スタジオパークからこんにちは 千原ジュニア 2014.03.18

そしてどうなるのか皆さんもご期待下さい。
見逃せません!それではいってみましょう。
「連続クイズ」…。
(一同)「ホールドオン!」。
また次回お会いしましょう。
さようなら!生字幕放送でお伝えします本日のゲストは千原ジュニアさんです。
拍手と歓声
めちゃくちゃ爽やかな衣装ですね。
春、先取りですよ。
いやいやいや、もうテレビで見ない日はない。
すべらない男といったら千原ジュニアさん。
何をおっしゃいますがな。
「ケータイ大喜利」に出ていらっしゃいますが、なんとこの4月から新番組、NHKのレギュラー番組で司会をしていただきます。
よろしくお願いします。
番組というのがこちらです。
「超絶凄ワザ!」限界に挑む日本のものづくりに励む職人さんたちの番組です。
すごいポスターですね。
初めて見ました、こういうことなんですね、これは本当におもしろいです。
これめちゃくちゃおもしろいです。
かなり力が入っていますね。
そうなんですよ。
この顔と同じくらい力が入っていますね。
いろいろな職人さんたちが技を競い合うんですね。
その辺りの番組のお話もいろいろ伺います。
そしてジュニアさんはなんと、もうすぐ40歳。
3月30日がお誕生日。
拍手
芸能生活25周年ということです。
てれていらっしゃいます25周年大きなライブもされるんですね。
そうです、そうです、はい。
なんとここでは落語も披露されるということです。
その辺りのお話もじっくり伺います。
よろしくお願いします。
千原ジュニアさんへの質問メッセージたくさんお待ちしています、ファックス、番組のホームページ、携帯サイトからお送りください。
お間違いのないようにお願いします。
お願いします。
それではジュニアさん、スタジオのお席のほうへお願いします。
拍手
♪〜本日のゲストすべらない男千原ジュニアさんです。
そんなジュニアさんこの4月から始まります新しい番組のレギュラーの司会を担当していただくということになっています。
ありがとうございます。
「超絶凄ワザ!」ということで池田アナウンサーと一緒にやっていただくんですがこの番組は、ちらっとご説明しましたが、ひと言で言うとどういう番組なんですか。
これですね、特番で1度やらせていただいたんですけどそのときは球球は物理的に本当の本当の真ん丸真球というのはこの世に存在しないんです。
本当に丸いものは?本当の丸いものは存在しない。
真球というものがこの世に存在すると本当に世の中が変わるんですって摩擦によってエネルギーを消費するのでめちゃくちゃエコだしいろいろなことが、すごいスピーディーになるしということで球を作る職人さんは真球目指して作ってはるんです。
その職人さんが、持ってきた球がどちらが真球に近いかということ。
10cm幅の20mの鉄板の上で真球なら、ずっところがしたらまっすぐにいくはずだと落ちずにでもちょっとでもゆがみがあるのでどこかで落ちるということでビリヤード世界大会で使われている、あの、ビリヤードの玉も転がすと5mぐらいで落ちるんです。
全然真ん丸じゃないんですね。
めちゃくちゃゆがんでいます。
第1回の模様です。
もしもすべてを一刀両断する刃物ができたなら。
ということで今回のテーマは刃物!目指すはこの鉄パイプをもすぱっと切る切れ味の鋭い刃物。
究極の切れ味を求めて対決するのは、こちらの二組。
半世紀前から続く鍛冶工場で30年間包丁を作り続けている孤高の包丁職人。
相対するのは工業用の刃物を作り続けて118年。
4万種類以上の刃物を作り分ける刃物メーカー。
まずは、対決前にホームセンターで買える一般的な包丁で鉄パイプを切ることができるか試してみます。
スタジオに用意した実験装置で1.5mの高さから刃物を垂直に落とします。
今、菜切り包丁勢いよく鉄パイプに向かっていきましたけどパイプ、曲がっただけですね。
うわあ、欠けたなあ。
思っている以上にドキドキしてます。
大丈夫ですか?興奮していらっしゃいましたけれども。
そうなんですよ。
すごいですよ。
本当に凄ワザですね。
例えば包丁職人さんが作られた包丁、かぼちゃを切るじゃないですか。
すぱーんとじゃなくてくっつくでしょ、切れ味がよすぎてくっついて剥がれないんですよ。
表面張力みたいに?くっついてあまりにも切れ味がよすぎて繊維がまた戻るんですって。
とにかくすごいですよ。
だって鉄のパイプですよねあれを一刀両断。
かたや雑誌とか紙幣もあれで切ってはるらしいんですけど刃物の職人さんが手で受けてしまったことがあってスパッと切れたんですけど、病院に行ったらまた切れ味がよすぎてまた手がくっついたそうです。
怖いでしょう。
相当時間をかけて職人の方もものを作っている感じですか。
今回のために1か月前からああでもないこうでもない、どういう形が、いちばん鉄パイプにとって切りやすいのかという形から考えてくださってそれで対決ということなんですけど。
対決する職人と職人のプライドどうしが。
収録現場はどうだったんですか?やっぱり、もちろん大人ですからいい空気ではありますけれどもその中にやっぱり対決となるとピリッとなりますね。
技とかプライドとか今後いろいろな対決が番組としてあるんですね。
はい。
次はばね対決。
ゴムのばねと、スプリングとどちらが跳ねるのかということです。
それを聞いているとおもしろいものがあります。
例えばさいころは確率は6分の1ではないんですって削れている面積とかいろいろあるから結構何万回とふるといろいろ違いが出てくるんですって、6分の1により近いさいころはどっちかとか。
すごいですね。
日本のまさに職人の技術の粋が。
おもしろいですよ。
1回特番をやって、あちらこちらでおもしろおもしろいと言っていただいたんです。
そしたらレギュラーになったんです。
ジュニアさんのおかげです。
毎週木曜日4月3日から夜10時55分からスタートということですね。
「超絶凄ワザ!」ぜひご覧ください。
ぜひご覧ください。
本当におもしろいです。
すべらない男に、こんな時代もあったということです。
写真もすごいですね。
そうですね。
15歳、16歳ぐらいのときです。
ジャックナイフと呼ばれていて近寄る者を切っていっているという時代です。
デビューが15歳。
お兄様のせいじさんに声をかけられて千原兄弟としてデビューされたということです。
最初、すごく受けていたらしいですね。
いやいや養成所がありまして、NSCという養成所で生徒さんの前でみんながネタをやるんです。
同期のFUJIWARAとか別のコンビでやってたりとか、いろいろなコンビでやっていたんですけど僕とせいじが初めてネタを作って初めてやったとき生徒200人ぐらいなんですけどドーンとウケたんです。
200人の人の笑い声を聞くのは初めてでしたし学校ではそんなにおもしろいほうでもなかったし、衝撃を受けて何かすごい電気が走ったような感覚があってよし、俺も吉本で芸人になろうと決めたんです。
そのときすべっていたらならなかったかもしれませんたまたまウケたんですけどみんなやっぱり200人の人たちクラスでもいちばんおもしろいみたいな人たちが集まってきていてふだんからお笑い番組が好きで劇場に足を運んでいろいろな漫才見てる人が集まっている中で僕は全くお笑いに興味がないのでそれでネタを作ったのでめちゃくちゃ加減がおもしろくて何やこれグチャグチャででもそれがウケてそれが一発で終わってしまうんですよ。
次がないんです。
ぐじゃぐじゃなやつもええから見たからということになってそこから全くウケなかったんです。
3年間ですか。
ずっとすべる場も与えてもらえないくらいかな感じでした。
相当まいったという感じです、精神的には。
15歳で入って俺学校も行かないでこんなところに来てもうてやってしまったなという感じでした。
どうやってこれからいこうかなとか。
もがき苦しんでいたということですか。
そうですね。
その時代どんな感じだったんですか?私当時のジュニアさんをよく知るというこの方大阪の劇場の元支配人の比企啓之さんにお話を伺ってまいりました。
例えば、さんまさんクラスの人気者だったとか生徒会会長をしててそのままタレントになった…怖い顔になると、なんだあいつぶすっとしやがってっていって…という当時を知る比企さんからのお話だったんですがジュニアさんご自身でも同じように感じる部分がありましたか?ウケなかったですね。
今からは想像つきません。
全然ウケなかったですね。
どうするんですか。
ウケなかったら。
それでずっと劇場に潜り込んで袖からずっと見ていたんですよいろいろな方々のネタを。
当時は1週間出番で、また1週間交代でかわるんですけど見ていると、きのうウケていたのに何でウケないんだろうとかあれきのうはすごくウケていなかったのにきょうウケるのは何だろうなこれが間というやつかとかこのネタ振りが浅いからオチが弱いのかとかもう1回もうちょっとネタを振ってウケるのかとかいろいろなんか僕なりに一応見させていただいてそれで作ったネタをやったらちょっとウケだしたんです。
こういうことかみたいな19歳とか18歳ぐらいのときですね。
それまではやっぱり、自分がおもしろいと思ったことを笑ってもらえればええやんかみたいな笑われるのはだめだというお話が出ていましたけど。
そうですね。
なんか若いって恥ずかしいよね。
今なら笑ってもらえるなら何でもやりますよ。
比企さんも今は歩み寄れる年になったんです、みたいなふうにおっしゃっていました。
はい。
そのあとをウケるようになって大阪で活躍して東京進出になったわけじゃないですか、それもそこからすべることはなく。
いやいやいや、それでまた今ほど大阪東京の距離が近くないので大阪のテレビに出させてもらっていても、東京の方は一切知らないということで僕らは大阪で一応いろいろやらせていただいて道を歩いているとキャー!とか当時は言われたこともあって東京進出だということで東京に来るんですけどほんならなんて言うんでしょうか。
あまりにも国内時差というか。
そんなに違いますか。
見向きもされない。
全く知らない人がまた何だこの知らんやつが偉そうにやっているということでもあったゼロに戻るというか当時の感じになりましたね。
そこからまたゼロから東京で今の活躍というか少しずつ積み上げていくというか。
3、4年同じようにかかってまた同じようにウケ出して仕事をもらえるようになって、よしいけるかなというときにバイクで事故るんですよ。
それで死にかけて。
2001年九死に一生を得るような大事故で。
そうですね。
そこでスベってしまったと。
けがも大きな転機になったそうですね。
ああ、そうですねやっぱり復帰は無理だろうなと思っていたので顔面ぐちゃぐちゃで。
これはもう復帰は無理やなと15歳からこの世界に入って何も世間のことを知らないのでほんとに放送作家さんとかやらせてもらうしかないなという感じでしたね。
集中治療室で、いろいろあの人のネタをあのところを変えたらもっと売れるかなとかいろいろやっていましたね。
それがあった?吹っ切れた、どう変わったんですか。
ICUから一般病棟に移れるようになった瞬間からひっきりなしに芸人さんがお見舞いに来てくれはるんですよ。
なんか僕も信じられない光景で芸人なんで大丈夫か?とか心配したぞという声はなく、この間こういうことがあってというおもしろい話が芸人どうしが、ばか話して僕はしゃべれなくて筆談だったので聞いているんです。
きのうこういうことがあったとかコンパをしたらこういうことがあってという、ばか話で盛り上がって帰っていくということが毎日続くんですよ。
なんか絶対に俺もそっちに戻りたいというか。
そういうことがいろいろつながってリハビリしようとか思い形成手術を受けようということになってなんとか復帰させてもらえるようになったという感じですね。
お笑いに対する姿勢も変わって今の?そうですねしゃべれなかったんでごはんもずっと食べられなかったんですけど、本当に食べられる喜びとかぼけれる喜びとか。
なかなか芸人さんですからそこはね血の叫びというか。
40歳を迎えられて芸能25周年ということでこちらです。
ライブをやりますよね。
こちらの写真、ライブに関係のある写真ですね。
ポスターなんですよ。
ライブ自体が「千原ジュニア×□」ということで僕と誰かのコラボレーションというか。
このポスターも篠山紀信さんに撮っていただいて。
おもしろい写真ですね。
やっぱり篠山紀信さん。
ここは国技館の壁なんですけれども、国技館で撮影しますということで行くと篠山紀信さんがじゃあジュニア君せーので、ジャンプしてみようせーの!パシャっと3枚だけですよ。
カメラマンの方は普通いっぱい撮りますよね。
3枚だけですよ。
5分ですよ。
お疲れ、と。
すごいな紀信さんでも3枚ですけれども、その前に1時間ぐらい前にきてファインダー越しにいろいろ撮っているんですよね。
場所を決めているんです。
篠山紀信さんにも触発まさにかけられてということですね。
両国国技館でお誕生日を迎える3月30日にライブですね。
両国国技館は1万人ぐらい入りますよね。
7000人とか8000人とか。
そこでライブをやるというのはどういう心境なんですか?心境というか、そもそもは5年前にチケットを売り出して35歳のときに40歳のジュニアさんの誕生日を調べたら、ちょうど日曜日なのでライブをやりませんかという人間が現れたんです。
プロデューサーが。
それ、すごくおもしろそうだねということで、やろかやろかと軽く答えたんです。
35歳からずっとチケットを売り出していたんです。
会場を決めずに売れていたぐらいのところで会場を押さえて内容も決めずにチケットを売っていたのがこれなんです。
5年前からライブをやるということは、期待感も5年間の間に相当高まっているんじゃないですか。
それもそうですし、5年前にチケット買われた方はいろいろあるでしょう、お子さんが産まれたとか転勤で海外に行っていますとか結果ふたを開けたら、当日スカスカなんじゃないかなとか。
都合が悪くなったり日本にいなかったりとか。
いい席になればなるほど5年前のチケットですからね。
そのライブで先ほど冒頭でもご紹介しましたが落語もやられるといろんな方とコラボレーションというか。
×ということで、例えば宮藤官九郎さんに書いてもらったコントもやるんですけれども、その中で千原ジュニア×春風亭小朝師匠ということでこれをやったらどうですかという演目を小朝師匠にいただいてその落語をやらせていただくんです。
落語をやりたい、というのはもともとあったんですか。
それは何年か前6年ほど前にそれこそ小朝師匠に落語をやったらいいということで「死神」という古典落語をやりなさいということでやることになったんですよ。
僕は今までコントとか漫才とかは自分で作ってきたものしかやったことなくて、もともとあるものをやるというのは初めてだったので。
落語はできているものですものね。
本当になんて言うんでしょう。
緊張もしましたし、そこには先人たちのすばらしいね、作品がね。
あるわけでそこをやるというのは本当に嫌で嫌で。
俺あしたがこなければいいのにと思ったのは初めてで。
そんなに嫌だったんですか?いやでしたね。
これだけお笑いをやってらっしゃってて違うものですか。
嫌だというぐらい。
自分が作ったコントには自分の中に正解があってでも古典落語というのはまた違いますからそれでなんとかやらせていただいて本当に不安というか。
どういう感じなのかな。
おはなしなんではなし家とは、よく言ったもので笑いがどんとあるものでもないのでコントとかここを、笑いが薄いなといったらネタ振りを強めにするとか落語はそういうことがうまくいかないので伝わっているのかなと思って最後頭を下げさせていただいたときにうわあっと、拍手が来たんですよ。
うわ、すごい、あんなに嫌だと思っていたのにもうやりたいと思っている。
その頭を下げた瞬間に?はい。
っていう感じやったんですね。
その当時の様子はどうだったのか。
米田⇒残念ながら映像はないんですけれども当時ジュニアさんの落語を会場で聞いていたという落語家の立川談春さんにうわ!そのときの様子を伺っています。
すみません恐らく彼はそんなことないって言うと思いますね。
あれが違うのこれが違うのね。
もうそんなもんじゃない。
なんだろう…ありがとうございます。
と、談春さんも感動したとおっしゃっていましたがいかがですか、この感想は?終わって楽屋で終わった!と思ったら、ノックされて開けると本当に勉強になりました、私も頑張りたいと思います立川談春と申しますと言っていちタレントがやった落語にそうやってあいさつしに来てくれはったんですよ。
それにもびっくりして。
ちなみにそのときのことを談春さんもおっしゃっていて、いきなりいって握手して帰ったら気持ち悪いだろうと思ったけれどジュニアさんがやったことはすごいことだということは落語家は伝えなければいけないと思っていたということです。
あの立川談春さんがこれはプレッシャーですね。
次がね。
立川談春さんは最もチケットが取れない落語家さんと、言われていますからね。
ジュニアさんの落語がパワーアップするアドバイス何かありますかと聞いたところ分からないし、教えないよもうライバルだもんとおっしゃっていました。
何をおっしゃいます。
談春さんもすごく感銘を受けられた。
「死神」という話は、金もうけがしたい貧乏人と死神が話してならば死神が医者になったらいいんじゃないかと貧乏人に言ったところから話が始まるということですけれども談春さんがおっしゃっていましたが自分のことばでかえてと言っていました。
アレンジというのはあったんですか。
アレンジというかそうですね、昔のことばでやると何て言うんでしょうものまね、落語家さんのものまねになるなと思ってそれをやっていいのかどうか分からなかったんですけれども僕のことばでやらせてもらいました。
はい。
でも、それはいちタレントだからできることで、ちゃんと弟子について落語を勉強して、という本当の落語家さんはできないと思うんです。
すごく失礼なことをしたと思いますけれどもタレントやからできた落語だと思っています。
一方で落語も変遷していくというか、変わっていくというか新しい形になっていく部分もあるんじゃないですか、それは千原さんがやって。
でも、もし僕が今15歳なら吉本の養成所に入らないですね。
落語家になると思います。
やっぱり、どっときて最後に来たあの感覚快感ざわつき今後演目ですけれどもどんな感じのをやってみたいですか演目的には。
これは小朝師匠が次にやるのはこれをやりなさいとそれは古典落語ではないですけれども難しいですね。
談春さんがまた。
どんな落語を見せていただけるのか、そこもまた楽しみの1つでございます。
単独のライブで、落語だけではなくていろいろ楽しんでいただけると思います。
おしまいに視聴者の皆さんから届いた質問・メッセージに答えていただきます。
ご紹介します。
静岡県の方です。
いつも笑わせていただいてありがとうございます。
2人のおいっ子さんとの最新爆笑エピソードを聞かせてください。
おいっ子がね…かわいくてしゃあないんですよ。
2人いるんですけどね。
せいじの息子と妹の息子がたまたまきのう家の妹の息子から電話がかかってきて3歳なんですけれどもこのライブを見に行っていい?って。
ええに決まっとるがな!!力を込めて。
一方せいじの息子が全く興味がないんですよ。
全く俺に興味がないんですよ。
よくよく聞いたら、NONSTYLEのファンだって。
こんな悲しいことないじゃないですかまったく。
ライブを見たらまた気持ちが変わるかもしれないですからぜひ。
そして宮崎県の方です。
インフルエンザで高熱が出た話を聞いて看病してくれる人がいてほしいなと思いました。
ジュニアさんも結婚できるといいですねとメッセージが来ていますがどんな人と。
結婚できない男です。
結婚するとしたらどんな方が理想ですか。
もうね、健康ですね。
まずは健康。
それがあればもう。
そうですか。
いろいろハードルが高いんじゃないかなと。
いや、もう健康であればいいですね。
世の女性は、健康を目指せば。
それではメッセージです。
千葉県の方です。
ジュニアさんのバースデーライブのチケットを5年前に買いおとといやっとそのチケットが見つかりちゃんと行けることになりました。
8000人以上の方にお祝いしてもらえるジュニアさんうらやましいです。
誕生日はね、たまたま誕生日なんでお祝いというわけではありません。
よかったですね。
5年前の人は。
なくしている方がいらっしゃるかもしれない。
2014/03/18(火) 13:27〜14:00
NHK総合1・神戸
スタジオパークからこんにちは 千原ジュニア[字]

▽春の新番組MCに! ▽国技館で40歳ライブ ▽なんと落語に挑戦!? 【ゲスト】千原ジュニア,【司会】伊藤雄彦,【リポーター】米田弥央

詳細情報
出演者
【出演】千原ジュニア,【司会】伊藤雄彦,【リポーター】米田弥央

ジャンル :
情報/ワイドショー – 芸能・ワイドショー
バラエティ – トークバラエティ
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz

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