生字幕放送でお伝えします相川⇒「ゆうどきネットワーク」「人生ドラマチック」のきょうのゲストは、壇蜜様。
そうなんです壇蜜さんがゲスト楽屋にお邪魔します。
壇蜜⇒はい。
失礼します、お邪魔します。
どうもはじめまして。
こんにちはよろしくお願いします。
ご丁寧にどうもよろしくお願いします。
メークはばっちり終わられたところですよね。
そうなんです。
普通、メークさんが楽屋にはいらっしゃいますけれどもご自分でなさっているんですか。
そうですね、髪形と仕上げだけはメークさんにお願いしているんですけれどもテレビはほとんど自分でメークしています。
時間はどれぐらいかかっているんですか?20分30分ぐらいですね。
それぐらいなんですか。
頑張れば13分。
13分は女性のメークでは短いですよね。
そうですね。
スタジオの出田さんはちなみにどれぐらいかかっているんですか。
レディーにそんなことを聞いたらだめですよ。
出田⇒30分ぐらいはかかっています。
きょうは壇蜜さんのふだんに迫りたいということでバッグの中身を見せていただきたいと思うんですがよろしいですか。
こんなところに都合よく。
結構大きめなんですね。
バッグの中にバッグが入っています、いつも移動するときに持っているんですけれども何をお見せしたらいいかしら。
何が出てくるんですか。
例えばお裁縫セットとかこんなの使うの?とよく言われるんですけれども。
どんなときに使われますか。
ほつれちゃったときとか衣装さんがいらっしゃらないときとか自分で何とかしてて。
男性のボタンを付けたりすることはあるんですか。
持ち歩いて、3、4年たつんですけれども年に1、2回は必ず訪れます。
年に1、2回は、男性は壇蜜さんにボタンを付けてもらっているんですね。
ボタンを付けたり糸がほつれちゃったのを直したりもしますね。
やっぱり女子力が高いなきょう残念です、全然ほつれてない。
しっかりついちゃっている。
あとは何かありますか。
お見せしていいのかな。
最近スーパーで買ったお気に入りのエコバッグ。
エコバッグを使っていらっしゃるんですか。
そうですね、持ち運ぶときに。
今、レジ袋も有料だから。
壇蜜さんのコーナーはこのあとすぐです。
お願いします。
さまざまな異名で知られる壇蜜さん。
本業は、グラビアモデル。
過激なポーズや、まなざしに世の男性たちは、悩殺。
人気はグラビア界に、とどまりません。
今や、女性誌でも引っ張りだこ。
しかし、この世界で花開くまでにはさまざまな試練が。
小学生のころのつらい体験。
就職活動するも、ことごとく全滅。
のめり込める仕事も見つからず職を転々とする日々。
本人いわく、ポンコツ人生。
何が、壇蜜さんの人生を変えたのでしょうか?そのベールに包まれた人生を裸にします。
山本⇒きょうのお客様、壇蜜さんです、どうぞ。
出田⇒よろしくお願いします。
壇蜜⇒よろしくお願いします。
山本⇒NHKのトークコーナーにどうぞ。
ありがとうございます。
出田⇒生で見ると思ったよりもきゃしゃだなと思いました。
そうですね、160cm以上あるんじゃないかというお話をよく聞くんですけれども、157cmなんですよ。
山本⇒いろいろなグラビアでも大きく見えますよね。
お写真とか画面だとちょっと違うみたいです。
何か加工しているわけではないですよね。
引き伸ばすともれなく顔も伸びてしまうので。
きょうはいろいろとお話を伺います。
出田⇒まずはプロフィールです。
大学を卒業してからは英語教員免許、調理師免許を取得しましてその後、葬儀の専門学校に通ったり、職を転々としたりする日々を送られます。
2010年に29歳でグラビアとしては遅咲きのデビューになります。
映画「私の奴隷になりなさい」このタイトルはどうですか?山本⇒男としてはどきっとしますね。
出田⇒映画初主演を果たされます。
去年はドラマ「半沢直樹」に出演されて、年末にはNHK「紅白歌合戦」で師範の資格を持っている日本舞踊を披露されました。
まさに飛ぶ鳥を落とす勢いの活躍を見せる壇蜜さんですが、まずはこの数年で巻き起こった壇蜜旋風から見ていきたいと思います。
壇蜜さんが初めてグラビアに登場したのは4年前。
当時29歳。
グラビアモデルとしては遅咲きでした。
放たれる独特の色香。
壇蜜さんは、グラビア界でも異彩を放っていました。
数々のグラビアで仕事をともにしたスタイリストの佐賀愛衣さんです。
デビュー当時から、壇蜜さんの仕事と向き合う姿勢に驚きを覚えたといいます。
人気は、グラビアにとどまりません。
今や、映画で主演を果たすまでに。
年末の「紅白歌合戦」では師範の資格を持つ日本舞踊をテレビで初披露。
さらに、女性誌が相次いで壇蜜さんを特集。
女磨きのカリスマとして今や、引っ張りだこの存在です。
壇蜜さんは世代や性別を越えた幅広い層から支持されているのです。
壇蜜さんをいち早く雑誌のグラビアに起用したリリー・フランキーさんとみうらじゅんさんです。
壇蜜さんには、彼女にしかない独特の存在感を感じるといいます。
山本⇒お聞きのようにべた褒めでございます。
恐れ入りますとしか言いようがないですね、こんなにたくさんの方にリポートしていただいているなんて知りませんでした。
陰に隠れているだけではありませんがいろいろと取材をさせていただきました。
出田⇒街の方も、壇蜜さんをまねして黒髪にされたとおっしゃっていましたけれども皆さんが壇蜜さんにどんなことを聞いてみたいか聞いてきました。
壇蜜⇒なす?山本⇒なすなんですか?なすは好きですね。
今お話を聞いていて思ったのは60代の男性もきっちり見ていらっしゃるし世代が広いんですよね。
そうですかね、ありがたいことに壇蜜というのは名字でも名前でもなくて記号のように単純に、ことばにしていただけるというのは自分で名前を付けてラッキーだなと思います。
仏教用語でしたよね。
壇と蜜は仏教でよく使われることばですから、それをくっつけただけなんですけれども。
気になることばはありましたか。
ことば選びは中学校、高校の学校の授業内で短歌や俳句なんかをよく書く授業があったんですよ。
作文、ほかの学校と比べたらかなり書く量が多かったですし本も読んだり文字に触れる機会が多かったからそれがいいトレーニングになったんじゃないかなと思います。
みんながみんなトレーニングなっているわけではないですからね。
努力されたんだと思います。
グラビアデビューされて4年目ですかね。
4年目になります。
旋風と言われていましたがこういうふうになると思っていましたか。
全く思っていませんでしたね。
3年という短い期間と親と約束しましたから3年で何ができるかをひたすら考えていた、去年までの暮らしでしたね。
4年目に入っていますよね。
そうなんですよ。
出田⇒今のご自身の旋風はどういうふうに見ていますか。
こんなふうに言うと、うそだと思われるかもしれませんが実感がまだほとんどわいていない状況でしてただ確実にイベントや交流会をすると必ず女性だったり男性だったり来てくださるファンの方々の人数が増えているという事実だけはちゃんと自分で実感できる唯一のそうか、こういうことだったのかというのが唯一分かるときですね。
街で見かけて声をかけられることも多いんじゃないですか?そうですね。
やっぱり壇蜜、と言ってもらえることもありがたいですしなんかこういうふうにいるだけでも皆さんが笑ってくれるというのが。
それだけでも、はい。
ああ、壇蜜だ、ってなっているぐらいで全然。
山本⇒私はアラ還ですけれどもグラビアを拝見していて昔学生時代にいたよねああいう女の子、昭和の香りがするんですよね。
私も昭和55年生まれですからおばあちゃん子だったっていうこともあって昭和の文化に触れる機会が。
石油ストーブでするめを焼いて食べたり。
するめということばが壇蜜さんから出るとは想像しなかったんですけれどもなるほどね。
出田⇒同じ女性としてはどうやったらそういう色気みたいな何なんですかね立ち居振る舞いですか?そうですね。
14歳のころから日本舞踊のお稽古をしていたので古典に触れるチャンスがあったのも1つの原因だと思っていますね。
山本⇒しゃべり方にしても踊りにしても基礎があるというのが話していて分かりましたね。
出田⇒デビューとしては遅咲きの壇蜜さんですがどのようにして壇蜜さんが生まれていったのか見ていきます。
1980年、壇蜜さん本名、齋藤支靜加さんは両親共働きの一人っ子として生まれました。
幼いころから引っ込み思案だった壇蜜さん。
気が付けばいつも本を読んでいるそんな子どもでした。
ところが、小学校高学年のころ…毎日のようにうなされるようになります。
3年にわたり同級生から、コートを踏まれたり物を隠されたりしていたのです。
中学2年のとき短かった髪を初めて伸ばしました。
すると目つきや物腰にも変化が。
付いたあだ名は、3年C組の愛人。
大学では英語教員免許を取得したものの就職活動は、全滅でした。
中学から大学までともに過ごした親友・坂井清香さん。
壇蜜さんのその苦しみを感じ取ったといいます。
その後壇蜜さんは職を転々とします。
クラブのホステスに、企業の受付。
さらに和菓子職人を目指したことも。
自分らしく生きることのできる居場所を探していたのです。
そんなとき…かわいがってくれた親戚や支えてくれた恩師など身近な人が次々とこの世を去っていきました。
壇蜜さん、27歳。
門をたたいたのは葬儀の専門学校でした。
死を真正面から見つめようとしたのです。
学んだのは遺体の衛生保全技術エンバーミング。
来る日も来る日も遺体と向き合う日々。
その数は200体に上りました。
死について考え続けた壇蜜さん。
30歳を前にある思いが芽生えます。
グラビアモデル壇蜜を生んだのはみずからの居場所を求めさまよい続けた日々だったのです。
山本⇒今のようなことで間違いございませんね。
壇蜜⇒再現VTRの方が私にそっくりで、本当にびっくりしました。
20代で身近な人の死を体験して近くで見て葬儀の専門学校に行ったというのはどうしてそういうふうになったんですか?そうですね、あまりにも怖い思いとか悲しい思いをしたときに原因になるものを、とことん見ないと当時は気が済まなかったんでしょうね。
それでタブー視されている世界観というのにみずから飛び込むきっかけになったんでしょうね。
避けるんじゃなくてじゃあ全部見てから怖がるのでも遅くないんじゃないかと思って怖がるものの理由とか具体例がないことに対して何か、いらだちがあったんでしょうね。
でも20代にしてそういうことを経験していきなり見てみようかという探究心とかそういうものが芽生えるとは私は思えないので今出てきたように小学校のときに仲間はずれにされたり嫌な思いをしたり就活をして全滅というか、だめでそういったことで葬儀の専門学校に行くということにつながるんですか。
心のどこかで、もう1人の自分がお前はいらない、お前はこの世に必要ないと言っているその声はいつも心の奥底で聞こえる気がするときが多くて。
いつごろですか。
そうですね、やっぱり仲間はずれにされていたり、孤立しているときとかうまくいかないことが多い。
小学校のときですか?はい。
これまでの暮らしですから助けてくれた人は何人もいるのにそこだけ意固地になって君はいらないという、もう1人の自分の声にどうしても知らんぷりできなかったんですよね。
そんなふうに自分の心のどこかで自分がタブーになっている世の中のタブーになっているんじゃないかという気持ちが常にありまして世間のタブー視されている部分と自分の持っているタブーな部分というのも何か向き合えば分かるんじゃないかなというすごく安易でしたし当時考えたら卑屈すぎた結論だなんでしょうね。
安易ではないんじゃないですか。
トラウマほど大きいものではないんですけれどもタブー視、死をタブーと見ている自分と社会から必要とされていないタブーの自分と心のよりどころを求めていたような気がしますね。
出田⇒それが仲間外れにした相手ではなくて自分に原因があるとかそういうところに意識が向いたんですか。
そう思うしか方法がなかったんです。
誰も自分が悪いとか相手が悪いというふうに責めたり責められたりということがすごく嫌でしたから相手を責めるような力も当時はありませんでしたしまず責めるということを考えつかなかったんですよね。
そうなるとも向き合うのは自分だけですのでどうしても自分が悪いと突き詰めちゃうんですよね。
一人っ子だったっていうこともあるんでしょうね。
いろいろな発見があったと思うんですがタブー視するというのは自分発見の旅みたいな。
タブー視しているものに対して、それが何でグラビアにジャンプするのかなっていうのがよく分からなかったんですがまず、短期のお仕事をオーディションを通してもらったのがきっかけでそれが終わってからきっかけでそれが終わってから記念という気持ちでグラビアを撮ってもらって、それからでしたから葬儀のお仕事も就職するのかしないのかどっちつかずで悩んでいた時期ですしまたこれでできないタブーな自分に逆戻りするのかと思ってすごく自分が嫌な時期でしたから。
じゃあ最後に、本当に最後に親にも身内の者にもお金の心配もかけましたから本当に最後に何をしたい?と聞いたときにまっとうじゃなくても他人が喜んでくれることっていったらホステス時代の思い出もありましたし人に尽くすことが楽しかったのでじゃあ、と思ってグラビアの世界になりました。
出田⇒壇蜜さんは、ただのグラビア、水着になる以上の持っているエロチシズムを感じるというか。
山本⇒29歳でグラビアデビューというと社会の常識では遅いよねと感じますよね。
そうですね。
それをあえて踏み込んでということでしょう。
反対意見のほうが多かったですね当時は。
私は娘を持つ親として壇蜜さんを娘と言ったら失礼ですけれどもご両親はどう思っていらっしゃるのかなとこの企画が決まったときから壇蜜さんの親はどう思っているのかなと気になっていたんです。
出田⇒壇蜜さんをそばで見つめていらっしゃったお母様が、壇蜜さん宛てにお手紙を書いてくださったんです。
あらあら。
本編は12枚あるんですが。
うちの母はそんなに文章を書ける人だったんですね。
私にはほとんど手紙もメールもよこす人ではないんですけれども。
抜粋ですけれども代読させていただきます。
支靜加へ中学、高校、大学と進み英語を生かした仕事に進むのではと思いながらいつも何かを探していた支靜加に少しイライラ。
次から次へと目標が出ただ前に進もうとするあなたに何をやってもいいから3年は続けなさい!と強い口調で言ったこともありました。
銀座のホステスになろうかなと言われたときは銀座で一番になれるならどうぞなどと、口を開くと文句を言っていた日々でした。
ことばで伝えようとすると感情的になるので毎日、家に明かりをつけておき好きなおにぎりや煮物を準備しいつでもお風呂に入れるようにしておきました。
なるべく自然に関わることを心がけていました。
その後のグラビアは女としていちばん美しいときに見せることは最高と思いましたが私にはそれ以上に、支靜加の中に勇気と心の強さを感じました。
でも、やっぱり袋とじを開けることはできず今も家のファイルの中です。
とにかく、一度の人生あなたらしく生きてほしいと思います。
親としてできることはただ1つ。
そっと見守り理解者として、応援団長として応援することです。
きょうも、あなたへの応援旗は空高くしなやかに舞っています。
母。
びっくりしました。
びっくりしました。
そういう文章を最近もらったことがなかったので。
この間のメールもあのうちの猫あやめというんですがあやめちゃん病院に行きましたという絵文字でした。
ふだんはそこまでは。
病院でどこに何があったかまでは触れていませんでした。
こうした、ちゃんとした思っていることを文字に書いてくれたのは本当にうれしいですしやっぱりグラビアをやり始めでしたし葬儀の学校に通っていた当初は感情的になってもめることがあったんですよ。
今こうやって落ち着いて手紙をもらって話ができるようになったのはうれしいですし感謝していますね。
山本⇒同じ親としてお母さん大きいですね。
そうなんです。
ヌードやグラビアで過激なことをすると、親の顔が浮かぶとおっしゃる方もいるんですけれど実際私は親の顔が浮かんだときに頑張れと言っている姿だったのでやってこられました。
これから壇蜜はどこに居場所を求めるんでしょうか。
そうですね。
ちょっとキザなことを言うとやっぱり支えてくれる方々ファンの方々の心の中に住まうようになって自分では何もできない壇蜜が皆さんの心の中で生きていてくれたらいいなと進んでいってくれたらいいなと思うところはあります。
ありがとうございました。
楽しみにしています。
出田⇒引き続き、おつきあいいただきます、壇蜜さんでした。
山本⇒続いてはこちらです。
出田⇒中継「いま旬一本勝負!」きょうは広島から車のお話です。
後藤さん!後藤⇒はい。
大きなエンジン音をあげながら爆走する車。
いい走りを見せてくれています。
この車は手作りの車なんです。
車体は鉄板や鉄パイプを切って曲げたりして作っています。
エンジンは原動機付自転車のエンジンを改造したものです。
排気量50ccのエンジンを使うことからゼロハンカーと呼ばれているんです。
非常にシンプルな作りなんですけれど最高時速は70キロ以上も出るんです。
そんなに?すごいんですよ。
なぜこれが今旬なのかと言いますとこのゼロハンカーのレースの全国大会が今週末広島県で開かれるからなんです。
去年の写真です。
運動場の土の上を走って、その速さを競うんです。
自動車や造船など、ものづくりが盛んな広島県で、まさにこのものづくりのだいご味を楽しめると味わえるということで、去年は42台の車が参加する人気のイベントなんです。
きょうお邪魔しているのはその毎年レースに参加している広島国際学院大学のグラウンドです。
ここの自動車工業科の、学生チームが毎年出場しているんですが過去には優勝経験もあるんです。
実際に試験走行を本番と同じように土の上でやろうということなんです。
ことしのレースに参加する皆さんです。
こんにちは。
こんにちは。
皆さん、技術者の卵です。
これから自動車の整備士などを目指している皆さんです。
ここでは、授業の一環としてこのゼロハンカーレースに出場しているんです。
生徒の指導している夏明さんです。
授業という形でやろうとする意味は何ですか。
夏明⇒車の構造を勉強することとものづくりの楽しさを経験することですね。
成功も失敗も含めて経験することなんだということなんですね。
大事なことです。
ことし参加する車が、もうドライバーの片隅に乗っていただいていますが、こちらの車です。
杉原君です。
この車は8年前の先輩が作ったものを細かく修正を加えながら続けてきたものなんですけれどもほんとうにさまざまな工夫がされているんです。
とにかく速く走るために車体を軽量化したんです。
骨組みのパイプを比べてみると以前使っていたパイプが右側です。
厚さが2ミリです。
今使っているパイプは半分ぐらい、厚さは1.2ミリぐらいのものを使っています。
こうして少しずつできることから車の重さを削っていって今では今は100kgを切りました以前よりも10kg以上軽くなっています。
そういった細かいことをしました。
一方で心配になるのがスピードアップをはかりましたけれど、一方心配なのは強度です。
走っても完走できるかどうか壊れないかということが心配です。
一周一周テストすることによって確かめていくわけなんです。
それでは本当にきょう初めて試験走行に臨むんです。
それではお願いします皆さんまずはエンジンをかけます。
山本⇒あんなふうにエンジンをかけるの。
そうなんです。
車軸を回しながらエンジンをかけます。
エンジンがかかりました。
壇蜜さんの前でいいところ見せられるか。
山本⇒残念!壇蜜⇒動いた!山本⇒無理やりじゃないですか。
解説をお願いします夏明さん。
まずは左のカーブですね。
車体の負担がかかるんですね。
大事なところです。
外で力がかかってしまいますからね。
ゆっくりと緩やかなコーナーを曲がってもう一度ヘアピンコーナーです。
コーナリングが滑りましたね。
細かく右左とハンドルを切っています。
なかなか車には負担なんですね。
全体で吸収するように走っていますから。
到着しました、壊れていないかチェックです。
ことしの車は大丈夫なんでしょうか。
聞いてみましょう。
大丈夫ですか。
異常はありません。
大丈夫でしたか?大丈夫でした。
ドライバーにも聞きましょう、杉原君どきどきでしたか?杉原⇒初めての走行だったので緊張しましたけれど何もなくてよかったです。
壇蜜さんが見ていましたよ。
緊張してしまいました。
本番への意気込みをどうぞ。
優勝できるように頑張ります。
頑張ります頑張ってくださいね。
ものづくりのだいご味がいっぱい詰まったゼロハンカーについてお伝えしました。
中継でした。
皆さんビブリオバトルってことば知ってますか?お気に入りの本の魅力について聴衆の前でアピールするというものです。
このビブリオバトルここ数年で人気が拡大しています。
去年の暮れには全国から発表者が集まる頂上決戦まで開かれ大勢の聴衆が集まりました。
ビブリオバトルは大手の書店などでも開かれています。
参加したこちらの男性が取り出したのは数学に関する専門的な本。
5分という限られた時間でエッセンスを語り尽くします。
こちらの女性が取り出したのは江戸時代、武士の心得について書かれた「葉隠」です。
現代でも処世術の本として使えると紹介しました。
発表が終わると、参加者全員がどの本がいちばん読みたくなったか投票しナンバーワンが選ばれます。
この日は、女性が紹介した「葉隠」がナンバーワンでした。
ビブリオバトルは聞く側にとっても、新たな本との出会いにつながります。
山本⇒こんな本との出会い方が注目を集めています。
出田⇒角田京子さんです。
角田⇒ビブリオバトルというのは聞いたことがないと思います。
ビブリオは本を表す古典ギリシャ語のことばです。
本のバトル、本による戦いということです。
きっかけは、大学の研究室や学生たちが読むべき本を選ぶために始まったものなんですけれどそれが徐々に全国的に広がっていったということなんです。
去年1年間だけで500回以上開催されています。
山本⇒人前で発表するのは緊張しますかね。
5分という限られた時間で本を解説するというのは責任重大ですね。
こちらをご覧ください。
2年前からビブリオバトルに参加している鈴木優美さん、29歳です。
ふるさとを離れた鈴木さんは5年前から東京で1人暮らしをしています。
アパートの部屋に帰りひとり、本と向き合う。
それが、今の鈴木さんにとって何より大切な時間です。
読書タイムを少しでも豊かにできればとビブリオバトルに参加し始めたといいます。
鈴木さんは、大学を卒業後地元・愛知県で管理栄養士になりました。
しかしその仕事を1年半で辞めました。
子どものころから憧れていた東京で働く道を選んだのです。
東京でのOL生活は残業も多く終電で帰ることも、しばしばです。
鈴木さんが週末向かうのは東京・港区にある、ブックカフェ。
ここでは、参加者がよりリラックスできる雰囲気でビブリオバトルが開かれています。
集まったのは10代から40代まで15人。
みんな、鈴木さんにとって初対面の人たちです。
鈴木さんが、ビブリオバトルに魅力を感じるのは本を紹介する人たちの素顔が見えるからだといいます。
♪〜「森のくまさん」場を和ませようと歌を歌い出す人。
こちらの女性は田舎暮らしの本を紹介。
本の内容を超えて今の暮らしへの不安を語り出しました。
では、スタートです。
皆さん、こんばんは。
鈴木といいます。
いよいよ、鈴木さんの番です。
紹介するのは、重松清さんの小説「いとしのヒナゴン」。
東京暮らしに憧れる女性が主人公です。
自分の今の生活と重ね合わせて熱く語る鈴木さんです。
ありがとうございました。
拍手
ビブリオバトルが終わり紹介した本について意見交換の時間が始まりました。
紹介した小説を巡って、初めての出会った人たちとの会話が弾みました。
この日、鈴木さんはほかの人が紹介してくれた本を2冊買い求めました。
1人暮らしのアパートの本棚がちょっと豊かになります。
山本⇒やりそうですよね。
壇蜜⇒電子書籍がはやっているので実際に本を紹介して、人と人と交流できるというのは貴重な機会だと思いますね。
20代の女性をご紹介しましたが地域によってはシニア世代の方が公民館で仲間作りのために開かれているということもあるそうです。
でも自分の好きな本について語ると自然と自分のことも話せますし初対面でも本が1つあれば出たり困りません山本⇒きょうのお客様壇蜜さんです。
壇蜜さんの出演に合わせるかのように旅から出張から出田アナウンサーが帰ってきました。
出田⇒たくさん感想をいただいています。
番組を見て私自身について振り返り、勇気もいただきました、私も昔いじめられたり内なる声で自分を攻撃していました。
仕事も続かずにいました。
たった一度の人生ですし、私も初めからいろんな世界、人々に出会っていきたいです。
ありがとうございました、25歳の女性からです。
ありがとうございます。
生と死は裏と表と共感しました。
壇蜜さん、私はファンです。
私は小学校1年生ですね。
イラストがありますね。
壇蜜さんが峰不二子さんのようなセクシーな人になりたいということです。
並べていただいて本当にありがとうございます。
どうしたらなれますか?ということです。
そうですねとりあえず何でしょうお稽古ごとに打ち込んだり古典に触れる機会があったらなぜか昔の方の女の人の考えていることってどこか品があるので今追わないほうが逆にいいのかもしれませんね。
出田⇒今からでも大丈夫です。
大丈夫ですか。
大丈夫ですよ。
山本⇒3歳の差がありますよ。
出田⇒古典に触れていきたいと思います、女性からのお便りがたくさんいただいています。
神奈川県30代の方です。
壇蜜さん女性から見ても好感が持てます、大人でスマートで官能的で美しいからです。
私も自分を磨いて壇蜜さんのように自己表現の品のある女性になりたいですということです。
ありがとうございました。
壇蜜⇒ありがとうございました、あすの予告です。
厳冬期の雪山。
縁遠いと思う、あなたでも楽しめるのが八ヶ岳です。
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詳細情報
番組内容
【キャスター】山本哲也,出田奈々
出演者
【キャスター】山本哲也,出田奈々
ジャンル :
ニュース/報道 – 定時・総合
情報/ワイドショー – 暮らし・住まい
情報/ワイドショー – グルメ・料理
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
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