2005年4月号
山での突然死を考える
 
野口 いずみ
 

100周年記念シンポジウム
「山での突然死を考える」講演会報告  医療委員会 野口いづみ
医療委員会は、2005年1月20日に東京体育館において、シンポジウム「山での突然死を考える―その具体例と防ぎ方―」(世話人:野口いづみ、貫田宗男)を開催した。
中高年登山者の増加に伴い、身近に登山中の突然死に遭遇する機会もまれではなくなった。
前半は国内外の突然死の具体例を示し、回答者の医師がコメントをし、後半は突然死の防ぎ方の講演をした。 
会場では、日本山岳会の会員内外の150名近い参加者が熱心に耳を傾け、登山医学への関心の高さを反映していた。
また、多くのマスメディアを通して報告された。
なお、事前募集で満席となり、参加をお断りした方々には心苦しく思っており、次の講演会開催のおりには、ぜひ参加いただきたいと考えている次第である。

突然死とは
講演は、増山茂氏による、突然死の概要の説明から開始された。「突然死」とは、「発症から24時間以内の予期しない内因性死亡」とされる。
突然死の原因は急性心筋梗塞や不整脈などの心疾患が最も多く66%、脳血管障害が14l、大動脈の破裂8l(統計によっては心臓病53l、脳卒中35l)と、循環器系の病気で多い。リスクファクターは高年齢、男性(女性の2倍)、高血圧、高尿酸値、肥満、低コレステロール、心疾患、ヘビースモーカーなどであるという。
また、運動中の突然死として国内で登山は第5位、6lをしめるが、スイスにおけるスキーヤーの突然死の症例数は約5倍あり、日本でも増加する可能性がある。
次に、堀井昌子氏が、現在、登山者の70l以上が中高年者であることと、最近、10年間で遭難者数は2倍になったが、中高年はその75lをしめ、死者・行方不明者にいたっては93lをしめている現況を示した。
遭難の原因として病気は5位であり、突然死と考えられるものが多い。またヒマラヤでの死亡事故は、1980年代は中高年者のしめる割合は7l弱だったが、1990年代は38lと高い数値を示しており、高齢者が高峰に登っていることを反映している。運動中の突然死は85lが男性であり、病気を持っている者は27lのみであった。
国内症例について
続いて、堀井氏は国内突然死6症例を提示し、内藤広郎氏(消化器外科医)、橋本しをり氏(神経内科医)、上小牧憲寛氏(循環内科医)が、それぞれ専門の立場から死亡の原因についてコメントした。
1例目は、65歳の男性で、丹沢を登山中、2回目の休憩後、10分ほど歩いて崩れるように倒れ、意識消失、死亡したという症例であった。内藤氏は「下痢などの脱水がからんでいたのでは」、橋本氏は「崩れるように倒れ、ドロップアタックを起こしているので脳幹部の梗塞が考えられるが、不整脈もありうる」、上小牧氏は「定期健診で異常を指摘されていなくとも心筋梗塞の可能性がある」と答えた。検死で脳梗塞と診断されたという。
また、55歳の男性で、沢登りでビバークの翌朝、行動開始直後に倒れたという症例では、身動きがままならない体位で長時間過ごした後の肺塞栓症、いわゆるロングフライト症候群(エコノミークラス症候群)または急性心不全が疑われるということだった。
さらに、60歳の狭心症のある男性で、前夜深酒し、翌朝、睡眠不足まま出発し2ピッチ後に急性心筋梗塞にて死亡した症例もあった。飲酒は脱水をもたらすので、前夜の深酒は禁忌である。
最後は、67歳の男性で、高血圧、尿酸血症で通院中であった。分水嶺登山で最後尾を歩いていたが、山頂に来ないのを心配した仲間が戻って、倒れているのを発見した。ヘリで搬送されたが、死亡が確認、急性心不全と診断されたという。
 6件を総括すると、死因は、脳梗塞と急性心不全が各1例、急性心筋梗塞が3例で、不明1例であった。全員男性で55歳以上、既往歴については、ないと判明していた者は1名で、不明が2名、高血圧症が2名、狭心症、高尿酸血症が各1名であった。1例を除いて、午前中に発症したことが特筆され、午前中が要注意であることが指摘された。
堀井氏は最後に、中高年登山者はメディカルチェックが必須であることを強調し、潜在的基礎疾患が顕在化する誘因である「睡眠時間が短い、不規則」「身体活動時間の過剰」「ストレス」などを避ける配慮が必要であると述べた。
海外高所症例
海外高所症例については、最初にコメンテーターとしてガイドの近藤謙司氏が、昨年5月にエヴェレスト登頂後にセカンドステップ(8600b)を懸垂下降中に転倒し、突然死した63歳の女性の例を提示した。原因は不明とされている。
続いて増山氏が海外高所7症例を提示した。回答者は、神尾重則氏(胸部外科医)、塩田純一氏(神経内科医)、志賀尚子氏(救急医療医)が担当した。
1例目は40歳代の男性、前日、強い頭痛があり、翌朝、エヴェレストBC(5300b)にて、口から泡を吐いて死亡しているのが発見されたという。神尾氏は「肺水腫か、頭痛があるのでクモ膜下出血」、塩田氏は「頭痛の後、急死しておりクモ膜下出血」、志賀氏は「高所での頭痛かクモ膜下出血か判断がむずかしく、心筋梗塞も否定できない」との回答があった。浜口欣一氏による剖検の結果、クモ膜下出血であったという。
キリマンジャロの2例も提示された。2名とも4700bの小屋までは元気だったが、山頂へのアタック時に突然死した例であった。60歳代後半の男性は、午前1時に山頂に向かったが、遅れ始め、200b登った所で「少し休みたい」と言ってすわりこんで、そのまま倒れて死亡した。60歳代の女性は午前0時に山頂へ向かったが、その30分後、突然前に転倒して歩行困難となり、小屋に運びおろしたが死亡した。さらに、60歳代の男性はアコンカグア山頂からの下山開始直後に背中の痛みを訴え、30分後に歩行困難になり、続いて意識消失、心拍停止をきたし、死亡した。
これらの3症例では回答者のコメントと現地で示された診断が食い違っていたことから、現地で剖検に基づいて死因とされたものは必ずしも正確なものではない可能性が考えられた。
最後の症例は、60歳代の女性で、ヒマラヤトレッキング中であった。SpO2値(動脈血酸素化のレベル)が4000bを越えてから、一人かけ離れて低下していた。下肢静脈瘤があり、足が何度もつっていた。BC(4900b)到着3日後に本隊はメラピークへアタックしたが、本人はBCに残っていた。起床後,胸部痛を訴え、その1時間後、シュラフに入ったまま死亡しているのを発見された。回答者は全員肺塞栓とし、診断とも一致した。
増山氏は、高所における特殊な因子である「低酸素・低体温・脱水・低血糖」が背景にあること、さらに突然死には「急激な交感神経系の亢進、脱水、寒冷、凝固線溶系の変化」が関与している可能性があり、特殊な環境であり、別な対処を考える必要があると述べた。
突然死を防止するためには
最後は、高山守正氏(心臓救急医)が、突然死について、豊富な資料を駆使して講演を行った。突然死は、日本では1年間で1000人に一人起こるが、欧米ではこの2倍である。登山者では2・3人と考えられる。発症後1時間以内に死亡する場合は90l近くが急性心筋梗塞を代表とする心臓病である。寒い時期と、朝と夜の8時頃に多い。
心臓突然死の3分の2は心室細動(心臓がこまかく震えるだけの、最悪の不整脈)によって生じ、早期に電気ショック(除細動)をすることが必要である。電気ショックをかけることが1分遅れるごとに成功率は7〜10lずつ低下する。最近は小型の自動除細動器が普及し、一般人にも使用できるようになった。医療の進歩によって、病院での死亡率は8l程度になったが、35lの者が病院到着前に死亡している。日本では心拍停止例の社会復帰率は2〜3lと欧米に比べて低い。心肺停止が起こったら、応援を集め、人工呼吸と心臓マッサージをして、電気ショックをかけて、専門的治療につなげることである。
山で胸が痛く苦しんでいる人の対処法は、応急処置(安静、保温、酸素を吸わせる、ニトロ剤を1錠舌下に投与して、アスピリンを噛ませるなど)をして、ヘリを呼んで搬送する。脇にいる人(バイスタンダー)が蘇生法を行うことが大切なので、心肺蘇生法を会得することが必要である。
登山中は運動、発汗、食事の変化、寒冷、不眠など、平常とは異なる状態におかれており、血圧の上昇も顕著なので注意が必要である。実際、山中で心肺停止が起こった場合には救命は難しいので、起こさないようにする事がもっとも大事であり、原因疾患の治療と、生活習慣病のコントロールをすることが必要である。心臓突然死を起こしやすい人には心疾患が見られる場合が多く、検査によるハイリスク群の同定が必要である。
最後に高山氏は突然死を防止するために、「定期的な健康診断を受ける」「担当医と良いコミュニケーションをもつ」「体力や健康度に見合った計画」「日頃の運動」「必要な薬の服用」などに注意して、自己管理することも重要であると述べた。登山に際しては、「無理をしない」「引き返す勇気を持つ」「内服薬を忘れない」「脱水と塩分過多に注意する」「いつもの体調と比較する」ことが必要であるとして、講演を終了した。
さらに、会場の大森薫雄氏が、「山で起こっても仕方がないと理解している。アドバイスをきいて注意して登ってほしいが、登らな
いほうがよい場合もある。メディカルチェックで自分の体を認識し、マイペースで登ることが重要。いろいろな立場で山を楽しんでほしい」という発言をした。
次回シンポジウム開催予定
講演会後のアンケートは好評であり、講演会を続けて行ってほしいという希望も多かった。
今回のテーマ以外には、救急蘇生法、高山病、トレーニング法などに関心があると考えられた。
医療委員会のHPへのアクセス件数は1日平均100件を越え、登山医学への関心の高まりが感じられる。
現在、医療委員会では“登山の救急医療ハンドブック”を作成中であり、これらの声も反映させた内容とした。また、出版記念を兼ねて100周年記念シンポジウム続編として「山での救急蘇生を考える」を7月4日に開催することとした。