「schola坂本龍一音楽の学校」日本の伝統音楽編。
前回は室町時代に大成し武士が支えた芸能能・狂言について学びました。
今回は江戸時代町人社会の中で育まれた人形浄瑠璃や歌舞伎などを取り上げます。
こうした芸能においては物語に抑揚や節をつけて表現する事があり語り物と呼ばれます。
この語り物の音楽的側面に注目し成り立ちをひもといていきます。
日本の伝統音楽を見てきたんですけども今回は弦楽器と語り物から考える日本語の響きと題しまして浄瑠璃そこから発生した義太夫とか歌舞伎などについて勉強してみたいんですけども。
語り物の音楽の誕生という事なんですけどもこれは一体いつぐらいに?
(小島)普通はよく声明からっていうふうにおっしゃる方が多いんですけど私は語り部からだと思ってます。
古代の。
それぞれの集落とかそれぞれの小民族の中で自分のルーツを語るような語り部っていうのは大体ある訳ですね。
その時の語りというのも我々が今何か朗読するような語りではなくてもしかしたら今の我々聞くと節がついてるような語りだったのかもしれませんね。
言葉のイントネーションをちょっとオーバーにするような感じでいくと思います。
そういうふうにある程度節がついてないと記憶がなかなかっていうのもありますよね。
それで中世に琵琶法師という人たち特殊な芸能者が出てきたという事ですね。
雅楽と共に大陸から伝来した楽器琵琶。
平安時代中期にこの琵琶を伴奏楽器として語り物を行う人々が現れました。
鎌倉時代より琵琶法師は源平合戦における平家の栄華と滅亡について語り歩きました。
こうした演目は平家琵琶と呼ばれています。
敗れた平家の鎮魂を目的として始められたといわれていますがその語りは天皇家から文字の読めない民衆まで人々の娯楽となったのです。
歌詞もね平家琵琶はいろんな人たちが自分たちなりに平家の事を語ってたっていうのが。
だから口承としてはもっといろいろあったみたいですね。
それをまとめていったのが今の「平家物語」といってる。
まとまったものが。
それで語り物というのが中世に確立すると。
室町時代末期外国との貿易の窓口であった大阪・堺の港に後の語り物に大きな影響を与える楽器が伝来します。
琉球から三線という楽器が持ち込まれたのです。
この楽器を琵琶法師が改造し日本独自の楽器三味線が開発されました。
琵琶法師の中には琵琶から三味線に持ち替える者も現れたといいます。
ここからは三味線奏者の田中悠美子さんに解説してもらいます。
三味線はフレットがないので琵琶はフレットがあって出る音っていうのは非常に決まっていたんですけど三味線は全くどの音出してもいいのでそれまでの音階は多分三味線によって変わったんじゃないかといわれていて。
半音というのが三味線が琵琶に替わって使われるようになってから出てくるようになってそれで近世の音階の都節音階というのが出来たんではないかという。
八橋検校辺りですよね。
ここで平家琵琶を使った語りと三味線を使った語りを比較してみましょう。
平家琵琶は柱によって音の高さを決めるため限られた音しか出す事ができません。
語り手の使う音の高さも限られています。
一方三味線は弦を押さえる位置によって音の高さを自在に決める事ができます。
それに伴って後の語り物の表現の幅も大きく広がったと考えられています。
室町時代半ばから江戸時代にかけて人々の心を捉えた語り物の一つに「浄瑠璃姫物語」があります。
多くの語り手はこの物語を好んで演じました。
この作品にちなんで三味線などを伴った語り物音楽は浄瑠璃と呼ばれるようになりました。
江戸時代ごろになると浄瑠璃は物語を視覚的に表現する人形芝居と結び付きました。
人形浄瑠璃の誕生です。
当時を描いた資料によると太夫と呼ばれる語り手と三味線奏者が演じている様子が描かれています。
題材は宗教説話や武士貴族などが登場する物語が中心でした。
しかし1700年ごろそれまでの人形浄瑠璃とは一線を画す演目が大阪で生まれます。
その立て役者がこの2人。
浄瑠璃の語り手竹本義太夫。
そして作家の近松門左衛門です。
近松門左衛門は革新的な脚本を生み出しました。
それまで描かれる事のなかった当時の町人社会を舞台にした新たな分野を開拓したのです。
庶民の義理人情恋愛など身近なテーマを扱った物語に人々は熱狂しました。
その近松の物語を演じたのは竹本義太夫率いる竹本座。
それまで行われていたさまざまな流派の浄瑠璃や流行歌などを取り入れたその語り口は義太夫節と呼ばれたのです。
今日に伝えられている義太夫節の代表作を聴いてみましょう。
歌舞伎は見に行くけど人形浄瑠璃は聴きに行くというんですが。
例えば今の近松全体流れてないので分かりにくいんですけども文章がすばらしいんです。
これで三味線入ったりしたら非常に魅惑的な浮遊感というかトランス状態になるぐらいに文章自体にリズムがあって文章が音楽みたいな感じなので聴きに行くという…。
今の越路大夫さんが昔は「デンデン聴きに行こう」って言ってたって。
三味線の音デンデンッて深いので。
「文楽見に行こう」とは言わなかったとおっしゃってました。
「デンデン聴きに行こう」ね。
音っていうのがまた重要で一音にいろんな情報を詰め込もうとものすごい苦労してみんな昔の名人の方は修業されて。
その一つの音韻にいろんな情報があるっていう。
デンッて一つの音で場面が変わるようなねそういう感じさえありましたもんね。
義太夫節において三味線はとても重要な役割を果たします。
このフレーズをお聴き下さい。
フシ落チの手と呼ばれる三味線のフレーズです。
例をご覧下さい。
義太夫節におけるこうした三味線の表現を可能にした重要な要素がサワリという機構です。
3本の糸のうち1本だけが上駒から外されておりあえて糸がさおに触れるような仕組みになっているのです。
三味線はサワリを備えた事で余韻が伸び表現の幅を広げました。
サワリのついていない三線と比較してみましょう。
三味線もディストーションリバーブ入って非常に…雑音そのものが入って。
人形浄瑠璃の三味線ですと音階にはないようなホントにジミ・ヘンドリックスみたいなギュ〜ンみたいな。
ウィ〜ンッて。
そういう表現も出てきたりとかも。
ホントはフィードバックとか使いたかったでしょうねと思いますもん。
あればね。
ガチャッて踏んでギュ〜ンと弾きたかったと…。
そういう感じすらします。
激しいし面白いですね。
変幻自在の太夫の語り。
豊かな音色で奏でられる三味線。
それらは近松の脚本と一体となり町人たちの心を捉えたのです。
何て言うのかな音楽部分といいますかねどういうこう…歌とね伴奏の関わり方っていうのはどうなってるのかっていうのが素人にはよく分からないんだけども。
普通によくいわれているのは三味線と語りの関係っていうのは不即不離といいまして。
三味線のテンポこういうふうに進んでいてもそのとおりには語らないでパンと弾いているところを縫っていくようにガ〜ッとずらしていくと。
そのずらすというところが非常に重要。
基本はだからヘテロフォニーなんでしょうけど随分これ洗練されたヘテロフォニーで。
不即不離はこの分野に限らず近世の邦楽では非常に大きいです。
…っていう感じで音程までも三味線が示す音程のちょっと上を行ったり下を行ったり。
よく歌えますね。
引っ張られちゃいそうですよね。
普通だってこう聴いたらね…これ歌えないもんだけどね。
それとタイミングもずらすし今度は音程も同じにしてしまうとちょっと色気がないのでちょっと上行ってみようか下行ってみようかっていう事で。
粋な感じがしますよね。
キーワードはずれですかね。
ずれですね。
音楽を体験しながら学ぶ「scholaワークショップ」。
今回は太夫と三味線の不即不離の関係を体験します。
参加するのは小学校5〜6年生6人です。
今度は義太夫節っていうものを体験してみたいんですけども。
みんなきちんとね正座してますね。
竹本千歳大夫様と豊澤富助先生です。
(2人)よろしくお願い致します。
(一同)お願いします。
今日は皆さんに義太夫をやってもらおうという事らしいんですけれども。
「もしもし亀よ」っていう歌があるでしょ?歌えるかな?みんな。
(一同)歌えます。
(竹本)歌えます?これを義太夫節のように節をつけてちょっとやってみます。
ではお願い致します。
・「もしもし亀よ亀さんよ」・「世界のうちでお前ほど」・「歩みののろいものはない」・「どうしてそんなにのろいのか」こうなります。
全然違うでしょ?
(一同)はい。
ちょっとこれから説明するよ。
弾いて頂けますか?すみません。
ジャラ〜ンッて弾くでしょ?そしたらジャラ〜ンと弾いたこの音がありますね。
この音からは浄瑠璃は絶対に出ない。
これ決まりなんです。
これは話の区切りなどで使われるフシ落チの手と呼ばれるフレーズです。
・「もしもし亀よ亀さんよ」こうした表現の工夫によって話の切り替わりが音として明確になるのです。
「もしもし亀」はちょっと…つまり・「もし」「も」の字だけちょっとこう…何て言うかなついたような音するじゃないですか。
・「もしもし亀よ」と・「亀よ」って節がつくでしょ。
最初は最初っていうか中途は言葉みたいなんだけど中途から節がつく。
次に・「亀さんよ」って言った時は普通の言葉みたいでしょ?…で・「亀さんよ」ツンツンと弾いてくれます。
・「世界のうちでお前ほど」チ〜ン。
ここから節です。
・「歩みののろいものはない」太夫は舞台上でさまざまな表現を使い観客を魅了します。
ある時は登場人物になりきって。
また三味線の伴奏を伴って歌うように。
これらをグラデーションのように織り交ぜて物語を情緒豊かに伝えるのです。
・「歩みののろいものはない」・「ない」って言うでしょ。
これは義太夫節の大きな特徴なんですよ。
つまり三味線弾きさんが先へ…これ専門的になるんだけど先へ回るっていうんです。
そこの音へ「ここですここですここです」って言ってくれてるんですね。
三味線の音に注目してもう一度聴いてみましょう。
赤で示した3つの言葉が直前に演奏される三味線の音と同じ高さになっています。
言える?一緒にやってみましょうね。
先生…。
高くていいですからね声ね。
・「もしもし亀よ亀さんよ」・「世界のうちでお前ほど」・「歩みののろいものはない」・「どうしてそんなにのろいのか」
(竹本)よくできました。
出ていくところが分からないんでしょ。
ね?これ約束事みたいになってるから自然に覚えるんだよ。
何となく分かった?言い方とかがちょっと難しい…。
先生たちにお礼言いましょう。
ありがとうございます。
(一同)ありがとうございました。
(スタッフ)語りと三味線との掛け合いで何か感じる事はあった?江戸時代前期大阪で花開いた義太夫節。
その語りの技術や優れた脚本は別の芸能にも影響を与えました。
同時期に江戸を中心に行われていた歌舞伎の芝居が義太夫節の演目を取り入れたのです。
人気の人形浄瑠璃の演目が今度歌舞伎に取り入れられる訳なんですけども歌舞伎は当然の事ながらまたルーツが…出自が違う訳ですよね。
一番最初は小唄っていう当時のはやり歌があって日本人ってそういう歌があると何か踊りつけたくなる。
ですから一番最初は流行歌の歌から始まってるので。
義太夫の方は語りから始まる。
こっちは歌から始まっていくんですね。
それが何て言うか人形浄瑠璃を取り入れてね発展していくっていうのが面白いなと思うんですけど。
何か歌的なものだけじゃ済まないんですよね。
物語になってくると語り的な要素も入れたくなって。
長いストーリーが必要になる。
また聴衆がそういうものを望むという事もあるからね。
ちょっと見てみましょうか。
もちろんそういう浄瑠璃と歌舞伎があり。
あるいは能のものを歌舞伎の方がやるとかそういうさまざまな何て言うかな手を替え品を替えいろいろやっているという。
能・狂言もずっと続いてるんですよね。
その時代はね。
みんなそれが並行して続くっていうのが面白いですよね。
それぞれクレッシェンドしたりデクレッシェンドしたりするんだけど続くっていう。
じゃあまとめてねホントはもっとアイヌのものとか琉球のものとかも取り上げたかったんですけどホントに時間的な制約で。
ただこの列島に非常に多様な音楽があるという事。
社会階級によっても随分違う音楽がある。
時代によっても違うものがある。
それが連綿とね並行して続いてきているという非常に豊かだという事を認識できたかなとは思うんですが。
ありがとうございます。
2014/03/06(木) 23:25〜23:55
NHKEテレ1大阪
スコラ 坂本龍一 音楽の学校 シーズン4「“日本の伝統音楽”編」(5)[字]
日本の伝統音楽編第5回は、江戸時代、町人の大きな支持を受け、大衆化した人形浄瑠璃、歌舞伎などの「語り物」の音楽的特徴を掘り下げる。
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