(小林)おそらく今の日本ではその名を知る人はほとんどいないでしょう。
しかしこの男がいなければ…。
新印象派の巨匠スーラのこの大作は生まれなかったかもしれません。
そして日本近代洋画の父黒田清輝のこの名作も…。
パリの人々に画家の絵を見せると…。
誰もが知っている。
それほど偉大な画家なのです。
そしてここオルセー美術館でもシャヴァンヌの作品は最も目立つところに展示されています。
実は明治大正の頃の雑誌『白樺』ではシャヴァンヌはゴッホセザンヌらと並んで盛んに紹介されていました。
しかしなぜかその後画家の名と作品の記憶は日本から消えてしまった。
果たして19世紀末フランス絵画を席巻した作品とはどんな絵なのか?今夜忘れ去られた巨人が復活します。
パリに次ぐフランス第2の都市リヨン。
ローマ時代からの建築が今に息づく街に200年の歴史をもつ美の殿堂があります。
もとは17世紀に建てられた修道院でした。
中庭をぐるりと囲むように建てられています。
19世紀から20世紀へ偉大なる架け橋となった男の絵。
それは2階と3階をつなぐ階段の壁にありました。
今日の一枚…。
壁の形状にそって両端が折られた縦4.6m横10.4mの壁画。
舞台はアルカディア。
現実にはない理想郷。
深い山の夕暮れどき水辺に諸芸術の化身と芸術の女神ミューズたちが集います。
古代ギリシャ風建築の前に女性の姿で描かれているのが絵画彫刻建築の化身たち。
足もとに置かれたパレットや小槌コンパスでそれとわかります。
諸芸術の化身の隣で右手を高々とあげて英雄を賛美する女神。
その傍らには書板を手にした歴史を記録する女神。
軽やかに宙を舞うのは抒情詩の女神とたて琴で恋の歌を奏でる女神。
その調べに誘われて喜劇と舞踊の女神がふと立ち止まります。
3人の諸芸術の化身と9人のミューズが集う森。
全体が淡い色調で描かれ女神たちはもやがかかったようなやわらかな光に包まれています。
実はそこに画家の驚くべき技が。
この作品こそが新しい近代絵画の歴史に大きな影響を与えることになるのです。
19世紀フランスを代表する画家です。
その作品はフランスの偉人たちが眠るパンテオンをはじめパリの顔といえる建築の多くを飾っています。
パリ市庁舎にも天井画を含め10点以上の壁画が残されているのです。
リヨン美術館の壁画を描いたのは画家が59歳のとき。
地位も名誉も得たまさに円熟期の作品でした。
(白田)へぇ〜明治から大正にかけてシャヴァンヌという人はずいぶん日本でも紹介されているんだ。
ん?当時の洋画界の重鎮黒田清輝なんか大絶賛してる。
でも今じゃさっぱり。
いったいどんな絵を描いていたのか…。
うん…よし行くか。
シャヴァンヌに会いに。
今日はちょっと画学生の彼にシャヴァンヌの魅力を見つけてもらうことに。
《よいしょっと…。
2階と3階をつなぐ踊り場ってことはこの上か…》《うわっでかいな!図録を見ただけじゃここまでの力量だとはわからないわ。
でもこの絵がどうして近代絵画の歴史を変えたっていわれるんだろう。
題材も古臭いよな。
スーラやゴーギャン黒田清輝まで影響を受けたっていうけどなんかピンとこないな》勝手言うんじゃない!だ誰?お化け?なに言ってるんだ黒田だよ!えっ黒田?黒田清輝先生?あ〜情けなや。
お前にはこの作品の新しさがわからんのか。
よく見るんじゃ。
お前が古臭いと言った題材にもちゃんと理由がある。
わしはこれを初めて見たとき心の底から持って帰りたいと思ったもんじゃ。
持って帰るってこの壁を?さすがに無理だったからのう。
でこうして時折会いに来ておる。
実はわしはシャヴァンヌ先生にお墨付きもいただいておる。
どんな?それはおいおいな。
おいおいって…あっ消えた。
数多くいたシャヴァンヌの影響を受けた画家たち。
ゴーギャンはシャヴァンヌが描くアルカディアに憧れ自らの理想郷を追い求めました。
そして尊敬を込めて画面にシャヴァンヌの作品を描き込んだのです。
マティスはシャヴァンヌの装飾的でありながらムダを削ぎ落とした表現に影響を受けました。
そしてスーラはアトリエで直接教えを受けその静謐と永遠性を受け継ぎ近代化されたシャヴァンヌと呼ばれました。
シャヴァンヌのどこが新しく何が後世の画家たちに影響を与えたのか。
今日の一枚白く輝くミューズたちの理想郷に画家が仕掛けたものとは…。
フランスリヨン。
この街で1824年ピエール・ピュヴィス・ド・シャヴァンヌは鉱山をもつ裕福な家庭に生まれます。
画家になろうと決意させたのは23歳のとき病気療養のため訪れたイタリアでした。
ジョットやピエロ・デ・ラ・フランチェスカなど初期ルネサンスのフレスコ画に出会います。
深い感銘を受けたのは壮麗なる建築を飾る壁画でした。
画家の名を一気に高めたのは37歳のとき。
サロンで2位に入選した『戦争』と『平和』。
その絵がピカルディ美術館に壁画として設置されるとその功績からレジオンドヌール勲章を受賞するのです。
そこから壁画家としてめきめきと頭角を現すことに。
シャヴァンヌが壁画家の道を歩み出した頃フランスは1870年に始まった普仏戦争に完敗。
続いての民衆の蜂起でパリは焦土と化し人心も乱れていました。
そんなパリに活気を取り戻そうと象徴的な建築の装飾計画が湧き上がります。
フランスの偉人たちが眠るパンテオンの壁を飾る大規模な国家プロジェクトでした。
そのメンバーに抜擢されたシャヴァンヌはパリの守護神聖ジュヌヴィエーヴを描きます。
5世紀敵軍に包囲されたパリを犠性的精神で救った聖ジュヌヴィエーヴの生涯。
犠牲のあとに訪れる平和と繁栄。
その壁画は荒廃したパリ市民に希望をもたらし絶大なる支持を得ることになります。
そしてシャヴァンヌは押しも押されぬ国民的画家となっていくのです。
シャヴァンヌが円熟期に入った1884年故郷リヨンの美術館に描いたのが今日の一枚です。
高い山々に囲まれ世の中から隔絶された平安の地。
そこに集うのは芸術家に霊感を授ける女神たち。
詩の本に手を置いているのは湖面に映る金色の月を水辺に横たわり眺めている左の折れ曲がった部分で暗い色の衣装をまとった悲劇の女神がひっそりと腰を下ろしています。
諸芸術の化身とミューズたちを画面に巧みにちりばめたそこは芸術の理想郷アルカディアでした。
《両サイドの2つの壁画もシャヴァンヌの作品だって。
向かって左側が古代ギリシャの人々の暮らしを理想化した『古代の光景』。
そして右側こっちは『キリスト教の霊感』か…。
画家フラ・アンジェリコの姿を借りてリヨンの先輩画家たちに捧げられた。
で真ん中は聖なる森か。
でもよく見るとどの絵も白っぽくて何か霧がかかっているようなのはなんでだ?》おぉやっと気がついたか。
実は当時フランスの壁画は色も鮮やかでくっきり描かれていたんじゃ。
シャヴァンヌ先生はそれを大きく変えたんじゃ。
『諸芸術とミューズたちの集う聖なる森』。
そこに描かれた森も人物も皆一様に白っぽく特徴がなく目を惹くような色彩も使われていません。
なぜなのでしょうか?まるで年月を経たフレスコ画のような淡い色調。
しかし壁に直接描いたフレスコ画ではありません。
湿気の多いフランスではフレスコ画は向かないためキャンバスに描いたものを壁に貼りつけているのです。
ではシャヴァンヌはどのようにしてこのフレスコ画のような淡い色調を生み出したのでしょうか?修復士のエロディ・ディアロさんにシャヴァンヌの技法を再現してもらいました。
そのために吸い取り紙に油絵の具を数日置き絵の具の油をできるかぎり取り除きました。
結果絵の具からは艶が失われます。
それを練り上げ独自の絵の具を作ったのです。
建物と調和する落ち着いた艶消しの色調で覆われた世界。
壁画になくてはならない絵の具を生み出したことでシャヴァンヌは成功を収めたのです。
なるほど。
壁画は目立ちすぎてはいけないんだ。
白っぽいのも計算だったんだね。
それにしてもシャヴァンヌの壁画がいまだにフランス人に人気なのはなぜなんだ?愚か者!そんなこともわからんのか。
この絵の前に立つだけでえも言われぬ幸福感に包まれる感じが…。
えっ?幸福感?今もフランスの国民的画家として愛されるシャヴァンヌ。
その人気の秘密はいったいどこにあるというのか。
絵の前に立つとわかるというのですが…。
大正5年『美術新報』に掲載された黒田の手記です。
シャヴァンヌは当時69歳。
新サロンの会長であり名実ともにフランス芸術界の重鎮でした。
シャヴァンヌは黒田の絵を間違いなくサロンに出すレベルだとしたうえでこんなことを言いました。
絵とは普遍の美を伝えるものであり画家の構想を見るだけで感じ取れるようにすべきだと。
19世紀までの壁画はおもに宗教や歴史的事件を伝えるのが目的。
その事実を知らなければ理解できないものでした。
そこでシャヴァンヌは壁画にまったく新しい考え方を持ち込んだのです。
誰もが見ることのできる壁画だからこそ見ただけで画家の構想がイメージできるものにしたいと…。
今日の一枚。
『諸芸術とミューズたちの集う聖なる森』。
この壁画で画家が描こうとしたもの。
それは見るだけで感じる幸福感。
画家はこの絵を見る人々に絵が醸し出す幸福感にだた浸ってほしいと願ったのです。
シャヴァンヌは言います。
《そうか壁画は誰でも見ることができる。
だから見るだけで理解できる絵にしたかったのか》ようやくあの絵を理解したな。
《ゴーギャンもマティスも黒田先生も自分の理想郷をそこに見たんだ。
でもどうして今の日本では誰も知らないんだろう?》あの時代は印象派など次々と強烈な個性が出てきたからのう。
《彼らだって影響を受けてたのになぁ》そうなんだが『白樺』などはゴッホだセザンヌだともてはやしていたからのう。
それに壁画は運べないから日本では見る機会がない。
《なるほど…。
それで日本では忘れられたのか》フランス人はいつでも見ることができた。
だからシャヴァンヌの絵は人気が衰えない。
そうかもなぁ。
1898年シャヴァンヌがこの世を去ったとき画家シニャックはこれからいったい誰が壁を飾るのかと嘆いたといいます。
画家の心にあった理想郷アルカディアはリヨンの美術館の壁に今も広がっています。
心地よい静謐のなかミューズたちとともにある幸福感にみちみちて。
ピエール・ピュヴィス・ド・シャヴァンヌ作『諸芸術とミューズたちの集う聖なる森』。
壁画芸術をきわめたフランスの誇り。
ドイツのある小さな街に1人の日本人女性が暮らしています。
2014/02/01(土) 22:00〜22:30
テレビ大阪1
美の巨人たち シャヴァンヌ「諸芸術とミューズたちの集う聖なる森」[字]
毎回一つの作品にスポットを当てる美術エンターテインメント番組。今日の一枚はピエール・ピュヴィス・ド・シャヴァンヌ作『諸芸術とミューズたちの集う聖なる森』。
詳細情報
番組内容
今日の作品は、19世紀フランスを代表する画家ピエール・ピュヴィス・ド・シャヴァンヌ作「諸芸術とミューズたちの集う聖なる森」。縦4.6m、横10.4mの巨大な壁画です。3人の諸芸術の化身と9人のミューズが集う芸術の理想郷は靄がかかったような淡い光に包まれ清やかです。でもなぜミューズたちは同じような衣装をまとい、皆一様に特徴がないのでしょう?また彼が未だフランスの国民的画家として愛されている理由とは…?
ナレーター
小林薫
音楽
<オープニング・テーマ曲>
「The Beauty of The Earth」
作曲:陳光榮(チャン・クォン・ウィン)
唄:ジョエル・タン
<エンディング・テーマ曲>
「終わらない旅」
西村由紀江
ホームページ
http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/
ジャンル :
趣味/教育 – 音楽・美術・工芸
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
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