舞台は再び宮城県の石巻です。
(富澤)おっ楽しそうな人たちの中に長さんがいるね。
いますね。
(富澤)次回は長さんもカラオケ歌うのかな?もちろん歌うんですけど。
(富澤)歌うんだ。
それだけじゃないんですね。
長さんが今進めている住民同士が支え合う新しい支援のシステムを学びます。
(富澤)みんな楽しそうだね。
楽しそうですね。
(富澤)次回もお楽しみに!「東北発」!
(一同)「未来塾」!岩手県大町の赤浜地区で自主防災会の事務局長をしていた…地域の人々およそ500人の避難生活の指揮を執りました。
あの日神田さんは自主防災会の拠点になっていた公民館で仕事をしていました。
神田さんは津波が来る事を予測しハンドマイクで住民を避難誘導して赤浜小学校へ向かいました。
体育館に着き避難用の毛布を運び入れようとしていた時津波が襲います。
津波は神田さんを体育館裏へと流しました。
そして突き当たりの壁まで流された時突然波が引き九死に一生を得ます。
しかし体育館は冠水し避難所として使えなくなってしまいました。
神田さんは高台にある印刷会社を避難所に決め住民を誘導します。
印刷会社に着いてまずほかの避難所の状況を把握しようとします。
この時役に立ったのがトランシーバーでした。
避難所は神田さんのいる印刷会社のほか老人ホームと広場でした。
事前の取り決めで各責任者はトランシーバーを持ち連絡を取り合う事になっていました。
神田さんたちはトランシーバーで連絡を取り合い寸断されている道路のがれきを撤去する事を決めます。
隣の吉里吉里地区と安渡地区への道をつなげる事が目標です。
しかしがれきは200mにわたって道を塞いでいました。
およそ80人の住民が呼びかけに応じ2台の重機と手作業でがれきを撤去していきます。
道は僅か1日でつながりました。
2014/02/20(木) 23:20〜23:25
NHKEテレ1大阪
あの日 わたしは〜証言記録 東日本大震災〜「岩手県大槌町 神田義信さん」[字]
自主防災会の事務局長を務めていた神田さん。津波が来ることを予測し、住民を避難誘導した。他の避難所と連絡を取り合い、がれきで寸断された道路の開通の指揮をとった。
詳細情報
番組内容
東日本大震災に遭遇した方々の「あの日」の証言。岩手県大槌町の赤浜地区で自主防災会の事務局長を務めていた神田さん。津波が来ることを予測し、住民を避難させた。小学校の体育館に避難用品を運んでいる時に津波に流されたが、波が引き、九死に一生を得た。高台の印刷会社を避難所に決め、住民を誘導。ほかの2か所の避難所とトランシーバーで連絡を取り合い、寸断された道路のがれきを撤去することを決め、その指揮をとった。
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
ニュース/報道 – 特集・ドキュメント
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