ニュースウオッチ9▽浅田真央生出演▽銅メダル小野塚彩那▽アンネ日記破損なぜ 2014.02.21

晴れやかな表情の浅田真央選手。
フリーの演技を終えて、日本チームの仲間たちと撮った写真です。
その数時間前。
羽生選手。
高橋選手。
町田選手。
そして、日本中のファンたちが、リンクの上の浅田選手を見つめていました。
スケート人生の集大成と位置づけた、ソチオリンピックのフリーで。
トリプルアクセル。
降りた!
演技後、涙があふれた浅田選手。
自分自身に打ち勝った瞬間でした。
5歳からスケートを始めた浅田選手。
難しいジャンプを跳ぶと周りが褒めてくれるのが、うれしかったといいます。
めきめきと頭角を現し、15歳でグランプリファイナル初優勝。
一躍、世界のトップ選手となりました。
浅田真央さんです。
浅田さん、どうぞ!
わー、かわいい。
その愛くるしい姿から、日本のアイドルに。
4回転を跳ぶことと、オリンピックで金メダルをとることです。
オリンピックで金メダル。
4年前、金メダルの期待を背負って挑んだバンクーバー大会。
見事な演技を見せたものの、同い年のライバル、キム・ヨナ選手に敗れ、金メダルを逃します。
悔しさを胸に、ソチへと挑み始めた浅田選手。
しかし、代名詞のトリプルアクセルは、体形の変化で、成功率が低下。
試行錯誤が続きました。
そして迎えたソチオリンピック。
ショートプログラムで、不安があらわになりました。
冒頭のトリプルアクセル。
あーっと、転倒。
連続ジャンプが1回になるなど、ミスが続き、16位と出遅れました。
浅田選手に対して、インターネット上では、世界のトップスケーターから、次々と激励の声が上がりました。
真央は偉大なチャンピオン。
きっと、これまでより強くなれるだろう。
決して諦めないで。
これまで以上の声援を送ろう。
これまで支えてくれた人たちへの感謝を届けたい。
気持ちを切り替えて迎えたフリー。
そして。
こだわってきたトリプルアクセル。
トリプルアクセル。
降りた!
バンクーバーでは入らなかった、3回転3回転。
6種類すべての3回転を跳んでいきます。
自分を見つめ直し、持てる力を出し切った4分間でした。
浅田選手のメダル以上にまぶしい滑り。
多くの人の心に響いたようです。
こうした声は、ツイッター上でも。
真央ちゃんのフリー見てたら、自分のことも見つめ直せました。
すごく大切なものをもらいました。
書き込みは、中国版ツイッターのウェイボーにも。
彼女が泣いた、私も泣いた。
浅田真央は最後まで頑張りました。
あなたに感動しました。
拍手を送ります。
メダルよりも大切なものを教えてもらった。
感動の波は、今も世界中に広がり続けています。
こんばんは。
最後にあふれた涙は、やり遂げたという達成感でしょうか。
私ももらい泣きしてしまいました。
このあと、その浅田選手が、ソチのスタジオに来てくれるということです。
廣瀬さん。
こんばんは。
前を向いて最後まで全力を尽くす姿、私も心を動かされた一人です。
その浅田選手、まもなくこのスタジオに来てくださいます。
浅田選手と共に出場した鈴木明子選手と村上佳菜子選手。
フリーの演技のあとには、笑顔を見せてくれました。
オリンピック初出場の村上佳菜子。
演技中盤は、前の日に失敗したジャンプが続きます。
絶対にミスをしないと、強い気持ちで成功させました。
大きな経験を積んだ19歳。
次の舞台を見据えていました。
今シーズンを最後と決めている鈴木明子。
両足を痛めていましたが、がむしゃらだったと、跳んでいきます。
持ち味の表現力を発揮。
心を込めて演じました。
目標のメダルには届きませんでしたが、最後のオリンピックを満足の演技で終えました。
前半トップだった韓国のキム・ヨナ。
スピードに乗ったジャンプ。
表現力でも観客を魅了しました。
逆転され、2回目のオリンピックは銀メダルでしたが、納得の演技でした。
金メダルはロシアの17歳、ソトニコワ。
冒頭、高さのある連続ジャンプを完璧に決めました。
地元ロシアの大声援の中での演技。
フリーではトップとなる高得点をたたき出し、ロシアに女子シングルで初めての金メダルをもたらしました。
また一つ強くなった姿を見せてくださいました、浅田真央選手です。
お疲れさまでした。
お疲れさまでした。
フリーのあとの涙と笑顔に、日本の多くの人が満たされた気持ちになったんですけれども、浅田選手ご自身はいかがですか、今。
今は、無事に終わって、自分の目指す演技ができて、ほっとしています。
何かこう、少し振り返ることはできましたか?この時間で。
はい。
インタビューとか受けて、自分の演技を見ることができたので、見るだけですごい自分も今でも緊張するんですけども。
そうですか。
でも、とにかくよかったなって思ってます。
ショートプログラムのあと、フリーまで少し時間がありました。
どのように過ごして、向かっていったんですか?
夜は、考えていて、次の日の朝、早かったので練習が。
なかなか、自分の考えが整理がつかないまま練習で、自分も、自分の思うような練習ができなかったんですけど、本番までに考えて、自分でなんとか整理をつけて、本番に臨むことができました。
どのように整理をつけていかれたんでしょう?
もう、いろいろいろいろ考えたんですけど、もう最終的には、今までやってきたことを信じて、信夫先生とも、もうやることすべてやってきたから、できないことはないっていうふうに言っていただいて、自分を信じて、無心でいけました。
アスリートの皆さんにとって、気持ちの変化っていうのは、すごく調整、難しいことじゃないかなって思うんですけれども。
ショートがああいう結果になってしまって、自分も怖さと、もう逃げ出したいっていう気持ちと、あした大丈夫かなっていう気持ちがあったんですけど、なんとか頑張って立て直すことができました。
そのまさに立て直したフリーの演技。
一緒にご覧いただいて、少しそのときの心情を思い返していただきたいと思います。
演技に入るときには、お気持ちっていうのはどういうふうに変わってたんですか?
いつも深呼吸するので、深呼吸をして、よし!って思って、スタートしました。
最初がトリプルアクセル。
ここに向かうお気持ちというのは?
もう行くしかないっていう、無心と、思い切っていこうって思いでした。
これが決まったときっていうのはどうでした?
うれしかったんですけど、次も次も次もあるから、一つ一つ、クリアにしていこうって思いました。
頭の中は冷静だったんですね?
はい。
そして、最高難度、レベル4を獲得しましたスピン。
スケーティングのすばらしさも見せることができましたね。
はい。
このプログラムはもちろん最初のアクセルも見せ場だったんですけど、プログラム全体も見てもらいたかったので。
さあ、ここから後半、得点が1.1倍、高くなるジャンプが続きます。
このあたり。
このあたりはもう、体力的にもちょっと足にきているので、あとはもう自分の感覚と勢いで、流れに乗って跳ぶだけと思ってました。
成功するごとに、思いの変化っていうのはありましたか?
そうですね、今回のこのフリーは、自分が思っているようにジャンプがどんどん決まっていったので、もう3回目のジャンプぐらいからは、もうこの流れに乗れば全部行けるって思いました。
そしてここ、こん身の力を最後振り絞るわけですけれども。
結構、体疲れてたんですけど、コーチの最初の後押しから始まって、観客の方の拍手がすごく聞こえたので、それとあとは、自分のすべてを出そうと思いました。
この部分に込めている思いも強いんですよね?
はい。
もうすべて、今の自分を出すっていう感じです。
そして最後へと向かっていきます。
どうですか、改めてご覧になって。
もう、最後の最後まで、この最後の止まるところまで集中、ずっとしてたので、終わって、はぁー、終わったみたいな、そんな感じになっちゃいましたね。
涙があふれてきましたけれども、あれはどんな?
やっぱり、オリンピックという、こういう大きな舞台で、ショートはかなわなかったんですけれども、フリーで、もう4年間の思いすべてぶつけることができて、もうよかったって思いました。
うれし涙?
はい。
このあと、ほかの選手の演技を待つわけですけれども、そのときはどういう心境になっていたんですか?
そのあとは、ストレッチとかしてたので、最終の3人目の選手ぐらいから見れたんですけど、もう、みんなそれぞれ、やっぱりオリンピックに懸ける思いっていうのは、すごく伝わりましたね。
自分も、最終グループで滑りたかったなっていう思いと、みんな、頑張れっていう思いと、いろいろでした。
ご自身の満足感の余韻みたいなものっていうのは続いてましたか?
はい。
じゃあ、すごくプラスの気持ちで、ずっと最後までいられた?
そうですね。
やりきったって思いました。
そういうお気持ちになることっていうのは?
うーん、やっぱりオリンピックっていう特別な舞台だからこそ、やっぱりやり切ったって、そういう演技だったので、思えました。
本当にお話していると、バンクーバーのときに、直後にお話をうかがわせていただいたんですけど、そのときとまたずいぶん、全く表情が違うなっていうのがすごく印象的なんですけれども、また格別なものがありますか、今。
そうですね。
日本代表として、やっぱりメダルっていうのはすごく持って帰りたかったって気持ちもありましたし、たくさんの方がメダルを期待していたんですけど、それがかなわなかったことは、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいなんですけれども、もう一つの目標としては、バンクーバーの、自分への演技のリベンジ、フリーの2つの失敗っていうのを、このソチで晴らすことができたと思います。
そのバンクーバーのあと、本当に一からジャンプ、スケーティング、見直して積み重ねてきました。
そういう覚悟を決めた決断っていうのは、今、どういうふうに振り返りますか?
やはりこの4年間、このままで大丈夫なのかなとか、本当にこれで大丈夫かなっていう気持ちのほうが大きかったんですけど、こうして最終的に、この目指していたオリンピックで、最高の演技ができたことは、自分もすごく頑張ってきてよかったなと思いました。
お姉さんの舞さんから言わせると、この一からの見直しというのは、右利きの方が、すべて左利きにするぐらい、とっても厳しい道のりなんだというふうにおっしゃっていたそうなんですけれども、そのあたりの道のりっていうのは、どういうふうに今、振り返りますか?
考えて、悩んで、できたと思ったら、またできなくてっていう、そういうこともあったんですけど、でも、やっぱり自分が目指していたものに最終的に達成できたので、よかったと思います。
さあ、東京で浅田選手の演技を見守っていた大越さんは、トリプルアクセル決まったとき、喜んだんじゃないですか?
そうですね。
これで浅田選手、最後まできっといい演技できるんじゃないかというふうに思ったんですが、浅田さん、東京の大越と井上から質問させていただきます。
このたびは本当にご苦労さまでした。
どうでしょう、演技が進むうちに、ジャンプなども決まっていって、だんだんだんだん表情が、何か解き放たれるような、そんな表情に変わっていったように、東京では見えたんですけれども、ご本人はいかがだったんでしょうか。
そうですね、やはり最初のアクセルで、大きく流れが変わってくると思いましたし、もし失敗しても、その次からとは思っていたんですけど、最初のアクセルが決まったことで、このままいけるという気持ちはすごく強くなりましたね。
そうですか。
プログラミングそのものも、3回転ジャンプを6種類8回跳ぶというのは、まさに歴史的なプログラムじゃないかということもいわれていました。
ご本人、その点についてどんなふうに考えてらっしゃいますか?
やはり、これが自分の目指してきたプログラムで、今回挑むレベルで成功できたということは、すごくうれしかったです。
浅田さん、井上です。
きょうはありがとうございます。
スケーター仲間をはじめ、世界中からの激励の声がありました。
浅田さんに届いていたんでしょうか。
はい、終わってからたくさんの方が、心配のことばや励ましのことばを送ってくださっていたというのを聞いて、自分もすごくうれしかったですし、フリーの前の日にも、その前日にも、たくさんの方から励ましやアドバイスのメールを下さって、本当にたくさんの方から、いろいろアドバイスを受けました。
そのことがすべて力になっていったんですね?
はい。
アスリートの皆さんというのは、さまざまなものと戦っていくと思うんですけれども、得点であったり、ライバルであったり。
浅田選手ご自身は、このオリンピックに向けて一番何と戦ってきたというふうに考えていますか?
私は、自分自身ですね。
自分自身?
はい。
やはりバンクーバーでは、メダルという形で、結果を残すことができたんですけど、ショートは完璧な演技をして、フリーではやはり2つのミスが悔しくて、ただそれだけが悔しくて、今回はこのソチで、そのリベンジだって思って臨んだので、そういった意味では、今回のこの試合は、もちろん日本代表として、もちろん結果も大事ですし、メダルを持ち帰りたいって気持ちはすごく強かったんですけど、それはすごく残念です、でも、そのもう一つの自分への挑戦というのはかなったので、バンクーバー、ソチ含めて、最高でした。
その笑顔が見られてうれしいです。
オリンピックで進化しました。
このあと、どんな道を目指していきますか?
そうですね、オリンピック終わったばかりで、まだ今後のことっていうのは、まだ考えられないんですけど、また次に試合が、世界選手権があるので、そこでもう一度、今度はショートもフリーも、両方しっかりそろえられるように、頑張って、たくさんの方にまた恩返しの演技ができるように頑張りたいと思います。
まずはこのあと、エキシビションに出場されるということで、そこではどんな演技で魅了してくれますか?
あすは、スマイルを滑るので、このスマイルってすばらしいんだよっていうのを、笑顔を届けられたらいいなというふうに思います。
残り僅かですが、オリンピックは少しこのあと、楽しめそうですか?
はい。
充実の時間を過ごしてください。
本当にお疲れのところ、きょうはどうもありがとうございました。
ありがとうございました。
さあ、新種目のスキーフリースタイル女子ハーフパイプで、小野塚彩那選手が会心の滑りを見せました。
銅メダル確定!小野塚彩那、銅メダル!
新種目でメダルを獲得した小野塚選手。
持ち味の高いエアを生かしての快挙。
アルペンから転向し、3年での達成です。
小野塚彩那選手のふるさと、新潟県南魚沼市です。
早速、お祝いのポスターが。
ちょっとそっちにもあるんですけど、商品を…。
銅メダルを祝うケーキも。
競技のあと、祖父の遺影を掲げた小野塚選手。
そこには、特別な思いがありました。
新潟県南魚沼市にある小野塚選手の母親の実家です。
スキー場のすぐそばで、旅館を経営しています。
おじの真さん。
きょうは明け方まで応援していたといいます。
祖父の勝利さんです。
2年前に亡くなりました。
小野塚選手は、大会で結果を残すと、いつもメダルを供えます。
勝利さんは、旅館の仕事で忙しい母親に代わって、いつも小野塚選手の面倒を見ていたといいます。
小野塚選手がスキーを始めたのは、1歳8か月のころ。
スキー場に連れていくのは、勝利さんでした。
3歳のころには、自由に滑れるようになった小野塚選手。
彩那さん。
うん?
きょうはスキーはどうですか?
楽しかったって感じ。
中学生のころから全国大会にも出場。
アルペンで大学ナンバー1になるなど、国内トップレベルの選手になりました。
小野塚選手の転機は、3年前、ハーフパイプが、オリンピック種目に加わることを知り、アルペンからの転向を決断しました。
祖父の勝利さんは、世界を目指す孫を、応援していました。
しかし、厳しい現実が待っていました。
競技の歴史が浅いこともあり、トレーニング方法は、ほとんど1人で考えてきました。
空中での感覚を身につけるため、去年からはトランポリンの練習を取り入れました。
さらに、資金面でも大きな苦労が。
海外遠征にかかる費用は年間300万円。
費用を抑えるため、少しでも安いホテルを、自分で探しました。
小野塚選手には、海外遠征のたびに、母親のゆかりさんから借りていくものがあります。
このネックレスです。
祖父の勝利さんがかつて、ゆかりさんにプレゼントしたものです。
祖父への思いを胸に、大会に臨むのです。
オリンピックの決勝。
家族と共に、祖父も見守ります。
磨きをかけてきたエア。
飛んだ!高さが出た。
3メートル近い高さ。
出場選手でトップクラスです。
高い!
回転技も着実に決めた小野塚選手。
やったよ!
おめでとう。
銅メダルを獲得しました。
彩那!彩那!
お母さん!
連れてきたから。
家族の存在が大きな支えとなって、みずから道を切り開いてきた小野塚選手。
先ほど直接、お話を伺うことができました。
おめでとうございます。
お疲れのところ、ありがとうございます。
こちらへどうぞ。
オリンピック競技はまだ続きますが、月曜日は閉会式です。
ニュースウオッチ9のソチからの中継は、きょうが最後です。
ソチの廣瀬さん。
ずっと取材と放送に当たってきて、廣瀬さんにとっては、どんなことを感じたオリンピックだったんでしょうか。
オリンピックは特別な場所、アスリートの皆さんがそういうことばをかみしめることのできた大会でした。
ノルディック複合で個人20年ぶりにメダルを獲得した渡部暁斗選手、渡部選手は、長野オリンピックでジャンプ陣の金メダル獲得のシーンを見て、オリンピックを志すようになりました。
今回の渡部選手のメダル獲得を見て、今の少年たちがもしかしたら、渡部選手のようになりたいと思うかもしれません。
そういったドラマのバトンが引き継がれていく舞台だと感じました。
さらに、まだこのスタジオにはね、余韻が残っているんですよ、フィギュアスケートの浅田選手。
最後に見せてくれたあの会心の演技。
そしてモーグルの上村愛子選手は、自分の納得のいく滑りを最後に見せてくれました。
そうした自分自身との戦いを制したアスリートたちの姿は、それぞれの人生、試行錯誤しながら歩んでいく私たちに、強烈なメッセージを残してくれるというふうに感じました。
以上、ソチからお伝えしました。
ソチから廣瀬キャスターでした。
さあ、次のニュースです。
世界中の人たちに読み継がれているアンネの日記。
この本に平和の尊さを教えられた人たちにとって、許し難い事件が起きました。
ユダヤ人の少女、アンネ・フランクが第2次大戦中のナチス・ドイツによる迫害の日々をつづったこのアンネの日記と、関連する本のページが破られる被害が、東京都内の公立図書館で相次いでいることが分かりました。
破かれた図書、こうして上から見てみると、一見、分からないんですけれども、開くと、見てください、斜めから強い力で引き裂かれて、無残な状況です。
大きく破られたアンネの日記。
中には、数十ページにわたって引き裂かれたものも。
世界中で広く読まれているアンネの日記。
ナチス・ドイツがユダヤ人を迫害した深刻な現実が、少女の目線から描かれています。
2009年には、ユネスコ・国連教育科学文化機関の世界記憶遺産に登録されました。
日記や関連する本の被害は、東京都内の7つの区と市の図書館で、少なくとも282冊に上っています。
このうち、3つの図書館で39冊の被害が確認されている新宿区。
ほかの区の図書館から被害の情報を受け、確認したところ、次々と見つかりました。
本はどのように破られたのか。
本の持ち運び、こうして手続きをしないまま出ようとすると、盗難防止装置が鳴ります。
しかし、館内であれば、ああいった共有スペースですとか、こうしたトイレ、持ち運びは自由です。
図書館の館内で破られたと見られています。
図書館では、アンネの日記に関連する本は、カウンターの後ろに保管する措置を取りました。
図書館の本が大量に破られる事態。
ノンフィクション作家の吉岡忍さんは。
非難の声は、国内外から上がっています。
大量虐殺の実態を伝えるホロコースト記念館。
館長で、アンネの親族と40年以上にわたり親交を続けている大塚信さんは。
こちらは、アムステルダムにあるアンネが暮らした隠れが。
現在は博物館となっています。
訪れた観光客は。
また、アメリカ・ロサンゼルスに本部を置く、ユダヤ系の人権団体は声明を発表。
アンネの勇気や希望、愛に満ちた歴史的なことばを破壊しようとするのは、偏見と憎しみに染まった一部の者だけだと、強く非難しました。
警視庁は器物損壊の疑いで本の検索記録や、防犯カメラの映像を解析するなどして調べています。
難航している、TPP・環太平洋パートナーシップ協定の交渉。
あすからシンガポールで閣僚会合が開かれます。
一番の焦点は、農産物の関税撤廃などを巡って、日米の溝が埋まるかどうかですが、アメリカは日本に対して強い姿勢で譲歩を求めています。
決裂すれば、TPPそのものが宙に浮きかねないという危機感も出る中で、この閣僚会合、まさに正念場です。
けさ、安倍総理大臣は、関係閣僚に対し、交渉妥結に向け、政府一丸となって取り組むよう指示。
閣僚会合に出席する甘利経済再生担当大臣が、シンガポールに向けて出発しました。
昨年末までの妥結を目指していたTPP交渉。
しかし、各国の利害が対立したまま、交渉はことしに持ち越されました。
先週、急きょ、甘利大臣がワシントンを訪れ、アメリカ側の交渉責任者、フロマン通商代表と会談。
農産物の関税の扱いなどを巡り、協議を加速させることを確認しました。
これを受け、今週、日米の事務レベルの協議が薦められました。
日本が関税撤廃の例外としたい農産物5項目。
品目にして586あります。
日本側は、このうち輸入実績がない品目や、牛肉や豚肉に関わる品目などについて、関税の撤廃や引き下げも含め、妥協点を探りました。
しかし、アメリカ側はとりわけ牛肉や豚肉について、原則として関税を撤廃するよう求める姿勢を崩しませんでした。
なぜ隔たりは埋まらないのか。
頑張ろう!頑張ろう!
閣僚会合を前に、聖域を守るべきという動きも活発になってきています。
JA全中などが集会を開催。
自民党の石破幹事長らも参加しました。
農産物5項目を関税撤廃の例外とするとした衆参の農林水産委員会の決議を、必ず守るよう改めて訴えました。
要請活動はきょうも。
JA全中の萬歳会長は、午前中、林農林水産大臣を訪問。
午後には安倍総理大臣にも会い、農産物5項目を関税撤廃の例外とするよう強く求めました。
自民党の石破幹事長は。
今回の閣僚会合で、果たして解は見つかるのか。
オウム真理教が関わった一連の事件で、初めて被害者の遺族が、法廷で直接、被告に質問をしました。
遺族の思いはかなえられたのでしょうか。
教団に拉致されて死亡した假谷清志さんの息子、実さんです。
けさ、直接、被告に質問するため、東京地方裁判所に向かいました。
相手は、オウム真理教の平田信被告。
清志さんの拉致事件に関わったとされています。
午後2時半過ぎ。
実さんは、質問を始めました。
実さんのもとに届いた、平田被告からの手紙です。
己の罪の重さにおわびのことばもありませんなどと、謝罪を繰り返していました。
その上で、これまでの裁判では、監禁致死とされている清志さんの死について、なぜ、殺人ではないのかといぶかしく思いましたと書いていました。
謝罪は本物なのか。
父親の死について、何か知っているのではないか。
実さんは質問することにしました。
法廷で、実さんは問いただしました。
さらに、手紙での謝罪について。
平田被告は繰り返し頭を下げ、新たに思い出すことがあれば、速やかに伝えたいなどと答えていました。
きょうの裁判を終えた実さんは。
一方で、平田被告と直接やり取りができたことについては。
平田被告の裁判は、来週、検察の求刑などが行われて、審理を終える見通しです。
東京電力福島第一原発で、きのうまでにタンクから、汚染水およそ100トンが流出した問題。
東京電力は原因について、配管の弁が故障していた疑いがあるとしていましたが、作業ミスの可能性が高いと、見方を変え、調査を行っています。
福島第一原発では、おとといからきのうにかけて、山側のタンクに水が入り過ぎ、汚染水およそ100トンが、周辺の地面に流出しました。
東京電力は、汚染水を処理設備からタンクに移送する配管の途中にある、本来閉まっているはずの3つの弁のうち、1つが故障していた疑いがあり、別の2つの弁も開いていたため、予定していなかったタンクに汚染水が入り過ぎたと説明していました。
しかし、別の作業のため撮影された写真から、おととい午前の時点で、故障の疑いがあるとされた弁が開いた状態になっていて、本来、汚染水を送る予定だったタンクにつながる弁は閉じていたことが新たに分かりました。
東京電力は、なんらかの理由で、予定していなかったタンクに汚染水が流れるように、誤って弁が操作された、作業ミスの可能性が高いとして、調査を行っています。
自民党の元参議院議員の下稲葉耕吉氏が、今月17日、敗血症のため、東京都内の病院で亡くなりました。
87歳でした。
下稲葉氏は鹿児島県出身で、東京大学を卒業後、旧内務省に入り、警視総監などを務めました。
昭和61年の参議院選挙で、自民党から比例代表で立候補して初当選し、参議院議員を連続2期務め、平成9年に発足した第2次橋本改造内閣で、法務大臣を務めました。
さあ、大雪に悩まされてきましたけれども、それでも各地に春の兆しです。
気象情報、井田さんです。
こんばんは。
こちらは愛媛県の今治市です。
早咲きの河津桜が今、見頃を迎えています。
直径3センチほどの美しいピンクの花が咲き誇っています。
およそ20本の河津桜。
先月下旬から咲き始め、満開になりました。
きょうも全国的に真冬の寒さとなりましたが、訪れた人たちは、一足早い春を感じていました。
この河津桜は今月いっぱい、見頃だということです。
日ざしが当たってきれいでした。
まだ雪が、各地に影響が残っていますけれども、雪による影響が残っていますけれども、解消に向かうといいですよね。
そうですね。
ただ、土日、晴れますけれども、まだまだ気温、低いんですよね。
まだ雪は残った状態、続きそうです。
引き続き雪崩や落雪にはお気をつけください。
では天気図を見ていきましょう。
あすは冬型の気圧配置は緩んで、広く高気圧に覆われる見通しです。
詳しく見ましょう。
こうなりますと、広い範囲で晴れ間が広がる見込みです。
ただ、真冬の空気は残ります。
あしたの朝は、けさよりも冷え込む所もありそうです。
では、気温の変化見ていきます。
朝の6時です。
北海道や関東甲信の内陸では濃い紫で、氷点下10度を下回る所もありそうです。
午後3時です。
日中も10度を超えてくるのは、九州や四国くらいで、1桁の所が多いでしょう。
夜の9時です。
夜も北海道や甲信や東海の内陸、紫で、氷点下5度を下回る冷え込みの所もありそうです。
各地の天気と気温を詳しく見ていきましょう。
きょうは浅田真央さんのインタビューをお伝えしました。
とても穏やかな表情をなさっていましたよね。
試合前、試合中とはまた打って変わって、本当にその優しい笑顔が印象的でした。
アスリートたちはもちろん、栄誉を目指して、メダルを目指して頑張るわけですけれども、浅田真央さんも言ってましたけど、とれなくてもね、やっぱり自分への挑戦を成し遂げたことが本当に満足ですというふうに話をしていました。
やはり何よりも究極に努力するところまでが、一番大事なんだというふうに教えられました。
2014/02/21(金) 21:00〜22:00
NHK総合1・神戸
ニュースウオッチ9▽浅田真央生出演▽銅メダル小野塚彩那▽アンネ日記破損なぜ[二][字]

列島感動!浅田真央万感のフリーで集大成 生出演で五輪振り返る▽亡き祖父に捧げる…小野塚彩那が銅メダル▽アンネ日記破損なぜ 都内図書館280冊以上▽TPP交渉行方

詳細情報
番組内容
【キャスター】大越健介,井上あさひ,【スポーツキャスター】廣瀬智美,【気象キャスター】井田寛子
出演者
【キャスター】大越健介,井上あさひ,【スポーツキャスター】廣瀬智美,【気象キャスター】井田寛子

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ニュース/報道 – 定時・総合
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