この時間は午後6時15分まで字幕放送をお送りします。
耳が不自由な作曲家として脚光を浴びていた佐村河内さん。
長い髪とサングラスがトレードマークでした。
一方、こちらはきょう会見に臨んだ佐村河内さんです。
ばっさりと髪を切り、うそで迷惑をかけたと謝罪しました。
今、そしてまずは頭を下げました。
別人による作曲が明らかになってから初めて、公の場に姿を見せた佐村河内守氏。
長かった髪は短くなり、ひげもそられていました。
このたびは、多大なご迷惑を皆様におかけしまして、誠に申し訳ございませんでした。
CDを買ってくださった皆様、音楽を聴いてくださった方々、演奏会にお越しくださった皆様、本当に私のうそによることで、非常にご迷惑をおかけしたこと、謝罪いたします。
本当に申し訳ございませんでした。
会見の冒頭、謝罪した佐村河内氏。
みずから会見場を探したといい、手話通訳者も同席しました。
今の私には、信用というものが全くないと思います。
しかし、本日の会見では、天地神明に誓って、うそ偽りなく真実をお話いたします。
なお私のテレビ出演につきましては、本日をもって最後といたしますので、なにとぞよろしくお願いいたします。
聴力を失った作曲家として知られ、現代のベートーベンとも呼ばれた佐村河内氏。
被災地や被爆地、広島をテーマにした曲を発表し、クラシックでは異例ともいえる大ヒットを記録していました。
1999年に全ろう、つまり全く耳が聞こえなくなったとしていた佐村河内氏。
今回、最も注目されたのは、その聴力について。
先月。
今まで特に耳が聞こえないということを感じたことは一度もありません。
佐村河内氏に代わって曲を作ってきた新垣氏がこう指摘したのです。
一方の佐村河内氏はその後、文書でこう告白。
実は最近になって、前よりは少し耳が聞こえるようになっています。
ただ、3年前くらいまで、聞こえなかったのは真実だと反論していました。
聴覚障がい者の手帳を持つ佐村河内氏。
手帳を交付した横浜市は、改めて医師の診断を受けるよう申し入れを行い、佐村河内氏はそれを承諾。
再検査を受けていたのです。
そして、きょう。
私の障がいは音がゆがんで聞こえるという障がいです。
佐村河内氏は、全ろうではなく、感音性難聴と診断されたと明かしました。
これは再検査の診断書。
佐村河内氏の聴力レベルは、右耳が48.8デシベル、左耳が51.3デシベル。
聴覚障がいには該当しないと記されていました。
障害者手帳につきましては、検査の結果、返納いたしました。
私はこれまで、障害者年金は一度も受け取っておりません。
今、私の声は聞こえないですか?
音ですか?音?音は聞こえます。
かすかに聞こえますけども、そこがこの、感音性難聴ということなんですが、ことばがちょっと曲がって聞こえるとか、ねじれて聞こえるとかいった状態なので、非常にことばとしては、聞き取れないので、このように手話通訳の方がついているのは、天地神明に本当に誓って、今までも、今も、今からも、私には手話通訳の方は大切で必要な存在です。
新垣さんが会見で、ずっと聞こえていたと思うといった発言をされましたが、そのことについてはどういうふうに思われますか?
あの、それは、こちらの皆さんが受けろとおっしゃった、ABRの科学的検査で、すべて否定されることであってですね、耳に関すること、すべて新垣氏はうそを言っています。
さらに、障害者手帳を交付された2002年当時の診断書も公開し、かつては全く聞こえなかったのは真実だと強調しました。
一方で、専門の医師は。
50デシベルぐらいが聞こえるというのは、例えば一般的な表現でいいますと、会話ができる程度であるとか、何かその表現で言うとどれぐらいなんでしょうか?
これはですね、例えば、普通の立ち話、立ち話の場合は、5、60デシベルが、実際聞いてる音ですね。
ただ、音がゆがみ、ことばとして聞き取れるかについては、個人差もあると話しました。
東日本大震災で母親を亡くした少女とその家族をはじめ、被災地を勇気づけるために曲を作ったと話していた佐村河内氏。
なぜだましたのか、なぜ利用したのかという問いに、その問いに真摯に答えてください。
そのご家族を最終的にはこのような形でだましたというような形になって、本当に心からわびております。
彼女の苦しみを思うと、すごく今、ほかの誰よりも、申し訳ない気持ちでいっぱいです。
私が一生、償っていかなきゃいけない罪だと思ってますけど。
これまで作曲者を装い、取材に応じてきた佐村河内氏。
ふだんから、耳鳴りなどの症状があり、それを抑える10種類近い薬を飲むと語っていました。
また、歩く際にはつえを使い、左手にはけんしょう炎をケアするためと、常にサポーターをつけていた佐村河内氏。
これらの病気は、本当の病気だったんでしょうか?
はい、本当です。
きょうは、もうサングラスもしておりませんし、何もかも外して、何もかも言い訳になるので、してきませんでした。
一方で、
別人による作曲が明らかとなって初めて公の場に姿を見せた佐村河内氏。
こういった創作ノートを見せてもらいました。
このメモは一体何なんでしょうか。
このノートは、佐村河内氏がかつて曲作りに使っていたという創作ノート。
何年も積み重ね積み重ねて書いてきたものなんで。
びっしりと書き込まれた音符は、浮かんできた旋律の数々で、長年、書き留めてきたものだと説明していました。
1年かけて、自分が創作ノートを努力して作ったというような証しを自分で作りました。
ねつ造しました。
作曲家としての自分を演出するためだったというのです。
また以前は、絶対音感で作曲していたとしていましたが、それもうそだったと語りました。
一方、代わりに曲を作っていたと告白した新垣氏に対しては、反論を繰り返しました。
もうこんなことはやめにしましょうと、新垣さんは何度も言ったとある誌に書いてありました。
全くのうそです。
18年間の中のただの一度、そのことを言っただけです。
それがつい最近のことです。
新垣さんを名誉毀損で訴えます。
そして会見の終盤、みずから手話でも謝罪の意思を伝えた佐村河内氏。
2時間半以上にも及んだ会見。
佐村河内氏は深々と頭を下げ、会場を後にしました。
野村さん。
やはり全体として謝罪しようという意思や、正直に話そうという姿も見えるんですけれども、他方において、ゴーストライターであった新垣さんに対する発言などを見てみますと、なんと言うんでしょうか、自己弁護とか、あるいは攻撃的な様子っていうのがまだ残っているわけですよね。
こういう様子を見ていて、全体として、果たしてだまされた被災者の方々とか、さまざまな被害者の方々が、納得できるのか、やや疑問が残る会見だったような気がします。
総務省はきょう、東日本大震災の行方不明者が、2655人に上ると発表しました。
津波で行方が分からない妻をみずから捜そうと、潜水士を目指した男性に密着しました。
行方不明者捜索出動式を行う。
被災地で続く行方不明者の捜索。
この日、女川町の漁港では、家族の要望を受け、海上保安庁が潜水捜索を行いました。
捜索を見つめる高松康雄さん。
妻の行方を捜し続けています。
見つかってほしいというのが、もう、ただそれだけですね。
発見されればなと。
連れて帰りたいですね。
この漁港の近くでは、妻の同僚3人の遺体が見つかっていますが、この日の捜索で手がかりは見つかりませんでした。
康雄さんの妻、祐子さん。
優しい笑顔にひかれました。
あの日、七十七銀行女川支店で勤務していた祐子さんは、地震を受け、屋上に避難しました。
しかし、津波は屋上を越えて従業員を飲み込み、4人が死亡、祐子さんら8人が行方不明になりました。
避難した屋上で、康雄さんと祐子さんはメールのやり取りをしていました。
がれきの中から見つかった祐子さんの携帯電話に、康雄さんに届かなかった一通のメールが。
津波凄い。
25分ごろだから、かなりもう、屋上まで達してるころですよね。
たぶん。
どんな気持ちで言ったのかなと思うと、本当にいたたまれないというか。
なんとも言えないですけどね。
震災後、女川町内のバス運転手になった康雄さん。
あの日の朝、妻を車に乗せ、銀行に送り届けました。
夜、何食べようか。
妻の最後のことばです。
銀行の建物に向かって、帰ってくるわけですよね。
そういうときはちょっと、女房のこと考えたり。
去年夏、被災地に訪れた3度目のお盆。
建物が解体された銀行の跡地に、高松さんら犠牲者の家族が集まりました。
盆の迎え火。
もう一度、妻に会うために大きな決断をしました。
およそ4か月前、康雄さんは潜水の練習を始めました。
妻を自分で捜索するため、いてつく冬の海に潜り、初級のライセンスを取得しました。
しかし捜索のためには、潜水士の資格が必要です。
資格試験は学科のみ。
康雄さんは資格取得のため、勉強にも励みました。
満点ですね、今のは。
試験勉強をするのは、毎晩仕事を終えたあと。
久々に頭を悩ませます。
手応えはあるんですけど、どうなるかですね。
大丈夫なんて言ってて、落ちたらちょっと、ね、かっこ悪いし。
ちょっと今は控えめに。
勉強を続けて1か月。
いよいよ試験の日がやって来ました。
今回の東北の受験者のうち、康雄さんは最年長の57歳。
祐子さんを捜すために、乗り越えなければならない関門です。
試験から1週間後の合格発表。
仕事の合間に、携帯電話で合否を確認する康雄さんの姿がありました。
番号ありました?
ありました。
0044です。
ドキドキしませんでした?
ちょっと、ちょっとだけ。
いや、たぶん大丈夫だろうとは思ってたんですけど、やっぱ見るときにね、画面がこう、番号がこう、数字が流れていくときに、ちょっと。
合格したよ。
康雄さんは銀行の跡地を訪れ、祐子さんに合格を報告しました。
月に1度、康雄さんは、女川町と隣り合う石巻市のダイビングショップに通い、その近くの海で潜水の練習をします。
自分のために危ないことしないでって、言うと思いますよ。
たぶん。
でも、んじゃやめるって言うと怒るんですよね、大抵。
やめたとかって言うと。
なんで怒るんですか?
やっぱり本当は捜してほしいんじゃないですか。
やった手前。
危ないからやめてって言うけど。
大体女の人はそうじゃないですか。
この日の練習場所は、石巻市おしか地区の海岸です。
酸素ボンベやおもりなど、身につける装備はおよそ25キロ。
自分よりも20歳以上若い先生に教わり、潜水の腕を磨きます。
震災から3年。
今も海で待つはずの妻を連れて帰るその日まで。
2014/03/07(金) 17:53〜18:15
読売テレビ1
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