ETV特集「農の夢よ、よみがえれ〜若きビジネスマンと被災農家の1050日」 2014.02.22

まっすぐに延びる海岸線に緑の松林。
東日本大震災の前の年に撮影された宮城県亘理町の姿です。
1パック2,000円。
日本でも指折りの高級イチゴの産地でした。
震災から間もなく3年。
かつてイチゴの味を競い合った畑で農家たちはがれき拾いを続けています。
いつ打ち切られるか分からないアルバイトでなんとか生計を立ててきました。
そんな中自らの力で農業の再生に立ち上がった人たちがいます。
育てているのは津波をかぶった畑でも育つトマト。
その輪の中心に京都からやって来た若きビジネスマンがいました。
京都で農業ベンチャーの会社を起業し震災直後から被災地の支援を続けてきました。
国に頼らず自分たちの手でゼロから始めたトマト作り。
「不屈のトマト」と称賛を浴びました。
しかしその行く手には大きな壁が立ち塞がります。
(風雨の音)襲いかかる自然の猛威。
切ないなあ…。
もう全部腐ってる。
こんだけ赤くなってるのにな。
復興行政の遅れが招いた分裂の危機。
きつい思いして出てるのにそんな事言われた日には俺だってキレるわ。
あやつがやったような事やっど俺下手したら。
震災から3年。
「復興」を信じた西辻さんと農家たちに待っていたものとは…。
被災地の農業再生に懸ける日々を追いました。
去年東京で行われた「日本水大賞」。
(MC)受賞されますのはマイファーム亘理協同組合の皆さんです。
どうぞご登壇下さい。
表彰は日本水大賞委員会名誉総裁秋篠宮殿下より行われます。
(拍手)宮城県亘理で復興に取り組む農家と西辻さんが大賞を受賞しました。
水利施設もない土地でいち早く農業を再開した事が被災地に希望を与えたと評価されたのです。
汗かいてビショビショになった。
ああ大変だった。
震災以来3年にわたる西辻さんと農家たちの苦闘。
車がいっぱいまだ落ちてますね。
始まりは地震から半月後西辻さんが被災地を訪れたのがきっかけでした。
津波で失われた東北の農地。
西辻さんはそこに再び農の営みをよみがえらせたいと決意しました。
京都大学で土壌学を学んだ西辻一真さん。
2007年京都で農業ベンチャー「マイファーム」を起業します。
農業を諦め放置された「耕作放棄地」を再生し都会の人たち向けの体験農園としてよみがえらせる。
ビジネスは当たり創業4年で農園の数は60を超えます。
社長として全国を飛び回る忙しい日々。
そのさなかに震災が起こったのです。
西辻さんは津波をかぶった農地の塩を取り除き農業再開を支援する活動を東北各地で始めます。
OK終了で〜す!こっちのチーム早い!そんな中で出会い意気投合したのが齋藤正一さんたち亘理のイチゴ農家でした。
家も畑も失った農家たち。
その自立を助けたいと仕事の合間をぬって亘理に通う日々が始まります。
寒そうだ。
京都の服装で来たんでね薄いんですよ。
京都の服装は寒いですわ。
アハハハッ。
まず行きましょう。
すいません。
じゃあまた。
絶対に僕ねあれしますんでちょっと待ってて下さい。
西辻さんの提案で結成されたのが農事組合法人「マイファーム亘理」。
農家が集まって協同で生産を行う組合です。
ビニールハウスやトラクターなどの初期費用は国からの交付金で賄います。
収入の当てがなかった農家たちには一日8,000円の日当を支払います。
作物は設備の必要なイチゴではなく塩に強い加工用のトマトを選びました。
イチゴの代わりにトマト作るっていう方向転換だけどもさ。
でも他に勤めたって勤めらんねえっちゃ俺。
やっぱり農業しかねえんだね。
31人の農家でスタートしたマイファーム亘理。
しかしいきなり壁にぶつかります。
国の交付金の審査に時間がかかり農家たちに日当が払えなくなったのです。
お金がない予算が出ないって言われても我々としては納得はできません。
何も支払いもないっていう事でみんな不安。
金銭的にですね生活がありますから。
ちゃんとこれについては考えますよ。
・その辺ね俺はどこまでもそういうふうに俺は曲げません実際。
9か月後交付金が下りるまで西辻さんは自分の会社から立て替えざるを得ませんでした。
次々と農家が抜けていく中齋藤さんだけは西辻さんを信じていました。
齋藤さんは毎朝8時半に畑へと通う生活を続けました。
トマトをイチゴと並ぶ亘理の名産品に育てたい。
齋藤さんは新たな目標を抱くようになりました。
そして震災から2年目の秋。
125トンジュース16万本分の加工用トマトが実りました。
ゼロから畑をよみがえらせたマイファーム亘理。
こうして「不屈のトマト」は誕生したのです。
震災から2年余りが過ぎた去年5月。
(取材者)やってなかったですね。
なんか少しづつ街っぽくなってきてる気がしますね。
いろいろな店が増えてきてる。
西辻さんはマイファーム亘理2年目の方針を話し合うため京都からやって来ました。
どうもね。
お世話になってます。
せんだってはどうもね。
農家を束ねてきたリーダーの齋藤正一さんとも久々の再会です。
ご苦労さまです。
実は齋藤さんは大腸がんを患い9時間に及ぶ手術を乗り超え退院したばかり。
自宅療養を余儀なくされていました。
齋藤さんの代わりに農家を引っ張ってくれる人はいるのか。
西辻さんには大きな気がかりでした。
更に深刻な問題がありました。
春を迎え再びトマトの植え付けのために集まったメンバーたち。
しかし彼らに給料を払う当てがありませんでした。
1年目にトマトを売って得た収入は700万円。
それに対してかかったコストは人件費600万円の他苗代肥料代などを合わせて1,000万円。
収支は300万円の赤字でした。
2年目既に苗作りが始まっていましたが毎日の作業に払う日当を捻出できない状況でした。
農家たちの多くは震災前の蓄えをほとんど使い果たし年金や運転代行のアルバイトでかろうじて食いつないでいました。
トマトの植え付けが無事終わった1か月後。
組合の立て直しを図るため西辻さんは自分の右腕とも言うべき人物を会社から送り込みます。
こんにちは。
はじめまして。
今日あれなんですマイファームの本体の。
あああの小西さん…。
はいよろしくお願いします。
小西さんは大学で農業経営学を学び入社後現場のマネージメントを任されてきた経営のスペシャリストです。
不安はまあ不安要素はたくさんあるんでけどただもう逆になんかまあ一応リーダーみたいな役割なんで気持ちだけでもまず前向きにというのと。
いろんな人がよそから来てるし僕自身も一応よそ者にはなるんですけどその人がこれが復興やって決めた事を押しつけるんじゃなくて現場にいる人たち住んでる人たちがどういう状態にしたいのかそれが達成される事が復興やと思うんです。
例えば以前のようにイチゴをやりたいって言うならそれができた時が復興ですしあえてイチゴじゃないトマトでこれからやっていくもっと違う作物をしたいって新しい目標に向かってそれが達成された時がそれも復興だと思うんです。
やっぱりいる人が満足して活力持ってこそ復興かなというところですね。
初めて亘理を訪れた小西さん。
復興の遅れは目を覆うばかりでした。
かつてイチゴのビニールハウスが立ち並んでいた土地は手つかずのまま荒れるに任されていました。
町では津波で浸水した区域の居住を制限し産業ゾーンや公園農地を整備する計画です。
しかし農業を再開する具体的な道筋は示されていません。
来てこうやって状況を見てまた面食らったところもあるんですよ正直。
想像してたのとは更にもっとすごいなこの世界っていうのを思ってて。
その日の晩小西さんを歓迎する農家の宴が開かれました。
小西さんは組合の経営が軌道に乗るまで亘理で一人暮らしです。
カンパーイ!
(女性)頑張ってね!震災で何もかも失った農家たちと苦楽を共にする生活が始まります。
そんなメンバーの中に小西さんと同じくマイファーム亘理に新しく加わった女性がいました。
あっすいません頂きます。
あのねうちの旦那飲んべえだったけどね全てセルフサービスにしてたからね。
私「どうぞ」なんてお父さんにした事ないなぁ。
そうですか。
いやぁ絶対されたらうれしかったですよ。
津波で自宅とビニールハウスを流され夫を失いました。
森さんは夫の一雄さんと二人で40年以上イチゴ作りを続けてきました。
一雄さんはイチゴの味を追求し新しい品種にも果敢に挑戦。
おいしいものができた時は周りの農家にも作り方を教えて回りました。
誰よりも頼りになり大好きだった一雄さんの死。
森さんは1年以上そのショックから抜け出せませんでした。
そんな時イチゴ農家の仲間に誘われ再び畑に出るようになりました。
(りんの音)今日も元気に暮らしました父ちゃんや。
フフフッ。
ちゃんと向こうに行って会ったら私頑張って生きてきたよお父さんに置いてかれたけどって報告できる…ような生活…したいですね。
小西さんが亘理に来て2週間。
この日大手飲料メーカーが主催するプレゼンテーションに臨みました。
彼が太った人が立ってる辺りでタイムキープの紙が出ます。
2分前が出てこれで終わって頂くので…。
飲料メーカーの復興支援の一環で被災者の自立に貢献すると認められれば直ちに資金が渡されます。
(司会)では続きまして農事組合法人マイファーム亘理協同組合様ご準備よろしくお願いいたします。
小西さんは国に頼らず民間の協力を得て組合の資金を調達しようと考えました。
アピールしたのは亘理のトマトのブランド化。
栽培だけでなく加工から販売まで一手に手がける「六次産業化」です。
トマトの栽培には人件費を含め1,000万円のコストがかかります。
1年目のトマトの売り上げは700万円。
ケチャップやピューレに加工し付加価値をつけて販売する事で1,050万円まで伸ばそうというものです。
組合の経営を軌道に乗せ農家が自立できる仕組みとして小西さんが考えました。
震災直後1年目というのはやっぱり頑張ろうっていう意欲が分かりやすく目に見えてたんですけどそこから時間がたった事やある程度震災の復興のめどが立ってきた事でその時の勢いが弱まってる感はあるんですね。
そこは次の可能性を提示してそこに向かう事でしかやれないので。
何よりも亘理の人たちが元気にやってこうという形になってくれたら実現はできると思ってます。
7月。
マイファーム亘理の畑から200m隔てた先にビニールハウスの集合体が整備され始めました。
町が国の復興予算を使って立ち上げた…町は震災後すぐに事業化を決定し国に交付金の申請を行いました。
当初農家は負担金ゼロ。
誰でも加入できる事を目指していました。
しかし国の厳しい査定により申請した金額の3/3がカット。
その結果土地の買収費が足りなくなり完成は1年以上遅れます。
更に津波で農地が塩をかぶったためヤシガラと培養液で栽培する「高設栽培」を採用。
資材費や電気代がこれまでの10倍近くかかる事になりました。
加えて5年後には土地を農家が買い上げる事が条件とされます。
その額およそ300万円。
震災で家や財産を失った農家には到底払えない額です。
多くのイチゴ農家が団地加入を諦めるほかありませんでした。
小西さんのプレゼンは審査を通り資金援助が決定。
トマトの販売から加工までを手がけるビジョンが高く評価されました。
どうもすいません。
いろいろ動いて頂いてありがとうございます。
早速組合のメンバーと加工場の物件探しに取りかかります。
しかし…。
(西辻)そしたら浜吉田も厳しい?
(高野)浜吉田も厳しいですね。
復旧工事の土木業者が倉庫や宿泊所として物件を押さえてしまいなかなか見つかりません。
ようやく隣町の岩沼で農家が作業場の一角を貸してくれる事になりました。
収益アップの切り札ワタリアントマトの加工品の試作が始まります。
担当するのは森誠子さんたち組合の女性メンバー。
とりあえず中に土が入るのがあかんらしいんでここで靴脱いでもらって上がります。
まだトマトができていないため市販のトマトを使います。
作るのはトマトピューレ。
高級イチゴの栽培農家だったメンバーにとって作物を商品に加工するのは初めての経験です。
イチゴジャム作りの名人だった森さんが皆をリードします。
どうしたら新鮮なトマトの色合いを失わず仕上げられるか。
煮込み時間や味付けを何度も試しました。
トマトでそれはきついっすね。
うんだから…。
ピューレをレトルトパックにする最終工程へ。
風味を失わないよう熱いうちにパックします。
お願いします。
さあ本番へ。
加工に使う機械や道具は初期費用を抑えようと小西さんが方々から調達してきました。
その多くは中古品です。
うわっ!ピューレの温度がまだ高く破裂してしまいました。
(小西)ハハハハ…。
(女性)またやってる。
(小西)惨劇だなあ。
トラウマになるなこれ。
何度もやり直し破裂しない温度を探ります。
じゃあお願いします。
うまくいきますように。
(一同笑い)拝んでるわ。
いけたいけた!やった成功です!
(一同笑い)加工場の準備は万全。
あとはトマトの収穫を待つばかりです。
収穫を目前に控えた7月下旬。
この時期東北各地で梅雨が長引き雨の日が1週間以上続いていました。
(雨音)うお〜!つらいっすねこれ。
トマト畑は排水路が復旧していない被災した農地のど真ん中にあります。
トマトが水につかると根が腐って大きなダメージを受ける恐れがあります。
(雨音)ようやく雨が上がったこの日。
おはようございます。
連絡を受けた西辻さんが京都から駆けつけました。
うわ〜…。
や〜…。
切ないですね。
もう全部腐ってる。
だってこんだけ赤くなってるのにな。
みんなで育てたトマトが変わり果てた姿になっていました。
3週間続いた長雨の影響で半分以上のトマトが病気になり腐ってしまったのです。
去年より高くなってるんですよこれまず。
去年よりだいぶ畝の高さ高くなってるんです。
でもこれ以上上げてとかっていうよりもここ水路がもともと潰れてるんでだから水が抜けないんですよ。
今年のイメージでいくといっぱいいろんな人たちが来てトマトたくさん取ってるイメージが僕湧いてたんですけどね。
水路の復旧には多額の費用がかかります。
更に地権者全員の許可も必要です。
沿岸部のほとんどの農地で復旧は進んでいませんでした。
無事だったトマトに病気がうつらないよう農家たちは腐った実の回収作業に追われました。
(取材者)割合で言ったらどれくらい腐ってるんですか?
(取材者)そうですよね。
生きる元気を与えたトマトの栽培。
その失敗は農家に重くのしかかりました。
組合はトマトとその加工品で1,050万円の収入を目指していました。
しかしその半分の520万円しか見込めなくなります。
組合を立て直すという小西さんのプランは根底から崩れ去ろうとしていました。
トマトの失敗は農家たちの絆にも暗い影を落とし始めていました。
収入を補うため運転代行のアルバイトをしていたメンバーが遅れて畑に行くと他の農家に文句を言われたと言います。
こっちはもう5時間程度しか寝てねえで出てきてるのにそんな感じの言われ方するの嫌だから逃げたべ。
きつい思いして出てるのにそんな事言われた日には俺だってキレるわ。
あやつがやったような事やっど俺下手したら。
やらかすぞ。
更にもう1人のメンバーは1週間ぶりに畑に顔を出すと口論になったと言います。
小西さんは農家たちの不満と怒りをただ聞くしかありませんでした。
翌日。
小西さんは組合立て直しのためある人物に協力を頼みに行きました。
こんにちは。
病気療養中で畑仕事を休んでいる…組合の士気が落ちているため齋藤さんに再びリーダーとして顔だけでも出せないか頼みに来たのです。
(小西)正直お願いなんですけど正一さんの力を貸して下さいというのがほんとに僕の気持ちなんですね。
組織うんぬんっていうのは建て前なんですけど僕としては正一さんじゃないとこれはできないって思ってるんです。
ちょっとここは頼らせてもらえないですか?これからやる上でほんとに正一さんにいてほしいって。
手は動かさなくていいのでそっちの思いに応えてほしいなというのがほんとに多分亘理に来て最大のお願いなんですけど。
そこは僕だけじゃなくてみんなの総意として欲しいですし…。
ちょっと考えてもらってもいいんですけど…。
正直人望という意味でも正一さんがベストなんですね。
そう言ってもらえるのはありがてえんだけどさほんとに。
齋藤さんが小西さんの説得に応える事はありませんでした。
正一さんも悩んでるというか自分が出られないから口出さないっていうまあポリシーがあるからなんですけど考え方はあれが真っ当なんですよね。
難しいですね。
難しいですよね。
西辻さんは組合の経営を立て直す策を探っていました。
秋から冬にかけて収益が見込める作物で挽回する。
1年前齋藤さんから聞いた言葉が頭をよぎりました。
しみ大根にしましょうか?大根を干して作る…去年の冬齋藤さんはへそ大根作りを試していました。
ビニールシートで小屋がけし干してみましたが味が悪く商品になりませんでした。
しかし西辻さんはトマトの不作で半減した収入を取り戻すためへそ大根作りに挑戦しようと再びメンバーに呼びかけます。
赤字を少しでも減らすための起死回生の策でした。
当初予定にはなかった大根を生産して同じく加工品にして自社で販売していくという形で数字を積み上げていきたいというふうに思ってます。
(取材者)やっぱり秋冬が勝負になってくるんですか?そうですね本当は秋冬は土を寝かせようと思ってたんですが寝かせる余裕がないなというふうに思いますね。
トマトを抜き取った畑で大根の種まきが始まりました。
3,000本の収穫を目指します。
やっぱり心の中でちゃんと芽出てよねとか大きくなってよねとかって種に口では言わないけど何て言うの話しかけるみたい。
大きい大根いいねやっぱり。
大きい大根になってほしいね。
大根の成功を信じ農家たちはその一粒一粒に夢を託していきました。
大根の種をまいて2か月。
齋藤さんは一度も畑に顔を出していません。
順調に育ってる大根がいるっていうのは結構僕の心理的にも助かりますね。
結構な量ですよだってこの面積で。
そうですね…あくまで畑の一部でしかないけどそれでもちゃんとできれば成り立つぐらいの量にはなると思うし。
農家の希望を託した大根はすくすくと成長しています。
大根で巻き返したって言って今年度終わりたいですね。
しかし小西さんはこの日を境にマイファーム亘理から離脱してしまいます。
小西さんは突然意識を失い病院に運ばれました。
診断の結果血液の流れに異常があり組合の仕事を離れるよう医師に告げられました。
受け入れるしかないって自分には言い聞かせてますね。
ただ悪あがきみたいなのじゃないですけどどうしてもあれしなきゃこれしなきゃとかね気が付いたら来年こうしたいみたいなのがこうやってしゃべってると出てきちゃいますし…。
ただそれが実を結ぶ前にってなると後悔はないけど未練はすごくあります。
小西さんは一通の手紙を齋藤さんに託します。
「ただただ未練だけが残る」と記されていました。
小西さんも残念だったんだね。
こっちさみんなで仕事の関係で友達だなんだってできても内容的にも心も通い始めたのに来れなくなったというのが残念だなと。
小西さんも頑張るつもりだから俺も体調がよければ畑にたまにちょこちょこ遊びながら行って仕事の内容とか見てやっぱりこういうふうにやってるなとか自分でも見届けたいなと思ってやっぱりね。
どっかでつまずく加減はあると思うんだけども。
みんなしてつまずいた時はみんなで話し合って…。
(妻)反省して。
反省して前に進むっていうかさ…。
齋藤さんが10か月ぶりにマイファーム亘理に戻ってきました。
仲間たちと向かうのはへそ大根作りの本場宮城県丸森町です。
すごい。
組合が商品化を目指すへそ大根。
その作り方を学びにやって来ました。
組合一の料理上手森誠子さんが作り方を詳しく聞きます。
軒下で天日干しされる大根。
去年齋藤さんが試したやり方とは全く違いました。
風が通ればいいんでしょ?はいどうぞ。
へそ大根の煮物を試食。
日の光をしっかり浴びると大根の甘みが増すといいます。
おいしい。
(女性)だしはほんとに付け汁は甘いです。
おいしいほんと。
すごい軟らかいね。
(女性)そうなんですよ。
(齋藤)へそ大根までごちそうになると思わなかったね。
(女性)煮込んでもこれって型崩れしないんですよね。
(森)そう言って頂けると…。
ほんとにね。
海風によっても大根の凍り方違うと思うし。
亘理の海風そして太陽。
森さんはふるさとの自然がいっぱい詰まった新たな商品の手応えを感じていました。
1週間後。
今日は楽しみですね。
連絡を受けたのでいくとすごい頑張ってへそ大根を作ってるって聞いてるので…それが。
(男性)お疲れさまです。
(西辻)お疲れさまです。
(齋藤)どうもしばらく。
(西辻)お疲れさまです。
体調大丈夫ですか?うん大丈夫。
今のところは。
あら何かいい匂いがすると思ったら…お疲れさまです。
お〜お疲れ。
(女性)お疲れさまです。
すごい。
これもしかして
(女性)例のへそ大根ですか?はい。
へそ大根?
(女性)はい。
(西辻)いい匂いしますよ。
何か僕やれる事ないですか?やりますよ。
(女性)じゃあ2個入れてみて。
(西辻)え?2個入れる。
真ん中?OK。
(女性)熱いよ。
(西辻)熱い。
あつあつあつあつ。
熱い熱い。
あつあつ…。
(女性)でもさここ熱いだって。
大丈夫?ハハハハッ!荒れた農地から3年。
思いがけず建つ事になった小さな大根の柵。
亘理の海風と太陽をしっかり浴びるようこの柵も自分たちの手で作りました。
販路を確保し組合の収入をどこまで挽回できるのか。
これからが勝負です。
そしてこの日西辻さんを驚かせる出来事もありました。
今日新しい仲間の方2人いらっしゃる。
仲間ってね作付けの時も来てたの。
(西辻)そうなんですか。
西辻と言います。
がれき拾いのアルバイトが終わり2名の農家が新たに組合に加わりました。
だからいいよ。
仮設仲間っていうより一緒の部落だから。
年齢も大体一緒だから。
この人若いけど。
あ〜!私ら老うとる。
びっくりした顔してる。
だって高齢者の域に入ったのに若いと言われるとびっくりする。
私ら老いとる!震災前一緒にイチゴを作った仲間たちと再び共に歩む。
その喜びを森さんは感じていました。
みっちゃんってほら。
(西辻)さっきの?2人。
浜の人増えたから何となく…。
(西辻)ちょっとうれしいでしょ?僕正直な話みんなが笑顔で楽しく仕事してるのが一番いいと思ってるからだからどんどん浜の人を増やして下さい。
(森)いい?集めて。
どんどん集めて。
(森)がれきの人たち仕事ないから多分呼べば来ると思うのよ。
どんどん呼んでもらって浜の人たちでいっぱいにしたいんです。
そしたら楽しくなるし僕もどんどんOKしますから。
大丈夫。
僕の中ではトマトなるべく早く成功させないといけないと思ってましたけどもちゃんとうまくいくのには5年はかかるって最初は思ってたんですよね。
でも最初から5年計画でやろうって言うとみんな「5年かい?」ってなるじゃないですか。
でもそこを僕は2年目こうやって失敗したって事があるから3年目にもう1回自分たちでやろうよって試練を乗り越えようとしてるじゃないですか。
それってすごい僕自立の芽だと思うんですよね。
自立って多分試練が積み重なって乗り越えて乗り越えてどんどんとやっていくものだと思うので今回の失敗っていうのは今更ですけどねなんかよかったんじゃないかなって僕は思ってたりしてて。
この時に経営者としてリーダーとしてもうダメだって言ったらそれはそこで終わりなんですけどそこを何とか耐えられるように自分が縁の下の力持ちになりながらやるっていうのは僕すごい自分の使命だと思ってるんで。
そこでいろんな人たちが大根作ってたりとか白菜作ってたりイチゴ作ってたりトマト作ってたりっていう姿をもう一回ここで景色を見たいんですよね。
そこまで僕は亘理の復興としては関わっていきたいと思ってます。
何もない畑での出会いから3年。
復興という言葉の奥に見えた自立への道。
自らの足で立つその時まで西辻さんと農家たちの日々は続きます。
2014/02/22(土) 00:45〜01:45
NHKEテレ1大阪
ETV特集「農の夢よ、よみがえれ〜若きビジネスマンと被災農家の1050日」[字][再]

東日本大震災の大津波をかぶった畑で農業再生に挑む若き農業ベンチャーと農家たち。復興行政の遅れ、バラバラになる仲間たちの絆。次々襲いかかる試練を前に彼らは…?

詳細情報
番組内容
東日本大震災からまもなく3年。津波の被害を受けた農地で、いち早く農業復興の道筋をつけた人たちがいる。宮城県亘理町のイチゴ専業農家が集まった「農事組合法人・マイファーム亘理」だ。復興行政の遅れ、バラバラになる仲間たちの絆…。数々の試練を乗り越え、自らの手で立ち上がろうとする人々の挑戦を、震災直後から1000日以上にわたって追いかけた波乱万丈のドキュメント。

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – ドキュメンタリー全般
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
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