時に歌手デビュー。
底抜けに明るいキャラクターと個性的なファッションで人気を集めシノラーブームを巻き起こしました。
(篠原)シノラーっていうちゃんとしたポリシーがあるの。
それで私もね…。
(鶴瓶)シノラーってお前あれやろ?アムラーを…。
(篠原)そう!アムラーに対抗してシノラー!イエ〜イ!
(鶴瓶)絶対はやらへん。
何?はやるもん!でね…。
当時の活躍を今振り返ると…。
しかし20代に入ると見えない壁にぶつかったという篠原さん。
それではまず記憶の中で今でもきらめく一曲を選んでいただきたいのですが。
私が選んだ曲はユニコーンの「雪が降る町」です。
ユニコーンっていうのは奥田民生さん?そうです。
バンドの。
それはいつごろ?あの…私が中学生の時にもう大好きでユニコーン。
あの〜私軽音部に入ってたんですね中学生の時に。
軽音部っていうのは…。
楽器を弾いて…。
ユニコーンの「雪が降る町」をカバーしていたんですね。
でその時に中学校3年生を送る会みたいな会でユニコーンの「雪が降る町」を歌ってでその日に雪が降ったんですよ。
おお〜!ほんとに。
だからなんか…。
運命的な?そう歌の力を信じるきっかけになった曲なんですよね。
ああ〜なんか懐かしいです。
私ジーンとしちゃって今。
泣いちゃうあははっ。
いやなんか中学時代がすごいフラッシュバックして。
もうほんとユニコーンに憧れて。
ギターボーカルって格好いいなと思ってギター習って。
こうコードを押さえて歌って…っていう物語が今…。
一途に切なく?はいよみがえってきました。
ロマンチックでしたね。
あと放送委員会だったりしたのでそこで自分の好きな曲それこそ「雪が降る町」もかけたりですとかあとナレーションもすごく好きで。
へえ〜!どんなナレーションをしたんですか?「本日は皆さんお昼休みにようこそ篠原の世界へ」みたいななんか勝手に…。
自分の番組ができて…。
勝手に自分の番組みたいにして「今日の1曲目は篠原の大好きなユニコーンです」って言ってかけて…。
DJやってたんですか?
(篠原)DJみたいなのもやっていてでしかも小中学生の時から人前に出るのがすごく好きだったんですよね。
へえ〜。
篠原さんはお寿司屋さんのお嬢さん?
(篠原)はいそうなんです。
なんですって?はい。
お父さんが寿司職人で母がこう…お客さんに対応したりとか出前したりとかしてて私は看板娘っていう感じで。
看板娘。
いくつの時からお店に出てたんですか?幼稚園の時とかも「ただいま〜」って言ったらもう両親もいる所にお客さんがいて「あっいらっしゃいませ!」みたいな。
「遊んでください!」みたいな感じでお隣座って遊んでもらったりとか。
お隣座って?ふふふっ。
ちょっとこう…偉いっぽい方とかには「社長!」みたいな感じで懐いて「わあ〜遊びましょう!」みたいな感じで。
あらま〜へえ〜。
(篠原)はい。
だからなんかこう…全然大人が怖くなかったり物怖じしない性格は…。
その時に鍛えられて?お寿司屋さんのおかげだっていうふうに思いますね。

(夫)もしもし?準備できてる?
(妻)見てるよ。
見てる見てる。
じゃあ今からやるよ。
停止と。
(エアコンの停止音)ピー。
(ナレーター)パナソニックのエアコンはスマホを使って外出先から消すことができます。
消えた消えた!あぁそう!今度駅前でやってみましょうよ。
もしもし?お父さんつけてみて!さらに温度や風の量まで調節してエアコンをつけることもできます。
よし。
(エアコンの作動音)ピッ。
ついたよついたよ!ついた!?あぁそうかぁ。
よかったよかった〜。
お父さんちょっとお願いがあるんだけど。
買い物!?どうせそこまで行ったんだから。
ねっ!賢く使ってエアコンをもっと快適に。
もっとエコに。
デビューしたのが…。
16歳です。
ちょうど高校生のとき。
ご両親はそういう芸能界に出るとか歌手になるっていうことについては反対だとか…。
応援してくれましたね。
もうこの子はそっちねっていう感じだったのかしら。
頑張ってっていう感じで。
でももう一時期一気にだってテレビで人気者になってどこのチャンネル見てもシノラーがいるっていう時代があったじゃないですか。
ちょっとそのVTRがねあるらしいんで。

(篠原・スタジオ)これ高校生のときです。
16歳でデビューするや瞬く間に人気を集めシノラーブームを巻き起こした篠原さん。
その突き抜けたキャラクターが受けバラエティ番組でも引っ張りだこに。
あっぴったり!シノラーですよ!きゃあ〜!・抜け出せ飛び出せきたぜウェィキウェィキ・底抜けやる気センセーションきゃあ〜!やかましいな。
大物タレントを前にしてもまったくひるまず…。
(和田)誰?
(笑い)1年間で200本以上の番組に出演していました。
うわ〜シノラーだ〜。
あははっ。
シノラーでしたね。
もう仕事とは思えないですよね?そうですね。
自由奔放になんかテレビの前で生きてたみたいな感じで。
もうあのときはほんとに夢が叶ってる瞬間なんですよ一瞬一瞬が。
なんかこう嬉しいが抑えられなくって。
へえ〜。
緊張するとかなかったんですか?緊張はあんまりなかったですね。
だってアッコさんなんてみんなだいたい怖がるよ普通。
いやでも仲よくしよう!っていう気持ちの方が大きくてもうどんなおしゃべりできるんだろうとか。
なんですか?ツタンカーメンって。
えっ!ツタンカーメンタイプだったんですよほんとに。
イケメンが。
その当時ある番組で吉田拓郎さんにすごい苦手がられてて「篠原がいるんだったら番組のレギュラー降りる」っていうぐらいすごい嫌われちゃってたんですよ。
ほんとに?ほんとに嫌われちゃってて。
もうなんかうるさい子が嫌だって言っていて。
同じ楽屋にも入れてもらえなかったんですもん。
みんなの待合室があってそこに篠原が行くと機嫌が悪くなっちゃうから篠原なんか椅子置き場みたいなとこにずっとこうやって隠れて…。
そんなことまでされて?はい。
えっ嫌われてると思ったときにへこんだりしないの?いやさすがにびっくりしましたけどもう好き好き好きって伝えてれば絶対通じると思ったんですよ。
そしたら拓郎さんあるときに楽屋で「あれ?篠原は?ちょっと呼んできて」って。
「でも篠原いるとお嫌なんですよね?」ってスタッフの方が言ったら「あいつはいるとうるさいんだけどいないとさみしいんだよな」とか言って。
おお〜グッときますね。
「連れてこい」ってお呼ばれして。
それからもうすごく懐いて私も。
そのなんていうの…めげない心はどこから生まれてるんですか?やっぱお寿司屋さんで鍛えられたんですかね。
あははっ。
でもああいうテンションの高いっていうか…最初は楽しくてもだんだんだんだんちょっと怖さが出てきたりなんとなくだんだん疲れてくるとかそういうことはなかったんですか?なんか逆に年齢を重ねて20代とかになってくるとこう周りの大人の皆さんが「そろそろ篠原路線変更した方がいいんじゃないか」みたいなのをジワジワ会議なさってるんです。
でも私それがなんかすごい悲しくて私はずっと明るいままがよかったんですよね元気をプレゼントする篠原がよかったんだけれどもなんかこうだんだんと来るお仕事も女優さんのお仕事とか舞台のお仕事とか…。
それはじゃあ篠原さん自身の意思じゃなくて事務所の方針が勝手にどんどん大人っぽく変えられてった?変えようとしてたんですけどすごいそれが恥ずかしかったんですよね。
嫌だった?嫌でした。
もうだってそんな穏やかな篠原を見せてもそんな誰も…。
誰が望んでいるんだろうかと。
そんな篠原誰もきっと好きじゃないよっていうふうにもうず〜っと思ってたんです。
それででもそういう篠原さんがテレビのレギュラーからはだんだんだんだん姿を消したときにねそれこそあっ篠原どこいったの?って一般の人たちはみんな思ってた時期があると思うんです。
(篠原)そのときはなんか今はやっぱり勉強する時間なのかなっていうふうに思ってすごい勉強しましたね。
ボイストレーニングにすごい通ったりですとかお着物習ったり日本舞踊習ったりお茶習ったりお花習ったりとか。
随分沢山いろんなこと。
なんかほんと…。
ダンス習ったりコンテンポラリーも覚えたりとか結構習い事を沢山しながらお仕事もあったので舞台ですとかライブですとかそういうのを一つ一つ丁寧になんか学んでいく時間でもありましたね。

(西島)乗ります。
どうも…おっと。
(女性)いっぱいですね。
そうスゴイんですよ。
えっ?ウチの新しい冷蔵庫。
はぁ…。
収納量の変化を光で見分けて節電するんです。
しかもドアがピッカピカですっごくオシャレなんですよ!へー…。
(エレベーターのチャイム音)
(ナレーター)エコナビにフルフラットガラスドア。
今どきの冷蔵庫には驚きですよ。

(部下)ステキな所ですね!部長。
私恋に落ちちゃうかも。
(西島)落ちる?…はい。
そう。
よく落ちるんだよウチの食洗機。
…はい?こんなしつこい油汚れも70度のお湯で洗うからしっかり落ちる。
その上除菌するんだ。
いいね。
しかも!手で洗うより断然節水できるんだよ。
(ナレーター)エコナビにバイオパワー除菌。
今どきの食洗機には驚きだよ。
(シャッター音)・『愛は勝つ』
(娘)・「心配ないからね」・「君の想いが誰かに届く…」
(ナレーター)リフォームで始める太陽光発電。
パナソニックは太陽から電気をつくるだけでなく節電しながら上手に使うたくさんの知恵や工夫をお届けします。
パナソニックリフォーム。
パナソニックだからできるリフォームがあります。
ショウルームへどうぞ。
その〜きゃぴきゃぴ元気なシノラーっていうイメージもそうだけどもやっぱりファッショナブルっていうかそういうのにも憧れるファンは多かったでしょ?
(篠原)そうですね。
高校もデザイン科っていうのに所属していたので。
で大学は文化服装学院に入られたんですよね?お洋服の大学に。
あそこの文化服装学院っていうのは本当にデザイナーの登竜門というか。
(篠原)はい。
コシノジュンコさんも高田賢三さんもみんな出てるところでしょ?はい。
それはなんでそっちにいこうと思ったんですか?だってもうタレントとして少しずつ移行して女優さんとか舞台とか歌を歌うとかそれはそれなりにだって夢の延長でしょ?
(篠原)はい。
でも私はきっとデザイナーになるって思ってたんですシノラーのときも。
昔からそうだったんですか?もうちっちゃいときから…母が洋裁を結婚する前に習っていて小さいときのお洋服とかは…。
縫ったりミシンやったりするのは好きだったの?そうですね。
で母がこう作ってるのを見てちょっとまねっこして10歳ぐらいの頃にはお洋服作ってました。
へえ〜!じゃあそういう方のを大きくなったら…。
そうですね。
デザイナーにもなりたいなっていうふうに思ってて。
じゃあこのタレント生活は仮の姿っていう…。
でもどっちも叶えたいんです。
わがままだ。
だから夢を選べなかったんですよね。
もうタレントもやりたいしデザイナーもやりたいしイラストレーションもやりたいしでも女優さんもやってみたいし舞台に出るのも好きだしって…。
あっちもこっちも…。
あっちもこっちもって職業が選べないのが悩みでしたね。
まあ一度はそれだけ爆発的に人気になった女の子が地道に大学に通ってるとやっぱ人目に会うし勉強しようと思ってもこう雑音というか人の目とか…。
大学に行ってたときはほんとに…ほんとに私お洋服の勉強がしたくて通ってたんですけどやっぱキャラクターがキャラクターなので皆さんそういうふうに見てはくださらなかったんですよ。
あっそういう勉強をしてるのがほんとに真面目…本気なのか。
本気なんだろうかって分からない…。
タレントの片手間ねみたいな感じで?
(篠原)ですから先生もすごく厳しくて「卒業っていう名聞が欲しいから来たんじゃないの?」なんていじわるも言われて…。
もうそれはすっごいショックでした。
「ええ〜先生そんなことないです」って言ってもうその日から私授業のいちばん前で毎日授業出たんですよね。
ほんとに私は服を愛してるから服の勉強がしたいからこの大学に通ってるんだっていうのはやっぱ先生方とか生徒さんにも見せてこうと思って。
格好つけの為じゃないと。
(篠原)はい。
私は夢を叶える順序として必要だから大学に行くんだっていうのはすごく思ってたので…。
大学卒業後衣装デザイナーを夢見てこつこつと自分の衣装をデザインしてきた篠原さん。
その地道な努力が去年大きな成果を生みました。
そうそうユーミンの…松任谷由実さんのコンサートのときの衣装を託されたんですか?それはどういうきっかけで…。
それは松任谷由実さんのプロデューサーの松任谷正隆さんのラジオにお呼びいただいたんですよね。
「シノラーだったらユーミンにどんな衣装を着せたい?」っていうふうに…。
デザインの勉強してるって言ったら?あの〜お話されててもうその瞬間にバァ〜ってアイディアが浮かんで「例えばこう上がタイトで下がオーガンジーでで和の布で」とかバァ〜っとなんか興奮して具体的に言ったら「それおもしろそうだから今度ユーミンのをやってみる?」って。
ええ〜!その場で。
だから正隆さんの直感で大抜擢だったんですよ。
へえ〜!それでこれが篠原さんがデザインなさったユーミンさんの衣装。
(篠原)コンサート衣装です。
今も真っ最中なんですけれど…。
今真っ最中なんだ。
(篠原)はいそうですね。
ええ。
じゃあ一つずつご説明いただけますか?
(篠原)水がこう流れていくようなデザインをしたいなぁと思って。
ユーミンさんがまるでほんと人魚のように…。
水の精のような?
(篠原)そうなんです。
水から生まれているようなイメージをしたくて…。
でこちらはまた1950年代みたいな…。
(篠原)はい。
これは大人のユーミンと少女のようなユーミンっていうのを融合したものを演出で付けたいっていうふうにおっしゃってたので。
でこちらがまた…。
(篠原)はい。
これはデザイン画もすごく細かく描いて…。
デザイン画もあるんですよね。
(篠原)はい。
デザイン画の方は…これは篠原さんが自分で描いた…。
(篠原)はい。
篠原が描いて。
こういうデザイン画を最初に描くわけ?
(篠原)そうですそうです。
私が正隆さんの隣に座ってこういうのはどうでしょう?って何枚もその場で…。
その歌を歌ってる横で?
(篠原)ライブでデザイン画を提出していくんですよ。
何パターンも?もう何十枚何百枚です。
へえ〜!描いといてこれはどうでしょう?って言ってでこのパターンもありますしこのパターンもありますよってこうトレーシングペーパーに描いて何パターンもこうプレゼンするんですよね。
あっそっかそっか。
これはええ〜っとこれは長袖になってて…。
(篠原)でも長袖のバージョンもありますしスカートが付いてグローブが付いてるバージョンもありますよとかその場で何パターンかパッパッとお見せするんです。
で打ち合わせしていくんです。
へえ〜!でもこの松任谷さんのデザインをしたっていうことで周りはどうです?周りの反響は。
(篠原)反響は何よりユーミンさんと正隆さんがすごい喜んでくださって。
なんかそのときは無我夢中でデザインしてたんですけどなんかコンサートの帰り道にああ〜なんか夢が叶ったんだと思ってわんわんタクシーの中で泣きました。
へえ〜!じゃあ例えばユーミンさんじゃないあの人だったらこの人だったらっていうのはまた別のアイディアが…。
また別ですね。
その方の例えばお顔とか髪の毛の色とか見てこういうシルエットが合うんじゃないかっていうのはなんかその人と会ったら大抵こう…。
私なんかはどう?あのね〜ずっと思ってたんですけれど。
ええ〜っとねちょっと立っていただいて…。
えっ立って?あのね…。
私体形は駄目なのね。
でもね女性ってどんどんライン出した方がきれいなんですよ。
だって死ぬほど腕は太いし。
いやいやそんなことないです。
出した方がねきれいなんです。
脚短いし。
(篠原)ですから私ねまず…。
なんか急にデザイナーデザイナー篠原。
はい。
女性ってねここのラインを出した方がね…。
ここのラインでございますか?
(篠原)ここのラインを割と出さないんですよ女性って恥ずかしくて。
でもここを…。
だってここら辺むちむちしてる。
いやしてないの。
もうどんどん出していいんですよ。
私だったらデコルテ出します。
デコルテってなんですか?デコルテってねこの鎖骨辺り。
鎖骨あるかしら?いやありますあります!でここね角っとしたラインの服とか似合うはず。
丸じゃなくて。
丸じゃない方がいい?丸じゃなくて角っとしたラインが今似合うなっていう…。
なんかこの辺り見て思いましたね。
今日はデザイナーの篠原ともえさんにアドバイスを頂きました。
そうなんですよ。
なんかデザイン画描きたくなっちゃうぐらいなんか私その方を見てデザインするのすごい好きなんですよね。
でもそうデザインの仕事をしながらもあれでしょ?タレントの仕事も続けてらっしゃるわけでしょ舞台とかミュージカルとか。
はい今度も舞台…。
次の舞台は「ボクの妻と結婚してください。
」っていう舞台なんですけども。
そんときの衣装は?衣装はすごいカラフルってリクエストしてます。
でもそのときもデザイン画描きました。
自分で?役づくりはデザイン画から入るので。
はい?あの〜デザイン画を描いてこういうお洋服を着そうな女の子っていってまず役づくりするんです。
でそのデザイン画をやっぱお衣装さんがいてもこういうのをご用意いただけますか?っていう。
じゃああれね舞台も忙しいしどうですか?20代は今思ってみるとどんな時代でした?いろんな趣味があってもその趣味を全部好きでいてくれたと思うんですね過去の自分って。
で…なんかそれが今の夢に全部つながっているので20代の篠原にもありがとうって伝えたいですね。
へえ〜。
今後どんなことやりたいですか?
(篠原)最近なんですけど着物にすごく興味を持ちはじめて。
あるときに私のひいおばあちゃんのお着物をもらったんですよね。
ひいおばあちゃんからおばあちゃんに伝ってお母さんに伝わったものが来たの?ひ孫にお着物が届いたんです。
その運針がすっごいきれいだったんですよね。
でその運針見たときにちゃんともの作りに対して真摯な人だったんだなぁとか右袖が汚れてるからすごく働き者の人だったんだなぁとか。
あっそんなことまで分かったの。
なんかそこにまるでひいおばあちゃんがいるかのようになんか着物が生き生きしてたんですね。
自分がひ孫の代まで残せるものって何があるんだろうってすごく考えてみんなの気持ちの中でもいいんですけれどなんか残せるものをそれを今後作っていくのが目標ですね。
へえ〜。
どんどん大人になっていくんですね。
大人になっちゃいますね〜!はい。
では最後にもう一曲選んでいただいてると思いますが。
はい。
吉田拓郎さんの「全部だきしめて」です。
そっちか!はい!拓郎さんにユーミンさんのは報告はなさったんですか?報告したらふだんは篠原がもういくらメールしても全然返事なんて返ってこないんです。
でもユーミンさんのコンサートの衣装をやることになりましたっていうメールはすぐ返ってきて夢が叶ってよかったねって篠原の魅力がもう全力で叶うように応援してるからねっていうすごい熱い絵文字入りのメールを下さったんです。
絵文字入りなんですか?絵文字くれたんです。
ハートのこう動いてるみたいな。
えっ!?拓郎さ〜ん!って思って…。
拓郎さ〜ん!それはすごく嬉しかったですね。
へえ〜。
で実は「篠原ってこれから大人になってどういう人生を歩むんだと思います?」なんてちょっと相談したことあったんですよ。
12〜13年前ですかね。
そしたら「篠原はデザイナーだったらきっとなれるよ」っていうふうに。
そのときどう思ったんですか?「ええ〜!じゃあ自分の服いっぱいこうカラフルにしてこれからもいきますね」って言ったら「違う違う。
自分の持ってる想いっていうのは人にささげるものなんだ。
だから人に服を作ってあげなさい。
これからはどんどん」っていうふうにも言ってくださってたんですよね。
ちゃんと見ててくださったのね。
頼もしいお兄ちゃんのような存在ですか?はいそうですね。
こう…なんかこうすごく優しい言葉をかけてくださるみたいなタイプじゃないんですよね。
でもなんかキュッと私の心をつかむようなことをしてくださるんですよね。
だから私は勝手に仲間だと思ってるんですけど。
目が離せないんですねきっとね。
ええ〜!嬉しい。
拓郎さ〜ん見てます?早起きさんだから見てると思いますよ。
ほんと早起きさんなんですか?すんごい早起きなんです。
もう5時とか6時とかに。
なんかもうおじいちゃんだから…。
おじいちゃんになっちゃったのね。
ごめんなさい。
そう目が覚めちゃうみたいで。
きっと見てくださってると思います。
メールしてみます。
うん。
返事返ってくるかな?来ないと思います。
あっ今でも?2014/02/22(土) 07:30〜08:00
MBS毎日放送
サワコの朝[字]【篠原ともえ▽34歳になりました】

ゲスト・篠原ともえ/タレント▽“シノラー”でブレークした少女が『ユーミンコンサートツアー衣装』を担当!阿川佐和子がゲストの意外な側面や表情を引き出します。

詳細情報
番組内容
ゲストはタレントの篠原ともえ。10代のとき個性的なファッションで一大ブームを巻き起こし、ファッションデザイナーの勉強も。20代になるとライブや舞台に仕事の場を移していった。あるラジオ番組でユーミンのプロデューサーである松任谷正隆に衣装の構想を話したことがきっかけで、松任谷由実ことユーミンのコンサートツアー「POP CLASSICO」の衣装担当に!大人になり新たな魅力を開花させている篠原に阿川が迫る
出演者
【司会】
阿川佐和子
【ゲスト】
篠原ともえ(タレント)
制作
【製作】MBS TBS
【制作協力】TBSビジョン

ジャンル :
バラエティ – トークバラエティ
情報/ワイドショー – ファッション
福祉 – 文字(字幕)

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz

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