映像’14 “自主避難”〜原発事故3年・家族の苦悩 2014.03.17

(着信音「カノン」)
(森松明希子さん)あっ来ました。
あっお父さんから電話です!はい!どっちでしょうか!?順番並んでくださ〜い。
ケンカしないでね。
はいどうぞ。
お父さ〜ん。
(暁史さん)もしもし?風邪治った?ううん。
「治ったよ」って。
治ったよ〜。
(暁史さん)治った?うんそうよかったね。
お熱下がった?うん下がった。
明愛ちゃんお父さんだよ!
(明暁くん)お仕事頑張ってね。
じゃあ明愛ちゃんに替わります。
明愛ちゃん!おいで。
もしもし?今日…今日も…今日も明愛自分で食べれた…食べれれた。
うそついてる。
(暁史さん)自分で食べれたの?偉いなぁ。
何食べたの?何食べたか教えてあげて。
分からん。
トマト煮。
(ナレーション)
主婦の森松明希子さんは福島県郡山市から大阪に子どもと一緒に避難してきました
保養のキャンプでなんかプールで明暁と一緒に入れたから怖くなくなったみたいなんだって。
うん。
うんうん。
なんか変わったことあります?そっちは。
特になし?は〜い。
うんほんじゃあまた連絡事項はメールで。
はいは〜い。
(荒木田岳さん)「私はよく戦争を題材にした物語を見るが子どもはみんな日本万歳と言っている。
やはり教育によってお国のために死ぬことを」…。
大学教員の荒木田岳さんは妻と子どもを新潟県に避難させ職場のある福島市にとどまっています
それに巻き込まれた被害者であるというような立場。
そういう歴史的な見方歴史観というんですがそういうものだったわけです。
う〜ん…いや僕はもう事故後早々に自分も含めて福島に戻れなくなったと思ったんです。
だからああ〜帰るとこがなくなった…職場もないしどうしたらいいんだろうっていうのが私の事故後の感覚だったんですよ。

原発事故により福島県には放射能汚染が広がりました
本来なら放射線管理区域にしなければいけないレベルの高濃度の汚染です

しかし3年の月日がたち福島にはもう一つの現実があります

公式には避難の必要はないといわれている地域からの避難は自主避難と見なされます

放射能による被ばくを避け自主避難を選んだ二つの家族の3年です

この日地震と津波により全電源を喪失した福島第一原発は炉心が溶ける大事故を起こしました
あの日は金曜日でしたので夫は普通に働きに出ていってまして自宅にその当時生後5か月の赤ん坊と私二人だけでした。
で当日はお昼過ぎでまあ赤ちゃんですので5か月の赤ちゃんは機嫌よくベビーチェアに座ってほんとにゆったりした午後のひとときを過ごしていたんですが突然激しい震度6の揺れでほんとに自分とその目の前にいる赤ん坊の身の危険というか命が縮む思いがしたといいますか。
ありえないような…スローモーションのようなかたちで絶対動かないような家具が…居間にいたんですけれどもこうピョンピョンって部屋の真ん中にいる私たちに向かってこう迫ってくる感じで…。
森松さんは育児日記に当時の思いをつづっています
毎週末が来れば子どもを福島では外に出せないのでえ〜っと子どもたちを車に乗せて隣の山形県とか新潟県に2〜3時間高速道路を飛ばしてでただほんとに街なかにあるブランコとか滑り台とかがあるだけの公園に1〜2時間子どもを出すためだけに高速を使って乗ってでまた何時間もかけて帰って来て…。
週末はそういう生活をしていてほんとに生活の再建…立て直すどころではないような生活をしていました。
震災2か月後森松さんは夫を郡山市に残し大阪市に母子避難する選択をしました
長男で6歳の明暁くん長女で3歳の明愛ちゃん
二人の子育てに追われる毎日を送っています
ねえ二人食べてる?
(明暁くん)うん。
ご飯全部食べない人はデザートないよ。
(明愛ちゃん)嫌やぁ。
ジャガイモ…ジャガイモ。
えっジャガイモ食べれるとこ見たいなぁお母さん。
見せてほしいなぁ。
(明愛ちゃん)じゃあ食べさして。
福島と大阪の二重生活で家賃や光熱費の負担が倍になりました
夫が子どもたちの顔を見にやってくるのも月に一度がやっとです
私は私で大阪では大変だけどまあ子どもたちがいるし何しろこの目の前の子どもたちの健康を守るために避難しているからそれは…目の前に子どもがいるから我慢もできるんですけど夫なんかはねただほんとにその避難生活を続けさせるために働いて…。
で守るべき子どもは目の前にはふだんいないわけですからどうやって精神状態保ってるのかなと思って。
夫が福島と大阪を往復する交通費をなんとか捻出しようと森松さんは大阪市内の社会福祉法人で事務の仕事を始めました
避難してから1年ぐらいはまだ全然働けてなかったんですけどちょうど去年もう1年たって避難費用も続かなくなってきたので一時保育が取れた時だけっていうかたちでお仕事させていただいて。
そういうかたちで徐々にこう慣れていく感じではい。
ちょうど1年ぐらいがたったんですけどやっと今は平日は毎日来れるようになってます。
大学で地方行政史を教える荒木田さんは震災後妻の実家がある新潟に家族で避難していましたが大学の授業再開とともに一人で福島に戻りました
荒木田さんは当初学生たちの被ばくの危険性を訴え授業再開に反対しました
ブログにはその胸の内がつづられています
放射線量がすごく高かったし汚染の度合いもかなりひどいと思ったんです。
でその場に学生を置くのはよくないだろうっていうのが私の判断ですよね。
少しでも危険は避けられるわけだから避けたほうがいいしそういうことを考えるべきだというふうに僕自身は思いました。
しかし大学側には聞き入れられず授業は予定どおり再開されました
授業に臨むということ一つがやっぱりストレスなんですよ。
いや不本意だから。
ここで…結局残って授業やってるっていうのは周りの人の危機感をそぐことにもつながるしね。
「あいつはなんだ?被ばくを避けたほうがいいと言いながら自分はずっと福島に居続けてる」っていう矛盾ですよ。
だからこうしてていいのかなっていうのはいつも思ってるんです。
普通に暮らしてて特に何も不安はないですね。
なかなかその数字を見てもこの数字だから高いっていうのもあまり自分の中で分かってないっていうのもあるんですが。
もう周りも大丈夫みたいな雰囲気になってきたんで安心してますね。
福島市では今放射線量の高い地域から順に除染作業が行われています
しかし市の住宅およそ9万5000戸のうち除染を終えたのは3割弱にとどまっています
住宅の除染で出た土も持っていき場のないまま庭先に山積みにされています
え〜っとここが私の家を建てようと思って買った土地なんです。
で向こうに晴れてるとね山がよく見えるはずなんですけど。
(スタッフ)ああ〜ちょっと稜線が。
ええええ。
放射線量は大阪の20倍以上あります
1.47…1.48。
うんまあこんなもんですよこの辺では。
1年目はやっぱり2マイクロ下回ることはなくていや〜これは深刻だなと思ったけどあんまり下がってないですね。
家は建てられず土地代のローンだけが残りました
う〜んこんなもんなんだやっぱり。
こっちも同じくらいかなぁ?
(スタッフ)ここが今反対側ですか?そうですそうです反対側です。
家を出たらすぐね河原に下りてっていう場所なんで。
子どもたちにもいいかなと思ったんですよ。
本来ここで遊んでたはずなんです。
震災前までは家族で暮らしていた大学の官舎で今荒木田さんは一人で暮らしています
ほんとは週1ぐらいで帰りたいんですけど…。
だから2〜3週間会わない時もありますよ。
で今回だってまあ1週間以上は帰れないんですよね。
特に今すごい忙しいんでう〜んまあ2週間空けちゃうのかなぁ。
いや娘がねほんとおっきくなるのが早いんで。
2歳だった娘が今5歳ですけどものすごくおっきくなってるんですよね。
でその過程はどうだったかっていうとなんかあまり記憶がなくって。
なんかポンポンとおっきくなってるなぁっていう感じがするんですけど。
なんかその間の…そうですね…うまく面倒見てやれなかったっていうかそういうのはありますね。
ああ〜そうそう。
一緒に遊んでるはずなんですけどね。
そうだねやっぱ失ったものはおっきいっすね。
これは現在の避難指示区域です
原発からの距離や年間の被ばく線量が20ミリシーベルトを超えるかどうかが基準になっています
それ以外の場所からの避難はいわゆる自主避難と見なされ避難指示区域とは賠償や補償の面で大きな差があります
自主避難に関しては審査会での議論を基にこれまでに福島県内の限られた地域で子どもや妊婦に60万円大人に8万円などが支払われただけです
大阪からやってくる長距離バスを待っているのは森松さんの夫で子どもたち二人の父親である暁史さんです
よいしょ。
よいしょ。
よいしょ〜。
ははははっ。
・ははははっ。
(明暁くん)ああ〜!ああ〜!
(暁史さん)なんだこの子。
・ああ〜よかったよかった。
よいしょはい。
森松さんは5か月ぶりに郡山市の自宅に戻りました
2泊3日の一時帰宅です
片づいてんの?ちゃんと。
「無事」って!何?これ。
「無事」って。
わっ風向きだ。
出た出た。
原発からの風向きは?こっち向きじゃん!
久しぶりの家族団らんですがやはり放射線量が気にかかります
あっきた〜!0.06。
えっこれ…。
今…今もう全然場所を指定して出さなくなっちゃった。
えっ何?これ。
なんぼだった?今。
0.06から0.7だった?郡山。
(暁史さん)うん。
ちゃんとっていうのが分かんないね。
除染っていうのも。
(明愛ちゃん)あははっ怖いよ。
お父さんに肩車してもらうって言ってたねそういえば。
ふだん離れ離れで生活している分濃密な親子の時間を過ごします
(暁史さん)明暁おいで。
(明愛ちゃん)おっぱいがボヨンボヨン。
あははっ!
(暁史さん)落ちるやんか。
母子避難をめぐっては夫や夫の実家の理解が得られず仕送りを止められて離婚に至るケースなどもあるといいます
内科の勤務医として働く暁史さんは被ばくによる子どもの健康不安を第一に考え妻に子どもを連れての避難を勧めました
この家に引っ越したのは4月11日なんですね。
でそのあとそこの線量を測った時にびっくりこいてですね。
ええ。
(スタッフ)いくらぐらい?2ぐらいあったんですよ普通に。
ふふふふっ。
その時そこの…ちょっと新幹線をまたいで向こう側は結構線量が高くて4とか5とかある場所がもう普通にあってですね。
ええ。
今はだいぶ下がりましたけどこれはちょっと危ないなと。
そんな…年間の被ばく量っていうかあれもそんなに体には害がないっていうふうに一応言われてるんで。
生活としては慣れちゃったところありますけれどもね。
まあ気にはしていますけどでもそういうの気にしてたらほら経済的にねこう…よくないですよね。
郡山滞在中に役所に行ってやっておかなければいけないことがありました
失礼します。
すみません。
長男の明暁くんが春から小学校に通うための手続きの確認です
来年の春から…4月から小学校に上がるんですけど住民票の住所が福島県の郡山市のままで…。
避難者の自分たちが避難していた先で…大阪の教育委員会に言えばいいんですか?
(職員)
(職員)ただはい。
とは聞いてはいるんですけども。
学校の除染は済んでても通学路と…。
(職員)通学路もねやってる部分はありますけどね。
皆さんはどうされてますか?やっぱ区域外通学…。
(職員)まあ戻られてる方もねおりますけどね。
まあ何人出たうちの300?じゃあやっぱり7割は…。
(職員)今のところはですね。
まだ続けてらっしゃるんですね。
そっかそっか。
子どもの学校のこととか子どもの保育園のこととか子どもの健康に関することは母子で避難してるんだから避難先のほうに届けてほしいって言われてもいや住民票の世帯主が郡山市にいるからっていう…。
避難元に1人世帯主がいるからもう絶対にそこは対応しませんみたいな…。
ほんと住所地がバラバラで2軒家がある状態っていうのが全然こう…。
好きで勝手にやってるみたいな扱いなのでほんとに大変ですよね。
震災後屋外で遊べない子どもたちのために作られた屋内遊戯施設です
日中は大勢の親子連れでにぎわいます
埋めちゃおう。
明愛ちゃん埋めちゃおう。
バチャバチャ〜バチャバチャ〜バチャバチャ〜。
肉巻きおにぎりって…。
あっそれそれそれ。
子育て仲間だった郡山市在住の友人と再会しました
すごいお料理上手なの。
ぜひ今度ご一緒に。
ああ〜ぜひぜひ。
まあ離れたいっていうか避難したいっていうのはあったけどやっぱりなんだろうそう思ってる人みんなが避難できるわけじゃないので。
仕事とかもあるし経済的にもね。
ただ私は森松さんには大阪に帰る前にも言ってたんですけど帰れるんだったらば私だったら帰るって言ったので私は避難できる環境にある人は避難したほうが絶対いいと思いました。
避難するのもとどまるのも選択は人それぞれです
ただ原発事故による無用な放射能被ばくを避ける権利は避難した人にもとどまっている人にも等しくあるのではないか
森松さんは裁判をしてそのことを世に問いたいと思いはじめていました
ほんとに住んでる人とどまってる人避難してる人が混在してる地域なのでお互いそこで分断とかをしてる場合じゃないと私思うんですよ。
気持ちはほんとに一緒でなんでこんな目にね…。
たまたま福島で事故があったから福島の人がほんと被害に遭ってて気持ち殺しながら折り合いつけながら避難するも残るもやってるのにそれをほんとになかったこととか忘れられたことで普通に世の中が進んでるのがたぶん福島の人はいちばん声を上げたいところだと思うんで。
福島は沈黙の福島っていわれててなんにも声を上げてこないし。
それはおかしいですね。
でも実際東北の人たちはほんとにじ〜っと我慢して我慢してというのがもうスタイルなので。
だけど心の中ではすごい怒ってるんです。
(スタッフ)やっぱり新潟帰る時っていうのは気分がふだんと違う感じですか?うん。
なんかやっぱりね解放された感じはしますよ。
(スタッフ)それはやっぱり福島での生活がかなりストレス?うん。
しんどいっすね。
(スタッフ)もちろんねご家族に会えるっていうのも…。
そうそう。
それがまた大変だったりするんだけど。
こっちは休みだと思って帰っても向こうではね…。
だからたまにね子育てから解放されると思ってるわけで。
(スタッフ)なるほど。
待ち構えてる?そうそうそうそう。
ただいま。
(綾ちゃん)おかえり〜。
戻りました。
ふだん妻の美織さんと子ども二人が暮らすこの住宅は新潟県が被災者支援のために借り上げています
(スタッフ)やっぱりお父さんが帰って来られるとお子さんたちも違いますか?
(美織さん)そうですねなんとなくお兄ちゃんがとっても…。
(綾ちゃん)怖い。
(美織さん)うれしそうだし。
怖いとか言うな。
ははははっ。
(綾ちゃん)陸が綾に怖いよ。
(美織さん)うんそうね。
お父さんの代わりに怒り役をしてくれてるからねふだんね。
最近特にそうね。
(綾ちゃん)しなくてもいいんだよ。
(美織さん)ある時からすごくそうなったね。
(綾ちゃん)怖いもん陸。
(陸くん)だってお母さんから…。
ふふふふっ。
(綾ちゃん)ああ〜撮んないで。
それはカットしてね。
ははははっ。
家族が一緒に過ごすという当たり前のことが当たり前でない
こうしていても常に頭のどこかにはそんな思いがあります
僕は職場に不満があるわけでもなく…。
福島大好きだしね。
だけどやっぱり今の状況からすると家族と暮らすにはね他ん所で…ってなるんですよ。
でもそう思うとそれは「あんたそう思うだけでしょ?そう思うんだったら自分でなんとかしなさい」っていうそういうサイクルでね物事が回ってるんで。
だからそれがいちばん腹立たしいというか。
結局お父さんの仕事がどうにもならないというか福島で働き続けるかぎりは私たちも子どもたちを今の段階で福島に帰せると思ってないので。
そうするとおのずとこの生活を続けるしかないじゃないですか。
だからそれはまあ自分たちで選んだ選択なんですけどつらいですね。
荒木田さんの家の近くに新潟に母子避難している人たちが集まる場所があります
互いに交流し弁護士から「東京電力」との裁判外紛争解決手続ADRについて説明を受けることもあります
ここは…。
やっぱり子ども小さいんで預ける所だったり病院…。
急に熱出したりしても病院とかも分からないし。
なんかもういっぱいいっぱいで。
(スタッフ)そんななかでADRの手続きなんかも…。
すごい生活苦しかったんで少しでも頂けるお金があればと思って。
(スタッフ)例えばママ友の方とかねお友達とかとどまってらっしゃる方も…。
もちろんほとんどの人が…。
(スタッフ)そういう人とのコミュニケーションっていうのは…。
う〜ん…。
今ほとんど…。
たま〜にちょっとメールをしたり…。
放射能のことについてはもう全然触れないで子どもの話しかしないですね。
(スタッフ)放射能の話ができないっていうのはどうして?やっぱりなんだろうかなり温度差があるというか残ってる人はやっぱり危ないかもしれないけど…ここで頑張っていくしかないっていう気持ちで残っているので私が危ないと思っていても危ないよ危ないよって言ってもいろんな理由で避難ができない人も多いので。
言われても困りますよね。
そこで残って頑張ろうっていう人に私のその不安をぶつけてもやっぱり…。
長年にわたって原発推進政策をとってきた国とそのもとで利益を上げてきた「東京電力」
福島第一原発事故が起きても国のエネルギー政策は原発再稼働を前提に進められています
このままでは原発事故はなかったことにされてしまう
森松さんをはじめ福島から関西に避難してきた80人27世帯がこの日国と「東京電力」の責任を問う裁判を大阪地裁に起こしました
森松さんは原告団の代表にもなりました
この訴訟では私たちの子どもたちも原告になります。
子どもたちは自分で今の状況を世の中に訴えたり父親と離れて暮らすことがさみしいからなんとかしてくださいと国に訴えたりすることはできません。
私は親として母親として子どもの代弁者となってその子どもたちが言えないこともきちんと国に訴えていきたいと思います。
いつもね彼女が私たちに訴えかけるのは「先生私たちお金欲しいんと違いますよ」って言うんですねまず。
何が…何が欲しいか。
それは「私たちが避難してきたことそれが間違ってないんだ。
私たちには避難する権利があるんだ」っていうことを認めてほしい。
そういう裁判にしてほしいと同時にそれは…避難していく権利が認められるっていうことは避難できずに現地にとどまらないといけない人たちに対しても当然そこにいるリスクをカバーするだけの制度が作られなくちゃならないっていうことなんで「私たちは避難する権利をきちんと認めさせることで避難できなかった人たちに対してもきちんとした制度が出来るようにという。
そういうことをなんとかしてほしい。
そのためにこの裁判私体を張ってるんです」という。
3か月後には同じく40人15世帯による二次提訴が行われました
原告の中には福島県以外からの避難者もいます
遠く避難するということは仕事も辞めて親兄弟とも…もう二度と帰って来るなと言われ…。
周りの人は実際に今そこで普通に暮らしているのに神経質だとか心配し過ぎだとか言われますけれどだけど将来もし自分の子どもが何か健康に被害が出た時にどうしてあの時避難してなかったんだろうっていうことになるのだけは避けたいと思って。
そう思って避難してきました。
森松さんと太田さんは大阪で開かれた母子避難者の集いで知り合いました
う〜ん…。
みんなを引っ張ってってくれてる代弁してくれる…。
うまいこと自分が言えないところをこう表現してくださってるっていう気はします。
矢面に立ってるかな〜って。
だから大変なんじゃないかな〜って。
今までだから森松さんに全部こうやっていただいてしまってたっていうところがあるので。
世の中の人に一つ原子力発電所が事故を起こしたら放射能は福島県の県境では止まってないっていう事実を二人で伝えていけたらいいかなというふうに思います。
荒木田さんは大学のゼミ合宿で学生たちと山形県にやってきました
まあまあ。
まあどうも。
いただきます。
宿に着くとふだんの授業ではなかなかできない腹を割った話もします
学生たちは全員が福島をはじめとする東北地方の出身です
話は自然と放射線による被ばくの問題になっていきます
(学生)だって証明できないもん。
(学生)はい。
泣き寝入りしかないか?むかつくだろう?だから俺はそのことを言ってんだよ。
うん…とってもらわないとだめだろう?もちろん「東京電力」だけが悪いわけじゃないから。
国も絡んできますよね。
もちろんもちろん。
実際そういう仕組みになってるんだよもうすでに。
だって我々の税金が除染に使われてるわけだからな。
だからこれまでずっとそういうことを進めてきた国の責任もとってもらわないといけないし。
今どうなってるかっていうとそれは全部福島の人たちが自分たちでかぶってるわけよ。
そうだろう?「いや被害はありませんでした。
風評被害ですから桃食べてください」って言ってるわけだ。
それどうなの?っていうのが私の主張なんだ。
ゼミでこういう話をしなきゃいかん時代が来るとは思わんかったよね。
(学生)飲んだくれてるだけじゃいけないんですね。
うん。
なんだろう本音っていうかなんかそういう本当のことを聞けたのはすごい勉強になったなというか考えさせられたと思いました。
こうやって福島に来て放射能の問題があって不幸だなって思うよりはせっかくこういう場面にいてこういう先生についてるので逆に恵まれてるんじゃないかっていうふうに考えて勉強できていけたらなと思ってます。
「仕事があるから」っていうのが61%。
「住宅支援がないから出ていこうと思わない」それが46%。
「お金がない」っていうのが32%。
だから私は地方行政なんてことを専攻しておりますけどね地方行政あるいは行政がですよこういう層をどうして支援しないのかってことを強く思うわけですね。
だからみんな助けを求めて待ってるんですよ2年以上も。
半ば諦めながらね。
だからそういう人たちに対する支援がもっとあっていいんじゃないか。
そういうことをですね常々思うわけです。
もちろん避難することがすべてだとは思いません。
残って頑張る人がもちろんいてもいいと思う。
もちろんその人たちにも支援は必要でしょう。
だからそういうことをひっくるめてやっぱり脱被ばくっていうことが今後福島で生きる私たちの課題になるんじゃないか。
脱被ばくとはどういうことか。
これは難しいことではありません。
少しでも被ばくを避けようということ。
それに尽きると思います。
だから生活をしていてこれは被ばくにつながるかな?被ばくを避けるほうにつながるかな?というふうに物差しを持っておいていただければそれで脱被ばくの問題意識は達成されるんじゃないかと。
私はあえてこうやって人々の心にちょっとちくりと響くように書いてるんですが世の中には大別して2つの立場しかないと。
人に被ばくを強要する立場とそれに反対する立場だと。
あんたはどっちに立ちますか?ってことを問題提起したいわけです。
夫の暁史さんが子どもたちに会いに大阪へやってきた機会に家族全員で内部被ばくの検査を受けることにしました
今日は兵庫県庁で福島県からホールボディーカウンターの巡回バスみたいなのが来ていて受けたことがないので。
夫はまだ住んでいるので食べ物も向こうのもの食べてるしホットスポットもどこにあるか分からない状態で生活してるので。
夫には受けてほしかったのでそれはまあいいのかなと。
・測定いたします。
あっは〜い。
いってきます。
ホールボディーカウンターは体の中にあるセシウムなどから出る放射線を体の外から測定する機器です
検査の結果は1か月後に出ますがそれまでは不安な日々が続きます
検査からの帰り途中の駅で暁史さんは降り福島へ戻ります
バイバイって。
(明暁くん)バイバイ。
あっあれに乗んの?
(暁史さん)うん。
あっ明愛ちゃんここだよ。
バイバイって。
じゃあね。
バイバ〜イって。
(明暁くん)バイバイ。
バイバイ。
バイバ〜イ。
お父さん。
明暁明暁こっから見える。
バイバ〜イ。
どっちが先なんだろう。
あっお父さん先に行く。
先にお父さん行っちゃう。
(明暁くん)バイバイ。
(明暁くん)バイバ〜イ!バイバ〜イ。
バイバイ。
ちょっとさみしい?ううん。
ああ〜。
明愛ちゃんさみしいの?お父さんがよかった?おいで。
ちょっとショック?さみしい?明愛ちゃんが泣いてる。
どうしよう。
(明暁くん)違う所行く?お父さん。
うん。
お父さん飛行機だから関空行くのあれ。
明愛ちゃんは?さみしいの?お父さんがよかった?どうしよう明暁。
慰めて。
よろしく。
(明暁くん)待って。
おやつ。
この日荒木田さんは教え子の学生たちと民間の団体が主催する甲状腺検査の会場にいました
原発事故後大学のキャンパスの除染は行われましたが学生の健康についての対策は特にとられてはいません
大人でも子どもでもない大学生は被ばくの問題では見過ごされがちな存在です
学生たちが自分で考え対処していけるよう荒木田さんは今回の受診を勧めました
先生がこういう検査があるよって。
せっかくの機会だから受けたほうがいいよっていうことだったので僕もちょっと不安なとこあったので受けてみようかなと思いました。
(スタッフ)結果聞いてどうでした?結果は異常は特になかったのでまあホッとしていますね。
(スタッフ)やっぱりちょっと不安だった?まあ正直。
ははははっ。
すぐ出るってわけじゃないのかなっていう…勝手な考えですけど。
今後10年後とか僕がやっぱり子ども持った時っていうのもちょっと不安なので…。
まあそれは後々分かっていくことなんで。
またこういう機会あったら受けたいなと思いますね。
ねっ?これで安心じゃないでしょ?出てくる可能性はみんな持ってるってことですよね。
そう。
そういう心配を一生しなきゃいけないんだよ。
なっ?それってかなり負担じゃない?つらいですね。
うん。
ハトさん来た。
ハトさん来たねぇ。
大丈夫にぃにが守ってくれるから。
内部被ばく検査の結果家族全員体内から放射性物質は検出されませんでした
ほんとにこうやって…地べたにああやって座ることができるっていうのがほんとに当たり前のことなんですけど…。
これを福島では私は心穏やかに絶対できないことなのでこういうことができるっていうだけでも今この0歳から3歳それから3歳から6歳までの時期を大阪に連れてきて私たち家族はそれが正しかったなって。
次は法廷で…裁判官の前で自分が訴えなければいけないことになる人生を歩むとは思っていなかったですけれどもほんとに誰もしないのであればっていうかやっぱり言えるようになった人から裁判に訴えるってことも含めて言っていかないといけないことかなと思っています。
荒木田さんは妻の美織さんとも相談のうえ「東京電力」との間でADRの手続きをする準備を進めていました
状況的に日々の支出がね…。
うん。
っていうのも実際あって…。
っていうことだよね?うん。
まあ不本意ですよ和解なんてね。
そうですね。
裁判をしてちゃんと賠償してもらうものはしてもらう。
ただもうそれどころじゃないんで…。
暇もないし。
ねえ?うん。
そうするに背に腹はかえられないし。
短い週末を過ごしたあと職場のある福島に戻る朝が来ました
いってらっしゃ〜い。
はははっ。
ははははっ。
気をつけてね。
バイバイ。

新潟に帰り続けることは福島に戻り続けることでもあります
原発事故から3年がたった今も福島県外に避難している人の数は4万8000人を超えています

当たり前でないことが当たり前になってしまった世界で人々の苦悩が深まっています
いつまでねこういうことを続けるのかなっていう。
無限の過程っていうかねそんな感じがするんでもう少し先が見えるといいですね。
(スタッフ)今はまだ…。
何合目まで来たんですかね?ははははっ。
2014/03/17(月) 01:05〜02:05
MBS毎日放送
映像’14 “自主避難”〜原発事故3年・家族の苦悩[字]

離れて暮らす夫や妻は今・・・東日本大震災から3年。福島第一原発事故のために離れ離れに暮らさざるを得ない家族の苦悩の3年を伝える。

詳細情報
番組内容
東日本大震災から3年。福島第一原発事故で高い濃度の放射能汚染にさらされた福島県から“自主避難”した人は多い。子どもへの放射能の影響を考えて、妻子だけが避難し、夫は福島に残るという、家族が離れ離れで暮らす苦渋の選択をした家族もいる。
番組では2家族を8ヵ月にわたって取材、その生活と胸の内を伝え、国や企業の無責任な施策の影で受忍を強いられる被災者の理不尽さを浮き彫りにする。
出演者
【ナレーター】
斉藤とも子

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – ドキュメンタリー全般
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
福祉 – 文字(字幕)

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
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