どうも。
サンドウィッチマンです。
どうも。
あっ何かきれいな山だね。
きれいですね。
ここはどこですかね?ここはなんと長野県なんですよ。
今月の講師長純一さんは山深い農村で地域医療を実践してきた方なんですね。
おっ何だ?今度は温泉じゃない?ここは実は診療所の温泉なんです。
診療所に温泉ってすごいね。
すごいでしょう?これ。
ここは地域医療が進んでる場所として全国的にも有名なんですね。
確かに皆さん元気ですね。
元気だね。
長さんはここで10年以上地域に出向く医療を行ってきました。
10年以上も!お年寄りが住み慣れた自宅で最期まで暮らせるように手厚くサポートしてこられたんですね。
この地域には長さんを慕う患者さんがいっぱいいます。
(富澤)人生の最期をどう迎えるか確かに誰もが関心あるよね。
それを支えるため長さんはどんな医療をしてこられたんでしょうか。
宮城県石巻市で仮設住宅の人々の健康を守っている長純一さん。
この日は長野県に向かっていました。
将来東北で医師を目指す塾生たちに地域医療の原点を知ってもらうためです。
着いたのは佐久市。
地域医療の先進地として全国的に有名な地域です。
(長)その辺りを皆さんと議論したりまた考えてもらえればというふうに思っています。
長さんが震災前に勤めていた佐久総合病院です。
今年創立70年。
現在ベッドの数は820床。
200人の医師と2,000人以上の職員が働く…佐久総合病院が診療する地域は佐久市とその周辺の農村部。
東京都よりも広いんです。
20年前長さんがこの病院に就職した理由。
それは小さな診療所だったこの病院をここまで大きくした人物から学ぶためでした。
医者がほとんどいなくて長寿とは程遠かった農村に医療を広めた…若月さんは全国に先駆け医者が住民のもとに出向く出張診療を始めました。
農村では当時病気になっても我慢し病院に来たときには手遅れというケースが多かったからです。
住民の中に入り込み医師や看護師たちが演じたのは創作劇。
(男)「バカ!子供の知ったことじゃねえ」。
(女)「病気になったらお医者さんに行って…」。
「子供は黙ってろ!おら医者に診てもらうんなんて真っ平だ。
死んだってあんなのに診てもらうもんか!」。
日常生活を改善し「予防は治療に勝ること」を伝えていきました。
佐久病院の活動は若月先生という先生が地域に出向いていって当時こういった衛生的な水が確保できていない。
あるいは家畜と一緒に同じ屋根の下で住んでいる。
そういうのは当たり前だった。
そういったことを一個一個地域に出向きおうちに出向きこういったことが衛生状態が非常に悪い状況だったわけなのでそういった衛生の問題が大事ですってことを伝え調べてそれを改善するための手だてをやっていった。
あるいは暖房を確保する運動をやったり。
寒いことで脳卒中で倒れちゃいますよね。
そういった暖房をとる運動をやるとか塩分を減らすとか食事を改善するとか。
そういったことを地域へ出向いていってやった。
ただ単に医療を提供するだけではなくて…若月さんの教えは過疎化や高齢化が進む農村で今どのように引き継がれているのでしょうか。
長さんは佐久市から車で1時間半ほどの南佐久郡に向かいました。
佐久総合病院は山あいの南佐久郡各地に医師を派遣。
患者の自宅に出向き最期も看取る訪問診療に力を入れています。
国の調査によると国民の半数以上は人生の最期を自宅で迎えたいと望んでいます。
しかし現実に自宅で亡くなる人は1割ほど。
ところが佐久地区では4割以上の人が自宅で最期を迎えています。
長さんは11年間南佐久郡の診療所で所長を務めてきました。
自宅で看取ったお年寄りは250人以上といいます。
お邪魔します。
失礼します。
この日長さんは4年間通い続けたお宅を訪ねました。
すみません。
お邪魔します。
井出つよみさんは20年前脳腫瘍の手術をしてから自宅で寝たきりの生活を送っていました。
自宅で最期を迎えたいと願っていたつよみさん。
長さんは毎月2回通い続けました。
徐々に体力が弱っていったつよみさん。
家族に見守られ自宅で息を引き取りました。
これ見せていただいてよろしいですか?すごいですねこれ。
用意していただいて。
7冊のノート。
長さんとつよみさんの4年間にわたる治療と対話の記録です。
長さんをはじめ看護師やリハビリ担当者はこの交換ノートを通じてつよみさんとその家族を応援してきました。
ここが訪問診療で基本毎週入るのが最期というか平成25年の7月の予定でこの途中でお亡くなりなったということですけれども訪問看護で点滴をやりながら訪問診療や亡くなる直前までお風呂に入るとか最後の最後までおうちで過ごされたということですね。
(信人)亡くなる数日前は熱があるということで体温が上がるということでわきの下とか喉に脱脂綿をぬらしてすると案外落ち着いていきました。
まだ妹が来るまでは本人も我慢したと思うんですよ。
ちょうど帰ってきた頃臨終ということになりました。
でも4年間本当に何ていうかな…。
よくねご本人さんも病気をかかえながら病気の進行がゆっくりだったとはいえ頑張っていらっしゃったしね。
とても…失礼な言い方かもしれないけどかわいいおばあちゃんでね。
みんなの和みをもたらすというかとても人柄のいいかわいいおばあちゃんだったんですけれども。
長い経過関わった…そういうのを大事にしてやっているスタッフが地域にはいるということなんですね。
住み慣れた家や地域で最期まで過ごすことが幸せにつながる。
そんな長さんの信念は仲間に引き継がれています。
長さんが所長を務めていた小海診療所の後任北澤彰浩さんです。
この日はかつて長さんが診ていた夫婦2人暮らしの患者さんを訪ねました。
(北澤)前小海診療所の所長をしてくださってた長先生。
覚えてる?長年農業を営んできた82歳の新津勇さん。
肺を患っています。
妻のトシイさん77歳。
腰と膝を痛めています。
何か今日はいい顔ですねお二人とも。
ハハハ…。
いい顔さ。
長先生やこういう学生さんが来るから。
(北澤)そうか。
ありがとう。
きれいにした?きれいにしたんだよ。
(北澤)トシイさんもきれいになったじゃん今日。
(新津)トシイさんは昔から。
(北澤)昔から?上手だ上手だ!診療中に一度は笑ってもらうのが北澤さんのスタイル。
月に2回診察に来てくれてるから。
看護婦さんも2回来てくれるしな。
だから困ったりはないだよここにいてな。
暇だから孫が絵の具をな。
そこにあるけんどさ持ってきてくれてな。
「じいちゃん暇だから絵でも描きな」って。
そいで描き始めて。
そしたら面白くなってさ。
俺はあれここへ来てから描いたで。
あの絵撮ってもらわなきゃ。
これね。
ああこれ。
(新津)ここへ来てそれで描いたから。
誕生日の絵描いてさ。
(北澤)本当に上手なんですよ。
本当だね。
(北澤)飛び切りいいやつちゃんと並べてあるね。
(新津)何てったってせっかく来たしな。
(斎藤)長先生とか北澤先生ってどんな先生でした?前にして言いにくいやな。
見たとおりさ。
いい先生だよ。
これ以上いい先生いねえだ。
長先生だけは忘れねえち。
結局こういう山の中な先生とはな本当はいけねえかもしんねえが…先生がな。
先生がまた来てくれたちゅうようなことでな。
でかい病院に行ってさ診察してなそれでやればあれだけんどここへ出張を先生がしてきてくれりゃあな先生と友達気分に…。
悪かった病気もな早く治りがちになるっちゅうことじゃねえかな。
じゃ先生も頑張って。
そうだね。
えっ?まあちょっと当分東北のほう大変だからな。
地域医療の原点です。
ではまた佐久病院に帰ってきてください。
(トシイ)ジュース持ってきな。
ああ。
皆さん今日はご苦労さまでした。
(一同)お疲れさまでした。
東北の若者たちは長野の地域医療をどう見たのでしょうか。
在宅医療に関してご家族の方の負担が大きくて精神的なものもつらいものもあるのかなと思っていたんですけどもご家族も患者さんも幸せに最期を迎えることができたのかなと思いました。
お医者さんなんだけど友人みたいに思っちゃうんだよねと言ってらしてそういって患者さんとしてではなく個人として会ってるからこそそういう言葉が出てきたのかなって。
患者さんと医者の関係だけではなく個人と個人として会ったからこそ友人として扱ってくれてるのかなって思って自分の中でつながるところがあったというか。
病気のことだけではなくて病人を診るみたいなことがよく言われますけども病人その人が持っている病気以外の生活だとか生きがいだとかそういったことを視野に入れるっていうようなことはとても大事なことですよね。
あるいは最期というか具合が悪くなったときにどこで暮らしたいのかとか。
ある程度皆さん自分の状態が分かってらっしゃるのでこれからどう生きてどう老いてゆくゆくはどう亡くなっていくのかみたいなことも実は考えていたり。
あるいは相談したかったりするのかもしれないですよね。
もちろんそういう話題は触れないでくれって方はそれをみんな答えてくださいっていう必要はないんだけどもそういったときにそういうことも私もタイミングを見てお話をしたりします。
そのためのある意味信頼関係を作ってる。
何気ない会話の中でそういうのを作ってる。
その人らしい…例えば今日であれば絵の話をしてましたよね。
だから絵に関心を持つということはあの方個人に関心を持ってることで病気とは全く関係ないことですけれどもそうやってこの先生はあるいはこの看護師さんは自分にそういうことで関心を持ってくれている人なら自分の将来のことの決断を一緒に相談するパートナーだっていうふうに思ってくれるみたいなところが多分あるんですよね経験的にはね。
やっぱり病院にいると患者さんAさん患者さんBさんとかで終わってしまいがちなんですよ。
例えば癌の方で胃癌の患者さんAさんが入院してると胃癌患者さんの中の一人のAさんで終わっちゃうんだけど家に帰ると何々さんというお母さんに戻ったりとかおばあちゃんに戻ったりとか娘に戻ったりとか妻に戻ったりしてその人に戻れるんですよね家ってところは。
その中で自分の役割を担いながらずっと最期まで生ききる。
最期の瞬間まで自分ならどうやって生きるかみたいなところはやっぱり家のほうがかなえやすいのかなみたいなところが先生がおっしゃってる最期は家を希望なさる人が多くてそれを僕らは支えようとしてるってのはそこら辺が大きいのかもしれませんけどね。
ふだんの診察でも例えばその人の背景があってこういうことを言っててその人の内面を想像するとかそういった医者には想像する力っていうのが重要なんじゃないかなって今回思ったんですけどふだん医学部でただ病気の勉強をしてるだけではなかなか想像する力が身についてこないかもしれないしそういう想像力をトレーニングするようないいやり方があったら教えていただきたいなと思います。
好奇心があるとか不確実なことを面白いと思えるかとかそういったとこですかね。
理系の頭って割と解答があるんですよ筋書きが。
そういう世界じゃ多分人生ないから。
恐らくいい在宅医療っていろんなアプローチがあると思います。
北澤先生だったら笑わすけど私だったらこういうアプローチをとってそれは両方とも患者さんはすごく満足して結果もいいみたいなことがいっぱい多分あるのが在宅医療で人間関係みたいなことがあるので人それぞれなんですよね。
だからそのときにできるだけ私たちはできるだけいろんなバリエーションを引き出しいっぱい持っててこういう場合こういう傾向の人にはこういうふうに対応すればいいよねっていうのが経験と…でもそういうのも…面白いと思えるようなところがあると多分すごく面白い領域だと思います。
なるほど。
長寿日本一の裏には住民の人生を最期まで支えるお医者さんたちの努力があったんだね。
そうですね。
でもそれにしても長さんみたいなお医者さんに自宅で看取ってもらうのは幸せですね。
それでチョー幸せだよ。
それこの間言いましたからやめてください。
さて次回はいよいよ「地域医療のチカラ」最終回でございます。
舞台は再び宮城県の石巻です。
(富澤)おっ楽しそうな人たちの中に長さんがいるね。
いますね。
(富澤)次回は長さんもカラオケ歌うのかな?もちろん歌うんですけど。
(富澤)歌うんだ。
それだけじゃないんですね。
長さんが今進めている住民同士が支え合う新しい支援のシステムを学びます。
(富澤)みんな楽しそうだね。
楽しそうですね。
(富澤)次回もお楽しみに!「東北発」!
(一同)「未来塾」!2014/02/20(木) 23:00〜23:20
NHKEテレ1大阪
東北発☆未来塾▽地域医療のチカラ 家で最期を迎えたい それをかなえる医療とは[解][字]
今回の舞台は長野県!自宅で最期を迎えることを可能にする「地域医療の先進地」で、訪問診療の様子を見学。どんな医療が求められているのかを探る。【ナレーター】川島海荷
詳細情報
番組内容
講師・長純一さんが、20年ほど働いていた佐久総合病院と山間部の診療所を訪ねる。お年寄りが住み慣れた自宅で最期まで暮らせるよう、手厚くサポートしている。だから、この地域には長さんを慕う患者がいっぱい! 「医師というより友だちみたい」とも言われている。人生の最期を支えるため、どんな医療が必要なのか? 被災地だけでなく、全国のモデルとなる地域医療の姿を伝える。【応援団長】サンドウィッチマン
出演者
【出演】石巻市立病院開成仮診療所長…長純一,サンドウィッチマン,【語り】川島海荷
ジャンル :
趣味/教育 – 大学生・受験
趣味/教育 – 生涯教育・資格
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
日本語
サンプリングレート : 48kHz
2/0モード(ステレオ)
日本語(解説)
サンプリングレート : 48kHz
OriginalNetworkID:32721(0x7FD1)
TransportStreamID:32721(0x7FD1)
ServiceID:2056(0×0808)
EventID:9520(0×2530)