「行く道と帰り道とどちらが好きですか?」。
「冗談で死んだふりをした事はありますか?」。
今日の主役は没後30年の寺山修司。
青森が生んだ世界に誇る天才アーティストです。
私は誰でしょう?分かんない。
誰ですか?てら…てら?いやでも絶対…。
誰だっけな?何か見た事あるんだけど。
なんと地元青森でも寺山を知らない人が多いんです。
・「つけまつけまつけまつける」この人はご存じですよね。
実は寺山とも無関係ではないんですよ。
しかもその作品は高く評価され教科書には彼の短歌がたくさん載っているんです。
更に更に…彼の作品には現代を生き抜く知恵が満載!人づきあいに悩んでいたこの女性は…。
酸いも甘いも知り尽くした人生のベテランも…。
…という訳で今夜は幸せになりたい人人生に悩んでいる人必見の寺山修司スペシャルです!こんばんは。
今夜の「東北Z」は亡くなって30年マルチな才能を発揮しましたアーティスト寺山修司を特集します。
ゲストはタレントでそして歌手に最近はカメラも始められましたという吉木りさです。
よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
吉木さんは寺山修司どうですか?印象として。
両親が映画好きなのでよく名前を口にしていたと思うんですけれども私自身寺山修司といえばって言うとサッパリ分からない状態なのでお恥ずかしい限りなんですけど。
でも冒頭の映像でもご覧頂きましたが寺山修司の事を知らない「寺山修ぞう」って惜しい方もいらっしゃいましたけど。
そういう若い方を中心に認知度が低いかなという印象があります。
是非そういった吉木さんですとかテレビの前の皆さんに見て頂きたい楽しい内容になっておりますので最後までおつきあい下さい。
さあ今日来ております三沢市の寺山修司記念館。
ここ三沢市というのは寺山修司が少年時代に一時期過ごしたゆかりの深い地域なんですね。
早速この展示の中身見てみましょうか。
はい。
中は広くなっていまして寺山修司の著作ですとか更には映画演劇の中に登場しますキャラクター。
これ人形のような形にして展示してある。
まさに視覚的に見て寺山修司の世界観が分かる内容になっている展示館なんです。
ちょっと不思議なワールドでちょっと動揺しています。
さまざまな人形が並べられてますけどもね。
今夜の番組はこのような寺山の世界に包まれた状態で番組を進行していこうというふうに思います。
この不思議ワールドの中で。
何が繰り広げられるのか楽しみにしてもらいたいと思います。
今日は寺山の人生についてどういう人物かっていう事も含めてご紹介していきますがそれだけではありません。
番組ではこのようなものも用意しました。
作品ですとか人生から寺山にみる人生のヒントを学んでいこうという企画も盛り込んでおります。
3つほどテーマを設けました。
1つが…3つ目は番組後半でのお楽しみという事でここでは何も言いません。
何だろう…?でも「苦悩の乗り越え方」「才能の磨き方」永遠のテーマですね。
あっそうですか。
早速ですけれどもね「苦悩の乗り越え方」から見ていきましょう。
このヒントはですね少年時代の経験にあるようなんです。
VTRご覧下さい。
一体どんな少年時代を寺山は過ごしたのか。
探るのは?僕しゅーじ君です。
という訳で案内役のしゅーじ君が訪ねたのは寺山修司を調査している人です。
こんにちは。
おやしゅーじ君いらっしゃい。
よく来ましたね。
先生こんにちは。
こんにちは。
寺山修司の少年時代は苦悩に満ちたものだったといいます。
寺山さんの少年時代が苦悩に満ちていたって本当ですか?え〜!?一体全体どういう事?寺山は警察官の父八郎と母はつの長男として弘前市で生まれました。
彼の少年時代は太平洋戦争の真っただ中。
青森も空襲を受け寺山はその惨状を目にするのです。
焼け焦げた死体など僅か9歳の少年が厳しい戦争の現実に直面します。
戦争は終わりますが父八郎は戦地で病死しました。
そして残された母はつは生活のためアメリカ軍基地で働き始めます。
その仕事のせいで周囲から偏見の目で見られてしまいました。
しかも中学2年生の時には母は九州へ働きに行ってしまい親戚の家に預けられる事になったのです。
こうした経験が寺山の心に不安や寂しさといった感情を強く抱かせたといわれています。
そうなんだ。
つらかっただろうね。
あれ?でもそれと才能と関係あるんですか?はい。
関係があると思いますよ。
なぜ読書だけでなく創作活動まで始めたのか。
その理由は作品を見ると推測できます。
これは寺山が中学生時代に仲間たちと作った同人誌です。
この歌にその理由が隠されています。
俳句や短歌に熱中した10代の寺山修司。
特に俳句は一日に30句以上も作り言葉のセンスを磨きました。
更に久慈さんによると幼少期の経験は寺山特有の才能をも開花させたのではないかといいます。
これも寺山が中学生の時の作品です。
変わった歌だと思いませんか?卒業という場からイメージしにくい「白痴」という言葉を使っています。
この独特な言葉の選び方こそが寺山の才能だというのです。
そして寺山はこの言葉の才能を駆使してさまざまなジャンルで活躍します。
例えばこれからお聞かせするのは演劇の代表作「毛皮のマリー」の有名なせりふです。
どうですか?さまざまな解釈のできる味わい深いせりふだと思いませんか?こうした才能が評価され寺山はいつしかある異名で呼ばれるまでになりました。
それは…誰も思いつかない表現を次々と生み出す彼の才能をたたえたのです。
というように少年時代の苦悩の側面を主にご覧頂きました。
吉木さんどのようにご覧になりました?その寺山修司といった才能はつらい環境によって引き出されていたんだなっていうのも感じましたね。
…でいてお母さんについて書かれていた短歌がもう胸がギュッと苦しくなるような切なさが伝わりましたね。
まさに「苦悩の乗り越え方」というのは苦悩から得たものを糧にする。
こういう言いかえ方ができるかもしれないですね。
そういったヒントが今回あるかもしれません。
さあもう一方寺山修司とゆかりの深い方をゲストにお招きしています。
寺山修司記念館の館長でそして詩人でもあります。
佐々木英明さんです。
どうぞよろしくお願いします。
よろしくお願いします。
佐々木さんは寺山修司の演出しました映画ですとか劇の中にも登場する俳優としても活躍されました。
寺山とその苦悩っていう側面で言うと実際に佐々木さんはそういう現場に直面した事はありますか?そういう表情を見た事ってありましたか?寺山さんは家族に恵まれなかったので劇団の仲間っていうのは寺山さんにとって一種の疑似家族みたいな感じであったろうと思うんですけども。
ですからいつも年若い子たちと一緒に和気あいあいというか冗談が多くて…っていうふうなところしかあんまり見た事ないですね。
寺山は心の内面っていうのを表現するために俳句ですとか短歌も数多く詠んだんですね。
中でも今短歌は高校の現代文の教科書に数多く採用されているんですが吉木さんもご覧になった事あります?もしかしたら勉強していたんだと思うんですけれどもちょっと…かすかに忘れてしまっていて。
よみがえって頂きましょうかね。
実は教科書採用数はなんと30冊以上。
番組調べなんですけれども。
寺山修司の短歌が採用されてそのうちの一冊をお持ちしました。
こちらの中見開き…なんとですね見開きいっぱいに十首並んでいるんですよ。
(吉木)これが全て寺山修司作品の?こんなに?そうなんです。
特集ページですよね?ここはもう。
まさにそのとおりですよね。
(佐々木)僕も初めて見た。
佐々木さんも初めて?そういういっぱい並んでるのはね。
何でじゃあね寺山修司のこの著作取り上げたか。
短歌を取り上げたかって教科書の出版会社に聞いてみましたら寺山は自分自身を見つめる短歌が多いと。
是非今の高校生にも自分自身を見つめてほしいと。
そういう思いで載せているというふうに話すんですよね。
教科書の採用数が多いだけではなくて中でも教科書の中にたくさん採用されている句というのもあるんですね。
歌というのも。
それがこちらなんです。
こういった短歌なんですけれどもね。
ちょっと一回詠んだだけではまだ想像がしづらい…。
すごく難易度の高い句だなと思っちゃいますね。
その辺りは佐々木さんに解説して頂きましょう。
どんな思いを詠んでらっしゃるんですかね?あれですよね。
格好いいよねまず何かね…。
マッチをこう擦って…。
海に霧深いっていう。
日活の映画みたいなかっこよさがあってね。
そこでふと思うんですよね。
「身捨つるほどの祖国はありや」と。
ここにね寺山さんの思いが籠もってるだろうと思うんですね。
父親を戦争で亡くすと。
祖国国家っていうものはホントに自分の命を懸けてまで守るべきっていうかそういうふうなものであるのだろうか。
あるとすりゃそれはなぜなんだろうかというふうな問いかけがあるんだろうと思うんですよね。
ここで吉木さんにも教科書に載っている作品の中から印象に残った一首を選んで頂きました。
分かりました。
うわ〜悩みますね。
これとかいかがですかね。
なぜこれを選ばれたんですか?ちょっと私なりの解釈になってしまうんですけどふるさとの友人がそれぞれ上京をしてなまりがだんだんなくなってきた。
…でとある都内の喫茶店でモカ珈琲を嗅いだ瞬間ちょっと苦みを感じる。
その苦みと上京でのつらい経験の苦さを掛けているのかなと。
千葉県船橋市出身の吉木さんでもこれを感じるという事ですね。
なまりなしなんですけれども私は。
さあ寺山にみる人生のヒント2つ目…吉木さん。
(吉木)磨きたくてしょうがないです。
ピッタリと来るテーマかもしれませんけども。
寺山はある独特の方法で才能を磨いていったといわれているんですけれども。
実はあるレッテルを寺山修司は貼られていました。
それがあんまりいい言葉じゃないんですがこちら。
パクリ屋だったんです。
パクリ屋!?才能の磨き方とパクリ屋一体どういった事なんでしょうか。
仙台にやって来ました〜。
寺山修司はパクリ屋だった!?その秘密を知る人物と待ち合わせているんだけど…。
う〜ん…。
しゅーじ君。
こんにちは。
京武です。
初めまして。
よろしくお願いします。
寺山の高校時代の同級生…当時俳句に熱中していた2人。
ある時京武さんの句が新聞に載った事で寺山は俳句にのめり込みます。
なるほどね。
あっ京武さん寺山さんがパクリ屋だったってどういう事?しゅーじ君これを見てごらん。
短冊に書かれているのは京武さんが高校生の頃に作った俳句。
そして同じ頃寺山が作った俳句です。
ふんふん…うん!?うあ〜!2人の作った俳句には同じ言葉がいくつも使われています。
寺山は当時第一線で活躍していた俳人や歌人の言葉をも次々と自分の俳句や短歌の中に取り込んでいきました。
その結果寺山は模倣小僧として猛烈な批判を浴びる事になります。
京武さんはむしろその模倣のしかたにこそ寺山の類いまれな才能を感じたと言います。
京武さんにその分かりやすい例を教えてもらいました。
「眉にも雪父と呼びたき人ありぬ」という句をもとに寺山は「父と呼びたき番人が棲む林檎園」という句を作りました。
「父と呼びたき人」を林檎園の番人とした事で物語がより想像しやすい俳句になっていると思いませんか?どうですか?まさか大胆すぎる方法だったんですけれども普通だったら「こら!パクるな!」って怒られちゃうじゃないですか。
でもパクったとはいえその言葉を自分のものにしてしまうその力強さがちょっと驚きますね。
この辺りは佐々木さんはどういうふうに捉えますか?そうね僕もまあ詩を書くんですけどもねやっぱし子どもの頃というか書き始めた頃というのはいろんな人の作品を読んで「わ〜これ格好いいな」とか「何で僕こういうふうに書けないんだろう」とかって思う訳ですよね。
そうするとその格好いいフレーズを持ってきてそれで書いてみるという事はごく普通にやってました。
ですから書き始めの人はみんな模倣から入るというのが一つあると思うんですよ。
画家でも模写したりという事はありますよね。
俳優さんとかも先輩の俳優さんの演技を盗んでまねしてみなきゃいけないとかいろんなもので意外といえますよね。
それで言葉というのはもともと本来自分のものじゃない訳です。
どんな言葉でも昔の人が使ってきた言葉を今使っている訳でだからある意味作品を作るという事は日本語なら日本語というものをコラージュする事になりますよね。
そうするとこの言葉とこの言葉を合わせると新しい衝撃が生まれるとかさそういう事を考える訳ですよね。
ですから模倣…確かに模倣ではあるんだけども本質的には言葉というのはそういうふうなものじゃないかなと僕は思うんですよね。
その言葉のパズルのはめ込み方が寺山修司さんはもう全然段違いにすばらしかったという事なんですよね。
(佐々木)絵が見えるようなね句でも歌でも作りますよね。
ですから印象に残りやすい。
という事で「才能の磨き方」はまずは傑作をまねする事で自分の腕を磨けそういうふうな捉え方もできるかもしれませんね。
さあ寺山にみる人生のヒント2つ見てきました。
最後の1つまだ公表しておりませんでした。
こちらです!ちょっとこの言葉だけではどうも…革命したくてもどうすればっていう…。
ちょっとテーマとしては非常に大きいものなんですがどういう事なんでしょうか。
ご覧下さい。
やって来たのは…この町に寺山によって人生に革命が起きたという人がいます。
このお店にその人がいるというんですが早速しゅーじ君が入ってみると…?うわ〜!何だ?このお店!店内はカラフルでかわいらしいデザインの服やアクセサリーでいっぱい!これらのグッズはKawaiiファッションと呼ばれていて若い人に大人気なんだそうです。
店員さんもご覧のとおりかわいい!思わず僕もリボンつけちゃった。
アハハハハ。
よろしくお願いしま〜す!お願いします。
この人が店を手がける増田セバスチャンさん。
舞台美術などを手がけるアートディレクターです。
増田さんは海外でも人気の原宿発のポップカルチャーKawaiiファッションのカリスマとして有名なだけでなく…。
・「つけまつけまつけまつける」なんとあのきゃりーぱみゅぱみゅのセット美術も担当したすごい人なんです。
ひょっとして革命を起こされた人って増田さんですか?はい。
へえ〜!じゃあそこら辺のお話を伺わせて下さい!はい。
増田さんが寺山作品と出会ったのは18歳の時。
この本によって人生のピンチから救われたといいます。
実は増田さんそのころ専門学校に進学したものの友達もできず引きこもり生活を送っていました。
その後本や演劇などさまざまな寺山作品に触れた増田さんはアートの世界に進みます。
そんな増田さんにアーティストの観点から印象に残っている作品を伺いました。
増田さんは自分を振り返ってみて作品や考え方に寺山の影響を大きく受けている面があると言います。
それは…寺山作品によって人生が変わったのは増田さんだけではありません。
新潟市に住む細川万里絵さんです。
寺山作品に出会ったのは8年前の16歳の時。
当時は精神的に不安定だったといいます。
実は細川さん中学生時代は反抗期の真っただ中でした。
学校は楽しい?今夜何食べたい?家族や友達とのコミュニケーションを煩わしいと感じていました。
高校へ進んでも友達との関係がうまくいかず僅か1か月半で退学しました。
そんなころ細川さんは寺山の作品に出会います。
これです。
本屋でたまたま手に取った寺山の詩集。
その中の一編の詩に細川さんは心を救われたと言います。
寺山修司の作品に出会った細川さんは予備校に通って高卒認定試験を受け京都の大学に進学。
かばんの中にはいつも大好きな寺山の詩集が入っていました。
細川さんは大学で出会った敏祐貴さんと去年結婚。
来年には赤ちゃんが生まれます。
まさか原宿のあのKawaiiファッションが元祖寺山修司だったとは今初めて知りました。
それが今きゃりーぱみゅぱみゅさんにもつながっているという話でもあります。
インスピレーションはこの寺山ワールドから来ていたとは思わなかったですね。
佐々木さんも実際に10代後半で寺山修司と出会われたんですよね。
(佐々木)そうです。
どうですか?寺山と出会って。
革命ね。
ちょっと思い出すのは芝居に出て演劇をやると。
一生懸命与えられた役になろうとする訳です。
そうすると寺山さんが「それは違う」と言うんですよね。
「英明は英明になればいいんだ」って言うんですよね。
「芝居の上で英明になってみろ。
舞台の上で」って。
それはどういう事かって考えるんだけどもいかにして自分を解放するか自分を出すかという事になってそのためにはいろいろ理論武装するとかいっぱい自分の言葉をため込むとかそういう事をしなくちゃ駄目なんだろうなと思うんですよね。
…という事で寺山にみる人生のヒント「人生に革命を!」は寺山作品に触れる事で人生に変革を起こそう。
これが最後のキーワードかなというふうに思いますね。
吉木さんヒントが3つ出ましたけどここまでいかがですか?一見アングラといわれるちょっと謎めいた未知数の寺山ワールドなんですけれども寺山修司その人物自身は陰のある努力家でいろんなチャレンジをしてきたからこそああやって細川さんのように詩集を見て気持ちが伝わるものがたくさん秘められてるんだなって思いますね。
という訳で皆さんも寺山作品に触れてみたいですよね。
そこで佐々木さんにオススメの作品を挙げて頂きました。
まず1つ目が映画「書を捨てよ町へ出よう」。
これは映画版の方という事で。
そうですね。
1971年に初めて公開された映画ですね。
これには佐々木さんが主演されているんです。
(吉木)佐々木さんご自身が。
…でご自身がオススメをなさっているという事で。
ちょっとより気になりますね。
どの辺りが引かれました?
(佐々木)映画としてはやっぱりものすごい実験映画でしてね僕が一番最初に出てくるんですけども出てきて映画館にいる人に対して「お前らそこで何やってるんだよ」とかって語りかけていくというかアジテーションしていく。
(吉木)早速挑戦的なシーンから始まるんですね。
そういうのはその現場でどんどんアイデアを出されるんですか?そうそう。
寺山さんねパッと思いつくのね。
で思いつくとそれをやってみなきゃしょうがないというふうな人でね。
だから役者さんたちは大変な訳ですよ。
ついていくのに必死ですよね。
そうそう。
それが何のシーンだかも分かんないだけどもそこに寺山さんが来てね「英明何か言え。
何かやれ」とかって言うんですよ。
何かやれって何をやればいいの…。
「カメラ回るからねやって」になる訳ですよ。
そのもう究極の環境状況になった時に出る自分の可能性っていうのが一つのメッセージになるっていう事ですよね。
次に挙げて頂いたのは自伝的作品といわれている映画「田園に死す」。
この映画には変えられない過去はないという寺山のメッセージが込められているといいます。
「変えられない過去はない」といったですねそこにはどういうメッセージを寺山は込めていたんでしょう?要するに自分でどうにでも作り替えられる。
また作り替えていいもんだというふうな事ですよね。
それってもしかして寺山修司自身がつらい環境だった訳じゃないですか幼少時代に。
それでいて母の記憶を変えて短歌にしていたじゃないですか。
そういうところから変えられない過去はないというインスピレーションがつながってるのかなって感じますね。
(佐々木)それは全くそうだと思うね。
そして佐々木さんオススメの3つ目の作品にまいりましょう。
今度は詩集ですね。
「寺山修司少女詩集」。
(佐々木)僕はこの詩集がね最初は「何だ女の子向けの詩集か」みたいにしてさちょっとばかにしてたんだけども。
いや〜なかなか侮れないですよ。
(笑い声)何て言うのかな…。
詩としてね結構完成度が高いものが多いんです。
さあここまでですね寺山修司について見てきた訳ですけれども吉木さん全体の感想いかがですか?そうですね…初めて寺山修司作品に触れて驚く事ばかりで。
それでいて寺山修司さんという人のその苦悩だったり。
あとはどうやって自分自身の才能を開花させていたか。
こうパクってみたり。
何かもうホントに驚きの革命がたくさん詰まっている方だなって思いましたね。
自分自身のインスピレーションだったりちょっと悩んでいて滞ってしまうどうしようかなって思った時にこの挑戦的だったり先鋭的な寺山修司作品を見てみたいなって思いました。
佐々木さんご自身にとってやっぱり寺山修司という人というのはどういう存在でしょうかね?そうだねやっぱし…。
青春の文学者っていうふうに僕は言ってるんですよね。
太宰治も青春の文学者といわれてますけども寺山さんも同じように青春の文学者であると思ってるんです。
いつでも若い人たちに対して語りかけていくっていう姿勢を持ち続けたというふうな事がありますんでね。
作品そのものよりもそういうところが姿勢態度として若い人に語りかけていくというところが青春の文学者としてふさわしいなと思いますけどもね。
今日はホントにありがとうございました。
(2人)ありがとうございました。
1983年5月4日寺山修司はこの世を去りました。
18歳で腎臓を患った寺山は生涯を通して死の不安と闘った人です。
亡くなる直前病が悪化しても医師の忠告を無視して映画や舞台の演出をこなし続けたといいます。
それから30年。
苦しみの中から生まれた数々の言葉は今も我々の心に多くのものを問いかけてきます。
2014/03/06(木) 15:15〜16:00
NHK総合1・神戸
ろーかる直送便 東北Z「今こそ!寺山修司」[字]
没後30年を迎えた青森が生んだ天才・寺山修司。詩・演劇・映画など多様なジャンルで活躍したマルチアーティストの人生や作品に込められた「人生のヒント」とは!?
詳細情報
番組内容
1950〜80年代にかけて、詩・短歌・演劇・映画など多様なジャンルで活躍した寺山修司。時代の寵児(ちょうじ)だったにもかかわらず、近年では地元青森でも寺山を知らない人が増えています。しかし!彼の作品には生きづらい現代を生き抜くための「人生のヒント」が満載!寺山の人生と作品を振り返り、そこに隠された苦悩の乗り越え方や、才能の磨き方などを紹介!寺山初心者のあなた!人生に悩めるあなた!必見です!!
出演者
【出演】吉木りさ,寺山修司記念館館長…佐々木英明,打越裕樹,【語り】松岡孝行
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 文学・文芸
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
ニュース/報道 – ローカル・地域
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz
OriginalNetworkID:32080(0x7D50)
TransportStreamID:32080(0x7D50)
ServiceID:43008(0xA800)
EventID:22849(0×5941)