(3人)こんばんは。
さあ「鑑定団」始まりました。
なんか…。
あれ今日お客さんがパンパンですね。
ねぇ。
今日これ出る方に応援団がついているという…。
なるほどこんなに密集してるの初めて。
前に収録してたらスカスカでサクラでスタッフが座ってましたから。
生家は築地で仲買業を営み…
まだ字が読めない年頃から芝居が大好きでテレビドラマのセリフを覚えてはトイレやお風呂の中で演じていました。
それを耳にした姉たちは「1人でブツブツしゃべってる」ととても心配したそうです
高校卒業後日活の養成所で演技を学び19歳のとき女優の道へ…
あめ売り娘の風車。
あら銀次さん。
2年後には連続ドラマの主役を射止め以来テレビ映画舞台で大活躍。
NHKのクイズ番組でもチームキャプテンを務めるなどお茶の間の人気者となりました。
また『渡る世間は鬼ばかり』では三女文子役を演じましたが実はこのドラマの5人姉妹の設定は中田家がモデルだそうです
うちの人は何にも協力してはくれないしね。
そんな中田さん意外なことに最近流行の…
中田さんは30年以上前から取り組んでおりブログのプロフィール欄には…
その結果ついにはDIY指南本まで出版してしまいました
今年1月からはテレビ東京系列で放送のドラマ『三匹のおっさん』に出演中。
これは町内の悪を斬るべく定年退職後私設自警団を結成した3人のおっさんたちの物語で中田さんは北大路欣也さん扮する剣道の達人キヨの妻を演じていらっしゃいます
あぁ…。
やあね定年したら気楽なものですね。
依頼人の登場です。
東京都からお越しのお願いします。
お願いします。
さぁどうぞこちらのほうへ。
いやいやいやもう今ドラマの撮影中ですもんね。
はい撮影中です。
泉谷さんとか大丈夫ですか?暴れてません?泉谷さんは…漏れ聞くところに暴れてないそうですが笑いがほんとにいつも起きてると言っておりました皆さん。
目の前に消え物っていうて食べるシーンがあったらあの人リハーサルから全部食べますから気をつけてください。
そうなんです?えぇそんな…。
中田さんのお宝ですけども拝見したいと思います。
ん?これは?亡くなられた淡島千景さんの櫛だったんです。
べっこうです。
生前櫛のコレクションを石井ふく子さんにお持ちになられて皆さんで使ってほしいと。
ですから亡くなられてしまったので今石井ふく子さんが管理してらっしゃるんですがコレクションを稽古場に持っていらしたときにこの櫛にくぎづけになってもうすごい細工なんですよ。
これね透かし彫りなんです。
透かしてますね。
これだけの細かい細工をできる職人さんがいらっしゃらないんですよもう…でこれはすごいこれはすごいほんとにすごい櫛なんですって石井先生に熱く語ったら「じゃあいいわよ1つあげるわ」って。
え〜。
本物のべっこうは人の髪にさしたときにこの体温で温められて落ちないんですって。
あっギュってなる。
偽物の櫛はポロポロ落ちていくんです。
これはもう中田さんしかさしていないんですか?私これはさしてない落としたら困るので。
いや落ちない言いましたやん今。
そう落ちないんですけど…。
今本物は落ちないっておっしゃったばっかりなのに。
さぁご本人の評価額ですがおいくらくらいでしょうか?う〜ん10万円にします。
10万円で。
はい。
10万でまいりましょう。
オープンザプライス!本物。
触った瞬間にこれは本べっこうであると。
質のいい斑が入っていないつまり斑点がない部分の材料を選んで作られているものですね。
非常に見事な麻の葉文様の彫りですし昭和期までくらいしか江戸べっこうの職人さんでももう作れないくらい非常に見事な細工です。
装身具というのはかつてどなたがお持ちになっていたのかという来歴が価値を加えてくんですね。
これが無名の方がお使いになっていてそれをたまたま見つけられたという程度ですと非常にお安い値段。
それに対して歴史的にですね意味のある方がお持ちになっていてお使いになっていたということになりますとその分だけ価値が高まってくると。
状態は非常によろしいのでぜひ大事になさったらよろしいと思います。
番組のほうも最後まで楽しんでいってください。
ありがとうございます。
ありがとうございました。
町役場の町長室をお訪ねしました。
失礼します
ようこそいらっしゃいました。
現在3期目で日々町の発展に奮闘中です
町いちめんに広がる水田はおよそ1,500ヘクタールで早朝や夕方にはこんな幻想的な風景が。
しかし近年町が抱える悩みは…
そのため数年前から町の有志が行っている試みに高田さんも大きな期待を寄せています。
それは…
田園戦士かわじマン!今日こそ貴様らをたたきのめしてくれるわ!
自然を愛する気持を子供たちに伝えるためさまざまなイベントで活躍中です
遠山元一は川島町出身で裸一貫から身を興し大企業へと成長させた昭和の実業家で地元発展のために資金提供をするなど大きく貢献。
今回のお宝は寄贈されて以来ずっと会議室に飾られ高田さんも職員だった頃たびたび目にしていたのですが当時は…
正直言うとまったく興味がなかったので気にも留めておりませんでした。
しかしあるとき新聞でよく似た絵を発見し詳しく調べたところ
どうぞ鑑定を…。
(一同)よろしくお願いします。
依頼人の登場です。
埼玉県からお越しのよろしくお願いします。
どうぞあちらへ。
あれ?町長かわじマンは?かわじマンがいない…。
かわじマン来てないじゃないですか。
あいつトカイスキーじゃないですか?貴様!トカイスキーが東京まで。
お宝拝見しましょう。
う〜んさぁこれはどなたの?三宅克己の水彩画ですね。
新聞を見るまでっていうのは作者のことはあんまりよくわからなかったんですか?私もこういうものはあまり興味ないし職員もなかなか興味ない職員ばっかりですからね。
庁舎も何回か建て増ししましたから居候じゃないけど…。
いろんな場所に転々とされてたんですか今までは。
町民の皆さんっていうのはこの絵の存在っていうのはご存じなんですか?いやあまり知らないですね。
皆さんは知ってるでしょう?来た方は皆さんご存じ?もしかしたら中にも今日今初めて見たっていう人いるかもわからへんで。
まぁなんとなく今日町長行くからまぁ行こかみたいな感じで。
もしいいものでしたら今後はどうしていきましょう?ちょっと今お金がないんでね。
でも2年後建つんでしょう新しいの。
だからその建物…お金がないからかなりよかったらどうかなと思ってるんだけど。
ちょっとでもそのために。
さっき町民に見せる言うてましたやん!偽物とかやったらどうします?いやちょっと…帰れないかな。
7歳のとき父が旧藩主蜂須賀家の養育係になったため上京。
日本橋浜町の蜂須賀邸内で暮らし始めた。
その際たまたま近所に日本洋画の先駆者高橋由一の画塾があったことから毎週公開される生徒の絵を見物。
この影響でいずれは自分も画家になりたいと思うようになった。
そこで本格的に絵を学び始めたが17歳のとき大きな転機が訪れる。
それは来日中のイギリス人画家ジョン・ヴァーレーが描いた日本の風景画を目にしたことがきっかけであった。
ヴァーレーの絵には山水画や大和絵などそれまでの日本画にはないごく平凡な日常が生き生きと描かれていた。
そのときの衝撃を三宅はこう記している
23歳のとき描き溜めた絵を売って資金を工面しアメリカの…
更に翌年には水彩画の本場イギリスに渡り美術館の絵を徹底的に模写した
そして帰国後黒田清輝率いる白馬会の第4回展覧会に水彩画43点を出品。
すると西洋の遠近法を駆使した構図や明るい色調の水彩画が極めて斬新と絶賛されこの後三宅は白馬会会員に迎えられることとなった
『雨後のノートルダム』は28歳の作
筆を用いず指先に絵の具を付け細かく点描することで霧に煙る大寺院を見事に表現している
三宅の絵は雑誌の口絵に頻繁に取り上げられるようになった。
また絵葉書の売り上げがトップを記録し三宅は一躍時代の寵児としてもてはやされた
しかしこれを目にした洋画家鹿子木孟郎は美術誌で三宅を痛烈に批判
三宅は真っ向から反論したがこれを機に中央画壇とは距離を置くようになり52歳のとき…
その後はたった1人で水彩画の可能性を追求した
77歳のとき長年の功績が認められ…
しかし日本における水彩画の評価は油絵に比べると極めて低く今日三宅の名を知る者はほとんどいない
改めて依頼品を見てみよう。
三宅克己の水彩画で画題は日本三景の一つ…
横長の画面の左右に松の木が繊細な筆致で描かれている一方空や海は透明感ある色調で表現されている
ご本人の評価額ですがおいくらくらいでしょう?100万円。
100万円。
中田さんいかがですかこの絵は。
100万円…しますか?100万円しますかとおっしゃいましたか今。
まいりましょう。
オープンザプライス!応援団が盛り上がっております。
いつもと拍手の勢いが違うんですもん。
代表作と言っていいですよね。
いろんな方が水彩画を描いていましたけれどもその中でなぜ三宅が最高の評価を得ているかということなんですがまずこの構築性なんですね。
一般に油絵というと非常に構築性があって塗り重ねながら非常に重厚な絵を描くという画材なんですけれど水彩というのは塗り重ねっていうのは非常に難しいんですそういった構築性でやっていくというのは非常に向いてないんです。
ですが三宅は遠近感があっていわゆる油絵で生まれたそういった技法を水彩で見事に描きえたということ。
それからもう1点やはり水彩の特色非常に繊細でやわらかいタッチでその空気感とか湿潤な風土とかね光とかそういった風景を描きえたということ。
水彩画の普及に大きな貢献をしたそういう意味ではほんとに美術史では大事な方ですし大事にぜひお持ちいただきたいと思いますね。
この絵をたぶんトカイスキーが狙いに来るんですね。
これを守ってもらおうみたいなストーリーでぜひ。
はい。
どうもありがとうございました。
ありがとうございました。
2003年更埴市戸倉町上山田町が合併し新たなスタートを切った。
稲荷山は江戸時代善光寺に向かう北国西街道最大の宿場町だったが明治時代になると生糸など物資の集散地としておおいに発展。
そのため現在も当時の繁栄ぶりを物語る大きな問屋や旅籠などがあちこちに残されている。
特産品は…
江戸時代咳止め薬として栽培が始まりその後国内屈指の生産地となった。
毎年春になると里山いちめんに薄桃色の花が咲き誇り一目十万本とうたわれる絶景が広がる。
そのなかでひときわ目を引くのがこの大木で高さはおよそ14m樹齢はなんと290年。
貴重なあんずの在来種で現在市の景観木として大事に保護されている。
その前に佇み北国の遠い春に思いをはせるのは…
会場は…
早速いってみよう!
出張!なんでも鑑定団IN千曲市!
まずは農業一筋65年の…
おいくつでいらっしゃいますか?長谷川さん。
シュッとして。
すごい「おじいちゃんガンバレー!!」。
現在家業は息子に任せのんびりと野沢菜を栽培している。
その漬物を売り出したところ大好評とのこと
うわうまっ!おいしい!すみませんごはんもらえませんかね?
お宝は…
二十数年前なじみの骨董店で発見。
大勢の人物がとても緻密に描かれていたので名品と確信し店主に値段を聞くと…
すぐパッて買うって決めたんですか?
しかし家族に後ろめたいのでその後はずっとないしょにし戸棚に隠していたのだが…
しかもこの掛軸を見てこんなガラクタと鼻で笑ったので悔しくてしかたがない
本人評価額は買ったときと同じく…
言われてみると確かに人に騙されやすいがこの掛軸は自分が惚れ込んで買ったので絶対本物。
果たして結果は!?
ジャカジャン!
あちゃ〜!
まったく若冲の画風ではないんですね。
もし本物であれば買われた二十何年前でも恐らく3,000万円はしただろうと思います。
ですからどう言いようもないんですけれども…。
偽物なんです。
続いては元刑事の…
全然そんなふうに見えませんけどね。
優しそう。
熊さんって呼ばれてたんですか?やっぱり。
かわいい。
しかし職業柄危険な目に遭遇したこともたびたびあった。
例えばあるとき民家に不審者が侵入したとの通報を受け駆けつけるとなんと包丁を持った男が…。
びっくりしたが平静を装いこう一喝して取り押さえた
いや落ち着けませんよそんなんやったら。
今完全に棒読みでしたよ。
お宝は…
実は熊井さん大の骨董好きで…
いやでも仕事で時間ないでしょ?外ですねわかりました。
この皿は20年ほど前岡谷に赴任していた際骨董店で発見。
松竹梅のめでたい図柄が気に入ったが店主がなかなか値段を言ってくれないので思い切って10万円でどう?と持ちかけるとあっさり売ってくれた。
本人評価額は自信満々の…
しかし目の前で中島の鑑定が始まると熊井さん急に弱気になり…
もう…。
自信持ってください。
果たして結果は!?
ジャカジャン!
よかった!お孫さんも大喜び
すごい急に自信を回復しましたね。
江戸時代の終わりから明治の初頭にかけて作られた古伊万里の皿ですね。
形がおもしろい。
このへりのところが二重縁になっておけみたいになってるね。
それがちょっと風格があります。
見込みが捻じ文様になって中に松竹梅が描いてある。
これは中国から輸入された祥瑞の柄ですね。
裏に銘があります。
「乾」という字をもじった銘なんですけどね。
これはね有田皿山の一つ黒牟田という窯で活躍した梶原貞一という人の作品なんです。
だいたい古伊万里の大皿というのはこの黒牟田のこの家でもって作ってる。
もとは一対あったんですよね。
きっともう一つはどこかでやっぱりおじいちゃんが持ってるんじゃないでしょうかね。
続いては建築会社の経理担当
竹内さん!
お宝は…
映雪は長野県小諸市生まれの日本画家で伊東深水に師事。
気品溢れる美人画を数多く遺した
しかしその後はずっと会社の隅でほったらかし。
そこで社長に相談したところもし高ければ売り払い社員旅行をしようということになった。
本人評価額はごくごく控えめの…
不景気のあおりを受け数年前から社員旅行はなくなってしまったのでこの際近くでもいいからどこかに行きたい。
果たして結果は?
ジャカジャン!
これはすごい!
白鳥映雪さんは生まれてすぐにお母さまを亡くされてそのお母さまの面影を描きたくて深水さんに弟子入りをしたというふうなことでちょっと面長でたいへん清楚な感じでパッと見てこれは白鳥さんの絵だなというふうなお顔が見えるような気がいたします。
2003年でしたか脳梗塞で倒れられてそれでも右手を使わず左手で絵を描くその姿がNHKのドキュメンタリーなんかで放映されたというふうにこの長野にとってはやはりこういう絵はお宝だろうと思います。
飾られてもよろしいかなと…。
気持はもうヨーロッパ旅行に…。
続いてはオリンピックピンバッジ収集が趣味の…
なんかものすごい数が…。
全部で何個くらいお持ちなんですか?
このバッジはオリンピックの開催を記念し公式スポンサーや報道機関が関係者に配るために製作した非売品で世界中に収集家がおり立派なコレクターズアイテムである。
しかし丸山さんテレビ東京のバッジはまだ持っておらず…
ここでお願いして…おきます。
何がおかしいんですか!?
お宝は…
450年前の!?
四十数年前のことなじみのタバコ屋に行くと主がこの器を手にこう切り出した
ひと目で気に入ったが当時の月給は数万円。
気軽に払える金額ではなかったため躊躇していると主の奥さんが…
これが!?これが。
そう言われてようやく決心がつき2年半の月賦で購入した。
本人評価額は今ならこのくらいと…
実は番組開始以来この日が来るのをずっと待っていた。
タバコ屋の奥さんが言ったとおり家が1軒建つといいのだが…。
果たしてどうなるのか?
四十数年前なじみのタバコ屋の主から15万円で購入したもの。
その際奥さんから「これで家が1軒建てられる」と言われたが果たして結果は?
ジャカジャン!
う〜ん残念!
これはずっと時代が下がって江戸時代の後期に焼かれた志野焼ですね。
桃山時代の志野というものは茶湯を旨としておりますから茶会に使えなければいけないという形になっております。
これは向付の形ですけども向付にしては大きすぎますね。
鉢にしたらば立ち上がりが深い。
ただこれねおそらくお茶人がこの塗り蓋をあつらえて小鉢に使ったりあるいは替えの水差しに使ったんでしょうね。
そういう味わいの様子がしっかり出てるんですよ。
もし蓋がなくてまっさらで…2〜3万円なんです。
続いては最近合唱団に入団した…
今練習してる曲ってどんな曲ですか?ちょっとじゃあワンフレーズだけちょっと…。
「朝の流しで母さんは」ムム…。
ちょっと忘れちゃった。
ムムで終わりですか!?
お宝は長野生まれの水彩画家…
実は大日方さんの叔父は日本画家で20代で戦死してしまったが何点か作品を遺していた。
20数年前その作品を表装してもらうため表具屋を訪ねた際店内に飾られていたのがこの掛軸であった
見た瞬間に…。
お値段をお聞きしたんですよね。
そしたら私にとっては…。
なんぼって言いはったんですか?はぁ…。
しかしどうしても諦めきれず後日店主に相談し4回の分割払いで購入。
その際へそくりをはたいたので…
そっとしまっといちゃ…。
しかし今回の出演が決まりとうとう家族にバレてしまい…
優しいわ!なんで行こうと思ったの?
本人評価額は買ったときと同じく…
こんな高い買い物をしたのは後にも先にもこのときだけなのでどうかいいものであってほしい。
果たして結果は!?
ジャカジャン!
ダウンするも大健闘!
たいへんいい作品だと思います。
信州の山の色合いがとってもきれいですよね。
描かれているのが高山植物。
丸山晩霞さんというのは海外から石楠花なんかを持ち帰ってご自分で育ててらしたっていうことでたいへん高山植物に関しては博物学的な知識をお持ちであったということでそういうものが描かれたものは評価が高いほうなんですよね。
20年以上前くらいに買われたっていうのはいちばん高いときバブルの頃だったっていうのがあるんだろうと思います。
最後は姉妹で食堂を営んでいる…
肌ツヤがいいですね。
あっ油を吸ってるから潤いがある?そう!
こちらが金内さんのお店
焼きそばが名物で地元で大人気とのこと。
今日は妹さんも応援に駆けつけてくれた
よく似てらっしゃいますね。
え?似てない…。
似てますよ。
あっほんと?
看板姉妹として45年間仲よく店を切り盛りしてきた。
そのためなのか実は2人とも…
自信持って言うことじゃないよね。
お二人とも?すみません!いや謝る必要ないですよ。
すみません。
すごい!えぇすごいです。
まだちょっと前。
あぁ…嫌だ!石田さん!
お宝は…
石黒は中国宋時代の木の葉天目釉を日本で初めて再現。
鉄釉陶磁の技法が認められ後に人間国宝になった。
実は石黒と金内さんの父寿三さんは異父兄弟で石黒がまだ無名で貧しかった頃助けるために買ってあげたものらしい。
そのため石黒から父宛の手紙も何通か残っている。
今回もしこれが高ければどなたか好きな方にお譲りし91歳の母と妹3人で温泉旅行に行きたい
温泉旅行ですね。
そうだね。
ヨーロッパじゃないですね?
本人評価額はその旅行の費用として…
父は晩年困ったときはこれを売れと言っていた。
今特に困っているわけではないができれば最後の親孝行がしたい。
果たして結果は!?
ジャカジャン!
よかった〜!
ありがとうございます!おめでとう!一目で石黒宗麿の作品ってわかるものは外が白い釉薬で口が黒くなってる。
その扁壺ですね。
裏になんと宗麿のハンコが押してございますね。
ですから共箱でなくても証明になるわけなんです。
口のところから釘の頭みたいにちょっと黒い釉薬が垂れてるでしょ?それが宗麿なんですよ。
中国の焼物を決して写したんじゃないと私の独創なんだっていう強烈な意志力はその釘の頭にこもってる。
それからそのお隣の唐津の茶碗。
それは宗麿が京都にいたときに奥さんにわずか50銭だけ渡してふらりと唐津へ行ってしまってお金がないのにもう夢中で唐津を研究したその成果。
あとの3点は10万円ずつです。
このお手紙ですよ。
これが付加価値として実に大きい。
貴地途上にてあなたの土地に行く途中で見た珪酸塩の粒子。
これは釉薬ですね。
この窯に試験してみたくもしご近所にて拾うことできれば散薬一包みほど手紙の中へでも入れてご送付お願いいたします。
石黒宗麿という人は焼物のことしか頭になかった。
温泉旅行はいいじゃないですか。
長く保存して大切になすってください。
出張鑑定IN千曲はこれにて無事閉幕
まだ夕方5時なのにもう晩酌を楽しんでいらっしゃいました
特に趣味もないので晩酌が唯一の楽しみなんです。
20代の頃から休肝日なしで毎日飲み続けており今でも大瓶を3本軽く空けてしまうそうです
お天道様が出てるうちはなんか悪い気がして飲めないからね。
しかしよく見るとテーブルに置かれているのはビールのみ。
あの〜おつまみは召し上がらないんですか?
お酒を飲むときはじっくり味わいたいから食事もつまみも一切食べません。
へぇ〜そうなんですか!お体のためにもほどほどになさってくださいね
30歳の頃友人の知り合いの老婦人の家に遊びにいった際床の間に飾られていたお宝に一目惚れ。
ぜひ欲しいと思ったのですがその方とは初対面だったためいきなり切り出すのは失礼と思い…
その方が小唄のお師匠さんだというので…。
三味線を購入し通い詰めること1年あまり。
ようやく親しくなれた頃…
お宝を譲ってほしいという話をしたところ快く了承していただけたんです。
すごい名品だと思います。
鑑定のほどよろしくお願いいたします。
1年あまり小唄を習い続けようやく手に入れたお宝の登場です
依頼人の登場です。
東京都からお越しのお願いします。
すご〜い肌つやめちゃくちゃいい。
40年ご飯食べてないんですか?これ新しい健康法ですよ。
1日瓶ビール3本説。
さぁそれじゃあお宝拝見しましょう。
これはなんという焼物でしょうか?乾隆皇帝の時代の粉彩の花瓶です。
約200年くらい前じゃないかと思います。
200年前の。
箱書きに張作霖よりの寄贈と入っておりまして私が満州にいましてその頃の思い出がいくらかありましてぜひ譲っていただきたいと思いまして。
お譲りしていただけるっていうときに150万というのはなんで決められたんですか?心付けとしては自分の能力の範囲の最大…。
心付け超えてるでしょ150万は。
いやいや。
だって大瓶ビール何本買えるかいう話でしょ。
お宝手に入れたあとも小唄はずっと習いにいってたんですか?いやいやもうとたんにやめました。
とたんにやめた!?こら!とたんにやめたんすか?小唄愛が薄い!これもし高かったらどうします?家内連れて外国でも行ってヨーロッパのほうまわってイタリアでも行ったらスパゲッティでも食べて…。
スパゲッティ!日本でも食べれますけど…。
清を建国した満州族は17世紀初めまでは中国・東北地方の一部族にすぎなかったが第4代皇帝康熙帝が本土を統一したことによりその後おおいに繁栄した。
その康熙帝がこよなく愛したのがヨーロッパの貴族たちの間で珍重されていた七宝であった。
そこで康熙帝はこの技法を磁器に応用すべく職人たちに徹底的な研究を命じた。
その結果ついに生まれたまったく新たな絵付けの技法が粉彩である。
従来の五彩は焼成して初めて狙いの色が現れるのに対し粉彩の顔料は色ガラスの粉末を用いるため絵付けの段階で仕上がりの色を確認することができる
また白い顔料もありこれを混ぜることによりぼかしや明暗などやわらかい色調も表現することができた。
そのため職人ではなく宮廷画家が存分に絵筆をふるい極めて写実的な絵付けが施された
第5代雍正帝の時代になると景徳鎮の監督官に唐英が就任したことにより粉彩の技法は飛躍的に発展。
顔料の改良が進み色数も大幅に増えたため一段と優雅になった。
美しい白磁に描かれた花鳥や山水はまさに一幅の絵画のごとし。
余白に流麗な文字で詩が記されるようになったのもこの頃のことである。
そして熱烈な美術愛好家だった乾隆帝が第6代皇帝に即位すると粉彩は最盛期を迎え数々の名品が生み出された
これは余白をあえて他の色で塗りつぶし針彫りで模様を描く技法でその装飾たるや国力を反映し実に絢爛豪華である。
また乾隆帝の意向に従い造型にも独特の工夫が凝らされた。
例えば転心瓶は内と外の二重構造をもち内側を回転させることで絵柄の変化を楽しむ。
これこそまさに中国磁器の頂点といっても過言ではない。
しかし乾隆帝が没すると欧米列強の脅威にさらされ混迷が続き清朝陶磁も急激に輝きを失っていった
改めて依頼品を見てみよう。
粉彩の花瓶一対である。
白磁の壷に粉彩ならではのやわらかい色調で豪邸とそこに暮らす人々が描かれている。
底に乾隆年製とあることからすると18世紀中期から後期にかけての作か。
また箱には…
張作霖は20世紀初頭満州を支配下に収めていた軍閥の総帥である
ご本人の評価額ですけども…。
200万でお願いしたいと思います。
1つ100万で…かなりのヨーロッパ旅行ができます。
さぁそれでは200万で。
まいりましょう。
オープンザプライス!あれ?乾隆帝時代の作品ではなくて清王朝が滅亡した後の中華民国時代になっての作品なんです。
ですから約90年くらい前の20世紀の初頭ということになりますね。
仮にこれが乾隆帝時代の官窯でしたらば現代の相場でいうと数十億いたします。
当時宮廷画家は実際の中国絵画をいかにして白磁のボディーに写すかってことをやってますから。
絹のきれに描いたように遠近感があって人物とか木なんかでも立体感をもってる。
これはまったく写してあるだけの平面的な絵ですね。
裏にある乾隆年製という銘ね。
実際の官窯の銘というものは人間が書いたものを印材に彫って篆刻をして押したように無機質な硬い風格があるんですよ。
本物の乾隆時代のこの台はいわゆる紫檀のような銘木でもって彫り上げてある。
擦れて中が白いとこが見えてる。
これはね雑木の機械彫りなんですね。
ですから量産されたものだということがわかるわけなんです。
その箱に書いてある「張作霖ヨリ寄贈」というそれは実話でしょう。
中国の東北地方に運ばれて日本人の手に渡ったものだというふうに考えられます。
ただねすでに1世紀近く経ってますのでね中国の近代の工芸品としてお楽しみになったほうがよろしいと思います。
ありがとうございました。
でもヨーロッパ旅行なんとか行けんことないと思うんですよね。
浅草で間に合わせます。
え?えらいヨーロッパから変わりましたね。
はい。
ぜひ浅草を楽しんでいってください。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
また来週ですさようなら。
2014/02/04(火) 20:54〜21:54
テレビ大阪1
開運!なんでも鑑定団【お宝ほしさに弟子入り!?】[字]
50年程前、一目惚れした一対の花瓶。持ち主が小唄のお師匠さんだったので、お近づきになるため興味もないのに弟子として通い続け、ようやく譲ってもらった。鑑定結果は?
詳細情報
番組内容
<苦労して手に入れた逸品>
お宝は、50年ほど前に手に入れた1対の花瓶。30歳の頃、友人の知り合いである小唄のお師匠さんの家で見かけ、一目惚れしてしまった。しかし初対面だったため、突然「譲ってくれ」とは言えず、お近づきになるべく弟子になることに。興味の無い小唄を習いに通うこと一年あまり。ようやく仲良くなり150万円で譲ってもらった品。
出演者
【司会】
石坂浩二、今田耕司
【進行アシスタント】
吉田真由子
【ゲスト】
中田喜子
【出張リポーター】
石田靖
【ナレーター】
銀河万丈、冨永みーな
鑑定士軍団
中島誠之助(古美術鑑定家)
北原照久(「ブリキのおもちゃ博物館」館長)
安河内眞美(「ギャラリーやすこうち」店主)
阿藤芳樹(「阿藤ギャラリー」代表取締役)
永井龍之介(「永井画廊」代表取締役)
大熊敏之(富山大学大学院 芸術文化学研究科 教授)
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バラエティ – その他
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