NNNドキュメント「ひとりじゃない 震災遺児は、今」 2014.03.03

・はい10歳・・ハッピーバースデー!・
(手拍子)♪〜ハッピーバースデートゥユー
(手拍子)♪〜ハッピーバースデートゥユー
(手拍子)♪〜ハッピーバースデーディア佳ちゃん
(手拍子)♪〜ハッピーバースデートゥユー
(拍手)おめでとう!
(拍手)お〜!・10歳ねホントに大きくなりました・
(玲子さん)こっち見て。
・おばちゃんのほう見て・
小学4年生
10歳になりました
・変だ…ほら・やだそんなに揺すらない。
ほら佳ちゃんこれ食べてな。
震災で家族全員を亡くしました

独りぼっちになった佳祐くん
一緒に暮らそうと決めたのは「おばちゃん」でした

震災で1万人以上が犠牲になった宮城県
およそ1000人の子供が親を亡くしました
あの日小学1年生だった佳祐くんは学校にいました
揺れの直後父正紀さんが駆け付けます
「小学校は指定避難場所になっているここにいなさい」
そう告げた正紀さんは車でわずか5分の家へと向かいます
先に下校していたお姉さんお母さんおばあちゃん
家族を乗せて佳祐くんの元へと急ぎました
家からわずか数十メートル
車は押し寄せた津波にのまれ家族全員が犠牲になりました
佳祐くんは寒さと不安に震える学校で待ち続けました
震災から4日後ようやく親戚が迎えに来ます
「みんなはどこ?」
佳祐くんはそう尋ね泣き続けました

身を寄せた親戚の家で仙台から駆け付けた母の姉伯母の日野玲子さんと会いました
ずっと泣き通しで「パパママは?」って結局いないわけですから…。
「どこにいるの?会いたいよ会いたいよ」っていうことでずっと泣き通しなんですね。
いくら私ほらあの分かってても…。
最初はあの…なだめると「うんうん」って言ってあとはいいんですけど…。
時間が経つとやっぱり「パパママ」ってなってしまって…。
で私達もこの子の年にこの4人の死んだのを伝えるのは酷だろうということで…。
震災の1週間後一人テレビを見る佳祐くんの背中に玲子さんは話し始めました
「実はね」ということで「今回すごい津波だったでしょう」という感じで「それにね巻き込まれたんだよ死んじゃったんだよ」って…。
「やっぱり」っていうふうな「やっぱり」って言葉には出したかちょっと記憶ないけど「あ〜」みたいな感じで「分かったよ」って。
「じゃあいいよもうその話」って。
でそれから泣かなくなった。
震災から2か月
津波の被害を免れた佳祐くんの自宅の2階で2人は暮らし始めました
(玲子さん:佳祐くん)4×1=44×2=84×3
(佳祐くん)64×3124×416
玲子さんは妹家族と親しくしていました
いいじゃん。
一人暮らしだった玲子さん
子育ての経験はありません
「正月」だよ。
あ〜何で…。
親代わりになれるのか?
ここいいようまいよこれ。
えっ何で?違うよここ。
えっ?点だよ。
あ〜すみません。
(玲子さん:佳祐くん)8×6=488×7=568×8=64
家には家族の思い出が溢れています
佳祐くんは待望の男の子
みんなにかわいがられていました
64!はい終わり〜。
その家族が突然いなくなってしまった
♪〜落ち込んでいても始まんないよ
(スタッフ)佳奈ちゃんってお姉ちゃん?うん4年生今…。
あっ今ね…今5年生なのお姉ちゃん。
もう6年生だねお姉ちゃんは5年生やって…。
6年生じゃんもうお姉ちゃん。
あと中学生になって中学校に行って…。
お姉ちゃんはもう大人になるんだよ。
分かってる?
どんな時も味方でいてくれた大切なおばあちゃん
ケンカも多かったけどよく面倒を見てくれたお姉ちゃん
いつも笑顔で優しいお母さん
お父さんの仕事姿に憧れていました
お父さんは自動車整備工場を営んでいました
震災後玲子さんが経営を引き継ぎます
今後ともよろしくお願いします。
・よろしくお願いします・
全く経験のない世界
それでも佳祐くんのために工場を残しました
「この子の成長を私が見守って行く」
玲子さんはそう覚悟を決めました
玲子おばちゃん僕のをあげる。
はい。
はい。
あ〜ん…。
う〜ん!おいしい?うんおいしいおいしい!
佳祐くんが通う小学校は自宅から離れた中学校を間借りしています
学校での佳祐くんを玲子さんは知りません
・皆さんの中にもご家族を亡くしたりたくさんのつらさがあったのだと思います・
担任の先生から佳祐くんの普段の様子を聞きました
この子は引き取ったっていうか一緒に暮らすようになってからはこの子泣かなかったんですね。
私の前では絶対泣かなかったんですよ。
で「パパママ」とか言ったりね泣きながら言ったりとか「お姉ちゃん寂しいよ」ってそういうの全然言ったことないんです。
逆に何かすごい元気になって。
そうしたら先生に「家ではそうなんです」って言ったら「いや学校では泣きっ放しで『泣き虫佳ちゃん』で通ってます」とかって言われてびっくりしたんですその話聞いた時ね。
自分の前では泣くのを我慢している
「なおしたいことなかないこと」フフフ…。
悲しみを表そうとしない佳祐くん
玲子さんの心は痛みます
震災から1年が経ちました
1人で行ってたのね家族もいない1人で…。
あのね今日ねみんなのためにね木…。
ほら学校でもやったじゃない桜の苗木。
震災の犠牲者を追悼する行事に2人で参加します
こっち見てくれるようにね木植えて行くんだ桜の木。
辺見さんのところはね4本ですから4本ですよ。
・ちょっと待ってくださいね・・みや子さん正紀さんみどりさん佳奈ちゃんと4本もらってください4本・・はい4本はいはい・
亡くなった人の数だけ桜の苗木を植えます
・向きはどうなの?・あと踏みつけて…。
3月11日あの時が来ます
はいではそろそろ黙とうに入ります。
何?今の。
(サイレン)黙とう!
(サイレン)
(サイレン)
(サイレン)
佳祐くんは最後まで目をつぶりませんでした
部屋の片隅で見つけたものがあります
ほら。
何かもらうんだね「1/2」っていって。
二十歳の半分10歳を親子で祝う「二分の一成人式」
震災の1か月前姉の佳奈さんが参加していました
記念の文集に残る家族への手紙
「わたしは10年間いきてていろいろできるようになりました。
料理のお手つだい弟のおせわもずいぶんできるようになりました。
これからももっといろいろなことをできるようにしたいです」

そんな佳奈さんにお母さんも手紙を書いています
「いつでもパパママ家族がいます。
何があってもくじけることなく佳奈ちゃんらしく毎日をすごして下さい」
震災から2年
佳祐くんは間もなく4年生になります
誕生日が来れば10歳
「二分の一成人式」を迎えます
お〜みんな丸じゃんすごい。
親代わりの伯母玲子さん
2人の関係が少しずつ変わって来ました
事務所6時までなので6時にあいさつして私は上がって来ますじゃあね佳ちゃん!アハハ何それ!最初はねあんまり怒ったりすると嫌われんじゃないかとかあとは勝手に自分で…どんどん私を当てにしなくってするんじゃないかと思ったけどそういうのもふっ飛んでしまって何でこんなこともできないんろうって思いながらしょっちゅう怒ってますフフフ…。
1人でできることも増えました
(アナウンス)湊小学校運動会が始まりました。
・よ〜い…・
(号砲)佳祐頑張れ〜!
家族として参加する学校行事にも少しずつ慣れて来ました
♪〜♪〜疲れました〜!知ら〜ん!
去年の暮れ
2人が向かったのは特別な場所
生まれた時から家族で通っていた別荘です
・固めて・はい持って来たよ。
・じゃあここ一緒に固めよう・じゃあおじさんも手伝ってよ。
・やるよ・
かまくら作りは楽しい思い出
・もっとゆっくりゆっくり・・細かく・よしと…。
最初の…。
・ちょっとずつね・今回すごい広いじゃん!広いな〜!おばちゃんも入っちゃおうか。
ここ何か落ち着きそう!今日ここで…。
ここに泊まろうか。
今日はここで…。
ここに泊まろう。
ちょっとそれは無理だな。
今日ここで泊まろう俺はここに泊まる。
何だろう…。
毎年ここで家族と新年を迎えました
(スタッフ)佳ちゃんのはどれ?俺のが…。
これこれこれだ。
そして佳奈ちゃんのがこれこれあれだ。

10歳になっても幼い頃からの癖が出ます
それは家族のぬくもりを感じる場所だから

玲子さんが佳祐くんに手紙を書きます
もうすぐ「二分の一成人式」
おばちゃんとの思い出も増えました
佳祐くんの「二分の一成人式」まで1か月
学校から宿題が出ました
赤ちゃんの時の幼い頃の写真と現在の写真を比較する。
どういう成長をしたかっていうので。
「二分の一成人式」では子供から親へのメッセージを伝えます
その時に必要な写真を選びます
パパはど〜れだ?
(スタッフ)え〜?分かんない?教える?分かる?分かんない?
(スタッフ)分かんない。
えっパパだよこれ。
これパパだよ絶対えっとねどれだっけ…。
パパだよこれ何言ってんの?ここだよ!
親から子へは手紙を送ります
佳祐くんへの思い
「佳祐が生まれてから10年が経ちましたね。
あなたが生まれた時みんなすごく喜びました」
「今までたまに来るおばちゃんだったけれど3年前から一緒に生活することになりました」
「佳祐にとってはとても大変な思いだったでしょうね。
厳しいおばちゃんでごめんね」
「佳祐の笑顔と優しいところ大好きです。
いつまでも優しくそして笑っていてください」
いろいろ思い出してね。
今日は僕達の…。
「二分の一成人式」。
(一同)「二分の一成人式」。
心も体もこんなに大きくなりました。
(児童)僕達を見守ってくれる皆さんに…。
(児童)感謝の気持ちでいっぱいです。
10歳の節目「二分の一成人式」
子供から家族へのメッセージが1人ずつ流れます
(テープ:佳祐くん)邊見佳祐です。
僕が生まれた時の体重は3472gだったそうですね。
名前の由来は僕の両親が「サザンオールスターズ」のファンだったことから桑田佳祐の名前からつけられたと聞きました。
幼稚園の時の思い出はみんなと遊んだことが一番思い出でとても楽しかったです。
1年生の時に震災があって一生忘れないことが起きました。
あれから3年たくさんの方々に励まされてここまで元気になったことができました。
僕の将来の夢は芸能人になることです。
理由は人を笑わせて笑顔になってほしい…なってもらいたいからです。
僕が笑顔にしてもらったように今度は僕が人を笑わせて笑顔にできるようにできるそんな大人になりたいです。
僕の好きな言葉は「挑戦」です。
これからもいろんなことに挑戦して立派な大人になりたいと思っています。
これからよろしくお願いします。
これからもよろしくお願いします。
はいフフフありがとうございます。
「お家の人へ佳祐より」。
ありがとうございます。
いつもそばにいてくれる
これからもひとりじゃない
あの日大切な人を失った
悲しみを抱え希望の光を探し続けた3年間
震災は終わってはいない
2014/03/03(月) 00:50〜01:20
読売テレビ1
NNNドキュメント「ひとりじゃない 震災遺児は、今」[字]

震災による遺児は宮城県だけで千人超。石巻市の佳祐君(10)は家族全員を失った。引き取ったのは伯母の玲子さん。ゆっくりと「家族」に近づいていく3年間の記録。

詳細情報
番組内容
宮城県内だけで、震災による遺児は千人を超えている。石巻市の辺見佳祐君(10)は、一緒に暮らしていた家族全員、両親と姉と祖母を失った。彼を引き取ったのは伯母の日野玲子さん(54)。子育ての経験がない中、我が子のように愛情を注ぐ。明るく毎日を過ごす佳祐くん。玲子さんはその姿を見るとどんな思いで日々を過ごしているのか、かえって心配になる。時間を重ね、ゆっくりと「家族」に近づいていく2人が過ごした3年間。
出演者
【ナレーター】
玉川砂記子
制作
宮城テレビ放送

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – ドキュメンタリー全般
ニュース/報道 – 特集・ドキュメント

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
ステレオ
サンプリングレート : 48kHz

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