(テーマ音楽)
(出囃子)
(拍手)
(拍手)
(柳家さん喬)どうもありがとう存じます。
出てきた途端に「待ってました」なんてお声などを頂きますと思わず「本当かよ」と言いたくなりまして。
(笑い)ありがたい事でございます。
このごろお遊びとなりますといろいろな範囲が広うございますのであちらこちらでお楽しみになるような事が多くておいででございましょう。
昔は遊びといいますと花柳界これがナンバーワンといいますか一番人気があったようでございますね。
ところが今の花柳界と昔の花柳界ではお遊びが随分と違ったようで。
今はセットになっていろいろ楽しませて下さるそうでございますが昔は芸者衆が…。
「おかあさん。
今晩ありがとう存じます」。
「ああ梅の間だよはい。
いつものお客様だ」。
「お願いします」。
「あいよ」。
お線香1本立てましてこのお線香が立ち切りますとまぁ一座敷という事でございましょうかね。
そんな事でもって大変にこの線香1本が高い。
「お線香代が高い」なんてな事を昔は言ったそうでございますがまぁ今と比較して一体どのくらいの違いがあるんでございましょうかね。
ええ。
「あの〜旦那」。
「あ〜どうした?」。
「お線香がそろそろ…」。
「あ〜そうかそうか。
ハハッ気が付かなかった。
すまなかったな。
うん。
これから他へお座敷あるのか?ないのかい?そうかい。
じゃあもう1本つきあっておくれよ」なんて。
1本2本3本4本と重なると相当なお金だったようでございますがこれを聞いたある田舎出の女中が「線香というのはそんなに高いのか」と夜中にソ〜ッと起きてきて一束持って逃げたというお話があります。
(笑い)「若旦那」。
「あっ定吉ちょっとおいで」。
「それ駄目なんですよ。
若旦那の傍行けないんですよ」。
「どうしてだい?」。
「番頭さんがね『若旦那の傍行っちゃいけない』って。
番頭さんがいろいろお小言を申し上げようと思うと『若旦那お前からいろんな事聞いてるから肩すかしくっちまうから今日は若旦那の傍行っちゃいけない』って『そのかわりお前には50銭やるから』ってフッフッ。
この50銭がなかなか義理が堅くて」。
「何を言ってんだい。
随分安い義理だ。
じゃあ私お前に1円やろうか?」。
「1円?ハア〜じゃあ若旦那の組になります」。
「何だな〜お前。
随分履物がたくさんあるけどどうしたんだ?」。
「あ〜親類の方が皆さんお見えになってます」。
「何でだい?」。
「1円下さい」。
「後でやるよ」。
(笑い)「どうした?」。
「ええ大旦那が言ってました。
『どうも家の伜には困ったもんだ』って。
『ああやって毎日毎日遊びほうけています。
あれでは奉公人の手前ご近所の手前示しがつきません。
今日は皆様が仰るとおりに処分をしますからどうぞ遠慮なく仰って下さい』ってそう言ってました」。
「ええ?」。
「そしたらみんないろんな事を言ってましたがどうしても話がまとまらないんです」。
「でどうなった?」。
「1円下さい」。
「後でやるよ。
どうなった?」。
「そしたら番頭さんが『いっその事若旦那にお乞食になって頂いたらどうでしょうか』って。
『お乞食になればお金のありがたさがよく分かります。
そうしましょう』って。
みんな『そうしましょう』『そうしましょう』ってみんなが手を挙げてエヘヘ『じゃあそうするか』っていう事になりまして今日から若旦那はお乞食さんになる事になりました」。
「誰が乞食になんかなるか」。
「若旦那お小遣い…」。
「後でやるよ。
何だ?何だい?みんな。
なにも逃げる事はないじゃないか。
番頭。
お前何だってな〜私乞食にするって。
面白いじゃないか。
私はこの家の跡取りだよ。
してもらおうじゃないか。
さぁできるもんならしてみろ」。
「若旦那。
何ですねそんな所で仁王立ちになって大きな声で。
店に聞こえます。
こちらへおいでなさい。
こちらへおいでなさい」。
「さぁ乞食にしろ」。
「確かに私は若旦那にお乞食になって頂ければよろしいと皆様方にお話を申し上げました。
ですがもし若旦那が嫌だと仰ったらどうしようかと思案を致しておりましたが今ご自分から乞食になるとはっきり仰いました。
これで安心してお乞食になって頂けます。
乞食がそんなきれいな着物を着てるのはおかしゅうございます。
ここにぼろの着物と荒縄の帯を用意を致しました。
さぁお着替え下さい」。
「番頭。
お前私を本当に乞食にする気かい?」。
「なって頂きます」。
「乞食になるのは嫌だよ」。
「若旦那。
今ご自分から乞食になると仰いました。
『乞食になるのは嫌だがこのところはこう改めよう』と若旦那のお覚悟がお聞きしとう存じます。
さぁどうなさいますか?」。
「覚悟?覚悟ったってどうすりゃいいんだ?分からないよ。
どうせお前のこったからなんだろう?何か考えがあるんだろう?言ってごらんよ」。
「はい。
若旦那今日から向こう100日の間蔵住まいをして頂きます」。
「蔵住まい?何言ってんだ。
私は蔵住まいしなくちゃならねえようなそんな悪い事を…した覚えがないとは言わないが嫌だ。
蔵住まいは嫌だよ」。
「それではお乞食になって頂きますか」。
「乞食も嫌だ」。
「乞食も嫌だ蔵住まいも嫌だでは収まりません。
お覚悟を仰って下さい。
どうなさいます?」。
「分かったよ蔵へ入ってやるよ。
100日だって200日だって入ってやらぁ。
好きなようにすりゃいいじゃないか」。
「さぁどうぞこちらへ」。
蔵の戸をカラカラカラカラッと開けますと中には暮らしの支度が一切してございます。
「さぁ若旦那どうぞお入り下さいませ」。
番頭が背中をトンと軽く突きますとおこつくように若旦那は蔵の中へグズッ。
カラカラカラカラッと中戸を閉めますと番頭は蔵の脇にスッと身を隠しまして…。
「若旦那ご辛抱下さいませ。
これも皆若旦那のためでございます」。
番頭の言う事を素直に聞くようなこんな若旦那がどうしてこのような事になったかといいますとその年の正月の仲間の寄り合いの事でございました。
柳橋のさる料亭で仲間でもって新年の祝いを致しておりますとそこへ出て参りましたのが小糸という娘芸者。
年は18色が白くて目がクリッとしててそれでいて何とも言えない憂いを秘めております。
若旦那一目見ただけで深い恋に落ち入ります。
自分のほうから座敷へ行っては「小糸を呼んでおくれ」。
店の金をごまかしてまで柳橋に通うような事になります。
「遠くて近きは男女の仲」。
小糸のほうも「こんな若旦那と一緒に暮らしてみたい」と思い思われるようになりました。
若旦那が蔵に入りましたその日の昼過ぎ「ごめんくださいまし。
え〜ごめんくださいまし」。
「はい」。
「え〜若旦那はおいででございましょうか?」。
「若旦那はちと今おりませんが」。
「左様でございますか。
若旦那にお便りでございます。
お渡し下さいまし」。
「はい。
お預かりを致します」。
裏を返しますと「柳橋」としてございます。
番頭はしばらく考えておりましたが帳場の小引き出しへポンとしまいます。
夕方時分になりますとまた一人の若い衆が…。
「え〜ごめんくださいまし。
え〜ごめんくださいまし」。
「はい。
おいでなさい」。
「いえ。
若旦那はおいででございましょうかな?」。
「若旦那は商用でちと出ておりますが」。
「左様でございますか。
お便りでございます。
若旦那にお手渡しを」。
「はい。
承知を致しました」。
裏を返しますと「柳橋」としてございます。
明くる日も2通また明くる日も1通と毎日毎日この手紙が滞る事なく運ばれてくるような事になります。
月日の経つのは速いもので。
「若旦那若旦那」。
「はい。
あ〜番頭さんかい?いいよ入っておくれ」。
「若旦那。
長い間ご辛抱を頂きました。
今日100日でございます。
どうぞお出まし下さいまし」。
「ええ?100日?もう100日経ちましたか?そう」。
「若旦那。
私のような使用人の申す事を素直にお聞き下さいまして100日の間ご辛抱頂きました。
ありがとう存じます。
どうぞどうぞお許し下さいませ」。
「いや。
番頭さん手上げて下さいな。
番頭さん辛かったでしょうね。
私を100日の間蔵に放り込むなんてそんな事お前さんにとっちゃ辛い事だったろうね。
私はね蔵の中へ入っていろいろ考えるようになりました。
今まで読んだ事のないような本を読んだり店の事も考えるようになりました。
お父っつぁんやおっ母さんは達者で暮らしてるだろうか。
番頭さんはいつも腰が痛いって言ってたが腰の具合はどうなったろうか。
正吉と亀次郎はいつも喧嘩してるけど仲よくやってるだろうかとか今まで考えもしなかった事をねこの蔵の中で考えるようになりました。
番頭さんありがとう」。
「ありがとう存じます。
さぁ大旦那もおかみさんもお待ちでございます。
お出まし下さいまし」。
「お父っつぁんおっ母さん達者だった?」。
「それと若旦那お手紙が来ております」。
「手紙が?」。
「はい。
あれは若旦那に蔵に入って頂きましたその日の昼過ぎでございました。
身なりのキッチリした若い衆が『お手紙を』と。
裏へ返しましたらば柳橋としてございましたので私の一料簡でお預かりを致しました。
その日の夕方にもまたお便りが参りました。
明くる日2通また明くる日1通と毎日毎日この手紙が滞る事がございませんでした。
『あ〜さすがは若旦那がお見込みになった方だ。
もしこのお手紙が一度でも滞る事がなければ100日のその過ぎには私のほうから大旦那にお話をしてお二人の仲を』と考えておりましたがそれが今から二十日ほど前でございましょうかパタリと手紙が来ない事になりました」。
「そう?」。
「やはりこれも花柳界の方でございますな〜。
とことん追いかけてどうにもならないと分かったらば俗に『馬を牛に乗り換える』とか申します。
惜しい事を致しました。
これが一番終いの手紙でございます。
どうぞお読み下さいまし」。
「あ〜いいよ。
番頭さん読んで下さいな」。
「左様でございますか」。
「大して長い文面ではございません。
『再三お便り申し上げ候えどもお越しこれ無くこのお手紙にてお越し下さらねばもうこの世では…もうこの世ではお会いできまじと思い上げ候ず。
あらあらかしく』。
『釣り針のようなかしくで客を釣り』とか申します。
くの字がはね上げてございました」。
「番頭さん。
私ね蔵の中で観音様に願をかけていた事があるんだけど願ほどきに行ってきてもいいだろうか?」。
「どうぞご随意に」。
お父っつぁんおっ母さんに挨拶をしまして若旦那一目散で柳橋へやって参ります。
「ごめんよ。
ごめんなさいよ」。
「は〜い。
どなた?」。
「お民。
私」。
「若旦那。
かあさん。
若旦那」。
「何を言ってんだね〜。
お前はいつも若旦那に恨み事ばっかり言ってるから誰が来ても若旦那に見えちまうんだ。
若旦那が今更お越しになる訳ないだろう」。
「かあさん。
私」。
「若旦那」。
「いろいろあってね。
またこれからチョクチョク顔を出す。
小糸に一目会わせて下さいな。
またすぐ家へ帰らなくちゃいけないんだ。
ねぇ小糸に会わせて下さい。
小糸はお座敷?あっお座敷の訳ないね。
お稽古?」。
「若旦那。
どうぞこちらへお上がり下さいませな」。
「お民。
またチョクチョク顔を出すよ。
ね。
小糸小糸」。
「若旦那。
小糸こんな事になっちまいましたよ」。
「ええ?嫌だな〜白木の位牌なんか出して。
私がしばらく来なかったからからかおうってんだろう?かあさんいつも言ってるじゃないか。
ええ?『生き死にの冗談は洒落にならない』って私に教えてくれ…。
小糸小糸出てきておくれよ」。
「若旦那」。
「俗名蔦の家小糸。
ウフッ嘘だよ。
嘘だろ?冗談だよね。
お民。
嘘だろ?冗談だって言っておくれよ。
何だって小糸こんな事になっちま…」。
「何でこんな事になっちまったって若旦那あなたのせいだって言いたくなるじゃありませんか」。
「ええ?」。
「若旦那。
今から三月ほど前にあの子とお芝居見に約束して下さいましたね。
朝早くにあの子が起きて化粧してるから『どうしたんだい?』『今日若旦那とお芝居見に行くの』『そんな事は分かってるよ。
まだ若旦那来やしないじゃないか』『でも若旦那いつお見えになるか分からないからお化粧して待ってるの』。
昼過ぎになっても若旦那お見えにならない。
『かあさん。
若旦那にお便り出してもいいかしら?』。
駄目と言やぁ2人の仲裂くような事になりますからね『ああいいよお書きなさい』。
若い者に届けさせました。
若旦那はお出かけだ。
『若旦那私とのお約束忘れちまったのかしら?』『ばかな事言っちゃいけないよ。
若旦那がお前との約束忘れる訳ないじゃないか』『かあさん。
若旦那にお手紙を書いてもいい?』『ああいいよ。
お書きなさい』。
他の者に届けさせました。
お返事は同じようでした。
その日は若旦那の事を2人で言い暮らして休みました。
朝目覚ましますとねあの子が枕元に座ってるんですよ。
びっくりしちまって『どうしたんだい?』『かあさん。
若旦那私との約束忘れちまったのかしら?』『そうじゃないよ。
お仕事でどこか遠くのほうへお出ましなんだからきっとお土産か何か買ってきて小糸すまなかったねって来て下さるからもうちょっと待ってみようね』『お手紙書いてもいい?』『ああいいよ。
お書きなさいお書きなさい』。
その明くる日もまたその明くる日も『かあさん。
お手紙書いてもいい?』『いいよお書きなさい』『私若旦那に嫌われちまったのかしら?』『ばかな事言っちゃいけない。
若旦那がお前のこと嫌いになる訳ないじゃないか。
きっと遠くのほうへお仕事に行ったんだから辛抱してようね』『かあさん。
若旦那にお手紙書いてもいい?』『ああいいよ。
お書きなさいお書きなさい』。
ある日あの子の部屋覗きましたら布団の上に若旦那から頂いた物をみんな並べてまるで小間物屋みたいにして『かあさん。
この簪は浅草見物に行った時に若旦那が買って下すったの。
この鹿の子は京都のお土産に買って下すったの。
これはお相撲を見に行った時に』。
頂いた物をしっかり抱きしめて『かあさん。
私若旦那に捨てられたのかしら?』って。
『ばかな事言っちゃいけない』『かあさん。
お手紙書いてもいい?』『お書きなさい』。
涙で手紙の字がにじんでも構わず一生懸命書いてました。
そのうち御飯も食べなくなっちまって寝たきりになって。
『小糸。
元気出さなきゃいけないよ。
そんな痩せ細った姿若旦那喜んじゃ下さらないから』『かあさん。
若旦那にお手紙書いてもいい?』『お書きなさい』。
布団から起き上がる事もできなくなっちまいました。
若旦那お三味線誂えて下さったでしょ?その三味線が届いたんですよ。
あの子に見せてやりました。
『ほら若旦那のお宅の紋とお前との紋がこうして比翼になって入ってる。
若旦那これほどお前の事を思って下さってるんだからしっかりしなくちゃいけないよ』。
お民に抱きかかえられるようにして三味線を抱えました。
一撥シャ〜ンと当てる。
『小糸。
いい音がするね』。
初めてあの子がニッコリ笑いまして『かあさん。
私もう疲れた』。
急に容体悪くなりましてねお医者様を呼びましたがもう…」。
「知らなかった。
知りませんでした。
そんな事知ってりゃ私は蔵の戸を蹴破ったって出てきたんだ」。
「蔵の?」。
「あんまり遊びが過ぎるんでみんなで相談して私蔵住まいさせられてました」。
「蔵住まい…?それじゃいくらお便り出しても若旦那のお手元へ届く気遣いありませんでしたね」。
「小糸。
若旦那蔵住まいなさってたんだってさ。
それ知ってりゃね。
あっさっきね朋輩がみんな来てこの子を偲んでやってくれたんですよ。
もし若旦那もよかったら。
お民。
お三味線こっちに。
若旦那から頂いたお三味線ここに持ってきて。
ちょいとお支度をしておくれ。
それからお線香…」。
「あっ線香を私が上げてもよろしゅうございますか?」。
「はい。
そうですか若旦那は100日の間蔵住まい。
それ知ってりゃこの子こんな事になりませんでしたね」。
「こっち持ってきておくれ。
はい。
お三味線。
あいよ」。
「若旦那。
あの子を思い出してやって下さいな」。
「小糸小糸。
すまなかったねぇ」。
(下座三味線)「かあさん。
三味線」。
(下座三味線)「はい。
あの子が若旦那の好きな『黒髪』弾いてますね」。
(下座三味線)「小糸〜小糸。
自分の命を詰めてまで私のことを思ってくれてありがとう」。
(下座三味線)「私はこれから先どんな事があっても妻という名の者は持たないからそれでどうか許しておくれ」。
(下座三味線)「小糸。
今の若旦那のお言葉聞いたでしょう?今のお言葉を土産にしてきれいな所へお参りしてね」。
(下座三味線)「小糸〜。
小糸」。
(三味線の音鳴りやむ)「小糸。
小糸〜。
私が聴いてるんだ。
その先聴かせておくれ。
その先を弾いておくれよ小糸」。
「若旦那。
もう駄目です」。
「えっ?」。
「ご覧なさい仏壇のお線香が今立ち切りました」。
(拍手)
(打ち出し太鼓)
(テーマ音楽)2014/02/03(月) 15:00〜15:30
NHKEテレ1大阪
日本の話芸 落語「たちきり」[解][字][再]
落語「たちきり」柳家さん喬▽第651回東京落語会
詳細情報
番組内容
落語「たちきり」柳家さん喬▽第651回東京落語会
出演者
【出演】柳家さん喬
ジャンル :
劇場/公演 – 落語・演芸
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
日本語
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日本語(解説)
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