日曜ビッグバラエティ「昭和平成ヒット商品全部見せます!2」 2014.02.02

今から84年前1930年頃のファッションといえば…和服。
当時のおしゃれは帯や手提げのデザインで遊ぶというささやかなものでした。
その頃の洗濯といえば手洗いが当たり前。
タライを置いて洗濯板で1枚ずつゴシゴシ。
家族分6枚を洗うのに実に2時間半。
洗濯はまだ家電という言葉もなかった1930年になんと!それが…。
コンセントを差すと手洗いで2時間以上かかったこの量を…。
夢のような機械でした。
しかし…。
庶民には共同で買うしか手が出ずそんな電気洗濯機が普及しはじめたのは1953年から。
この年テレビ冷蔵庫洗濯機という三種の神器が憧れから生活必需品へと変わっていったのです。
ただいま。
洗濯機見せて!これが洗濯機だ。
ねえ見せて。
当時の人は買った喜びよりも人気だったのはこちらのしかしお値段は…。
お手頃価格になりました。
家には当然洗濯機置き場などがなくしかし15分計のタイマーつき。
羽根は毎分600回転とかくはん式の10倍以上。
これが渦潮のような水流を巻き起こし…。
よかったねお母さん!すご〜い!しかし当然ながらお風呂場に流していた人も多かったそうですが中にはそのつど軒先まで運び庭に流していた人もいたとか。
そして手洗い時代いちばん大変だったのが洗濯絞り。
特に冬場はつら〜い仕事でした。
それがハンドルを回すだけで簡単に脱水ができるようになったのです。
気をつけてね。
よしいったいった。
すご〜い。
おっいい感じ。
きてるきてる。
もうちょいもうちょい。
頑張れ頑張れ。
よいしょ〜。
ローラーの威力はご覧のとおり!手絞りとは比べ物にならない脱水力は洗いたてのタオルを…。
当時の主婦は力仕事が減り大助かり!がしかし…。
えウソ?どこ?あまりの威力に当時はということで…。
続いて。
更に。
そんな便利な洗濯機。
あまりの人気ぶりにそう。
今でいうコインランドリー!そんななか家庭用でも安くてこちらは「わずか10秒で洗える」というのがうたい文句でした。
使い方はいたって簡単。
洗濯物と洗剤そして熱湯を注ぐだけ…。
もちろん脱水機能はありませんが10秒回転させると洗濯ができちゃうんです。
中の気圧を上げることで汚れを落としやすくするという当時は画期的なアイデア商品!そのため…。
フタを開けると大きな音が。
この音から別名ポン洗濯機とも呼ばれ日本中に知れ渡ることに。
しかし…。
ご近所さんを驚かせてしまうこともしばしば。
簡単に扱えて洗濯物も傷めない。
特に一人暮らしの方に重宝され大ヒット商品となりました。
更に1962年にはこんな洗濯機も…。
こちらはコンセントをさすだけでどこでも洗濯ができるしかしタライから水が飛び散るため残念ながらあまり普及はしませんでした。
洗濯機の急速な普及とともにそんなヤングメンたちを中心にこの頃ノブコブ吉村さんお答えください。
ファッションアイテム?え〜ネクタイ?シャツ?シャツとか帽子とか。
まったくわかんないですね。
正解は…。
多くの人がふんどしをやめたのが1950年代後半。
手洗いだとボロボロになっていた綿100%のブリーフが女性の下着もさまざまな場所で頻繁に行われるようになりバーゲンをするお店も増えてきました。
そんな1950年代からは長いショールを頭に巻く…。
オードリー・ヘプバーンから火がついたそして大きな腰ひもが特徴の洋服が増え困るのが洗濯。
それは長年使っていると脱水ローラーの圧力が弱まり十分に絞れなくなってしまうこと。
干す前に手で絞るというひと昔前の手間が復活してしまったのです。
そんな問題を解消する洗濯機が普及しはじめたのはビートルズ来日に沸いた1966年。
ほら新しい洗濯機だ。
おもしれえ!そう1960年代に大ヒットしたのは自動2槽式洗濯機。
洗いとすすぎがボタン1つで自動運転。
衣類の種類に応じて水流の強さも調節できるようになりました。
そして従来の洗濯槽に加え脱水専用の脱水槽がついたのです。
ビチャビチャの洗濯物を移しかえる手間はありましたがローラーで絞るよりもはるかに水分を飛ばす脱水がスイッチをひねるだけで可能に。
しかし…。
(脱水する音)うるさかった。
更に…。
お母さん大変。
なにどうしたの?こっち来て。
なに?こっちこっち。
お母さん。
ほんとなんでこんな動いちゃったんだろう?2槽式洗濯機は振動が激しく移動してしまうことも。
1分間に3000回転という強力な遠心力を利用しているため脱水時間はわずか5分。
衣類のほぼ100%の水分を脱水「…と言えるほどよく絞れます」がうたい文句。
完璧な脱水機能がついたおかげで雨の日も部屋干しができるようになりました。
大量に洗濯できるようになりまず革命が起きたのは物干し竿でした。
それまでの物干し竿といえば竹竿。
しかし屋外で使用しているため竹の腐食が激しく洗濯物を干すときにそこで誕生したのがこちら。
洗濯物を汚さないプラスチックの竹竿カバー。
使い方は簡単。
筒状のヒシチューブを竹竿にくぐらせ…。
このあとあるモノをかけ竹竿にピタリと密着させるのですがそのあるモノとは?前田美波里さんお答えください。
お湯をかける。
ダメかな?でも熱っぽいですね。
正解は…。
素材は熱を加えると収縮する塩化ビニール。
そのためお湯をかけるだけで竹竿にフィットするんです。
なにより人気だったのは汚かった竹竿が最新のプラスチック製品に見えること。
この時代プラスチックは高級品。
いまだと100円ショップで買える醤油さしがプラスチックが高級品だったこの時代ある商品が嫁入り道具の一つとして定番でした。
福田彩乃さんお答えください。
え〜と花嫁道具?う〜んしゃもじ?しゃもじこれで持ってたらおかしいでしょ。
正解は…。
1960年代ではタンス同様嫁入り道具の一つになっていたのです。
このあと誰もがあの頃を思い出す昭和を彩ったさまざまなヒット商品そこには日本人の知恵と誇りがあった。
1960年代そしてプラスチック製品が洗濯用品に続々登場。
部屋干しが増えたことで誕生したたこ足ハンガーもこの時代にヒットしたプラスチック製品の一つ。
他にもアルミ製だった洗濯ばさみもプラスチック製に生まれ変わり布団専用バサミなどあらゆる洗濯グッズがプラスチック一色に。
こうした洗濯グッズの進化もあり竹竿時代とは比べ物にならないほどの洗濯物が一度に干せるようになりました。
しかしそれは…。
横幅が広がったため置いていた場所に入らないという家庭続出。
そっちもうちょっと行かない?もう行かないわこれ。
もうちょっと。
痛い痛い!せ〜のよいしょ!お父さん。
危ない。
当時の方々はかなり苦労したそうです。
今ではいい思い出です。
そして1970年。
置き場所問題を解決する洗濯機が登場。
なんと手軽に移動できる2槽式ワゴン洗濯機。
おぉ〜。
すご〜い。
楽ちんだなおい。
しかしコンセントの長さが短かったため移動させるメリットはなく残念ながらあまり普及はしませんでした。
この時代のファッションといえば洗濯しやすいノースリーブそしてTシャツジーンズなどが大流行。
洗濯しやすい薄い衣類が増えたことでそれは…。
母ちゃん勘弁してくれよ。
何が?あなたも身に覚えありませんか?この頃洗濯しやすい薄い衣類が増えたことでそう2槽式洗濯機の脱水は威力のある分よ〜く絡まっていました。
そのためTシャツなどの薄い素材は簡単に伸びてしまうはめに。
しかし1980年代に入りこの絡まりを解消する洗濯機が登場。
それが…。
夢のような商品。
これまでは洗いすすぎ脱水とすべての工程に手が必要だったのですが全自動洗濯機はボタン1つ押すだけですべての工程が終わってしまいます。
更に作業が楽になったおかげで昼間働きに出かけるお母さんが急増。
がやっぱりまだまだ脱水はうるさかったのです。
更に…。
(ブザー音)終了ブザーの音も大きく夜に洗濯すると近隣とのトラブルにもなりかねません。
ちょっと!ちょっと!寝られないじゃないの。
洗濯機の騒音が解消されるのは平成に入ってからのこと。
こちらのDDインバーター銀河が登場し大ヒット。
DDインバーターとは騒音の原因となっている洗濯物のバランスの悪さを感知しモーターの回転数を調整することで振動をなくすシステム。
この発明により夜でも気兼ねなく洗濯できるようになったのです。
同じ頃ファッション業界では洗濯機で洗える新製品が続々登場。
1993年には洗濯機で洗っても型崩れしない形態安定シャツが。
アイロンの手間も省けると驚異的な大ヒット。
そして2000年にはエコスピリットスーツが発売。
洗濯機で丸洗いできるスーツは…。
今や洗濯機で洗えるものがファッション業界で流行するまでに。
電気洗濯機が発売されて84年。
その進化はファッションシーンにも大きな影響をもたらしてきました。
この先洗濯機にはどんな新機能が付きどんなファッションを生み出していくのでしょうか。
さぁということでまずは洗濯機の歴史をひも解いてきましたけどもね。
どっから手つけようかってくらいいろんなものが。
ありましたね。
まず初期の…。
しぼるやつね。
あれは知らない?あのレバー何?って言ってたもんね。
存在も知らなかった。
電気洗濯機じゃないじゃん。
手動じゃんそれ。
半手動みたいな感じかと…。
あれでよく遊びましたよね。
遊びました。
突っ込んじゃう!?でも最初私の家は金ダライですからね。
金ダライにこうやって一生懸命。
洗濯板で?洗濯板で。
今どきでは懐かしかったのは俺なんかね物干し竿を庭でああやって干してよく遊びに使ってたんです。
干したのをネット代わりにしてバドミントンをやるとかバレーボールやるとかしてようおふくろに怒られて。
そうですか。
はい渋柿干したり。
今言われて思い出したけどネットに入れてニンニク干したりとか。
あれ何のために…。
ありましたよね?みかんの皮とか。
タマネギとかも。
ありましたありました。
まず洗濯機のいろいろ歴史をひも解いたわけですけどああやって見るとファッションも洗濯機の進化とともに進化してきたという。
昔はものすごい洗濯って大変で。
みんながものすごい欲しがったんですね。
三種の神器って言われるんですけれどもなるほどね。
のっけから盛り上がっちゃいましたけど続いての昭和平成ヒット商品見てみましょう。
はい。
戦後復興の住宅ラッシュ。
そこで建てられたのは昔ながらの今と違い木製のサッシには隙間風がとおり…。
そんな寒い家の必需品といえば…。
暖房器具でありながらコンロとしても使われちょっとした調理もできる火鉢は大活躍でした。
その熱源といえば。
…炭だけで部屋全体が暖かくなるほど火力はなく…。
あ〜あったけえ。
あったけえ。
あったけえ。
暖められたそしてもう1つ古くから日本人を温めていた暖房器具がこれ電気の普及していなかったこの頃のこたつは炭の上に木枠を組んだその上に布団をかけ足もとを温めていました。
心地よくてうっかりこたつで寝てしまうことも。
すると…。
またこたつで寝ちゃってほら起きて。
起きなさい。
そう炭で頭がクラクラしたという経験がある人も多かったといいます。
そんな不満を解消すべく誕生したのがしかし当時のおおっ。
うわすげえ。
へぇ。
1950年代に安全をうたい文句に登場した電気こたつ。
しかし当時のコンセントは天井。
電球の国民ソケットと呼ばれる電化製品用差し込み口から電源をとっていました。
そのため…こたつを使うときはいつもこんな状態に。
ねぇほんとにね。
コードのせいで布団には大きな隙間が。
結局ヒットとはなりませんでした。
1960年代に突入しそんな暖房界に大転機が!住宅整備公団の開発によりこの頃日本中で団地ブームが到来。
近代的な設備と西洋風の暮らし。
隙間風とは無縁な気密性。
誰もが団地で暮らすことにあこがれました。
そんな時代にぴったりの暖房として現れたのは…。
遠くイギリスからやってきた舶来品その燃料は従来の炭ではなく新時代住宅にふさわしい気品あふれるスタイル。
しかしまだまだこの時代アラジンストーブをはじめ舶来石油ストーブは高級品。
庶民にとっては手の届かない高値の花でした。
使っていたのは当時庶民にとって灯油を使った製品といえば…。
まだ都市ガスやプロパンガスが各地に普及していなかった時代。
かまどでは実現できない手軽さを誇る石油コンロは主婦たちのあこがれでした。
灯油を配達する車が町を走り回っていました。
そんななかストーブ界の革命というキャッチで誕生したのが国産ストーブ第1号何がそんなに革命的だったのかというと…。
舶来の石油ストーブは国産石油ストーブはつまり狭い部屋の壁に寄せて使えるという日本の住宅事情にぴったりのストーブが完成したのだ。
しかし…。
当時の石油ストーブは暖まるまでがひと苦労。
火がつくまでのそんな手間を省き大ヒットしたのが…。
ガラス繊維の芯に火をつけるその手順はなんと3工程。
芯に火がついたのを確認したら…。
すると…。
温かな炎が。
この青とオレンジの混じった炎は冬の風物詩。
こうして大ヒットした芯式石油ストーブは更なる進化を遂げていくこととなる。
1972年に発売されたこちらのストーブ。
森永卓郎さんお答えください。
え〜とねたぶん自動消火装置?倒れたときの。
あ〜。
それまでは危なかったんですよね。
なるほど。
正解は…。
ストーブ右横には貯水タンクが設置してあります。
1960年代大手家電メーカーも参入し個性豊かな石油ストーブが次々と発売されていった。
そしてちなみにどの家庭でも見られたのが…。
そうおでん。
おいしそうだね。
朝はいつでも温かいはいどうぞ。
はいありがとう。
トースター代わりにパンを焼き…。
牛乳配達が届けてくれる当時ビン入り牛乳を湯せんした懐かしいな。
この年それはそれまで家庭では食べられてこなかった特に人気だったのがホクホクの状態で食べられるようになりました。
そしてカゼの予防にもなると人気に。
更にしかし…。
やだわ〜もう。
乾きすぎてパリッパリに。
こんなことありましたよね。
そしてこの頃子供たちのお手伝いといえば?そうめんどくせえな。
寒い中ベランダや勝手口にあるポリタンクから灯油を注ぎにいくのはちょっと面倒でした。
一説によると関東で登場した赤のポリタンクが全国で作られるはずだったのですが関西の業者がと値段の安かった青い塗料でポリタンクを作りそれが定番化していったとか。
中部地方のあるお店を覗いてみると店頭には両方の色が。
ポリタンクの色にもご当地カラーがあるんですね。
暖房器具界でも前の年デビューした大物ルーキーが大ヒット。
それが…。
炭のこたつの時代からしかしこれを上に付けるという逆転の発想。
こうしてこたつの中で足を伸ばせるという夢のようなことが可能に。
電気こたつは瞬く間に広まっていきました。
お気づきでしょうか。
実は当時のこたつは今のものよりかなり小さくテーブル代わりというものではありませんでした。
ちゃぶ台で食事をし食べ終わったら…。
やった。
こたつを出して温まる。
当時のこたつは天板が標準装備されたのは電気こたつの登場から2年後のこと。
こうしてこたつはそんな天板の裏は…そう緑色。
当時のお父さんたちにこんな使われ方をしていました。
そう子供たちはトランプなどのお母さんは天板の裏は家族揃ってフル活用!お茶の間に欠かせないものとなった電気こたつはその後も新製品が次々に登場!パワーにこだわったナショナルは更にこたつの脚に別の脚を取り付け洋室でも使えるタイプまで。
そんな各メーカーこだわりの各メーカーの共通のこたつのパーツそれがフサフサの感触は短い繊維を植えつける熱をシャットアウトするこのコーティングはヤケド防止のためなんです。
しかし家族が足を伸ばせるこたつの中は戦争。
蹴飛ばされいつしかカバーはそんなこたつで温まっていたのは人間だけではなかった。
さむさむ…。
早く学校行きなさい。
は〜い。
お母さんがこたつの中に入った温かい服は冬の朝の小さな喜びでした。
手放せない冬の主役となった電気こたつはその頃…。
1970年代そして暖房界にも一大革命が!そんな住宅に備え付けられていたのがクーラーはこのときすでに認知されていたのですが…。
こういう形のものをクーラーと呼ぶ人がいます。
でもこれとっても温かいんです。
温かいクーラーなんておかしいですよね。
これはエアコンと呼んでください。
これからは暖房もエアコンでする時代です。
楽園はマイルドモード採用。
いいですかこれはエアコン。
冬はエアコン暖房でホットに。
ホットー!冬も夏も…。
そんなエアコンが標準装備された新しい住宅の特徴は収納が少なく電気こたつはこの変化に応えしまう必要のない家具へと変わっていきました。
一方エアコンの登場で主役の座を受け渡したかつての冬の主役石油ストーブ。
しかし近年停電時にも使え食事も温められる石油ストーブの便利さが改めて見直されているんです。
住宅の変化とともに姿を変えてきた暖房器具。
今後どんな進化を遂げていくのでしょうか。
さぁということで暖房の変遷を見てまいりましたけれども美波里さん何か思い出の。
私たちはねこたつの前にやっぱり湯たんぽでしたよ。
どんなことしても湯たんぽ。
はいはいはい。
電気アンカとかありましたよね。
あった寝るときね。
豆炭もありましたよ。
豆炭もありました。
豆炭って何ですか?知らない?練炭のちっちゃいやつ。
練炭のちっちゃいやつをこうくべて。
あとそれをパカッて入れてあったまるやつがあったりしたんですよ。
そうか今知らないんだ。
商店街に燃料店っていういわゆる練炭とか今言った豆炭とかを売っているのちにねそういうところが石油も扱ったりするようになるんですけど。
あった!ありましたよね。
懐にちょっと入れたりお腹のところに入れたりする。
そうよそれで今度は使い捨てに。
使い捨てじゃないカイロがないとやっぱり使い捨てカイロは。
あとこたつもね革命的だったよね。
それこそ練炭とか入れてんじゃなくてこの天板についてるというあれによってこたつの中でいろんなドラマが生まれるようになったわけだから。
どんなドラマですか?それまでは上じゃないから…。
子供たちの嬉しい時間といえば最近はどんなお弁当なのか覗いてみると…。
かつお節をまぶしたかわいいこちらはカニかまと卵の黄身を使って上手に作られています。
お弁当の定番のり弁もチーズを使って現在のお弁当は味はもちろん見た目もこだわったものが人気の様子。
このように母親の愛情がいっぱい詰まったお弁当はその時代の食生活が色濃く映されその都度進化を遂げてきたのです。
1950年代日本は高度経済成長期に突入。
わずか10年前は戦後の食料難で多くの国民が栄養不足だったしかし街には庶民の暮らしは豊かになり始め。
その頃学校ではこんなお弁当箱を使っていませんでしたか?新聞紙の包みを広げるとその中には…。
こちらアルミ製の弁当箱。
これはアルミニウムに特殊なコーティングをしたもの。
いただきます。
というのもそれ以前の弁当箱といえばただのアルミニウム製。
見た目はさほど変わりませんが。
なんと当時の料理本を見てみるとお弁当箱の広告欄にこんな記載を発見。
本当に穴が開いていたのです。
そこでアルミ弁当箱に特殊なコーティングをして酸に強くさせたのがアルマイト弁当箱。
白米に麦を混ぜて炊いたいわゆる白米はまだまだ贅沢品だったので安い麦を混ぜてかさを増していたのです。
そして定番のおかずといえばこれ。
砂糖と醤油で甘辛く煮た更にそんなおかずの割合はごはんに対してかなり少なめ。
当時は腹は飯で膨らませろという時代。
夕食だけに栄養が重要視されだから味付けの濃いおかずをちょっぴりかじりたくさんのごはんでお腹を満たしていました。
そしてこの時代にヒットした定番のお弁当といえば…。
いちめんに堂々とのせられたのりの下には醤油を合わせたかつお節。
のりが2段に。
なんとも嬉しいサプライズでした。
そして1956年お弁当の歴史を変えることになる一大キャンペーンが全国でスタート。
厚生省の指導のもと調理台を搭載した大型バスで全国各地を回り主婦に料理講習会を開催。
教えられた料理はどれも目新しいメニューばかり。
当時の日本人に不足していた動物性タンパク質や小麦粉脂肪分を補うため欧米に習った献立を提案していたのです。
今では欠かすことのできないあの調理器具が普及したのもこの活動のおかげ。
それはいったい何でしょう?ノブコブ徳井さんお答えください。
あれだざる…ざる。
あるでしょ。
アルミのざる。
それでは正解。
今では欠かせないあの調理器具とはこちら。
それまではフライパンを持っていない主婦が多く炒めるのに使うのはしかしこの活動により簡単に炒められるフライパンが大ヒット。
煮物や焼き物に加えその結果ご飯がチャーハンに。
うどんが焼きうどんに。
栄養を考えおかずの量自体も多くなり。
こちらのお肉。
いったい何の肉かというと…。
今では当たり前に食べられている鶏肉や豚肉。
牛肉を抑えダントツの1位だったのがこちら。
鯨だ!当時はタンパク質が不足気味の日本人にとって貴重な栄養源。
鯨肉が売られていたのは魚屋さん。
値段は牛肉が100gで55円に対しわずか13円とまさに庶民価格でした。
そんなお弁当の悩みを一挙に解決して年間50万個も売れた大ヒット弁当箱が登場。
それがこちら。
本の形をした一見従来のアルマイト弁当箱のようですがその中にはおかず入れを収納。
更にフタも強化され汁物のおかずを入れても漏れずに安心。
フタの側面には当時はブック型弁当箱を買い求めるお客で行列ができたんだとか。
オリンピックはもうすぐ。
果たしてこの調子でと懸念されていたオリンピック・ハイウェイがさる1日開通。
時は1964年まもなく開催される東京オリンピックに向けて高速道路が建設され町並みはより豊かに。
今では当たり前に使っているあれ。
お歳暮の定番となりだしたのもこの頃だったんです。
福田彩乃さんお答えください。
お歳暮の定番?え?何ですか?洗剤?それでは正解。
1960年代庶民の高級品といえば…。
当時脂肪分などの栄養素がまだまだ不足気味だった庶民にとって油はたいへん嬉しいお歳暮。
当時の広告を見てみると値段は400円から2,000円。
大卒の初任給が1万2,000円の時代油はたいへん高価なものだったんです。
食用油が広まったおかげで骨付きが豪華に見えるそとはサックサク中はホックホクの更に鯨は大和煮からしかしこれらの揚げ物をしのぐそれは?1960年代子供たちが大好きなものを並べたという流行語まで生まれたほど。
ですが…。
1960年代になると狭い場所でもたくさんの鶏を飼育できるケージ飼いが普及。
その結果卵が大量に出回り値段もお値打ちに。
爆発的ブームを巻き起こしました。
1960年代後半になると。
例えばこちら。
当時の人気アニメ懐かしさあふれるキャラクターが目白押し。
時代は進み1970年といえば…。
大阪万博。
更に日本列島改造論と世の中は建設ラッシュで近代化へと突き進むのです。
そこで働くたくましいそれが…。
そう!これまでにあった魔法瓶の技術を応用してランチジャーの内部に断熱効果のある真空のガラス瓶を搭載。
お弁当は冷たいものというこれまでの常識を見事に覆しほっかほかのお弁当が楽しめるように。
なかでも最大の特徴が…。
なんとあったか〜いお味噌汁も持ち運び可能に。
なかにはランチジャーを学校に持っていくつわものも。
すげえ。
ランチジャーを学校に持っていくと周りからの熱い視線を独り占めできたんだとか。
お弁当のそのルーツを知るという人物に我々はお会いさせていただきました。
すみません今日はよろしくお願いいたします。
料理記者として50年以上のキャリアを持つ重鎮お話をうかがう前にお約束の言葉をちょうだいしたところで早速聞いてみました。
これは岸さんが最初に作ったんでしょうか?実は今から60年前のこと。
そこで尚道子さんが考えついたのは焼いてみるとまるでタコさんのように見えてなんとも楽しげ。
次男はこのかわいらしい見た目に大喜び。
子供たちは食べやすかったんじゃない?すると岸さんからこんな意見が。
岸さんご指摘ありがとうございました。
ちなみに現在のタコさんウインナーはスライスチーズで表情を作ったり…。
さまざまな動物が作られているのです。
1970年代後半になるとこれまで家庭を守ってきた主婦たちは社会に進出し始め共働きの時代が到来。
そんな忙しい奥様の救世主となったおかずがついに登場。
それがこちら。
当時大ヒットしたきっかけがこのCM。
〜大きくなれよ。
丸大ハンバーグ。
レトルトパックはこれが忙しい奥様の心をわしづかみに。
密閉性の高いこのフタで腐りやすい夏場でもひと安心。
これが現在も弁当箱の主流となっているのです。
いってきます。
はいいってらっしゃい。
そしてお弁当のおかずに革命をもたらしたのがところが現在これが劇的に進化。
それは…。
例えばこちらのハンバーグ。
袋を開けたら凍ったままお弁当に詰めるだけ。
3時間待てば…。
自然解凍されそのまま食べることが可能。
ハンバーグの他にも…。
メンチカツなどの揚げ物まで登場。
時代とともにさまざまなヒット商品が生み出されてきたお弁当。
これからも更なる進化を遂げてくれることでしょう。
お弁当箱の変遷をね見てまいりましたけどもね。
目の前にちょっと出てきてるものがありますがこれは何ですか?今これ爆発的に売れてるんです。
去年1年間だけで…。
そんなにヒットしてるんですか。
これのすごいのは…。
何なに?これ例えば野菜を切って入れるでしょ。
スープの素入れるでしょ。
お湯入れるフタをして会社に持って行くとお昼くらいにはこの中の保温の熱でスープが出来上がっている。
えっ!?だから中に例えば乾麺のパスタパキって割って入れてフタ閉めてったら食べるときにはちょうどいいスープパスタくらいになってる。
ちゃんと煮えてるんだ。
煮えるんですこれ。
あっ!いました?いましたいらっしゃいました?いますいます。
ちゃんと煮えてる?食べてくださいよ。
いただきます。
野菜も玉ねぎ入ってるんですけどいい感じです。
私のこれリゾットみたいに中に。
スープご飯?そうスープご飯。
なるほど。
芯とか残ってないの?ない。
だからお弁当朝作んなくていいわけですよね。
その時間は。
忙しい会社勤めの女の人がもうパパッとやって持って行くだけっていう。
あのねしいたけが入ってるのよなのに。
春雨!出てきた!春雨が出てきたこれ中華スープかな?これ。
いろんなバリエーションがこうやって楽しめるし温かいものが食べられるというのは。
これが最先端なんですね。
もうおいなりさんなんですよ。
おいなりさんが入ってたら最高。
やっぱり油っこいものが食べたかったんですね。
逆に食べない。
すごいご馳走だったわけですよね。
実はおいなりさん糖分もあるのでもうやっぱり習慣って恐ろしいっていうか憧れなんですよやっぱり。
いまだに。
すごい進化ですよね。
店で食えないじゃないですか。
このあとこの年食卓に〜あ〜おいしい。
そうご存じチキンラーメン。
それほど手軽に食べられるものがあること事態信じられないことだった。
しかしお値段は1食35円。
これはうどん6玉分に相当した高価なもの。
それでもヒットしたのは高度成長期を迎えていたこの頃の日本では便利で簡単なものがインスタントと呼ばれ…。
なんと数時間で家を簡単に建ててしまうデパートの屋上ではそしてこの大ヒットインスタント麺誕生の裏には…。
発明したのは…。
安藤がインスタント麺開発を思い立ったのは…。
一心不乱に麺をすする人々。
当時安藤は…。
1人ラーメン開発の日々を送っていた安藤。
最大の壁となったのが保存がきいてかつお湯で戻る麺の製造法。
そしてそれはふと目にしたある料理をきっかけに生まれることになる。
それはその時安藤にある名案が浮かんだ。
そうして乾燥させた麺をお湯で戻せば…。
これが食卓に革命を起こした発売翌年にはそれでもそしてインスタント麺の登場によってインスタント麺業界に新たな革命が起きた。
それが…。
(2人)はぁ〜!実はこれまでの麺に最初から味がついている味付けタイプから麺とスープの素が別々になったスープ別添えタイプが発売されたのだ。
これをきっかけに
(チャルメラ)おいしさでブームを呼んでいる明星チャルメラ。
このうまさ驚いちゃうよ。
(チャルメラ)最初はおじさんもしゃべっていた明星チャルメラ。
こちらはスープにホタテのエキスを加えるという画期的な方法で旨みを効かせた醤油味が人気に。
ラーメンなら出前一丁。
高品質がうたい文句の出前一丁は醤油ベースのスープだが香ばしいごまの香りを味わいながらピリッと辛うまが人気に。
サンヨー食品はインスタント麺初となるみそ味を発売し一躍大ヒット!他にも定番の醤油味とあっさり塩味も。
3種類の味が楽しめるとロングセラーになった。
粉末スープの登場によって主婦たちは野菜などの具材を入れインスタント麺は食事としての地位を確立。
だがこの粉末スープ誕生には…。
そこで訪れたのはオイスターソースなどの調味料を扱う富士食品。
こちらが当社の創業者の松倉賢治ございます。
実は麺用粉末スープの素は松倉の第二次世界大戦敗戦後東南アジアに出兵していた松倉は…。
そんななか松倉はあるものに出会う。
すると見慣れないその物体は食事はパンとお湯を注いでできるコンソメスープといったシンプルなメニューだったのだが…。
初めて味わった固形コンソメをどうにかして日本に持ち帰りたかった。
果たしてイギリス軍の富士食品2代目社長松倉史雄さんに伺いました。
私の聞いてる範囲では何と松倉はイギリス軍の固形コンソメをこうして松倉は日本に初めてケンタッキーが出店。
そしてマクドナルド第1号店が銀座出来るなど洋食ブームが。
そんななか再びそのきっかけを作ったのは…。
丼を用意する必要もなくお湯を注いで3分待つだけで完成。
カップ片手にフォークで食べるそんなカップヌードルの大ヒットから各メーカーも新製品を研究しさまざまなカップ麺が毎年誕生。
そんななかカップの形になみなみならぬこだわりを持つカップ麺が!お!四角い顔!へい!いらっしゃい!腹減ったな〜。
うっす!どうだい味は。
まろやか〜。
もういっちょいく?うっす!なぜ四角なのか?そう屋台の焼きそばといえばこれ。
皆さんも食べたことありますよね?発売以来茹でた麺は四角に揚げられ…。
四角い容器に次々入れられていきます。
この工場では発売当時から四角い容器にソース味という定番の他に…。
そして近年話題をさらったのが…。
生のような麺の登場でその元となったのが…。
その人気の秘密をこれまで1万食のインスタント麺を食べてきた大山さんに聞いてみた。
あの辺りから麺の質がぐっとよくなったんですよね。
ところがマルちゃん正麺が登場して…。
初めて食べたときはちょっとびっくりしましたね。
そうマルちゃん正麺が新たに開発した生麺うまいまま製法で即席麺でありながら開発者たちの情熱によって進化を続け今や世界で1,000億食を突破したインスタント麺。
次はどんな革命を見せてくれるのだろうか?お腹も空いてきたところでこのあとすっげえうまい!いい香りに包まれていますね。
ここでですねラーメンに目がない徹さんとそして皆さんのためにノブコブがラーメンの達人大山さんお勧めの最新麺を紹介してくれるそうです。
お願いします。
ラーメン達人大山さん推薦…。
じゃあいただきます。
テレビだから。
じゃあまず山瀬さん。
はい。
それで黒いんだ!そうなんです。
濃い口しょうゆとたっぷり入った粗びき黒こしょうの色といった。
そうすごいから。
ちょっとごめんね〜。
何かねだからインパクトが。
徹さん!ダメですよよそ様のラーメンですよ?いいよって言う前から来てたからね。
あ!ほんとだ!効いてるの。
辛味の何ていうか…。
こしょうっていうかその。
そうですね。
合いますか!?続いて福田さん。
はい。
あ〜それうまそう!いやこれほんともうスープ飲んだ瞬間から昆布のダシがふわ〜と広がって…。
利尻昆布っつったらすごいおいしいやつだもんね。
高級昆布ですよね。
ねぇ。
麺に利尻昆布パウダーを練り込んでるのがポイント。
すぐ食べるんだから!そして地元では残ったスープに朝炊いて冷めたごはんを入れて食べるのが大人気と。
冷めたごはん?冷めたごはんをこの中に入れる。
どうですか徹さん。
昆布の味すごいです。
(一同)おっとせい!透明感あふれるスープにシコシコの麺が絶妙なハーモニーを醸し出す。
あそんなに?はい。
大山さんのお勧めポイントは…。
先輩のですから。
どうぞどうぞ。
あ〜すみません。
なんて優しい…。
こういう人間になりなさい?なりたいんですけども徹さんみたくなりたっていうのはあります。
大山さんのお勧めポイント。
日清食品こん身の製法で作られた麺はこしもっちり感がより際立ってると。
なぜこの塩がお勧めかと言うと深い鶏ベースに魚介昆布香味野菜などの旨みが加わったスープがあっさりしていてしかも深い味わい。
今までにないインスタントラーメンで。
はい。
説明してるんですけど!厳選小麦の豊かな風味が口の中に広がる生仕立ての麺とキレのあるスープが特徴。
火入れをしていない生しょうゆが30%使われておりますので鮮やかな色きれがあるという。
ラーメン屋さんのラジオじゃないんです我々。
ちょっと黙って食べさせてくれる?こちらはですね愛知県の碧南市中心に販売されて地元では知らない人がいないぐらい有名らしくですね。
しょうゆ味に加え2010年味噌味。
2011年に塩味も発売。
豆乳が混ざっているのでとてもまろやかな麺と。
麺に豆乳が入っての?麺ですね。
豆乳が混ざっている。
ようはインスタント麺を食べたいなってときの究極の感じ。
あ〜欲しい味だ欲しい味だ。
絶対くれねえなと思ったけどよ!エコを考えたら昔のものを使わなくちゃ。
湯たんぽだってお湯を沸かす。
それだけで部屋は暖まるのよ。
それから湯たんぽに入れる。
そしてまた温める。
もうそういうこと考えて少しねエコ。
すべてです人生は。
さすが…。
元に戻りましょうよ。
いいことおっしゃいます。
ちょっと考えをさ変えませんか?さすがでございます。
みんなで一度拝ましてもらいしょう。
やだ!やめてよ〜!2014/02/02(日) 19:54〜21:48
テレビ大阪1
日曜ビッグバラエティ「昭和平成ヒット商品全部見せます!2」[字]

「あの頃は、こんな暮らしでよく頑張っていた…」懐かしの仰天映像と共にヒット商品の“歴史”と“変遷”を一挙紹介!日本の素晴らしさが見えてきます。

詳細情報
番組内容
生活に欠かせない家電や身近なモノの、知っているようで実は知らない<歴史>と<変遷>をお見せします。懐かしの仰天映像満載です!!
▽「洗濯機」
昭和の主婦の家事を大きく変えた二層式洗濯機。
▽「暖房」
家族の中心にいつもあった火鉢や石油ストーブ、赤外線こたつ…。
番組内容つづき
▽「お弁当」
おかずの定番「タコさんウィンナー」。なんと考案者はあの有名人の姉だとか!?
▽「インスタントラーメン」
日本のみならず世界を変えたインスタントラーメンの裏に隠された開発秘話とは?

昭和の家庭生活を再現した映像と共に、懐かしいあの時代へタイムスリップ!!

出演者
【MC】
渡辺徹、山瀬まみ
【ゲスト】
前田美波里、伊集院光、森永卓郎、平成ノブシコブシ(徳井健太・吉村崇)、福田彩乃
ホームページ

http://www.tv-tokyo.co.jp/sun/

ジャンル :
バラエティ – その他
情報/ワイドショー – 暮らし・住まい
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz

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