どうもお話ありがとうございました。
明日は薬などの治療について詳しくお伝えしていきます。
明日も是非ご覧下さい。
明日のお話もどうぞよろしくお願い致します。
(テーマ音楽)
(出囃子)
(拍手)
(川柳川柳)ようこそおいで下さいました。
(拍手)よく私も何て言いますか新作物をよくやっております。
身近な庶民の娯楽というと江戸から江戸の末期でしょうな。
まぁ半ばでもないでしょう。
だいぶ幕末に近くなってその辺から大正の半ば辺りまでが「寄席の時代」と言ってね一番庶民の身近な娯楽だった訳です寄席が。
随分あったそうですよ。
明治の頃三遊亭圓朝が活躍した頃は東京に二百何十軒とあったっていうんですね。
もっともこの会場のようなこんな広い所はありません。
まぁ30人か50人も入ればいっぱいというようなね。
当然あのころは椅子じゃありませんからお座敷でございます。
そういう所でチマチマやってる寄席がいっぱいあったらしいんですね。
それから大正の半ば辺りまでが「寄席の時代」でそこから映画が…つまりアメリカでエジソンという悪い人がいましてね…。
(笑い)活動写真っていうのを作ってもちろんサイレント無声映画でございますね。
それが日本に入ってきた訳ですよ。
そうするとまぁそりゃもう人間まぁ日本人ばかりじゃありませんけど人間珍しもん好きですから寄席よりそっち活動写真を見に客はワンワン集まっちゃった訳ですね。
で寄席はだいぶ潰れていく。
そして関東大震災あれが致命傷といいますかあれで寄席がだいぶやられちゃった訳ですよ。
燃えたり壊れたりね。
でそれから復興になって寄席のご主人まぁ席亭と言いますかね席亭が「さぁこれから家をなまた造るんだけれどももうあれだな寄席の時代じゃねえな。
これから活動写真の時代だよ」。
映画の時代だっていう事でそこで映画館を造る席亭がたくさんいる訳ですよ。
そして映画の時代という事になる訳です。
それと一緒に身近な娯楽というとラジオですね。
ええ映画とラジオ。
これがまぁ庶民の一番手軽な娯楽でございます。
そしてテレビ時代という事になっていく訳ですけれど。
私なんか子供から青年時代に映画黄金時代に育った訳ですからいろんなアメリカ映画フランス映画ねイタリア映画もちろん日本映画いろいろ見ております。
あっ今日は年配の方が多いな。
話が分かりそうだなこれは。
(笑い)年配の人ってぇのはどうして笑わねえんだろうな?
(笑い)笑う体力は無いの?
(笑い)面白くなくとも笑うんだよ。
(笑い)こっちは82歳でやってんだからさぁ。
俺より若いじゃないか。
もうちょっと面白くなくとも笑ってりゃ面白くなるから。
ね?そこへ座ってりゃ「いろんな芸人が出てきて笑わせてくれるだろう」ってそんな甘えた気持ちは捨てなさいもう。
(笑い)「こいつは5の力しかないな。
よし俺が8にでも10にでもしてやろうじゃないか。
俺が笑いの場を作ろう」「私が作ろう」。
これがニューフロンティア・スピリッツ。
(笑い)これで新しい明るい日本を作っていきましょうよ。
まぁとにかく…。
何を言っても笑いそうにねえなこりゃ。
(笑い)諦めたよ俺も。
ボチボチいきましょうよ。
まぁとにかくそういうふうに変わっていく訳ですけどさっき言ったように映画の時代まぁ大変楽しませてもらったもんです。
そうですねやっぱり男の子子供の頃はまぁ男ですからチャンバラ映画ですね。
時代劇。
これは夢中で見たもんです。
いい役者がいましたからね。
そうね阪東妻三郎「阪妻」嵐寛寿郎「アラカン」ね?市川右太衛門片岡千恵蔵。
大河内傳次郎いろいろいたな黒川弥太郎。
月形龍之介好きだったな〜。
ちょっと悪役が多かったんですけど。
個性が強くてね。
ええ。
それでもう綺羅星の如くいい役者がいましたから。
またあの鞍馬天狗アラカンの鞍馬天狗。
いろんな人が鞍馬天狗をテレビなんかでやってますけど駄目だな。
ああ。
やっぱりアラカンにはかなわない。
うなずきなさいよ。
(笑い)そう思ってるでしょ?アラカンが一番だやっぱり。
覆面があんな似合う人ないんだから。
顔が長いからこのぐらいあるから。
顔が長くなかったら覆面は似合いませんよ。
ええ。
まぁどっちにしても覆面。
ただ覆面にちょっと私苦情があるんだけど。
覆面ってのは全部隠す「面を覆う」って書くんですから隠すもんですよ。
ところがここから出ちゃってるのねこれ。
(笑い)あれ何なんだろうね?子供の頃から不思議だなと思ってたんです。
あれじゃ覆面する必要がねえんじゃねえかと思ってね。
まぁ最初は本当の覆面でやったら苦情が殺到したんですって撮影所に。
「せっかくお金払って見に行ったら顔を見せてくれない」。
そういう苦情がたくさん来たもんだから相談して「じゃあこの次からシリーズでいくからこの次からはもう顔を出せ」っていう事で出すようになったらしいんですがね。
どっちにしてもあの鞍馬天狗っていうのは何て言うかな〜非常に博愛精神に富んでるというかいい事を言うんですよ。
かわいがってる角兵衛獅子の杉作っていう少年これを大変かわいがってるんですがこの少年に時々言うんですね。
「おじちゃんはね本当は人を斬るのは嫌なんだよ。
日本の夜明けのために心ならずも刃を抜くのだよ」なんてうまい事言うんですよ。
(笑い)で次のシーンになると30人ぐらいぶった斬っちゃうんだから「カア〜ッ」つって。
(笑い)刀放り出して逃げる奴まで後ろから追いすがって「イヤ〜ッ」って斬っちゃう。
(笑い)あれは乱暴ですよあれは。
刀放り出して逃げる奴ぐらい助けてやったらどうかと思う。
(笑い)言う事はローマ法王みたいな事を言って。
(笑い)そういえばそうね市川右太衛門「旗本退屈男」早乙女主水之介これ随分見ましたよ。
戦前からやってんですねあれシリーズで。
で戦争中は戦争のために途絶えた時もありますけどまた戦後復活してやってましたけど。
まぁ随分見ましたよ。
ええ。
旗本退屈男っていうぐらいですから映画が始まると必ず退屈をしてるんです。
(笑い)その退屈だっていい退屈のしかたですよ。
京都の料亭の奥座敷です。
それでこれ美女の膝枕。
いい女がいたなあのころ。
高千穂ひづる花園ひろみとかねまぁ他にもいたけど。
この膝枕よ?やった事ある?これだよ?
(笑い)ふっくらした膝へこうやってそれで大きな杯で酒を飲みながら何か言う訳です。
「こうしておれば天下は極めて泰平だがパッ」ってな事言ってる訳です。
(笑い)そうすると突然矢が飛んでくるの。
ピュ〜ッ。
で顔スレスレドピュ〜ッ。
で後ろ床柱これっぱかりの床柱へプスンビ〜ンってなもんだ。
でこれ矢文がついてんです。
悪の一味からの挑戦状。
ね?そりゃ簡単なこれっぱかりの紙なんだからちょいと開いて見りゃいいのにオーバーですからねあの右太衛門さんは。
「テサ〜ットリャア〜ア〜ッ」これだから。
(笑い)えらい騒ぎになっちゃって。
それで突然忙しくなるんですよ。
(笑い)もっともそりゃそうだよね退屈男だからつって女の膝枕で30分も酒飲んでたら客が退屈しちゃうもんね。
(笑い)まぁ2〜3分ですぐ忙しくなるんですがね。
とにかく考えてみるとあの悪の手下弓を射た奴こいつはすごい腕前ですよ。
広い庭ですからね高級な料亭ですから築山があったりね泉水があったり藤の花が枝垂れてたりすばらしい庭広いその向こうに塀がある訳そこへこれピュ〜ッこれですから。
あんな距離で床柱へプス〜ンですからね。
オリンピックに出したらあれは絶対金メダルだなありゃ。
(笑い)であんなうまかったらなにも床柱なんかじゃなくここへ来ちゃやぁいいじゃないか。
な〜?
(笑い)それじゃ映画3分でお終い。
(笑い)そう主役はなかなかね死なないもんですよ。
よくあるわね悪の手下を捕まえて「姫をどこへ隠した?」ってな事をね。
「いえいえ。
それ言いますと私が殺されますんで」。
「そうか。
それなら今ここで死ぬか?」。
「いえいえ。
言います言います。
え〜鎌倉河岸の…」。
その辺まで言うと飛んでくる矢がピイ〜ッ。
(笑い)「ギャ〜ッ」つって。
こいつへ来ちゃやぁいいんだよな。
うまく出来てますわなあの辺りは。
いや〜そういういろんなのがありますね。
そういえば歌う俳優スターというのは高田浩吉が最初だそうです。
女では高峰三枝子だそうですね。
音丸とかね市丸とか勝太郎とかそういう芸者上がりの歌手はいましたよ。
そういうのは映画の中でちょいと歌ったりするシーンがありますけれども俳優あるいは女優で歌ったってのはこの2人が最初だそうです。
高田浩吉っつぁんってのはね女性ファンが多かったな〜やっぱりいい男でねうん。
声が良くて歌がうまくてね。
私も何本か見てますがね映画の中で当然歌うんですよ2曲ぐらい。
これが最高のサービスですね観客に対する。
それをまた求めてお客さんも来る訳ですから。
ただ歌はいいんだけど時と場所を考えず歌うんだあの人はね。
本当に。
(笑い)ある映画なんか彼が地方の藩士でね両親…お父さんが闇討ちに遭っていろいろ複雑な問題があるんだけど遭って殺される。
そこでお母さんは心痛のあまり病の床。
で夫の後を追うように亡くなってしまうと。
それで結局その敵討ち仇討ち免状をもらって妹を連れて旅に出る訳ですよ。
で諸国を巡り巡ってやっと江戸へ着いてまだ敵に巡り会えないという状況ですね。
それで送金も途絶えて金銭的に困る訳ですね。
それで長屋まぁ安い…というか汚い長屋かなんかに逼塞っていうかなそこに住んで現在は町人に身をやつしてやってる。
で江戸の町をいろいろ敵を尋ねて歩いてるという状況です。
で金に…妹が一生懸命ねお針仕事か何かやったってそんなものは追いつきません。
そこで金貸しから30両か何か借りるんです。
この金貸しが悪い奴でね。
上田吉二郎とかね…。
(笑い)ああいうタイプですよ「ヌハハハ〜ッ」って。
必ず悪役は「ヌハハ〜ッ」って笑うね。
「ヌハハ〜ッ」。
とにかくチョイチョイ来るんだ兄貴の留守を見ては。
妹18の菊乃とかなんかいうね妹をね狙ってるんだ。
妾にしようって訳ですよこの爺が。
それで今日なんかしつこく上がり込んでね「まぁいいじゃねえか俺の言う事聞きゃええ?一生お蚕ぐるみで贅沢三昧だぞ」なんて言いながらね今日はしつこくここへ手なんか入れる訳ですよ。
それで必死になって抗ったその妹が思わず触れた簪をねこうやっちゃう。
するとこの辺ツ〜ッと傷つける。
血がタラッと出ると野郎こいつが逆上しやがって「この女〜っ」と道中差しかなんかでけさ懸けに斬りつける訳です。
「ギャ〜ッ」と倒れる。
自分で斬っておいて驚いてやがんだ。
「エエ〜ッこりゃ大変だこれはアア〜ッ」なんてそのままずらかっちゃう。
悪い野郎ですよとにかく。
で兄さんのほうは何か胸騒ぎがしておかしいってんで急いで帰ってきてみると妹が大変な事になってる。
「オッオッオ〜ッ菊乃これは一体どうしたことだ?」。
虫の息で訳を言うわけです。
「ひどい事をしやがる。
死ぬんじゃないぞ。
死んじゃいかんぞ。
たった一人の妹じゃないか。
おいおい死ぬんじゃないぞ」。
「兄さん。
お父様の敵必ず」。
カクッと。
(笑い)大体この辺でカクッといく訳です。
悲しい音楽がさみしい音楽が流れる。
彼が妹と幼い頃から育ってきたあれをいろいろ涙ながらに語る訳ですよ。
もう客席はみんな泣いてましたね当時の女性は。
今の女性と違って。
ね?
(笑い)昔はあれですから。
みんなハンカチ出して「ウウ〜ッ」なんてんでね泣いてる。
それでしばらく客席を泣かせといてそれでシーンがパ〜ンと変わると彼が土手歩いてんですよ。
(笑い)桜が満開でね桜吹雪。
そうすると彼が唐桟か何かのねあれを着てね頭に吉原被りって手拭いをほらちょいとこうやってここへ結んだりして。
あれ吉原被りってんですってね。
で何かこう桜吹雪の中を歩いてる。
そうすると突然音楽が鳴るんです。
(笑い)・「チャンカチャンチャンカチャンカチャンカチャンチャン」で歌いだすんだよ?ここで。
(笑い)・「土手の柳は風まかせ好きなあの子は口まかせ」・「ええしょんがいなしょんがいな」大丈夫かねあの人は。
(笑い)妹がさっき斬られて殺されたばかりですよ。
歌歌ってほっつき歩くってとんでもねえ…。
まぁそういうね時代劇は面白い。
面白いってぇのはおかしいけれどもそういうところがまた魅力なんでしょう。
そうですねいろいろありますね。
まぁとにかく映画の時代さっき言ったように映画の時代が戦後まで続く訳です。
まぁ戦争中いろいろね制約ありましたからあれですけど。
戦後になってそうですね戦後になって映画の黄金時代が続く訳ですよ。
まだまだ。
そして昭和28年2月1日NHKでテレビ放送を開始した訳です。
あのころの新聞に大きく出ましたね。
「日本もついにテレビ時代に突入」とかね。
号外が出たりしてえらい騒ぎで。
そういう訳でテレビ…。
もっともねテレビ時代が到来っていったってなかなか庶民にはねうんテレビは買えませんでしたよ。
800そう日本全国でです日本全国でその時の契約台数それが866台。
どうです?何万軒に一軒ですよ。
料亭もあるし会社の事務所もあるし一般家庭の金持ちの家もあるだろうけれども866台ですよ。
何万軒に一軒という。
だから今日いらっしゃってるお客様の中で「あっあの日に俺は自分のテレビを買って見たよ」っていう人は一人もいない。
(笑い)まぁいるかもしれないけどね。
いや高かったもんね25万とか30万なんつったんだもん。
大卒の初任給が6,000円かそこらですよ。
家の近所の医者が買ったんですがね私北千住のほうにいましてね。
まだ落語家になってなかったけれども近所の医者が買って確か1年くらい経ってから買ったんだなあれ。
昭和29年辺りかな。
それで何か15万とか言ってましたよ。
だいぶ安くなってね15万とか18万とかとにかくだいぶ「最初の頃から見りゃグ〜ンと安くなってそれを買った」って威張ってましたよ。
近所じゃ一番最初町内では一番最初ですから。
で私なんかに「僕ん所はねテレビジョン買いましてね」。
テレビジョン「ジョン」までつけた。
(笑い)「テレビ」なんて呼び捨てにしません。
「テレビジョン買いましたからまぁよかったら見にいらっしゃい」。
「チクショー」と思ったけど「そうですか」ってすぐ行きましたよ。
(笑い)医者の家の大広間に20〜30人集まっちゃってね。
結構でかかったな図体が。
このぐらいあったな〜。
このぐらいあったけれども画面がこのぐらいなんです。
(笑い)2/3ぐらい。
でこっちはこうなってる。
スピーカーなんですねこっちが。
で下にチャンネルがあって。
そうね今はテレビそのものが全部が画面ですよね。
まぁしつこく言わなくても分かるか。
(笑い)今日は年配の方が多いから。
若い人は分からないだろうから。
もちろん白黒ですよモノクロ。
カラーなんかじゃありません。
でチャンネルが10まであったような気がするな。
ただチャンネルがへんてこな…すごい音するんですよ回すと。
ガチャガチャガチャガチャつってね。
でそうね今寝ころんでピピピ〜ッなんてやってますけどねあのころはスイッチをパチッと入れて小便して帰ってくるとやっと出てくるんだから。
(笑い)すぐ出てこないんですよ。
しつこいやつで消しても消えないからすぐは。
フイ〜ンていつまでも白いのが残ってたりなんかしましてね。
そんなテレビでもとにかく当時は大変でしたよもう。
子供なんか買ってもらうと自慢しちゃってね。
学校へ行って友達に「おう俺ん所よぅテレビジョン買ってな家中で毎日見てんだぞ」なんて。
みんな羨ましがったもんです。
あのころはそうなんですよね。
自分の家のテレビで家中で毎日ジ〜ッとテレビを見てるのが金持ちだったんですよ。
(笑い)笑う人は勘がいいや。
(笑い)今自分の家で家中で毎日テレビをジ〜ッと見てるって家はちょっとかわいそうな家じゃない?ね〜。
(笑い)国内旅行海外旅行いろいろあるしね。
うん。
ゴルフ寄席…。
寄席は駄目か。
(笑い)まぁとにかくいろいろありますから。
だけど当時はそういう時代でしたから。
とにかくそうですね街頭テレビなんてぇのがありましてね。
駅の前の広場に必ずあったもんですよ。
有名な所で新橋とかね私新宿で…。
落語家になって三遊亭圓生の弟子になってあの名人の圓生師匠の家に無かったんですよ。
昭和30年に入ったんだけど昭和31年に買ったんだけどね師匠の家無かったんです。
3年間ぐらい師匠の家にはテレビが無かった。
買えない事はなかったんでしょうがね。
どっちにしてもその新宿の広場…広場って西口あそこは泥でね泥だったんですよ広い広場が。
高層ビルなんてありませんでしたあのころは当然ね。
淀橋浄水場つってね水道局の浄水場のプールがありました。
そこを潰して今ね?ニョキニョキ高層ビルが出来ちゃった訳ですけど当時はそういう訳であの広場に集まったね〜。
夕方になると栃若時代相撲なんかすごかったな〜栃錦若乃花。
そのころで私も口を開けて見てましたよよくあそこで。
うん。
そう…。
それからあれだ街頭テレビはとにかく喫茶店でねよく見ましたよ。
プロレス。
これがすごい事なんですよプロレスが。
当時そうですね戦後三大スターって美空ひばり力道山長嶋茂雄とこう言われてますけどねその力道山が相撲をやめてアメリカへ行ってプロレスを修業して日本へ帰ってきたのがちょうど昭和28年なんですよ。
テレビが始まって…日テレですがね放送をよくやったのが。
とにかくもう大変でしたよ。
力道がね…柔道の鬼木村政彦。
「木村の前に木村なし木村のあとに木村なし」と言われたこの柔道界の最高峰これをうまく引っ張り込んでね。
そのころはもう現役じゃない教士指導をしてる立場で選手じゃなかったんだな。
だからまぁ結局まぁ嫌な話だけどこれですよね。
力道がタップリ出したんでしょう。
それであれして組んでで向こうからシャープ兄弟ってぇのが来た訳ですよ。
これが兄弟で赤鬼青鬼って感じでね。
これはもう大変でしたよ。
喫茶店なんかでみんな夢中で見たもんです。
コーヒーが20円だったな〜。
それが25円なんですよねプロレスの時は。
払った人いるでしょう?
(笑い)30円取った店があるそうですよ。
「ひどい事しやがる」と思ったけどみんな「チクショー」と思ったけどプロレス見たいからみんな入って。
あのころテレビが無かったら喫茶店で「テレビ放映中」「プロレス中継中」なんてそういうのが出てないと客は入らないんですよ。
だから面白いやね。
今喫茶店でテレビがガンガンついてて競馬中継なんかやってる喫茶店てあんまりいい喫茶店じゃないですよ。
(笑い)いい喫茶店はほらモーツァルトか何かがこうね静かに流れて照明がきれいでそういうような店が高い。
当時はテレビが無かったら客は入らないんだから。
それで力道山がすごい人気でそらぁそうでしょうとにかく日本が敗戦…まだ昭和28年だもんね。
8年しか経ってないんだから。
だからテレビを見てる人はほとんど戦争体験がある訳ですよ。
兵隊から帰ってきた人あるいはね?東京空襲で焼け出された人とか疎開していじめられたとかそういうような人がみんな大きくなってそういう子供もね大きくなってそういう人が見る訳だから。
それで日本人が敗戦のショックでまだガックリしてる時ですよ。
進駐軍の兵隊アメリカの兵隊が当時威張ってましてね。
こっちは負けたんだからしょうがないけれどもジープか何かに女抱いちゃって。
日本の女ですよもちろん。
口紅真っ赤に塗ってねネッカチーフか何かで派手なやつでこうやってそれでその兵隊がジンか何かガブガブ飲みながら「フエ〜ヤ〜ッ」と来るんだから。
(笑い)こうやって来る蛇行して来るんだから。
とにかくジープが飛んでくるとみんな路地へ逃げ込んだもんですよ。
「おい逃げろ」ってダア〜ッ。
だってひき殺されても大変なんだからひき殺されても。
何て事はない警察行って「家のお父ちゃんジープにアメリカのジープにひかれて死んじゃったんですよ」って「あ〜そうですか。
ご愁傷さまですねそりゃ。
でもねアメリカさんじゃねうんしょうがありませんよ」これでお終いですよ。
犬猫以下日本人の屈辱の時代ですよ。
それを力道が晴らしてくれるんだからこれで。
(笑い)。
たまったもんじゃないよそりゃ。
今のように気楽に見てんじゃねえみんなこうやって「ウウ〜ンウウ〜ン」て見てたから。
(笑い)「戦争には負けたけれどもいいか力頼むよ。
勝ってくれよ」ってこういう乗りだからもう…。
だからお爺さんがよく亡くなりましたよ。
(笑い)そのプロレスのショーであるその面白さってあれは決まってるんですよ大体。
そう言っちゃあれだけど。
ね?外人が来りゃ日本人が勝つ。
悪役向こうが悪役になってこっちがいい役で。
でアメリカへ日本人が行きゃ当然逆の事になる訳です。
そりゃ当然そういう事になりますよ。
でショーですから。
それが分からなかった日本人は。
「勝つか負けるか食うか食われるか」。
(笑い)そういう武士道精神を叩き込まれてるからね。
だからショーであるその…。
だからあれでしょ?ボクシングなんかあっという間に終わっちゃう事があるじゃない。
30秒ぐらいでノックアウトして。
あと困ってるじゃない。
時間が余っちゃって。
(笑い)ところがプロレスはきちっといくからね。
(笑い)まぁそういう訳で時代劇みたいなもんですよ。
それそういう洒落が分からなかった日本人は。
まじというか純情というかね。
それだからもうお爺ちゃんなんか見て「ウウウッウウウウウウウ〜ッ」。
ひっくり返っちゃってね。
(笑い)「またまたプロレスでショック死」ってんでね随分亡くなりましたよ。
もうテレビの売れ行きはグングン伸びてね。
とにかくもう大変な騒ぎでねみんなワ〜ワ〜言ってやってるうちにまぁそうね痛めつけられるんです反則でね。
力道も木村もこんなにヨレヨレにこんなになってもう「うっかりすると死ぬんじゃねえか」ってぐらい心配させる訳観客に。
ところがあと放送が3分でお終い…。
(笑い)その辺になると突然強くなるの。
(笑い)「もう許せない。
いくら敗戦国とはいえばかにするのも程がある」ってんで…。
(笑い)これはついに怒り心頭。
伝家の宝刀空手チョップ一閃「カア〜ッ」。
相手は逃げ回るんだよ「オ〜オ〜オ〜ッ」なんて。
あんなに効くんなら最初からやってくれりゃいいんだよな。
水戸黄門のこれと同じなんだよ時間的に。
とにかくどうも。
で終わると親父がすっ飛んできてね椅子があってね椅子持ってきて高い所にあるんです客に触られちゃいけないから。
大事な物ですから。
それで「じゃあ一旦これで消しますんでねまたいらして下さい」なんつってねパチンと消しちゃってね。
消したあと何かビラビラのついた何だか訳の分からないボテッとした布があるんですよ…。
(笑い)そいつを畳んで上に置いてある訳。
でそいつ下ろしてこう隠しちゃうんだよこれ。
(笑い)曲がってるの直したりして。
で下へ下りてきて…。
(かしわ手)
(笑い)しょうがないから我々も一緒になって「ア〜ア〜」。
(笑い)大変なもんでした。
「映像百年」といいますか一席でございました。
どうも。
(拍手)
(打ち出し太鼓)2014/02/01(土) 04:30〜05:00
NHK総合1・神戸
日本の話芸 落語「映像グラフィティ」[解][字][再]
落語「映像グラフィティ」川柳川柳▽第651回東京落語会
詳細情報
番組内容
落語「映像グラフィティ」川柳川柳▽第651回東京落語会
出演者
【出演】川柳川柳
ジャンル :
劇場/公演 – 落語・演芸
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
日本語
サンプリングレート : 48kHz
2/0モード(ステレオ)
日本語(解説)
サンプリングレート : 48kHz
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