ゆうどきネットワーク▽定年後をどう生きるか?先輩シニアに山本哲也が学ぶ。 2014.03.03

漁船の事故のニュースで、かんぱんいんとお伝えしましたが、正しくはこうはんいんでした。
失礼しました。
生字幕放送でお伝えしますこんばんは。
「ゆうどきネットワーク」です。
帰ってまいりました。
出田⇒さみしい思いをさせました。
山本⇒視聴者の皆さん、そう言っています。
震災からまもなく3年ということで先週から被災地の皆さんの声をお届けしています。
今週もお伝えします。
出田⇒きょうは宮城県の塩釜市からです。
吉田さん!吉田⇒宮城県の塩釜市桂島に来ています。
塩釜港からは船で大体20分ぐらいのところにある島です。
この島も震災の影響を受けました。
港などではかさ上げの工事も行われています。
桂島は古くから、カキの養殖が盛んに行われているんですね。
ですから、きょう訪ねているのはこちら。
カキの加工場なんです。
この加工場も震災の影響を受けました。
津波の影響も受けました。
1つは全国の皆さんからの支援金などで震災の年には復興、そして操業を再開しています。
きょうもカキをむく作業が行われています。
皆さん、こんばんは。
こんばんは。
ただことしは特別皆さんの思いが詰まった新しい名物が登場したんです。
その名物を紹介してくださるのは、地元の漁協の代表千葉眞澄さんです。
千葉さんは「ゆうどきネットワーク」のアンケートにも答えてくださいました。
よろしくお願いします。
新しいカキ、どんなカキなんでしょうか。
見せていただけますか。
生きていますね。
水槽の中から出していただきました。
開発中のカキです。
あたまっこカキと言います。
あたまっこカキと言って、普通のカキと比べてみますとちょっと白いんです。
大きさも小さいんですよね。
つるつるしているんです。
つるつるしていてゴツゴツしていないんです。
なんで、このような物ができるのかと言いますとまず育て方に工夫があるんですね。
普通は、いかだの上でつるして海中の中にありますよね。
袋の中に入れて海水に浸した状態なんです。
この中で育てることによって海水にもまれて自然とあのような白いきれいなカキに育つということなんですよ。
横にするんですね。
さらに場所にも秘密があります。
いかだのように見える組まれたもの。
実は棚になっていてこの上で育てているんですこのカキは。
そうしますと、潮の干満によって水の中に入ったり出たりすることによって天然のカキが育つ状態に近い状態になるのでより、うまみが凝縮されて増していくということなんです。
千葉さん、ようやく販売までこぎ着けたんですね。
いろいろあったんですけれども、およそ4年かかりまして1万5000個ほど作ることに成功しました。
やっと市場に、ことしから出せそうだということで今、張り切っているところです。
あたまっこカキ実はこの島でしか今食べられないんです。
島に来ないと食べられないということで、きょうは特別に用意してくださいました。
では移動しましょうか。
希少価値がありますね。
千葉さん、ようやくホテルとかレストランにも売り込んでるということで皆さん、こんばんは。
こんばんは。
地元の方に集まってきていただきました。
千葉⇒味わってみてください。
いいですか?皆さんには申し訳ないんですがそのまま、ちょっと熱いですね。
いただきます。
どうだろう?濃厚。
ぷりっぷり!こんなにおいしいカキを食べたのは初めてかもしれません。
皆さんの思いが詰まっているんですが、どんなふうに全国の皆さんに味わってもらいたいですか?ことしは全国の皆さんの支援を受けました。
このカキでなんとか恩返ししたいなということで考えております。
このカキが皆さんの期待に応えられるようなものにしてぜひ市場に出荷したいという強い思いでいます。
小粒ですが1つ2つ、どんどん進みそうですね。
できたら1ダースくらい食べていただければ。
桂島のあたまっこカキ桂島から全国の皆さんに発信されていきます。
中継でお伝えします。
あすは女川からお伝えします。
震災前から計画されていたみたいですね。
出田⇒ふっくらしていましたね。
あすは宮城県の女川町からお伝えします。
山本⇒スタジオには皆様方からお寄せいただきました100人を超える方々からのアンケートをご紹介します。
出田⇒きょうは福島の方からいただいた声をご紹介します。
上條⇒最初は津波の被害を受けた方たちです。
福島県の70歳の男性です。
いわき市薄磯地区は津波で壊滅的状態。
今、仕事はがれき処理に従事。
がれきがなくなれば終わり。
何事にも金、金、でどうしていいか分かりません。
出田⇒71歳の女性からの声です。
私は薄磯地区で暮らしていました。
今は主人と2人で雇用促進住宅に入っています。
薄磯に戻り、暮らしたいと思いますが、商店がないので大変だと思います。
年が年ですし、足も悪いので高台は希望していません。
福島県の81歳の女性です。
何とか家を建てて家族9人で暮らしています。
専業農家ですので田んぼしかありません。
何しろ500戸近くあった家が残らず流されてしまいましたのでそのがれきが大変です。
みんな一生懸命拾っていますけど拾っても拾ってもまだまだいっぱいあります。
出田⇒原発事故の影響で避難している方です。
渡辺サチ子さん。
富岡町に住んでいましたが現在は三春町の仮設住宅にいます。
地元の集落は帰還困難区域で除染は未定のため自宅に戻ることは困難と考えている。
震災から3年たった今夫と2人きりの生活は寂しい。
震災前のような家族全員で暮らせる場所を持ちたい。
山本⇒最後に宮城県亘理町役場で放射線対策の仕事をしている方からです。
宮城県で図書館の職員だった檀崎幸子さん。
昨年定年退職しましたが再任用職員となり放射能対策として空間線量や食品線量を計ったりする仕事をしています。
さまざまな場面に直面し今やるべきことや重要な事柄を通り過ぎていないか自問自答しながら仕事を続けています。
山本⇒檀崎さんにお話を伺いました。
総務課の放射能対策室にいらっしゃいます。
ご自身も被災されたんですが今は自宅で暮らしています。
役場にいると、いろいろなことが見えてきます。
小さなお子さんをお持ちのお母さんは料理に大変気を遣っている。
町として放射能についての勉強会を開催しています。
仮設住宅にいるお年寄りたちに一日も早く落ち着ける住まいに移らせてあげたいとつくづく思う。
役場のみんなも懸命に頑張っているんですが、どうして復興が進まないのか。
歯がゆい気持ちでいっぱいだと話してくださいました。
皆さんからの声あしたもお伝えします。
出田⇒続いてはこちらです。
大量定年時代の日本。
第2の人生の生き方が問われています。
定年後を、どう生きるのか?私も正直、はっきりしたことを決められずにいます。
豊かな、あしたはどこにあるのでしょうか?答えを求めて街へ出ました。
退職してあしたへの道を切り開いた人たちがいます。
きょう登場するあした見つけ人。
日本伝統の根付。
その小さな手仕事の世界に無上の喜びを見いだしたこの方です。
これが僕の自分の本当の人生だったような感じがしますね。
もがき苦しんだ末にようやく探し当てた、本当の人生。
突破口となったのは妻からの意外なひと言でした。
さあ、あなたもご一緒に!あしたを探しに出かけませんか。
「あしたをさがそう!」のコーナーです。
退職後、どう生きるのか見えにくい中自分のあした生きがいを見つけた見つけ人このコーナーをご紹介してまいります。
私もアラカン57歳です。
とってもひと事ではないと思ってこの企画に参加したしだいであります。
出田⇒定年の余暇時間は8万時間とも言われています。
山本⇒8万時間と言われても、ピンとこないしどうしていいのか。
きょうご紹介するのは手仕事に生きがいを見つけた、あした見つけ人。
それは根付です。
この印籠が目に入らぬかというドラマもありました。
印籠とかたばこを入れるもの、帯にぶら下げるときに留め金の役割りをするんですね。
それが根付です。
「さるかに合戦」のもとになっています。
出田⇒ストラップのような感じですね。
山本⇒ストラップのもとになってるようなものですね。
特に海外に人気があるんです。
江戸時代に作られたものを持ってきてもらいました。
高額で取り引きされているというものです。
けんか仲裁というものです。
江戸時代に作られました。
細かくできているでしょう。
非常に人気を呼んでいるんです。
出田⇒素手で触っていいんですかね。
大切に扱ってください。
山本⇒今も作られていましてデパートの販売会などで売られているそうです。
この根付に魅せられたこれで自分の生きがいを見つけたというあした見つけ人をご紹介します。
東京・杉並区。
住宅街の一角にシニア世代の仲間が集まる場所があります。
こんにちは。
こんにちは、いらっしゃいませ。
細かいんです。
根付作りに、時間を忘れ夢中になっている皆さん。
年齢は50代から70代。
年を重ねてから根付と出会いその魅力のとりこになったといいます。
月2回、こうして顔を合わせ作品作りに励むことが大きな楽しみです。
はい、私です。
今回の、あした見つけ人関守男さんです。
退職前は大手コンビニチェーンに勤め手仕事の世界とは無縁でした。
関さんが作った根付です。
猫のかわいらしい表情。
雰囲気ありますねえ。
こちらの、カエルは落語家に相撲取り。
いやあ、おもしろい。
プロとして活動を始めたばかりというんですがなかなかの腕前です。
関さんのお宅にお邪魔しました。
根付作りには専用の彫刻刀などのほかさまざまな道具を使います。
根付をさまざまな色に染める岩絵の具が40色以上も。
そして、これは仕上げに使う磨き粉です。
こちらは材料の象牙。
届け出をすれば扱うことができます。
素材をおおよその形に削るのに電動の工具を使います。
ここに、こんなに。
道具に凝るのも楽しみの1つです。
削れるもんですね。
そして、次に細かい部分を彫刻刀で丁寧に少しずつ少しずつ彫っていきます。
私も、ちょっとだけ根付作りを体験してみました。
根付に自分の世界を見つけた関さん。
しかし、退職してこの根付に出会うまではあしたの見えない日々が続きました。
関守男さんは、昭和23年に東京で生まれました。
いわゆる団塊の世代です。
25歳でトモ子さんと恋愛結婚。
妻に助けられ企業戦士として働いてきました。
勤務先は大手コンビニチェーン。
店舗数も少なかったころから懸命に働き会社の急成長を支えてきました。
58歳で退職。
思い描いていたのは悠々自適の生活。
ところが…。
用事もなく出かける場所もない日々。
一日中、テレビの前に陣取り映画を見続けたこともありました。
元気な姿を取り戻してほしい。
そう願ったトモ子さんが夫に告げた、ことばは…。
何とか外へ出なければ!焦る関さんの目に飛び込んできたのは区の広報誌でした。
そして、地域デビュー体験講座を受けることに。
まず最初に試したのは布草履作りでした。
その後も必死に居場所を探します。
アイドリングストップ促進活動興味を引かれたことに次々、参加していきます。
しかし、これだと感じるものには巡り合えませんでした。
突破口になったのは少年時代に立ち返ること。
関さんは、手先が器用で模型作りが大好きな少年でした。
再就職も考え入った職業訓練校で木工やタイル貼りなどの実習を受けたときこんなに楽しいことはないと手応えを感じました。
木工の専門書を探していたとき関さんの心を射止めた本です。
根付との出会いでした。
これだ!と思い1週間後には根付作りの教室に飛び込み、意欲的に学び始めます。
トモ子さんには不評だった根付。
ところが、作り始めて8か月。
関さんの作ったワニの根付が特別賞を受賞。
本格的にのめり込んでいきます。
関さんの根付がトモ子さんを動かします。
自分のために作ってほしいとリクエストがきたのです。
これ、うわあ、よくできてる!トモ子さんのために丹精して作った魔女の根付。
何より、楽しく、そして熱心に取り組めた根付の世界。
好きな世界で腕を磨き見事、自分の花を咲かせたのです。
今、関さんはプロとして活躍の場を広げようと毎日、根付作りに励んでいます。
根付との出会いが、関さんの人生を輝かせました。
はあい、いらっしゃい。
芽依、いらっしゃい。
こんにちは。
いらっしゃい、はい、どうぞ。
この日、近くに住む娘の佳那子さんが孫の芽依ちゃん一樹君を連れて訪ねてきました。
七五三のお祝いに芽依ちゃんに贈ったうさぎの根付です。
芽依ちゃんはかわいい!と大喜びしました。
関さんのひざの上で根付作りを見るのが大好きな芽依ちゃん。
関さんの孫への思いが根付に刻まれていきます。
猫パンチ!シニア世代の、あしたへの道。
豊かなあしたはどこにあるのでしょうか。
山本⇒取材したのは1週間前ぐらいなんですが、好きなことを一生懸命探しているんですが、プラモデルまではいくんですがそれから先、一生をかけてやるというものは見つかるようで見つからない、考えなければいけないなと思います、出田⇒私の父も60代で外に出るのが好きなので、なんとなく定年後はそういう生活をするのかなと漠然と娘ながら思っていたんですが自由になるのはなまやさしいものではないということ。
関さんもおっしゃっていて、それを聞いて娘として心配になりました。
山本⇒とにかく関さんはいろいろ動いています。
定年になったからのんびりではなく、やっぱり自分のやりたいことを外に向かってやり続けなければいけません。
今回感じたことです。
書きました。
退職後の精神的自立、もちろん組織の中勤めていても精神的自立といいますが、退職したあとは守るものが何もない中での精神的自立ということで働いているとき以上に、強い自立心を持たなければいけません。
もう1つは、妻としっかり話すということで妻のトモ子さん私ちょっと人の奥様にちょっと冷たいというふうにおっしゃるかもしれませんが、家にいないでくださいというあのひと言が、関さんのやる気を引き起こしました。
出田⇒家にいないでくださいって言ったらぐっときますか。
山本⇒そうだと思いますよ、私たちの世代もそうですが、関さんたちの団塊世代もそうですが企業戦士で子育てのこと、家事のことは、全部任せっきり悪いから今いたほうがいいかなと思って、よかれと思って家にいるんですがそれはショックでしたが話し合ってやらなくてはいけないなと思いました。
少し参考になりましたでしょうか。
高層ビルの建ち並ぶ東京。
そこに、不思議な空間が。
子どもから大人まで誰もが夢中になれるこの場所は屋上遊園地。
さまざまな人が訪れます。
しかし、その数は年々減りまた1つ、閉園が決まりました。
この場所に、いったい何を求めてやってくるのか。
屋上遊園地に集う人々を取材しました。
東京・上野。
昭和32年に建てられた7階建てのデパート。
その屋上に、昔ながらの遊具が並ぶ遊園地があります。
カメラを構えているのは写真家の木藤富士夫さん。
屋上遊園地に魅せられ10年にわたり撮り続けています。
はい、いきまーす。
はい、せーの。
きっかけは10年前。
妻と待ち合わせをした渋谷の屋上遊園地。
木藤さんの目を捉えたのは寝ているサラリーマンの姿。
東京の真ん中に見つけたあまりにも平和な日本の風景でした。
これまでに通った屋上遊園地は全国100か所以上。
屋上遊園地には人の気持ちを解き放つ不思議な力があるといいます。
お客さんで、のってきちゃうと頼んでないことやってくれるんで例えば、これも別に後ろから抱きついてくださいとか言ってないんですよ。
でも、やっぱりこういう場所のことでみんな気持ちが解放してるからやってくれるんですよね。
これ、こうしてくださいなんかひと言も頼んでないのに結構、素でやってくれるんですよね。
屋上遊園地が全国に広がったのは昭和30年代。
デパートで買い物をして遊園地で遊ぶ。
かつては晴れの日のお出かけ先の定番でした。
しかし、次第に姿を消し都内でも数か所を残すのみとなりました。
この場所も、来週閉園することが決まっています。
4年前から店長を務める齋藤睦さん。
激しい雪の降る日も休まず開園してきました。
支えとなったのは3年前の震災翌日幼い子を連れた母親が涙ながらに語った「屋上遊園地やっていてよかった」のひと言。
いつも変わらず、訪れる人を受け入れる場所でありたいと考えてきました。
7歳の息子を連れたこちらの男性。
埼玉県から通っています。
こちらの方は、定年退職してから6年以上、毎月通い続けています。
妻は仕事で忙しく、この日も1人でやってきました。
閉園まで、最後の100日間を盛り上げようと企画されたのがカート場でのお絵描きです。
カート場を特別に開放し思い思いに好きな絵を子どもたちに描いてもらっています。
日が暮れると仕事帰りのサラリーマンも現れました。
デパートの閉店とともに営業は終わり。
夜の屋上遊園地に、1人やってくる女性がいます。
画家の小野寺祐子さん。
みずから希望してカート場に絵を描く企画を手伝っています。
小野寺さん、子どもたちの絵を観察し始めました。
昼間、女の子が描いていた猫の絵。
その横に寄り添うようにもう1匹、描き足しました。
子どもたちに、より自由にのびのびと描いてほしいと考える小野寺さん。
筆を加え、子どもたちとともに絵を作り上げていきます。
小野寺さんは17年前ふるさとの岩手から上京しました。
人形作家や漫画家などさまざまな仕事を転々とする生活。
疲れ切ったときふと足を運んだのが屋上遊園地でした。
幼いころから本当の自分を表に出すのがあまり得意ではなかったという小野寺さん。
不思議と屋上遊園地ではありのままでいられる気がしたといいます。
気を張らずに絵を描ける屋上遊園地でのあと僅かな時間。
小野寺さんにとって大切な、ひとときです。
翌日。
小野寺さんの描いた馬の上に女子高生が絵を描き足していました。
誰もを優しく受け入れてくれる屋上遊園地。
役目を終えるその日まで訪れる人を待ち続けています。
山本⇒年齢を越えて、私も、そうでしたけれども、子どもを連れて行ったり子どものときに行ったり無邪気になれるところですよね。
出田⇒本当に小さいときの思い出みたいなものが、パンダの乗り物に乗ったなとか。
山本⇒ありましたね上野動物園でパンダが来たときにね、ありましたね。
出田⇒いろいろ思い出しました。
思い出の場所という方も多いと思いますきょう紹介した上野の屋上遊園地は来週火曜日に閉園することが決まっています。
あの絵はどんどん皆さんかきたしています、今の様子がこれです。
にぎやかになってきています。
あと何日ですか。
11日で閉園です。
あと1週間くらいです。
これがまたどんな絵になっていくのか、見ているとお話をしているような絵です。
いろいろな人が描いていますね。
きょうもファックスとメールありがとうございました。
根付の関さん、すばらしいできですね。
昭和28年ごろより平成20年まで50年以上ですかね雑貨の貿易で暮らし、その間北米向けに根付もだいぶ扱いました。
山本⇒やっぱり海外でファンがいるんですね。
出田⇒よくできていますね。
さらなる精進を期待していますということです。
定年後最高の生きがいに満足しています。
私は機織りのサークルを作って楽しんでいます。
しかも織り機はすべて手作り。
サークル会員は17人。
材料はすべて家庭にある毛糸や古着です。
手作りなんですね。
60歳からこの方も活動されているということです。
大したものですね。
私は79歳になります。
マジックに興味を持ってアマチュアマジシャンクラブに入会してその後老人クラブや幼稚園などに慰問に行っています。
70代の方、お年を重ねられてからいろいろなことに挑戦されています、いかに何をするかですね、料理教室もされたということですね。
聞くと、放送には出ていませんがいろいろなことをされているということです。
会社というのは例えば、何だかんだ言っても守ってくれるところがあります。
出田⇒やってと言われたこともあるし改めて自分というものを知って見つめる時間というものが必要なのかなと思います。
山本⇒やっぱり生きるっていろいろ考えなくてはいけないなとこの年になって、気づきます。
出田⇒ねんねこを着て子どもをおんぶして母の顔見て昭和の30年前東京の暮らしが、思い出されますといただきました。
懐かしい方も多いかもしれません屋上遊園地と、お子様ランチはセットではなかったでしょうか。
あすの内容です。
東日本大震災から、まもなく3年。
先週から特集で被災地の皆さんの、今訴えたいことをお伝えしています。
あすは、漁業や水産加工業を営む方たちの声をご紹介します。
今、被災地では新たな心の悩みを訴える人が増えています。
皆さんが過酷な体験とどう向き合い乗り越えようとしているのかその日々を見つめます。
2014/03/03(月) 17:10〜18:00
NHK総合1・神戸
ゆうどきネットワーク▽定年後をどう生きるか?先輩シニアに山本哲也が学ぶ。[字]

大量定年時代を迎え、団塊の世代を中心に定年後をどう生きるかが課題となっている。自らも定年間近の山本哲也アナが、そのヒントを探して先輩のシニアに学ぶ。

詳細情報
出演者
【キャスター】山本哲也,出田奈々

ジャンル :
ニュース/報道 – 定時・総合
情報/ワイドショー – 暮らし・住まい
情報/ワイドショー – グルメ・料理

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
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