先人たちの底力 知恵泉(ちえいず) 激動の世の人材バンク「鍋島直正」(前編) 2014.02.04

幕末佐賀藩ほどモダンな藩はない。
佐賀がねぇ。
あ〜こんにちは。
あいらっしゃい。
ちょっと。
お〜いらっしゃいませ。
石井さん。
何やってんですかボーッとして。
ボーッとしてない。
ちょっと本読んじゃってね。
でもインターネット会社社長の藤田さんでいらっしゃいますよね。
そうですよ。
いやいやいやいやどうぞ。
よくお越し下さいました。
お掛け下さいませ。
失礼します。
最近ねどうもお客さん少ないらしくてね。
何を読んでたんですか?こんな夢中になって。
完全に心ここにあらずでしたからね。
実はこの本司馬太郎さんの幕末の佐賀を描いた「アームストロング砲」という本なんですけれどもこれね面白いんですよ。
つまり佐賀藩が当時日本一モダンな藩だったという事なんですよね。
佐賀がモダン?佐賀とモダンって結び付きます?いや〜結構地味な県。
またはっきり言いますね。
イメージはそうですよね。
でもね幕末そうそうたる顔ぶれが佐賀から生まれていったんですよね。
佐賀だけにちょっとさがしてみました。
さあ今宵も「知恵泉」での一時をたっぷりお楽しみ下さい。
数々の偉大な人材を育て上げ大きな成果に結び付けた人物をご紹介します。
今回の舞台は幕末の佐賀藩と聞いてチャンネルを変えようとしたお客様ちょっと待った!実は佐賀藩からは日本の礎を築いたすごい人材がたくさん生まれたんです。
総理大臣を2度務め日本の通貨を「円」という呼び名に定めた大隈重信。
現在の都道府県制の基礎を作り司法制度を確立した江藤新平。
誰もが学校で学べる国民皆学の制度を作り東京を日本の中心に位置づけた大木喬任。
更には鉄道や通信などのインフラを整えたのも東大医学部や日本赤十字社を創設したのもみんな幕末の佐賀出身の人たちなんです。
これらの人材を育成したのが…直正が藩主になったのは僅か16歳の時。
そのころ佐賀藩は未曽有の天災や先代の借金で財政は破綻寸前でした。
更に日本には西洋から開国を求める船が押し寄せ沿岸警備を担当する佐賀藩は脅威にさらされていました。
窮地に立たされた直正が藩を立て直すために取り組んだのが人材育成でした。
失敗続きの部下たちをやる気にさせ大砲や日本初の蒸気機関などを次々と生み出していきます。
こうして直正は佐賀藩を日本屈指の雄藩に導いていったのです。
今夜直正の人材育成術を読み解くのは日本を代表するインターネット企業社長藤田晋さんです。
24歳で起業。
僅か3人で始めた広告代理店を社員3,000人の大企業に成長させました。
人気のブログや仮想空間でコミュニケーションを楽しむサイトスマートフォンのゲームなど若手社員をまとめ新サービスを次々と打ち出しています。
人材育成の名人と若手の能力を発揮させる現代のリーダーが響き合います。
いかがですか?石井さん。
びっくりしましたね。
すごい事をやったという人ではなくすごい事をやったたくさんの人たちを育て上げた人なんですね。
そう。
憧れるとこありますよね。
やっぱりそういう同じ場所から何人も立派な人が育ったっていうのは何かそういう空気感を作ったというか…急に…。
佐賀のお国言葉でね佐賀の風を届けて頂きましたよ。
ふらりと現れたのは佐賀在住の歴史家大園隆二郎さん。
鍋島直正をはじめ幕末の佐賀の人物にとってもお詳しいんです。
当時の佐賀藩というのはもうすごく進んだ何なら日本一進んでたぐらいの勢いなんですか?そうですね科学技術の面では佐賀藩の力で鉄製の大砲を造ったりあるいは幕末の時代にですね実用蒸気船をこれも自藩の自分の藩の力で造ったりそういう意味では日本の産業革命の一番源流に位置してたとそういう捉え方できると思いますね。
どうしてそんな事ができるのかって思うでしょ?そのヒントになるものをね今日はお通しとしてご用意しました。
はい海苔。
(石井)海苔ですよ。
佐賀はね海苔の養殖日本一なんですよね。
佐賀の人たちが育てたこの海苔味わいあるでしょ。
同じように鍋島直正も人を手塩にかけて育てて味わいのある人材を世に送り出したという事なんですよね。
でも先生何で直正は人材育成だっていうところに着目したんですか?直正が16歳で佐賀藩を継いだ時はもう貧乏の極致みたいなとこだったんで絞っても絞りかすも出ないと直正自身が言ってますけどそういう状態でスタートしたんです。
そこで人材を育成してなんとか佐賀藩を立て直すんだという気持ちになったわけですね。
藤田さんはまさに人を育てているプロだと思うんですよそして会社を大きくされた。
どういうところにポイントを置かれてますか?僕も鍋島直正と同じで24歳の時会社つくったのでほんと右も左も分からないから任せて伸ばすしかなかったしそれが一番早いと思ってたんです。
逆に全部自分でやりたがる人は結構行き詰まっていたので僕はそういう人を育てる事で会社を大きくしようと思ってたんですけど。
早速ね具体的に味わっていきましょうよ。
鍋島直正がどういうふうに優秀な部下を育てていったんでしょうか?さあ鍋島直正の知恵味わって頂きたいと思います。
今回のテーマは…江戸時代後期佐賀藩には幕府から課せられた最重要の使命がありました。
当時オランダとの貿易が行われていた長崎の沿岸警備です。
そのころイギリスと清との間でアヘン戦争が勃発。
強大な軍備と高度な技術を持つ西洋の脅威が日本に迫っていました。
こうした情勢の中藩主に就任した鍋島直正は部下たちに命じました。
「長崎に備え付ける鉄の大砲を造れ」。
大砲製造のため早速刀鍛冶や蘭学者を集めた特命プロジェクトチームが組まれます。
リーダーに任命されたのは砲術を学んでいた本島藤太夫。
大砲を造るには大量の鉄が必要です。
そのため本島らはまず「反射炉」で鉄を溶かす事から取りかかりました。
しかし鉄はほとんど溶けず最初の挑戦は失敗に終わります。
鉄が溶けないのは温度不足が原因と考えた本島たちは火力をアップ。
しかしまたもや失敗しました。
その原因は何なのか。
発掘されたレンガは一部が溶けています。
高熱に耐えきれなかったのです。
反射炉の修理にはばく大な資金がかかります。
しかし直正はためらう事なくレンガの張り替えを命じました。
高熱に耐えるレンガはあるのか。
本島はある人たちを頼ります。
それは佐賀藩の名産焼き物の職人たちでした。
特に有田焼などの磁器は鉄が溶ける1,400℃に近い温度で焼かれます。
そのため窯には高熱の炎でも溶けない耐火レンガが使われています。
本島たちはこの技術を取り入れました。
7回目の挑戦でようやく全ての鉄を溶かす事に成功。
型に流し込みついに大砲が形になりました。
いよいよ初めての試し撃ち。
失敗でした。
その後何度も試しましたが砕け散るばかり。
失敗の原因がつかめず行き詰まりました。
町人たちからは「この度もまた出来損じなり」と陰口をたたかれ役人たちからも「金の無駄だ」と批判が相次ぎました。
一方同じ頃長崎で数十億円をかけて造っていた砲台が完成しようとしていました。
このままでは全てが無駄になってしまいます。
窮地に追い込まれた本島は「これだけ時間と資金を費やして完成しないなら切腹して殿におわびするしかない」と覚悟を決めます。
しかし直正は意外な言葉をかけました。
直正の言葉にチームは奮起。
本島は「ひたすら努力し研究に励んだ」と記しています。
本島たちは試験を重ねるうちにある事に気付きます。
大砲の断面を観察すると鉄の成分にムラがありまた形にも歪みがありました。
これこそが強度不足の原因でした。
そこで本島たちは溶かした鉄をかき混ぜる「攪拌法」を導入。
これにより鉄の成分が均一になりました。
更に砲身の歪みを改善するためそれまで手作業で穴を開けていたのを水車を使った方式に変更。
歪みのないまっすぐな穴を作る事ができました。
そして15回目の挑戦。
大砲は砕け散る事なく弾を発射。
プロジェクト開始から実に2年。
チームは数多くの失敗を見事乗り越えていったのです。
すごいですね。
どんだけ失敗したら気が済むんですか?しかしまあ大砲ってやっぱり造るの難しいんですね。
そうですね。
溶かす鉄の量がとにかく大量なわけですね。
一挙にもう何トンもの鉄を溶かさないといけないと。
従来の技術ではやっぱり不可能なところがあったんですね。
そこからスタートしたのでこういう苦労があったんですね。
よく途中でやめさせませんでしたね。
「もう駄目やめましょう」と直正は。
外国のレベルまで技術をどうしても上げないといけないという危機感があるわけですよね。
そこまで達成しなければ外国に侮られてしまうというところですからどうしてもそのレベルに達しないといけない何回失敗しても。
(石井)ボカーンボカーンって。
どうですか?自分がもし似たようなプロジェクトをやったとしてああいうふうな何度も失敗繰り返したってなったら。
今の鍋島直正の判断はすごく理にかなってると思うんですけど。
まずその任せてた人が切腹しておわびするっていうぐらい全責任を持つつもりでやっていたじゃないですか。
あれであそこまでやったそういうリーダーというのはリーダーとして正しい姿なんですけどそこであそこまでやったらあの時点で一番成功させる確率が高いのは彼なんで。
は〜。
(石井)なかなかでもそうはならないですよね。
やっぱ感情でどんだけ失敗すんだこの野郎ってなっちゃいそうじゃないですか。
失敗は部下の責任手柄は俺の手柄だみたいなねそういう人も多い中で。
そういう人がほとんどだと思いますよ世の中。
まあ任せてるというのはもう人材育成なのでそこで育成しようと思ってる。
それで責任追及してたらせっかく育ったの意味なくなっちゃうので。
「maxims」というこのちっちゃい冊子を全社員に配ってるんですけどここの中に「挑戦した結果の敗者にはセカンドチャンスを」って。
挑戦したらもし駄目でもやっぱすごいいい経験をしているので次は成功する確率が明らかに上がるだろうという考え方ですね。
我々の仕事もまだ誰も造ってない大砲を造ってるような話なのでその過程で何が問題だったのかってこのパターンは駄目だったというのを経験しているというのはものすごい財産ですからそれを会社の資産と見なしているという。
なるほど失敗した経験が資産であるという事なんですね。
この失敗続きの大砲開発チームなんですけれども成功しましたよね。
大喝采を受けるんですよ。
ただそれゆえにもう一つ課題が生まれてくるんですよね。
さあこの課題をどういうふうに乗り越えていったのか。
今度は佐賀特産の有田焼で味わって頂きたいと思います。
佐賀藩が大砲製造に成功したという知らせはすぐに江戸に届きます。
大砲があれば押し寄せる外国船を牽制できると幕府は一挙に50門大量発注します。
しかし量産にあたり本島たちはある不安を抱えていました。
西洋では大砲の強度を確かめる製品テストが必ず行われます。
しかし本島たちにはそのテストを行う際の火薬の量が分かりませんでした。
悩む本島たちに直正は命じます。
分からない事を貪欲に聞く姿勢は直正自ら実践していた事でした。
直正は以前からオランダ船が来た時には何度も訪れ船や武器について質問を繰り返していました。
西洋との交流が厳しく制限されていた当時直正の行動は常識外れとされ「西洋かぶれ」と揶揄されました。
直正はこの姿勢を部下に示していたのです。
直正を手本とし本島たちは早速出島へ赴きました。
3回にわたりオランダ商館を訪ねついに大砲の製品テストで用いる火薬量を聞き出します。
その量で破裂しなければ実戦でも耐えうるという情報をつかんだのです。
そして…。
試し撃ちは見事成功。
強度のめどが立った事で本島たちは大砲を量産します。
こうして無事50門全てを幕府に納入しました。
この大砲を備え付けたのが江戸の品川台場。
現在のお台場です。
この場所から江戸へ近づこうとする外国船ににらみを利かせていました。
その後も佐賀藩士たちは果敢に西洋人に接触しては技術を熱心に学び取っていきます。
大園さんこの時代ですよ。
藩主自らが行って教えて下さいと言うこれは常識では考えられなかったんじゃないんですか?そうですね。
(大園)オランダ船へ乗り込んで見学するんですけど直正一生懸命聴いてお昼一旦船を下りて午後もまた上がってというふうにして熱心に聴いてもう通訳の人は非常に忙しかったと書いてありますね。
そういうふうに自分で範を示すという事は…藤田さんいかがでしょう?藤田さんはいろいろな常識を打ち破ってきたわけですけれどご自身でやっぱり姿を見せるっていうのは?実は創業してからずっと人に任せて伸ばす経営をやってたんですけどちょうど10年近くたった時に壁にぶち当たりまして本当に会社を大きく変えなければいけない時期だったんですけど。
自社でメディアを作ってそのメディア事業に事業を展開するので要はいいものを作らなきゃいけなくなったんですよ。
それはもう細部へのこだわりとか地味な運用とかそういうのを僕自身がやってみせる事でみんなを引っ張ろうというふうに考えたんですけど。
そういった事で社員が社長の姿を見てその背中を見て変化っていうのはやっぱり起きてくるんですか?組織の中で。
変わりますね。
僕が出てこないと今までの当たり前がみんなの常識なんですけど…会社を変えようと思う時は人任せにせずにやっぱり自分でやらなければいけないと思いますね。
みんなの常識を変える。
という事ですよね。
常識を打ち破るにはまず自分からという事になりますよね。
はい。
僕が違う事をやってるわけだから会社は変わろうとしてるんだというメッセージですよね。
みんな背中見てますからねやっぱり。
そうですよね。
鍋島直正の知恵まだまだ尽きる事はありませんがこの続きはまた来週。
来週もノリノリでお伝えしていきたいと思っておりますので是非お楽しみに。
突っ込まないですよ。
2014/02/04(火) 23:00〜23:25
NHKEテレ1大阪
先人たちの底力 知恵泉(ちえいず) 激動の世の人材バンク「鍋島直正」(前編)[解][字]

幕末、貧しかった佐賀藩を急速に発展させた藩主・鍋島直正。日本初の鉄製大砲の開発に挑む部下たちを、直正はどのように導いたのか?直正流、常識破りの人材育成術に迫る。

詳細情報
番組内容
幕末、貧しかった佐賀藩を急速に発展させた藩主・鍋島直正。藩を建て直すにあたり、直正が最も力を入れたのが、西欧の脅威に対抗するため、藩内で技術者を育成することだった。沿岸警備のために鉄製大砲の開発が必須と考え、大砲鋳造のプロジェクトチームを結成。しかし失敗続きで藩内から批判が相次ぎ、メンバーは追いつめられてしまう。そのとき、直正が放った一言とは? 当時の常識を超えた、直正流の人材育成術に迫る。
出演者
【出演】株式会社サイバーエージェント社長…藤田晋,石井正則,歴史家…大園隆二郎,【司会】井上二郎

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 歴史・紀行

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
日本語
サンプリングレート : 48kHz
2/0モード(ステレオ)
日本語(解説)
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