徹子の部屋 2014.03.17

由紀さおり:「白く塗ってるように思われるんですけど」黒柳徹子:「全然違うもんね。
普通ですもんね」由:「そんな事ないんですけどね」黒:なんと皆様、32年前の今日のお客様ですけど。
本当にお変わりがないので、ビックリしてしまいます。
黒:いろいろお話、楽しみです。
よろしくお願いします。
黒:本当に春爛漫というような、お美しい由紀さおりさん、今日のお客様です。
由:よろしくお願いいたします。
黒:本当にキレイなね、薄いピンクで。
由:はい。
黒:ねえ。
金がいっぱい入ってる。
由:本当に、ちょっとね、このお年頃で着るのはどうかなと思ったんでございますけど。
黒:後ろに、なんか紋があったんですけど、あれは?由:これはね、ヒイラギナンテンっていう…、お花っていうか。
オレゴン州の花なんですけれども。
私、ピンク・マルティーニの皆さんと一緒にコラボレーションして…。
黒:ずっとね。
由:2年間で6回ぐらい、ポートランドに行って歌ったりという事があって。
黒:もう、そんなに。
由:まあ、親善大使みたいなお役をちょっと。
そんなご縁で、日本庭園のすばらしい庭園がポートランドにあるんですね。
そこが50年の記念の年で、去年が。
それで、お招きいただいたので、やっぱり着物で出たらいいかなと思って。
黒:そりゃあね。
由:それで皆さん、日本…。
あちらにいらっしゃる日本の方も、お着物をお召しになると思ったんで、やっぱり、ちょっと似通ったものじゃない方がいいかなと思って。
これ、とよた真帆さんがデザインした着物なの。
黒:あ、そうなの。
由:はい、女優さんで。
私、彼女の、この色遣いがすごく好きでね。
Tシャツを持ってたりいろいろするんですけど。
母親役をやらせていただいてからのご縁なんですけど。
黒:そうなの。
金がね、方々に入っててキレイ。
由:それで「今度こういうところに行くんだけど、なんか、あなたのデザインした着物ない?」って言ったら、「どうですか」って言って、いくつか持ってきてくれた…。
黒:そうなの。
ちょうどピンクだし。
ピンク・マルティーニだからね、なおの事。
由:本当、本当。
黒:でも、その後ろの紋所がね、ポートランドのっていうのがね。
由:記念に作らせて持っていった着物なので、ここに、ちょっとヒイラギナンテンっていうのを入れさせてもらって。
黒:ヒイラギナンテン。
今、ちょっと見えてますけど、ヒイラギナンテン。
キレイね。
やっぱ着物ってこういう事が出来るのが面白いわね。
そこの紋所やなんかが入ったりとかね。
由:自分の家の紋を入れるような、その風格のあるというような、おしゃれ着ですから。
それで、ちょっと刺しゅうも。
黒:いいですよね。
由:お花の紋を入れさせてもらいました。
黒:こういうのをお召しになって歌っても全然平気?由:そうですね、はい。
やっぱり…、なんでしょうかしら。
帯と、それから締める腰ひもの位置が、自分の気持ちのいいところにあって、その強さ…、締め心地みたいな。
それが、もう手慣れてくると…。
いつも同じ方に着付けていただく事もありますので。
黒:それだったら大丈夫。
じゃあ、和服でお歌いになる時もあるの?たまには。
由:えーと、そうですね…。
でも、ほとんどないですけれども、まあ、このポートランドでは、アカペラで、なんか歌ってくださいとか急に言われてしまって。
『夜明けのスキャット』と、それから、ちょうど紅葉がすばらしい時だったので、『紅葉』を日本の参加してくださった方々と一緒に歌いましたけども。
黒:そうですか。
でもね、こうやって外国でね、ご活躍で、本当に何よりだという風に思っております。
由:ありがとうございます。
黒:でも、さっき、ちょっとお目にかけたんですけど、ビックリいたします。
32年前のあなた。
由:本当?黒:それが全然お変わりないっていうのは、私、不思議に思いますよね。
由:そんな事はない。
黒:本当に。
ほとんどお変わりないっていうのはすごいなって、さっき、ちょっと思いました。
あとで、そのVTRもお目にかけますけれども。
それにしても、あなたはピンク・マルティーニと一緒に、ハリウッドボウルで?由:はい、そうです。
黒:すごいね!あそこ、すごいでしょ。
ロスのハリウッドボウルって、本当に、こういう…、ビックリするほどね。
1万7000人…。
由:そうです。
過去に、本当に…。
フランク・シナトラもビートルズも。
もう本当に、世界の名だたる方たちがやっていて。
ピンク・マルティーニの皆さんも、自分たちの夢の実現と言ってました。
「次、何を目標に僕たちはやったらいいのかな」なんてね、お話ししてらっしゃいました。
黒:そう。
由:だから、そういうシーンに自分も加えていただいた事はね…。
黒:ロンドンでもお歌いになったでしょ?由:そもそものきっかけは、ロンドンのロイヤル・アルバート・ホールで…。
ちょうどレコーディングをしていた年に、レコーディングが中盤になる頃に、トーマスさんから、ロンドンで…。
あ、これですね。
黒:ちょっと見ていただいていいですか、これ。
すごいんですよ。
由:「このサンバを踊るのよ夢見るために」
(拍手と歓声)黒:すごい、この拍手。
歌ってる最中でね。
由:このセルジオ・メンデス’66っていう、日本では69年に大ブレークして、日本語で歌ったのが69年に発売されたんですけれども。
やっぱり、みんなポルトガル語を知っていらっしゃるから、それじゃなく日本語で歌いだしたので、みんながビックリしたのと、うわーってなって…。
それから、まあ、ちょっとノリノリになりまして。
黒:すごいですもんね。
由:ここで、スタンディングオベーションっていうんでしょうかしら、いただいて。
音楽に国境はないっていう言葉があるでしょ?まさに、そういうものを実感したステージでした。
よく言霊っていうじゃない?黒:すごいね、大きい。
由:7000人ぐらい入ってましたかね。
黒:でも有名ですものね、ロイヤル・アルバート・ホール。
本当に、長いあなたの歌手生活の中でも…。
だって、小学生の時に歌ってらした時に、もうご一緒しておりました。
由:はい、そうでございます。
黒:小学生ですよ、皆さん、この方。
童謡歌手でいらしたんですけど。
由:『ブーフーウー』とか…。
黒:あ、このぐらい…。
お姉様とご一緒の。
由:そうです、そうです。
黒:私ね、発見して面白かったの。
このぐらい、あなたとお姉様と違ってたのに…。
私、この頃、あなたにお目にかかったでしょ、NHKで。
よくお母様とも一緒にいらして。
もう1枚、写真があるんですけど。
これはね、私、すごい…。
お母様とね、お姉様と、あなた。
この差があるのに、今、お姉様と一緒に出てて、ほとんど差がないっていうので…。
お姉様には悪いけどね。
大人になっちゃうと大体同じぐらいになっちゃうのね。
由:どんどん、年とか感覚が近付いてきますからね。
黒:特に、2人でお歌いになってらっしゃる二重唱…。
2人で歌ってらっしゃるから、あんなに違ってたんだって、さっき写真見てね、ビックリした、私。
由:そうですか。
黒:私、あなたが小さい時から知ってると言いつつも、あんなちっちゃい時から知ってたんだと思うと、おかしくて。
由:そうですよ。
昔のNHKは、内幸町というとこにありまして、そこの…。
黒:第1スタジオ。
由:そう、第1スタジオ。
黒:そうそうそう。
由:本当に、『ブーフーウー』をやってらした頃だった…。
黒:『ヤン坊ニン坊トン坊』とか。
由:そうです、そうです。
そして私は、当時、ラジオの番組に合唱団がたくさん出させていただいてたので、お父様が、もう…。
黒:バイオリン。
由:バイオリンを弾いてらした時代を存じ上げてますの。
黒:ラジオも古い…。
古うございますね。
由:ねえ。
お父様、厳しかった。
黒:怖かったでしょ。
あの人ね、違うの。
うちの父のためにちょっと弁明しておくと、すごい近眼なんですよ。
近眼なのに、眼鏡は絶対かけないのね。
譜面が見られればいいって。
その代わり、ちょっと間違った人とか、ちょっと音程が悪かったりすると、パッと見るの。
その見方が、近眼なもんだから、よーく見るのよ。
母がね、「およしなさい、意地が悪いみたいだから」って言うんだけど、ずっと最後までかけませんでした。
なんでですかね、わからないけど。
だからね、怖くないの、本当はね。
でも、音楽に対してはちょっと怖いかもしれないですね。
由:そうですね。
子どもの合唱団であるわけだけれども…。
黒:それでも、そうなの?由:だって、あの…、ね。
でも、やっぱり子どもたちがザワザワしてると、すごく…。
怒りはしませんでしたけども、ちゃんとやろうねっていうような目で…。
黒:ごめんなさい。
由:いえいえ。
でも、後に私、ほら、『チョッちゃん』をやらせていただいたでしょう。
黒:うちの母の母親、私の祖母をおやりに…。
由:そうなのよ、だから…。
黒:そう、あなた、私のおばあ様じゃない。
どうもお世話になりました。
疎開先でね、ご飯炊けない人に会っちゃって、驚いたんだ、私も。
由:そうね。
だから、今日までこうしてこの番組にまた呼んでいただけるなんて、長いお付き合いで…。
黒:あのぐらいのあなたと、それで私の、この関係と、あなたのお母様とお姉様と。
そして、私の祖母になってくださったっていう、そういうすごい関係ですもんね、あなたと私は。
由:だから、光栄な事で、ありがとうございます。
黒:でも本当に、それにしても、あなたがね、国際的にご活躍っていうのは、でも本当に、どこに何がどうなっているのかわからないですよね、これは。
由:本当ですね。
黒:まあ、実力よ。
だけど、だけど、ピンク・マルティーニの方がとにかく、あなたの、このね…。
由:そうそう、レコードジャケットね。
黒:しかも、それを、なんか小さい古レコード屋さん…。
由:そうそう。
中古レコード屋さんというかね。
黒:そういうところで…。
由:見付けた、自分が見て。
それで…。
黒:それ『夜明けのスキャット』が入ってたの?由:ええ。
ファーストアルバム。
LPですね、当時。
彼は、すごくアジアに…。
黒:これです。
こうやって見ると、本当にあなた、おキレイなのね。
もちろん知ってるけど、特に、これはさ。
由:イヤだ。
今更、何をおっしゃるのよ。
黒:本当。
今の、もう1回見せて。
もう1回見せて、見せて。
おキレイだもの。
これを見てね、やっぱり外国人の人が、東洋人だと思って、聴いてみようと思ったら、あんなさ…、いずみたくさんの曲ですけど、『夜明けのスキャット』が。
こんなしゃれた歌、歌ってるんだってビックリしたんじゃない?由:それで、すごく、彼は60年代、70年代の音楽しか興味がないんです。
黒:そうなの。
由:だから、世界中のその時代の歌を、彼らのレパートリーにして。
『ウスクダラ』とかあるでしょ?あれなんか歌ってらっしゃるの。
黒:「Uskudara…」由:「giderkenaldida…」そうそう。
チエミさんが昔ね。
あと『ケ・セラ・セラ』とかさ。
黒:じゃあ、ちょうど…。
由:だから、やっぱり彼のテイストにすごく近い時代の音楽を見付けたのね。
黒:もうちょっと前の人がやっちゃうと、また…。
そういう風に、あなたが活躍出来なかったかもしれない。
ちょうど活躍の真っ最中の方が…。
由:なんとか間に合った感じよ。
黒:よかったですよね。
それで世界中…、あなた随分、今…。
さっき、ロンドンのアルバート・ホールとか、ロサンゼルスでもお歌いになったんですけど、そのあと、随分いろんな国ね。
フランス、ロシアなんかも…。
由:ロシアは、私の単独のコンサートだったんですけども。
それと、あとベトナム…。
黒:中国?由:中国、北京。
今年はミャンマーへ行くんです。
今ね、ミャンマー語で『故郷』と『赤とんぼ』を一生懸命お稽古してるんですけど、全然、頭に入らない。
黒:ミャンマー語ね、難しそうね。
由:難しい。
日本の言語の中に、1つも感覚がないので。
黒:でも、お歌いになるのね。
由:はい。
ちょっと頑張ってお勉強して、歌いたいと思います。
黒:じゃあ、32年前のあなたを、ちょっとコマーシャルを挟んで見せていただきますので、もう一度。
ちょっとコマーシャルです。
黒:それでは『徹子の部屋』を見せていただきます。
32年前のあなたですね。
最初に『徹子の部屋』に来てくださった時なんですけど、本当にお変わりないんですけどもね、お可愛らしい。
ちょっとご覧ください。
「今日のお客様は、『夜明けのスキャット』で歌手としてデビューなさったわけでございます」「由紀さおりさん、いらっしゃいませ」由:「どうもお招きをありがとうございます」黒:「まあ、可愛いお洋服でね」由:「恥ずかしいんですけど」黒:「いいえ、本当に。
それから、あなたは、いつも、お若いせいもあるけど、お肌がピカッとしてキレイでしょ」「何か特別な事してらっしゃるんですかって皆さん、おっしゃるでしょ?」由:「いや、そんな事ございませんのよ」黒:「ご謙遜あそばして…」由:「でも、本当に」黒:「いつも、それじゃあ、なんにもしてらっしゃらないの?」由:「はい」黒:「でも本当に、いつも、ほら、なんかポッと、女っぽいっていうか」由:「そんな…。
ツルッと卵に目鼻って、のっぺりっていう…」黒:「ゆで卵」由:「そう。
それで、この頃、白塗り仮面なんて、私の友達…、失礼ね」黒:あなた、白塗り仮面なんて言われてる時もあったの?由:そう、あったの。
別に白く塗ってるわけじゃないんだけれども。
やっぱり、もともと父が東北の出身のお人だったので。
私の家族の中で一番父に似てるのが…、その肌の色が似てるのが私だったんですよ。
だから、なんかハレーションを起こすっていうか。
黒:すごいね。
テレビでね。
由:そうそう…。
だから、白っぽくなっちゃうんですけどね。
黒:でも、おキレイで。
だから、全然お変わりがない…。
卵に目鼻でもなんでも、全然お変わりなくておキレイなのはいいなと思います。
ああいう、外国でお歌いになっても、何をお召しになっても、お洋服でお歌いになっても、やっぱり女らしい感じが、みんな好きでしょ?きっと。
日本女性らしいってね。
由:そうですね。
やっぱり、お辞儀をするという、歌ってね。
それが、すごく海外の方にとってみたら、立ち居振る舞いが優雅で日本的という事と。
それから、言葉の意味はわからないけれども、やっぱり歌ってる、この…、エロキューションというんでしょうか。
まあ、言霊に近いのかな。
表情術とか。
そういう、声が持ってる、表現する音色みたいな事は、やっぱり言葉の意味を超えるのかなと。
それは今回、外国で歌わせていただいて、すごく、その事は実感しましたけれど。
黒:だから、今度もしミャンマーにいらっしゃったら、ミャンマーの方たちもね、みんなビックリなさると思うし。
由:子どもたちと一緒に歌を歌えるっていう事は、すごく私にとってエネルギーをもらえる事なので。
黒:昔、子どもだったんだしね。
由:そう。
こういう子どもと一緒に…。
こんな時代があったわって思える事もね、うれしいですし。
黒:でも、今、あなた、すごくお元気で大丈夫なんだけど、ひと頃、なんか大変におなかが痛い事になっちゃって、随分大変な時期があったんですって?実は。
今だから言えるっていう。
由:今思えば、一番あそこが大きなターニングポイントだったかもしれませんけども。
30代の後半に、婦人病の…、筋腫が見付かっちゃって。
由:まだ高齢出産出来る可能性を残していた時期だったから…。
黒:痛かったんですって?すごく。
由:すごかったです。
女性であれば、皆さん体験してらっしゃると思うけれど。
でも、調子のいい日が、本当は、ひと月のうち3週間ぐらいあるわけだけれども。
調子の悪いのが1週間ぐらいでしょ。
それが全く逆転してしまいまして。
黒:ほとんど痛いの?由:もう。
そして、鎮痛剤を飲んでも全然効きませんでしたし。
ある時、海外の取材の時に、母と部屋が一緒になっちゃいまして、それが、ちょうど一番最悪な時にぶつかっちゃって。
手術をする決心ずっと出来なくて、5年ぐらい筋腫を育てちゃったんですけども。
それで、痛いの我慢してるところを母に見付かっちゃってね。
黒:わかっちゃったぐらい痛かったのね。
由:それで、まあ、母もすごく心配しましてね。
娘と母親…。
親が、ちょうど逆転する事があるでしょ。
その時期に差しかかってるという事に気付かされて。
母がこれから年を重ねていくのに、自分がこんな事で不健康な状況じゃダメだなと思って…。
黒:だけど、その痛み止めみたいなものをしょっちゅうやってたりとか、それから、薬飲むと声が悪くなるとかっていう薬もあったんですって?その中に。
由:本当は、だから、その痛みを抑えるのにホルモン剤みたいなものをね、使って、周期を変えるとかいう事は手立てとしてはあったんだけど。
やっぱり、ホルモン剤って声が低くなるという事を言われて。
この声が低くなっちゃね…。
年を重ねていって低くなるのはいいけども。
黒:お薬で…。
由:ねえ。
そこで、それを、やっぱり飲む事を拒否しましたし。
黒:あ、そう。
由:それで、なんとか…。
なぜそうかっていうと、別に子宮で歌を歌ってるわけではないけれども。
これ、手術したあとに、もう歌う道しか自分には残されてないと思って歌を続けていくのは絶対イヤだと。
ね?やっぱり、ある使命だったり、自分の希望だったり、夢だったりを追って歌を歌っていくのはいいけども、そういう意味で、歌を…。
歌しかないんだっていうような事で歌うのはイヤだなと思って。
いずれは、やめようという風に思っていたんですね。
手術はしたんですけれども。
黒:歌を?由:はい、歌をやめる日があるだろうなと。
その時に、私、2度結婚してるんですけれども…。
黒:え?2度だったの?ごめんなさいね。
2回って知らなかった。
1回しか知らなかった。
由:一応こっそりね、2度目は。
黒:相当こっそりだわね、それは。
由:外国にいらした方だったので。
日本の方でしたけれど。
その方に出会って、もう1回、女としての自分を確認出来る…、再確認と、自信を取り戻してくれるような事態になってから…。
でも、そう長く歌を歌ってるつもりはなかったので。
黒:あら、そう。
由:はい。
でも、母がそれをすごく反対して。
黒:お母様はね。
由:そう簡単にはいかなかったんですけれども。
それで、母が旅立ってからアメリカで結婚してたんですけども。
日本は入籍をしていなかったので。
だけれども、やっぱり…。
黒:でも、いい方だったんでしょうね。
あなたが、そうやって結婚しようってね、お思いになるぐらいだからさ。
由:そうね。
でもやっぱり、自分がそういう方向へ準備を始めると、また、この世界がグッとね。
黒:仕事ってね。
由:やっぱり、そこもいろんな状況でうまくいかなくて。
今は、とても仲のいいお友達になっておりますけれども。
黒:よかったですよ。
結婚してるとかしてないかじゃなくて、そういう方がいらしたって事がよかったですよね。
由:そうですね。
それは、すごく私の今を…、なんていうんですか、保てる今を作ってくれたんだなと思いますけれども。
黒:よかったですよね、それは本当に。
由:そこが、やっぱり一番、私として、歌を歌うっていう事に対して、本当に自分がちゃんと突き詰めて、歌っていくっていう事はどういう事かっていうのを本当に一番考えた時期かもしれません。
黒:口に出して言っちゃうとあれだけど、例えば子宮筋腫っていうものがあって、それを取ってしまうと、自分が女っぽくなくなるんじゃないかとかね。
由:女を卒業させられちゃったなっていうね。
黒:そんな事ないのに。
由:40代の前半でそういう状況でしたから、これから女の人生、長いのになと思いながらね。
でも、そういう人に出会って、私自身の人生が変わりましたから。
黒:よかったですね、それはね。
黒:あなた、考えてみると、すごくバラエティーみたいなもののコントとかなんかがお上手だっていって、『全員集合』とかさ、そういうものに随分出てらして、笑わせてらした時期ありましたよね。
由:はい、あります。
黒:この頃はやってらっしゃらないの?由:声がかかんないわ。
アハハ!黒:そう。
由:私は待ってるんだけど。
黒:じゃあ、皆さん知らないんだ。
由:大好き。
だって、あんな、お客様が、こう波打つようにさ、笑ってくださるっていうのは…。
拍手をいただく事もね、本当に幸せだけれども、あれはまた別の快感。
徹子さんもお芝居してらして、ねえ。
きっと楽しいお芝居してらっしゃると、本当、身をよじってお客様が笑ってらっしゃると…。
黒:劇場が揺すれるようにね、笑ってくださるとかね。
由:すごくうれしいですよね。
黒:だけど、ほら、あなたはもともと、そういう方じゃないと思ってたから。
ある日、コントなんかおやりになって、本当おかしかったんで、えー!と思って。
こういう事なさる方なんだわと思って。
由:それは、いかりや長介さんが、私のそういう、隠れた才能かどうかわかんないけど、そういうところを見付けてくださって、キャラクターを作ってくださった事。
それから、そののち、伊東四朗さんと『お江戸でござる』みたいなものもやって。
黒:随分おやりになりましたね、そういう。
由:だから、本当に、自分は歌のゲストじゃなくても役者部でも出してって言って。
黒:あなたはそうなんだけど、この頃ますます、そのピンク・マルティーニとかなんとかって、外国行って歌ってらっしゃるって事になると、その方にさ、こんなコント頼んじゃ悪いってみんな思うでしょ。
由:そんな事ないの。
やります。
黒:やるとおっしゃってるので、テレビをご覧の皆様、どんどん。
面白い本だったら、多分ね、おやりになると思いますけども。
そうなのね。
ああいうのって発散出来るしね。
由:そうです。
自分のソロのコンサートも始めて5年ぐらいになるんですけども、お客様、「由紀さん面白かったわ」って言って帰ってらっしゃるので、歌はどうだったのかなって、自分で自問自答するんですけど。
「由紀さん、面白かった、お話が」って言って、帰っていく。
黒:でもみんな、そういう風に、ほら、想像してない…。
知らない、ご存じない方はね。
そこのところが、やっぱり、あなたのすごいところだと思います。
隠れた才能。
由:自分も、なんかこう、笑ってもらいたいなっていうのありますからね。
黒:だから、いつかも申し上げたんだけど、あなた、お姉様と歌ってらっしゃった『トルコ行進曲』の終わりの方になると…、どうって事ないんですけど。
お姉様は音楽学校…、芸大出てらっしゃるから、高いところになると、チャカチャカチャカっていって。
あなた、一緒に歌ってらっしゃるんですけど、鼻の穴が、どんどん、どんどん広がっていくって、私が。
由:ここでね、歌ってね。
「徹子さん、どこ見てたのかしら」って、私、終わってから姉と言ったんですけども。
黒:お姉様の方は、どういうわけだか、そうならないんだけど、あなたの方はね、もう…。
すごい鼻。
でも、全然わかんないのよ。
私だけの事だと思うんですけど。
由:徹子さん、こうやって下から見てて、私は上で歌ってたから…。
黒:すごいと思ってね。
黒:こんにちは、黒柳徹子です。
4月1日から『徹子の部屋』は、お昼12時。
これまでより一層豪華で、楽しい放送を目指して頑張ります。
ランチのお供に、『徹子の部屋』をどうぞ。
黒:すべからく、芝居の時も鼻で息をしましょう。
由:ちょっとトライしてみて。
黒:すごくいいと思います。
近々あなた、コンサートなさる…。
いろんなところでなさってるんですけど。
この局が作った…。
由:EXTHEATERっていうところ。
黒:六本木で、すぐそこに出来ました。
あそこのところでおやりになるでしょう?由:はい。
4月にやらせていただく事になりまして。
黒:4月11日から3日間。
その時の曲ですけど、それがまた…。
由:そうですね。
やっぱり私は、歌謡曲という言葉が、もう、あまり使われなくなっちゃって、もう1回、歌謡曲をきちっと歌いたいという…。
黒:これ、今、そうですね。
『スマイル』っていう曲。
由:はい。
それでピンク・マルティーニの公演のあとに…。
昔、チエミさんが『テネシー・ワルツ』を日本語と英語で歌ったように、外国曲を日本語の歌詞に…。
私の世界観を作る日本語の歌詞を付けてもらってっていう、アルバムを去年、『スマイル』って出させていただいたんですけど。
そこをやってくれた松尾潔さんって音楽プロデューサーの方と、それから市川猿之助さんが、一応、総合プロデュース…。
黒:新しい猿之助さんが。
由:はい。
してくださるって事になって。
猿之助さんは30代、松尾さんは40代で、私は、それなりなんですけど。
私の世代が知ってる歌を、このお若い方たちがどのように料理をしてくださって、どこが好きか嫌いかっていうか、いいなって思うところをうまく引き出していただいて、次の世代の方たちに歌謡曲のいいところ、そういうものをちょっと提示出来るような、そういう仕事にしたいなと。
黒:そのEXTHEATERROPPONGI、今、私、出てるんですけど。
芝居やってるんで。
『カルテット』って芝居やってるんですけど。
黒:ぜひ、いらしてください。
いらしてください。
お願いいたします。
由:お願いいたします。
歌謡曲、いっぱい歌います。
黒:はい。
2014/03/17(月) 13:20〜13:55
ABCテレビ1
徹子の部屋[字]

〜苦難を越え…人生のターニングポイント〜由紀さおりさんが今日のゲストです。

詳細情報
◇ゲスト
2011年『夜明けのスキャット』の世界的ヒットで、今や“世界の歌姫”になった由紀さおりさんがゲスト。
◇番組内容
由紀さんを小学生時代から知る黒柳さんが思い出を語り、黒柳さんの父からレッスンを受けたという由紀さんも当時を振り返る。また、長い歌手生活は順風満帆なようで、実は大変思い悩んだ時期もあったという由紀さん。人生のターニングポイントは30代の頃。子宮筋腫になり激しい痛みと闘う日々だったと明かす。
◇おしらせ
☆『徹子の部屋』番組HP
 http://www.tv-asahi.co.jp/tetsuko/

ジャンル :
バラエティ – トークバラエティ
ドキュメンタリー/教養 – インタビュー・討論
福祉 – 文字(字幕)

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