スコラ 坂本龍一 音楽の学校 シーズン4「“20世紀の音楽”編」(2) 2014.03.20

「schola坂本龍一音楽の学校」。
20世紀初頭のヨーロッパは激動の時代でした。
それまでのヨーロッパ列強による世界支配が第一次世界大戦によって崩壊したのです。
終戦後帝国の支配下にあった数々の国や地域が独立。
ヨーロッパの社会に新たな枠組みが生まれました。
音楽の世界においても作曲家たちはそうした社会情勢と呼応するように新たな枠組みを模索しました。
前回はシェーンベルクらを取り上げ既存の西洋音楽の作曲システムを覆した十二音技法について学びました。
今回はストラヴィンスキーバルトークを中心に取り上げます。
民俗音楽と結び付く事によって生まれた新たな西洋音楽の響きについて学びましょう。
20世紀の音楽という事を見てきているんですけどもヨーロッパの中央でそれまでの長い西洋音楽の歴史が一つ終えんを迎えつつある時にそれまで周辺だった国々から攻め上るように新しい才能が出てくると。
その面でも第一次世界大戦の影響っていうのは大きかったと思うんですね。
つまり第一次世界大戦はヨーロッパがもう世界の中心じゃなくなった戦争ですからだからそれまでの非ヨーロッパの作曲家っていうのはブラームスみたいなヴェルディみたいなベートーヴェンみたいな曲を一生懸命書こうとしてたけどもう第一次世界大戦の前後ぐらいから非ヨーロッパの人たちが我が道を行く。
自分たちのやり方でモダニズムを追求するみたいな方向にガンガン行くようになりますよね。
それはちょっとね直前で先取りするような形で。
つまり1914年で第一次世界大戦が始まってそれまでの世界がホントに終わるんだけどその直前に例えばロシアからフランスに殴り込みをかけたような人たちがあると…。
たまたまディアギレフという非常に優秀なプロモーターがいてバレエ団を作ってロシア・バレエ団というのを持ってて今までそのフランスのバレエというときれいなバレリーナを男が持ち上げるっていうふうな話だったのがむしろ男性のね野生的な肉体部みたいなもので観客を圧倒するみたいな事を始める。
その人がまだ28歳ぐらいだったストラヴィンスキーにまず「火の鳥」。
翌年「ペトルーシュカ」。
1年休んでまさにその大戦の一つ前1913年に「春の祭典」という。
この3つの曲のレベルたるやね普通で言うと30〜40年かかる事を3〜4年でやっちゃってるんですよ。
ストラヴィンスキーが音楽を担当したロシア・バレエ団初期を代表する2つの作品をご覧下さい。
すばらしいですねやっぱりね。
すばらしい。
言葉がないね。
なかなか「火の鳥」とか見る機会がないんですけどこういうのを見るとマイケル・ジャクソンの「スリラー」だな〜と。
そんなのそんな時期にやっていたってすごい驚きなんですよね。
そのマイケル・ジャクソンっていうのはホントにこれ冗談じゃなくて大真面目な話でねつまりストラヴィンスキーっていうのは体というものをガンガン前に出した訳だけど別の言い方からすればリズムを前に出したという話ですよね。
それで20世紀の音楽って何なんだっていうその定義はいろいろあるだろうけど一つはダンスの世紀の音楽だという言い方ってできると思うんですよね。
つまりストラヴィンスキーの「春の祭典」が1913年。
1920年代っていうのはアメリカでジャズが起こってきて1930年代っていうのは多分スウィング・ジャズっていうもので世界中が踊り狂い…。
1940年代もビバッブで踊ってます。
それと1950年代エルヴィス・プレスリー。
1980年代のマイケル・ジャクソンまで脈々とダンスの世紀というのが続いてる訳ですよね。
身体性の音楽の世紀と。
プラス何て言うんだろう…そうは言ってもねこれなかなか巧緻に作られてはいて例えば最初の導入のあと踊りの部分ありますね有名な。
・「タッタタタッタタタ」っていうのがあったとして…。
普通それもう一回反復したくなるんだけど・「ンタタタタタタタタタンタタ」になる訳です。
ここみんなちょっと「えっ?」ってなるんですけど。
そういうふうな意味で言うと単に体が乗ってドンドン行きゃいいっていうのとちょっと違ってねそういう身体性をもう一回論理によって組み立て直してるみたいなとこが…。
このようにストラヴィンスキーは民俗的な音楽を複雑なアクセントで再構成する事で全く新しいバレエ音楽を生み出したのです。
今坂本さんが「春の祭典」の一部をお弾きになったので大事な事を忘れちゃいけないなと思ったんですけどすいません。
そこ左手と右手とバラバラに弾いて下さい。
和音が分かるようになります。
左手きれいな和音ですよね。
…で右手が。
そうなんですよね。
つまりそれ自体はとてもきれいな音なんだけどそれがモンタージュするんですよね。
時間的な進行というものを上に重ねたような形に…。
非常に濁った…一種土俗的な。
恐らくねあれが入ってきた時に音楽は20世紀になったんですよ。
バイオリンや実際ミソシレというような古典的な和音を使いながらそこで騒音を作ってしまう。
非常に一種打楽器的な扱い方をオーケストラにさせてしまうという新しい書き方。
これもやはり世界中にとても大きな影響をその後与えたと思うんですけどね。
もともとバレエのために書かれたストラヴィンスキーの音楽。
しかし楽曲単体としての評価もたちまち高まり各地のオーケストラによって演奏されるようになります。
ヨーロッパ周辺国からの殴り込みという事で言うともう一人忘れてはならないのがバルトークなんですけども。
特にストラヴィンスキーもロシアの民謡的な素材というのは利用してましたけどもバルトークはもっともっと深く入っていってですねハンガリールーマニアを現地調査して一種の民俗性を純粋音楽の方にと合体させていく。
統合させていくというような事な訳ですね。
バルトークの出身地は東欧トランシルヴァニア地方。
20世紀初頭ルーマニアとハンガリーによって国境線が争われた地域です。
バルトークは近代化の中で失われつつあった民俗音楽を残そうと当時最新の機材であった録音再生機を持って農村を回りました。
更に採集した音源を基にピアノで演奏するための作品を作るようになるのです。
バルトークが録音した音源とその録音を基に作られた作品を続けてお聴き下さい。
これもそれまでのサロンやなんか中心のヨーロッパ中心国のフランスやドイツなんかの音楽が忘れていた部分。
土俗的なものを直接取り込んでくる。
それを栄養にして滋養にして作るというのは忘れていた訳ですよね。
バルトークのリズムで特に変拍子重要ですよね。
つまり特に3と2を掛け合わせたようなリズムって多いんですよね。
322とかね。
バルトークは民俗音楽の独特の間合いをできるだけ忠実に表現するため変拍子を多用しました。
4拍2拍3拍のグループが1小節の中に入っている例をお聴き下さい。
こういうものっていうのは例えばフランスのミヨーなんかに非常に影響を与えてしかもミヨーっていうのはアメリカに亡命してる時いろいろ学生を教えててその中には例えばデイヴ・ブルーベックなんかもいる訳です。
「TakeFive」になる訳ですね。
結局デイヴ・ブルーベックがインタビューで言ってましたね一番すごく東欧のリズムに影響を受けてそういうものの中から「TakeFive」が出てきたみたいで。
それでこう来たんですね。
ただ一方でねバルトークの作品に通底するのは非常に対位法的なやはりバッハが持っていた非常に緻密な対位法的な音楽を直接受け継いでそれを発展させてるという面もあるんですね。
それが狭い世界じゃなくてホントに地球の全大地に広がるいろんな民俗音楽を取り込みながらものすごく多様な音楽を作っていった。
だからすごいエスニックなものとものすごく知的なものが同時にあるっていうのは面白いですね。
音楽を体験しながら学ぶ「scholaワークショップ」。
参加するのは作曲を学ぶ3人の学生です。
20世紀音楽のワークショップなんですけどもバルトークとコダーイがハンガリーなんかのあちこち歩いて民謡を収集してとてもいい曲を書いたと思うんですけど。
そのまねをねしてみようかという事でまた3人の若い作曲家の方に日本民謡を素材にして料理するという事をやってみたんですけども。
今回のワークショップの課題は日本民謡を素材にして新たなピアノ曲を作るというものです。
学生たちは番組が提示した9つの日本民謡から1つを選び事前に作曲を行いました。
まずは石川さんから発表です。
素材として選んだ曲はこちら。
すごいですね。
あの「ホ〜」がね。
すばらしい。
まさにこの民謡を選んだ理由はこの「ホーハイ」っていうリズムが単純に気に入ったからというのが一番大きいものでして。
そこにすごいダイナミックな感じを受けたんですね。
それをピアノでそのまま増幅させて発展したら面白いかなと思ってちょっとエネルギッシュな感じにしました。
分かりました。
では聴いてみましょう。

(拍手)どうもありがとう。
やっぱり何て言うのかな…意図してないかもしれないけども伊福部さんとかあるいはガーシュウィンとかね。
(小沼)ガーシュウィンの感じしましたね。
そういう…やはりある種の民俗性に基づいた音楽を作った人の響きに親近性が出てくるなと思いました。
ありがとうございます。
続いては芳澤さんの発表です。
素材として選んだ曲はこちら。
うん…面白い素材ですね。
じゃあお願いします。

(拍手)一応コードのように動いているように見えますけど基本的にはずっとこれが…。
…あるとそんなに変わらないので。
それはもちろんあえてそうしてる訳ですよね。
ただバルトークなんかを見ると割とすてきなハーモニーがついていて…。
格好いいハーモニーがついてもともとハンガリー民謡もハーモニーがない訳ですけどもそういうふうにアレンジはしてますけどそれをわざとハーモニーは追っかけなかったのね。
はいそうです。
原曲をピアノという楽器である程度再現したいと思ったんですけれどもやはりピアノなので半音関係はしっかり出てしまいますしその中では低音で倍音を含ませて響かせる事により何かただピアノで弾くだけではない音の質が出るんじゃないかなと考えました。
どうもありがとう。
面白いです。
(芳澤)ありがとうございます。
じゃあ3人目網守将平君お願いします。
網守さんが選んだ曲はこちら。
バックビートがさすごい効いてるよね。
(網守)そこですねまさに。
ダッダンダン…その一番後ろのね3連の一番最後のところが強調されてダダダダダダダダダっていうのがちょっと日本っぽくないような。
今の坂本さんがおっしゃったようなバックビートのグル−ヴとあともっと内声というか中低域で鳴ってる三味線のような音のリズムの反復と小節の効いた歌が入っていていろいろなものがパラレルに混ざっていて…。
最近のダンスミュージックとかにも応用できるしある種のトランス感というかそういうものを醸し出すのがすごい格好いいなと思って選びました。
どう料理したかっていうのがね楽しみですね。

(拍手)これは割と発展の余地がある曲ですよね。
永遠とやってたい感じのとこあるもんね。
長いバージョンも聴いてみたいですよね。
是非。
どうもありがとうございました。
ありがとうございました。
それぞれやはり特徴があって面白かったんですけど3人に実は共通してるのはハーモニーを変えないというかドローン的なというのかね。
割とスタティックな…。
もっと例えば日本の民謡を使いながらピアノ曲書いた人っていっぱいいる訳じゃないですか。
でもむしろそういう人たちの方がいろいろハーモニーを変えている。
むしろ今の人たちの方がそれでも平気だっていう。
平気って悪い意味じゃ全然なくてむしろその平坦さみたいなそれを生かすっていうかな…。
そういう事が可能になってるんだな。
ドローン世代なんですかね。
う〜ん。
はい。
とても面白かったと思います。
ありがとうございます。
ありがとうございます。
20世紀初頭西洋音楽の枠組みを揺るがせたのはロシア東ヨーロッパの民俗音楽だけではありません。
第一次世界大戦を通して影響力を増したアメリカで生まれた大衆音楽ジャズ。
このころヨーロッパで大流行し既存の音楽に大きな刺激を与えます。
ここでも1917年とか1918年っていうのは結構大事な年号になってて初めてジャズっていう名前を付けたレコードが出てるはずなんですね。
オリジナル・ディキシーランド・ジャズ・バンドとか。
1918年だと思いますけどアメリカのハーレムの黒人ばっかりの舞台というのがパリに…第一次世界大戦で行ってそこでブラスがジャズバンドを披露して非常に人気を博したというね。
そういうものを反映していわゆるクラシック系のいろんな作曲家もすごくそういうのに影響された曲を書く事になる訳ですよね。
例えば非常にヨーロッパ的フランス的洗練の体現者だったラヴェルみたいな人がアメリカ面白いらしいというので演奏旅行に行く。
ついてはちょっとジャジーな感じのするピアノコンチェルトを持っていくとか。
こうですかね。
ちなみにラヴェルのピアノ協奏曲ジャズの影響非常に受けている訳だけどこれオーケストラ編成もちょっと変わってるんですよね。
ステージで見たら明らかにジャズコンボというかジャズオーケストラをまねしてるなというのが明らかですもんね。
だから下手なオーケストラがやると聴くに堪えなくなってむしろジャズのトランペッターとかそういうのをねそろえた方がいいぐらいですよ。
岡田さんの説によると20世紀の音楽っていういわゆる純粋音楽の方はもうなくなっちゃって…。
…っていうか袋小路だったんですね割とね。
第一次世界大戦後はもうジャズやポップスに引き継がれちゃったんだというような…。
僕はそう思ってますけどね。
そのヨーロッパ中心主義みたいなのが衰退してそれまでの周辺国と思われていたところからあるいはヨーロッパじゃない新大陸であるアメリカなどに音楽の豊かさが移っていくというとこでしょうかね。
2014/03/20(木) 23:25〜23:55
NHKEテレ1大阪
スコラ 坂本龍一 音楽の学校 シーズン4「“20世紀の音楽”編」(2)[字]

20世紀の音楽編2回目は、ヨーロッパの辺境地域とアメリカ大陸の音楽が、西洋音楽に与えた影響により生まれた音楽を紹介する。

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