火山列島日本。
100を超える活火山があります。
1991年大規模な火砕流が発生した…2011年突如大規模な噴火を開始した…そして去年小笠原諸島近海で突然噴火した海底火山。
日本の火山は今活動期を迎えています。
そんな中で今噴火活動に大きな注目が集まっている活火山があります。
鹿児島県の桜島です。
爆発的噴火回数は去年まで4年続けて800回を超えています。
(噴火音)去年8月には高度5,000mにまで噴煙が達する爆発が発生しました。
火山灰は対岸の鹿児島市に降り注ぎ交通や生活に大きな影響を与えたのです。
巨大噴火が起きた時一体どうなるのか。
それを知る手がかりがあります。
100年前桜島は空前の大爆発を起こしました。
火山灰は3,500km離れたカムチャツカ半島にまで達しました。
20世紀以降国内最大の噴火でした。
噴出した火山灰や溶岩で島に住めなくなった人の数はおよそ2万人に上ります。
しかしすさまじい被害にもかかわらず噴火の実態は明らかになってきませんでした。
戦時中の空襲で多くの1次資料が失われてしまったからです。
私たちは100年前の大噴火の全貌に迫るため去年あるものに注目しました。
「櫻島爆發紀念碑」。
噴火を体験した人々が当時の惨状を伝えるために建てた石碑です。
研究者の協力を得て1年にわたり県内各地の石碑を調査しました。
「櫻島大爆發」ですか?そこから見えてきたのは溶岩や火山灰だけではないさまざまな災害の実態でした。
山あいの石碑からは噴火が引き起こした河川災害の姿が浮かび上がってきました。
海岸沿いにある石碑からは東日本大震災の規模に近い地盤沈下が起きていた事が分かりました。
更に私たちは浮かび上がった噴火の威力を現代に置き換えてシミュレーションを行いました。
分かってきたのは火山灰による都市機能のマヒでした。
大量の火山灰は交通機関を停止させ生活にも大きな影響を与える事が判明しました。
石碑を通して見えてきた火山の脅威。
私たちは石に刻まれたメッセージから何を学ばなければならないのか。
1年にわたった石碑調査からの報告です。
鹿児島県内に残された石碑をくまなく調査し100年前の大噴火の全貌に迫ろうとしている研究者がいます。
古い文献などを頼りに石碑を一つずつ見つけ出しています。
(岩松)これは違いますよね。
(橋村)それも戦争…。
あれは招魂碑ですし。
この日は公園の片隅で小さな石碑を見つけました。
「櫻嶋爆発紀念碑」。
100年前地元の人々が自らの手で刻んだ文字です。
石碑には大噴火による被害が書かれていました。
「大正三年一月十二日」。
(岩松)「当地降灰積もる…一寸積もる」だ。
あっ「一寸以上積もる」。
(橋村)「一寸以上積もった」という事ですね。
2人がこれまで新たに見つけた石碑は70を超えています。
大半の記念碑はその土地土地の何と言うか思いといいますかねそれから後輩の人たちにこれだけは伝えたかったとそういう内容がひしひしと感じられる。
当時休火山と思われていた桜島は突如巨大な噴火を始めました。
この時上がった噴煙の高さは1万8,000m。
成層圏にまで達しました。
噴出した火山灰や溶岩などの量は雲仙普賢岳噴火の10倍にあたるといいます。
この時桜島島内では噴出した溶岩や火山灰によって集落や畑が丸ごとのみ込まれました。
死者行方不明者の数は58人。
島内では7つの集落が全滅しました。
島を追われた住民は2万人に上ったのです。
ところが桜島本島以外の地域に発生した被害については詳しく分かってきませんでした。
戦時中の空襲で多くの1次資料が失われてしまったからです。
その時各地で何が起きていたのか。
それを知る手がかりになるのが石碑です。
私たちは研究者に協力を得て改めて調査する事にしました。
これこんなふうになるんですけども…。
こういうのをいじくってプログラムを組んで…。
岩松さんと橋村さんは調査した石碑の正確な位置を地図に記し分布図を作っています。
これがその分布図。
薩摩半島と大隅半島の2つの半島がある鹿児島県。
その間で挟まれるように中央にあるのが桜島です。
石碑はあちこち不規則に散らばっているように見えます。
しかし分布をよく見るとある特徴を読み解く事ができるといいます。
大隅半島では薩摩半島に比べて広い範囲に数多くの石碑が分布しているのです。
(村松)1月12日に噴いた訳ですから西風が吹いて…。
(取材者)あっ冬は西風だと。
(村松)垂水とか鹿屋方面に厚く火山灰が積もったと。
噴火の6年後に学者が作成した火山灰や軽石の分布図です。
大隅半島で最も積もった所は5尺…150cmに達しました。
その時現地で何が起きていたのか。
当時の記録で火山灰や軽石が40cm積もった輝北町です。
今年1月地元の人から石碑の情報が寄せられ訪ねました。
こんにちは。
何か石碑があるって聞いたんですけど。
ああこの奥に。
えっ?石碑があるって聞いたんですよ。
この奥に。
あります?うん。
ちょっと足元大丈夫かな?廃校跡を管理しているこの男性は校庭の雑草ややぶを刈る作業をしていて石碑を見つけました。
これなんですね。
開墾していったらこれが出たんで何だろうという事で…。
風化した文字に目を凝らし何が記録されているのか確認していく事にしました。
「降」…これ「降灰」だな「降灰四日」。
「降灰四日」。
4日間灰が降り続けたっちゅう事ですか。
そういう事ですね。
はあ4日。
素朴に手彫りされた文字で確かに4日間の降灰が記録されていました。
当時のこの付近を写した貴重な写真が残っています。
降り積もった火山灰で一面が雪景色のようになっています。
更に日ざしの変化で文字の輪郭を浮かび上がらせた石碑には目を疑うような事が記録されていました。
降る石。
「降石量。
降石量平地ニオイテ約二尺二寸」。
あっそういう事か。
この地域では石だけで70cm近く積もったというのです。
記録を超える量の火山灰や石が降っていた事が分かりました。
大正大噴火の火山灰はどんな被害を地元に及ぼしたのでしょうか。
私たちは石碑の周辺で聞き込み調査をしました。
すると火山灰のすさまじさを物語るものが今も残されている事が分かりました。
ボラとは噴火で厚く積もった軽石や火山灰の事。
人々は見渡す限りのボラをかき寄せては畑の脇に積み上げる作業を繰り返したのです。
軽石も混じってるしね。
そうです。
積み上げたあとは放置しておくしかなかったボラ山。
養分が乏しく木もあまり生えてこないといいます。
大隅半島にはこのようなボラ山が数百あるといわれています。
当時の人々の苦悩を記した文書を保管している人がいました。
代々この町で暮らしてきた山勝美さん。
噴火当時村の青年団員たちが書き残した資料を知人から受け継ぎました。
(山)これが昔から…先祖代々の人たちが使っていた噴火の記事。
ここにあったのですけども。
何て書いてあるんですか?「どの方面を見ても砂場化してまことに櫻島噴火のため何千の人が今後如何なる心配を」。
ああ。
「山に植えた若木が枯れ麦や菜種は全滅してしまった」。
「育てていた作物は何もかも砂のために埋まってしまった」。
「いつもは虫を食べている野鳥まで餌が無くてがしする始末」。
「これから先我々もどうしたらよいのだろうか」。
心配したという事は聞いていましたよ。
災害の大きさに農業を諦める人々も多くいたといいます。
同じ町内にもう一つ石碑がありました。
やはり地元の人たちが噴火後に建てたものです。
「移住十五名」…。
引っ越しちゃった人もいるという事ですね。
そうですね。
「移住十五名」。
小さな集落の半分近くの人々が生まれ育った土地での暮らしを諦めたのです。
農地を埋め尽くし故郷での暮らしまで奪った大正大噴火の火山灰。
石碑が手がかりとなって農村部の被害の実態が見えてきました。
今大正大噴火クラスの火山灰が都市部を襲ったらどうなるのでしょうか。
気象研究所で最新研究を基にシミュレーションしました。
去年8月の気象条件で噴火当時と逆向きの風が吹いた場合です。
火山灰は大隅半島ではなく人口60万人の鹿児島市がある薩摩半島に降り注ぎます。
紫は厚さ1m以上。
赤は10cmから1mの火山灰が積もる事を示しています。
鹿児島市の中心部では火山灰が70cmから80cmにまで達します。
車や電車交通機関も全て停止。
都市の機能は完全にマヒしてしまうのです。
更に専門家は住宅が倒壊するおそれもあると言います。
防災を研究している下川悦郎教授は火山灰の重さに注目しました。
火山灰は1mm積もると1m^2当たり1kgの重さになります。
50cm積もれば500kg。
木造住宅なら耐えきれない可能性があります。
100年前も火山灰の重さで家屋の倒壊が相次ぎました。
大噴火の場合は桜島島内だけの問題ではありませんと。
気象研究所のもう一つのシミュレーションによると風向きによっては火山灰の影響は日本列島全域に及ぶ事が分かりました。
南西の風が吹いた場合火山灰は東北地方にまで降り注ぎます。
更に懸念されるのが空への影響です。
オレンジ色で示したのは航空機が運航する高さで漂う火山灰です。
噴火から20時間後主要な空港の上空は火山灰に覆われます。
降灰の状態にもよりますけども影響が残るような可能性は考えられると思います。
現代社会にも大きな影響を与える火山灰。
石碑はその脅威を100年前から伝えています。
石碑分布図の作成を続ける岩松さん。
噴火による脅威は火山灰だけではないと言います。
石碑の分布に2つ目の特徴があると指摘しました。
一見広い範囲に無秩序に散らばっているように見える大隅半島の石碑。
しかしその配置は河川と密接に関係していると言うのです。
(岩松)串良川なんですね。
その川沿いに記念碑が合計8つあると。
一体なぜ一本の川に沿って石碑が立ち並んでいるのでしょうか。
串良川の上流に位置する鹿屋市上高隅町。
ここに残された石碑を訪ねました。
大正大噴火を経験したかつての住民たちが建てたものです。
近所に暮らすお年寄りもここにはめったに来る事はないと言います。
おばさんも地元の人でしょ?はいここです。
はいここ。
「復舊工事紀念碑」と題された石碑。
そこからは火山噴火がさまざまな二次災害を引き起こした事が浮かび上がってきます。
大正6年ですよ。
「大正六年五月」…。
桜島の爆発が串良川で大洪水を引き起こしたというのです。
洪水の詳細を知りたいと石碑の周辺で聞き込み取材を始めました。
こんにちは。
当時の貴重な記録を保管している人がいました。
これですか。
これは私のじいさんの弟の方が書かれた本ですね。
「さほどの雨でもなかったのに大洪水になった」。
「大きな岩石が押し流されて畑の中に転がり込んでいた」。
「田んぼは河原と化し目も当てられぬ惨状だった」。
洪水は土石流まで伴う大規模な災害だったと見られています。
一体なぜ噴火が洪水や土石流を引き起こすのでしょうか。
専門家への取材で大量の火山灰が鍵を握っていた事が分かりました。
分厚い火山灰が降り積もった山肌はビニールシートに覆われたようになり雨が土に染み込みにくくなります。
そのため僅かな雨でも大量の水が一気に谷底に流れ込みます。
更に急な水の流れは山肌を削り取りついには谷底にある岩石まで転がり落とすのです。
これは1991年に防災の専門家が地質調査を行ってまとめた資料です。
大正大噴火後に起きた土石流の発生箇所が星印で示されています。
大隅半島にある川の周辺で土石流が100か所以上発生していました。
少しの雨でも起きてしまう土石流は突然人々を襲ったといいます。
取材中当時の事を伝え聞いている人に出会いました。
当時同じ大隅半島で起きた河川災害の写真。
辺り一面土砂で埋め尽くされています。
土砂を取り除くために当時使われていた道具が残っていました。
ダシゴロと呼ばれる農耕用の器具です。
噴火後に撮影されたある村の写真。
牛と自分の力だけの復旧作業は何年もかかりました。
今はもう地域の人に忘れられてしまったこの石碑のエピソードをお年寄りが教えてくれました。
上高隈町にひっそりと建つ石碑はやぶの中で災害の記憶を今に伝えています。
町内にある別の石碑からは復旧の困難さも浮かび上がってきます。
岩松さんと橋村さんが訪れたのは噴火の2年後と5年後に建てられた2つの石碑です。
どちらも「河川改修紀念碑」。
河川災害からの復旧工事が完了した事を記念したものです。
2つの石碑は災害が長期間にわたって続いた事を物語っています。
2度3度4度と10年近く洪水や土石流が続いたんですね。
それでもう一度作り直したと。
作っては壊され作っては壊されというさいの河原の繰り返しだったようです。
長年放置され土に埋まっていた部分を掘り起こし泥を丁寧に拭き取って裏の碑文を確認してみる事にしました。
「櫻島大爆發」ですか。
現れたのは工事に携わった人々の名前でした。
何かを見つけた橋村さんがカメラで記録を始めました。
何て書いてあるんですか?
(橋村)「搬寄附隈小學校兒童」。
「搬寄附」とは当時無償で行われた石運びや土運びなどの重労働の事です。
子どもたちまでが動員されたと。
大変だったんでしょうね…。
河川改修工事が終わったのは大正十年。
大噴火の発生から7年がたっていました。
火山噴火が引き起こす思いも寄らぬ二次災害。
対策は行われているのでしょうか。
鹿屋市が去年作成した防災マップを確認しました。
高隈地域の中で土石流などの災害が発生するおそれのある箇所を色分けしてありました。
黄色い枠の中は?しかしマップは毎年のように起こる集中豪雨や台風などを想定したものだといいます。
風向き次第でどこに降り積もるか予想がつかない火山灰。
そこから引き起こされる土石流を予測するのは困難なため対策は進んでいません。
石碑は噴火が引き起こす二次災害への警鐘を鳴らしています。
遠浅の海岸が続く姶良市重富。
ここにある石碑からは噴火が大規模な地盤沈下まで引き起こしていた事が分かるといいます。
あっこれですかね?あっきっとこれですよね。
紀念碑って書かれてますもんね。
あ〜これだこれだ!ですが…これ「水神」って書かれてますね。
あ〜桜島ですから火の神とか島の神ではないんですね。
水の災害が起きないようにと願いを込めた石碑。
地元の人はその由来を知りませんでした。
一体どのような水害がこの地域を襲ったのでしょうか。
地元の資料館が郷土史研究の一環として最近拓本をとったと聞き訪ねました。
(尾口)正面にはですねこういう水神様を祭る「水神」っていう…。
はい。
書いてましたね先ほど「水神」と書いてました。
大きく「水神」の文字が浮かび上がった拓本。
読めなかった碑文が浮かび上がってきました。
あ〜「櫻島爆発」としっかり刻まれてますね。
「堤防破壊」と書かれてますね。
碑文の中には意外な言葉が含まれていました。
「延長二百六十九間」とありますので…500mも!そんな長い距離…。
堤防が決壊し大規模な浸水被害が発生したというのです。
浸水被害を招いた堤防の決壊はどのようにして起きたのか。
岩松さんは膨大な資料の中から秘密を解く鍵を探し出しました。
これか…。
これは何ですか?これはですね当時の陸軍参謀本部の陸地測量部今の国土地理院がず〜っと水準測量をやった記録です。
資料には噴火当時桜島の周辺で地盤沈下が起きていた事が書かれていました。
石碑があった姶良市沿岸部でおよそ60cm。
東日本大震災の規模に近い地盤沈下でした。
結構な…。
ものすごいですよね。
今回の三陸でも気仙沼や何か数十cm沈みましたから。
取材から堤防決壊のメカニズムが分かってきました。
噴火により地表に噴出した膨大な量のマグマ。
地中のマグマが減ったため地面が沈下してしまうのです。
そして沈下の深さは必ずしも一定ではありません。
場所によって沈下する深さに差が生じると堤防はバランスを崩してしまいます。
そこから海水がなだれ込み浸水被害が起きたのです。
ガタガタ沈下しますから。
一定ではないんですね。
それで堤防が決壊したんだと思います。
代々地元で暮らしている蓑毛長英さん。
祖父が語った大正大噴火当時の記録が残っています。
昔の事が書いてある…?じいさんの…そうですね。
生活状況とか。
「桜島大爆発によって塩田の堤防が…」という記事が…さわりがあるんですよ。
塩田が被害を受けたんですか?そうですね。
記録によると当時地元で最も大きな被害を受けたのは地場産業の塩作りでした。
石碑の周辺の地域には遠浅の海を利用した塩田が広がり塩作りで生計を立てている人が多かったのです。
塩田は堤防の決壊により海のようになり壊滅してしまいました。
村にとってはね大きな産業だった訳です。
もう小さな村ですから。
農業とこの塩田に頼ったところが多いんだと思いますよ。
村自体が存亡の危機にされされたと記録には書かれています。
かつて地盤沈下した場所が今どうなっているのか見渡せる高台に行ってみました。
随分眺めがいいですね。
そうですね。
海に突き出したあそこが元松原塩田という所なんですね。
あの突き出た所全部ですか?そうです。
随分広いですね!はい。
あの広いとこ全てがもう壊滅してしまったんですね。
そうです。
今塩田の跡地は養殖場になりその後ろには住宅地が広がっています。
かつて決壊した堤防と同じ場所には新たな堤防が建設され高波などに備えられています。
しかし地盤沈下が起きた時にどの程度耐えられるのか姶良市は把握していません。
毎年のように発生する台風や大雨の被害と比べて大噴火への危機意識は低いといいます。
去年市が作成した防災マップでは集中豪雨で起こる土砂災害の危険箇所については色分けしてあります。
一方地盤沈下については色分けされていません。
過去にこの周辺で地盤沈下が起きた事実だけが記載されています。
大噴火が引き起こした地盤沈下。
同じような現象は全国各地にある活火山の周辺でも起こるといわれています。
石碑はその脅威を訴え続けています。
長い歴史の中でさまざまな災害に見舞われてきた日本。
2011年3月11日東北地方は巨大な津波に襲われました。
その時宮城県の谷川浜には何もかも破壊され尽くした跡に一つの石碑が残っていました。
昭和の初めにも巨大な津波を体験した東北地方の人々。
その時の教訓を石碑に刻んでいました。
「津波が來たらこれよりいところへ」。
しかし人々の多くは石碑の存在を忘れていたといいます。
谷川浜では25人の死者行方不明者が出ました。
鹿児島県桜島。
石碑の調査は今も続いています。
岩松さんと橋村さんは去年末また一つ新たな石碑を見つけました。
調査から分かった事を行政や地元の人々に伝え防災に役立てていこうと考えています。
埋もれていってしまうものじゃなくて…1年にわたった石碑調査から見えてきたのはかつて人々が目の当たりにした大噴火そして災害からの教訓でした。
石に刻まれたメッセージをどう生かしていくのか。
今問われています。
2014/03/04(火) 00:40〜01:25
NHK総合1・神戸
地方発 ドキュメンタリー▽石に刻まれた巨大災害〜桜島大噴火100年 その時何が[字]
新燃岳や小笠原諸島近海の海底火山…。火山活動が活発化する中で注目されているのが、100年前に起きた鹿児島県桜島の大噴火だ。残された記録をもとに全貌に迫った。
詳細情報
番組内容
国内に100を超える活火山がある日本。2011年に霧島の新燃岳が噴火を始め、去年は小笠原諸島近海の海底火山が噴煙を上げるなど、日本の火山は活動期を迎えている。そうした中で、噴火活動が注目されるのが、鹿児島県の桜島だ。100年前、空前の大爆発を起こし、多くの死者行方不明者が出た。その時、何が起きたのか? 同県内に残された当時の爆発記念碑を1年にわたって調査し、全貌に迫った。
出演者
【語り】山田重光
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
ニュース/報道 – 特集・ドキュメント
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