震災から間もなく3年を迎える東北の被災地。
本格的な復興が始まる中でいち早く建設が進められようとしているのが…国の計画では新たに造られる防潮堤は岩手宮城福島で…巨大公共事業です。
しかし今この計画に対し一部の住民たちから疑問の声が上がり始めています。
岩手県大町です。
漁業や水産加工業が盛んな人口1万3,000人ほどの町です。
計画ではここに建てられる防潮堤の高さは震災前の2倍以上。
5階建てのビルに相当する…これだけ大規模なものができれば主要産業である漁業にも影響が出るのではないか。
心配を口にする人が増えてきています。
一方で安全が第一と実施を強く望んでいる人もいます。
さまざまな意見が出始めている大町。
しかし4月には建設に向けた測量などが始まります。
「住民の意見が分かれたまま進めてしまってよいのか」。
そう訴えるのは住民の一人…大事なのはみんなで議論をつくし納得して進める事ではないか。
阿部さんは防潮堤を含むまちづくりを考える住民委員会を発足。
20人ほどで話し合い今町や県が募集している復興計画への意見書を出そうとしています。
「復興サポート」。
「まちづくりには一人でも多くの住民の声を反映させたい」という委員会のメンバーたち。
そこで今回は年代や考え方を超えた住民たちに広く呼びかけ集まってもらいました。
防潮堤を含めた町の未来についてとことん語り合います。
皆さんこんにちは。
私は大町在住の阿部と申します。
震災後は復興団体を立ち上げまして復興のいろんな活動をやってまいりました。
今日は防潮堤が高いとか低いとか賛成反対とかそういう事を今日決めようぜとかそういう事ではなくて大のこれからをもう少し広い視野でみんなで考えてそして知らなかった事ここでたくさん知って頂きたいですしそしてその情報の中で皆さんで議論していきたいと思います。
今日の司会加生さんです。
どうぞ。
私震災前は東京で教育系のNPOの活動を支援したり一緒に活動していたんですが震災後にこういった形でさまざまな地域のまちづくりの中でお手伝いをさせて頂く機会がありまして防潮堤に関して話を進めていく中で復興ボランティアをしまして関わらせてもらっております。
早速なんですけども防潮堤計画に関する事に関してここに来ている皆さんがどのような気持ちでいるかそれをまずお話してほしいと思っておりますが…。
私の意見は防潮堤はやはり見直した方がいいんではないかなと思っております。
というのは巨大な防潮堤を造ってこれがいつになるかちょっと分からないという状況なので……という事を個人的には思っております。
今進めようとしている計画高に賛成の立場の人間であります。
14.5mの高さで計画がなされているものですから…そうすると…ですので私は高さというところにおきましては今の計画の高さでいいのではないかと思っております。
防ぐためのものなのかという事とそれによって生き方がだいぶ変わっていってしまうのかなと純粋にそういうところを今日は議論をさせて頂ければなと思って。
いろんなさまざまなご意見があるという事が分かったかと思います。
私の認識としては14.5mの防潮堤といったところでなかなか想像がつかないどういった計画なんだろうというようなご意見もそもそもあるかと思いますので今回その様子をVTRにまとめさせて頂きました。
かつては住宅や店が立ち並ぶ町の中心街でした。
この地域にあった防潮堤は…高潮や津波を阻むには十分だと考えられてきました。
しかし東日本大震では14mの津波が襲い1,200人を超える人が亡くなりました。
防潮堤は津波を防ぐどころか多くが破壊されてしまったのです。
そこで今建設が予定されている新たな防潮堤は幅や高さなどかつての規模を大きく上回ります。
計画ではまず住宅地にする場所に土を盛り2mかさ上げします。
高くなった土地に家や商店役場などを建設し町の機能を集めます。
そして防潮堤の高さは5階建てのビルに相当する…巨大な津波が来ても住宅地が浸水する事なく安心して暮らせる事を第一に考えた計画です。
高さに加え特徴的なのが幅の広さです。
津波で破壊されないように土台の幅は実に80m。
これまでの4倍です。
実際町の景色はどう変わるのか。
堤防沿いに海を臨む散歩コースは…海は見えなくなります。
漁港や水産加工場が並ぶこの地域。
ここで働く人は集落と海の間を行き来する事が難しくなります。
神社に続く道から見えたこの景色は…。
町の姿を大きく変える防潮堤。
この地域では…新しい水門と合わせ総事業費は350億円ほどになります。
この計画で阿部さんにはずっと気にかかっている事があります。
防潮堤が完成したあと維持や補修のための費用負担です。
建設費は国が賄うもののその後の費用はずっと県や町が負担し続ける事になるからです。
更に主要産業である漁業への影響を心配する声も上がっています。
大町は「新巻鮭発祥の地」と言われ鮭が遡上する毎年秋になると大量に水揚げされます。
しかし防潮堤の大規模工事が行われれば潮の流れや水質が変わり鮭が戻って来なくなるのではないか。
漁業者を中心に懸念が広がっています。
一方高い防潮堤に守られ安心して暮らす事が第一だという住民もいます。
この地区は津波で防潮堤が決壊し住民の1割に当たる218人が亡くなりました。
この地域で住民たちの世話役を務める…この地区には機敏に逃げられない高齢者が多く高い防潮堤は欠かせないと計画の実施を強く望んでいます。
現在進んでいる防潮堤計画について見てもらいました。
ではそもそもこういった14.5mという高さの防潮堤がどういった経緯に基づいて…なのかと。
どういう考え方に基づいて決められたのか。
これを今回専門家の方をお呼びして分かりやすくご説明して頂きたいと思っております。
鷲見哲也先生です。
拍手でお迎え下さい。
(拍手)14.5mの堤防はこの堤防だけだと一応数字の上では百年に一回ぐらいだろうと言われている明治三陸津波を守りきれますという事になっていて…。
今回の防潮堤は…大町で想定される津波の高さは最大9.4m。
しかし同じ湾内の釜石では最大13.3m。
同じ湾内で防潮堤の高さが違うと津波が低い方へ流れ込む可能性があります。
そこで大町は釜石の津波の高さに合わせ余裕をみた14.5mに決めたのです。
更に住宅地を2mかさ上げすれば東日本大震災クラスの津波からも町を守れる計画です。
(鷲見)安全度は非常に高い。
一方でお金もかかるかもしれませんよというこういう計画です。
(拍手)ここで阿部さんたちは議論のきっかけにしたいと別の案を紹介します。
現実的な事をいろいろ考えたうえで例えばこういう事も考えられるんじゃないかという事をいろんな先生の指導を頂きながら考えてみました。
提示したのは防潮堤だけに頼らずあらゆる手段を尽くして命を守ろうという案です。
防潮堤の高さは8m。
そして住宅地を2mかさ上げし更に防潮林も造れば数十年から百数十年に一度の津波を防げるといいます。
想定では建設費も大幅に減ります。
その浮いた予算を使って住民が高台に避難するための避難路などの設備を強化するという提案です。
でもその時に僕が思ったのは果たして高さが高い低いの問題なんだろうかってその当時から疑問はありました。
何でかって言ったらまあ僕の友達とかね…亡くなりました。
すみません…。
逃げなかったんですよ要は。
僕の友達から親類から逃げませんでした。
ただ高い低いで守られるそれだと安全だという過信が今回の惨事を生んだと思ってます。
だからそうじゃない考え方を徹底的にやらなければ駄目だと思ったんですね。
逃げるのがまず絶対優先で逃げるための避難路の…避難路に関しても今の計画の部分とかでもプラスされていい避難とかいっぱいあると思うんですよ。
そういう部分に予算を使ってほしいとかそういう形でみんなで話し合う場をきちんと作った方がいいんじゃないかっていうところがあって。
こういう考え方もあるんだなという事で感心しました。
ただ今は健在でありますけど例えばそこに家を構えた方々が体調が悪くなるかもしれないとそして介護が必要になるかもしれないと実際3年前の津波においても家で介護をされてる方々を助けようとしてその家族もという話もあるわけですのでやはりそこら辺も考えていった方がいいのではないかなあと思っておりました。
将来年を取って動けなくなったらどうしたらいいのか。
やはり高い防潮堤は必要ではないかという意見です。
今から大きな津波の被害を過去に受けてそこから再建してきたとある町の例をVTR作りましたので見ていきたいなと思うんですがその町がたどった長い復興への道のりを見ていきますと私たちが今何を考えながらまちづくりを進めていくべきかそのヒントが見えてくるんじゃないかと思いまして…。
北海道函館の南西50kmに位置する奥尻島です。
20年前この島を襲った…津波が寝静まった住宅地を襲い死者行方不明者は合わせて198人に上りました。
同じ悲劇を繰り返してはならないと最優先に整備されたのが防災設備でした。
住宅や商店が密集する島の東側には全長14kmにわたり最大で11mの防潮堤がおよそ211億円かけて造られました。
漁港の隣には緊急避難用の人工の高台。
島には漁業者が多く港からすぐに逃げ込めるようにとおよそ26億円かけました。
また地区ごとに山に逃げられる避難路も整備。
こうして島の防災設備に投じられた金額はおよそ…復興事業費全体の4割近くに上りました。
そして地震から5年後。
ほぼ全ての事業が完了し町は復興を宣言したのです。
素早い対応に奥尻島は理想的な再建を果たしたはずでした。
しかしその後島に思わぬ変化が訪れます。
住民の数が減り始めたのです。
復興を後押しする住民グループの代表だった…現在は島の商工会の会長を務めています。
人口が減った背景の一つに主要産業だった漁業の衰退があります。
防潮堤建設によって島周辺の環境が大きく変化。
ウニなどの漁獲量が半減したのです。
漁業を諦め島を出る人が後を絶たず漁業者の数も半分に減りました。
島の景観が変わった事もあり観光客の足も遠のきました。
島は漁業支援や観光の誘致など町を活性化する事業に力を入れたいと考えました。
しかし町の年間予算50億円のうち防災設備などで借り入れた借金の返済が7億円にも上り新たな事業に充てる資金はほとんどなくなってしまいました。
今日は実は2人目の復興サポーターをお呼びしております。
北海道大学の助教授になりまして災害社会学ご専門の定池祐季さんです。
(拍手)皆さんこんにちは。
実は定池さん奥尻島の出身です。
津波の被害を目の当たりにした経験から防災の専門家になりました。
全国を回り防災教育に力を入れる一方奥尻島の復興プロセスや現状について全国に伝える活動を行っています。
定池さんは例の地震津波が起こった際にはまさに奥尻島にお住まいで当時中学生だったというふうに聞いております。
災害のあとに町の空気というか風景が一変してしまってたくさん工事の人もいたりお店もにぎわっていて「ああこれで奧尻は元気を取り戻すんだ」って思ってたんですが少しずつ通っていくと「あれ何か違うんじゃないかな」という疑問が出てきたんです。
先ほどの5年たって閉めたお店ってありましたけれども5年後って大体復興特需が終わった頃なんですね。
そうすると工事関係者の人とかが一斉にいなくなって飲食店もやっぱり商売やってる方々の商店もお客さんが減ってしまう。
そういう中でどう商売していくかという現実の問題に直面していったんですね。
なので当時の「頑張れば何とかなる」という雰囲気だけでは済まない部分があったんだなというのを後から気付かされた。
そういう災害だったなというふうに今思っています。
そのご経験からどんな事に目配せをしておく必要があるんじゃないかなというふうに思われますか?今回防潮堤の話というのがメインなんですけれども…今奧尻のあとに阪神・淡路があり新潟中越がありそして東日本大震災があって多くの災害の経験を持ってる方々が知恵を持ち寄って入ってこられてますし皆さんがいろんな知識をつけて物事を考えられてるので是非そういう意味で皆さんの力を見せられる見せ場なんだろうなというふうに思います。
つまり何を大切にして復興していくのかという事だとお話を聞いて思いましてまさにそれはそこで暮らす人々の選択チョイスだと思いました。
奥尻島のように防潮堤などの防災設備に頼るという選択肢も当然ありますけれどもそうではない方法で町ぐるみで防災に取り組んでいる地域もあります。
高知県黒潮町。
太平洋に面するこの町におととし衝撃的なニュースが飛び込んできました。
内閣府が南海トラフ地震による津波のシミュレーションを発表。
黒潮町は全国で最も高い津波に襲われる危険性があるというのです。
その高さ…住宅の8割が水没してしまうという恐ろしいものでした。
町は34mもの津波を阻む防潮堤の建設は不可能だと判断しました。
そこで町は確実に避難できる方法を模索し始めたのです。
こうした中で最も課題となってきたのはこの万行地区です。
650人が暮らしていますが高台までは遠く歩いて20分もかかります。
想定では地震発生から23分後には津波の第一波が到達。
地区の至る所で水位が急上昇します。
地震発生から30分でほぼ全域が水没してしまうのです。
どうしたら全員が助かるのか。
去年から町が防災の専門家と協力して始めたのが住民全員の「避難カルテ」の作成です。
カルテには世帯ごとに避難場所やその方法高齢者の場合は誰がどう手助けするかなどあらゆる情報が書き込まれます。
自分たちの命は自分たちで守る。
その意識を住民全員に徹底して広げようとしています。
住民たちは実際に避難経路を確認する訓練を頻繁に行っています。
万行地区に暮らす…2人の子供がいるため避難に時間がかかると考えています。
避難場所に考えている山までは850m。
地震発生から津波が来るまでの23分間で到着できるのか不安を抱えていました。
住民それぞれが考えた方法で避難先に向かいます。
林さんは子供たちと一緒に山を目指します。
いち早く避難した住民が緊急避難用に建てられたタワーへの進路変更を呼びかけます。
林さんは避難先をタワーに変更する事にしました。
訓練を通して新たな課題も見えてきました。
一つのタワーに多くの住民が押し寄せたのです。
避難に時間がかかり高齢者などが津波に追いつかれてしまう可能性が出てきました。
そこで黒潮町ではお年寄りのために災害時にも使えるゴンドラの導入を検討しています。
更に山への避難が難しいと分かった地域には新たな避難タワーの建設も決めました。
避難の方法と防災設備。
町はその両面の見直しを繰り返す事で確実に命を守る方法を確立したいとしています。
実はですねここ大町でも新しい防災の方法を考えていこうという取り組みが始まっています。
その中心となって進めていますのが環境デザイナーの岩崎敬さんです。
自然と調和したまちづくりを専門とする岩崎敬さん。
被災地では地域の特性を生かしながら津波で犠牲者を出さないための具体的な方法を提案してきました。
岩崎さん具体的にどんな案を考えていらっしゃるんでしょうか。
岩崎さんのアイデアは防潮堤の高さにかかわらず高齢者でも安心して暮らせるという山の斜面を利用したまちづくり。
斜面に沿って高齢者が暮らすための集合住宅や介護施設を造ればいざという時機敏に動けなくても屋上の避難路を使って簡単に逃げる事ができます。
もっと危ない状況になったらより高い所へ行けるチャンスが残ってる。
チャンス残さなきゃいけないんです。
三陸の岩盤っていうのは安全の財産になるというふうに考えられるんですね。
それをうまくつなぐ事でいくと先ほどの避難ルートは造れるし海は見えるし。
あと防潮堤が何mになるかっていうのはこれからまた考えて頂く事かもしれませんけどまずはそこに戻って安心な生活をしながらまちづくりを開始していこうよというのがこの提案ですね。
いかに自分たちの事として考えるかという事が大切なんですが自分自身がまた地域でみんなで自立していけばある程度カバーできるところもあるというふうに思うんです。
北海道にえりも町っていう北海道のとんがってる襟裳岬という有名な地域があるんですがそこの地域強風地帯です。
風とか暴風雪とかでよく集落寸断されるんですけれども…すごくそういう意識が高いんです。
ただ災害に備えるだけではなくてすごく地域のつながりが強いんです。
こうやって集まった方々が次はまちづくりどうやっていこうか大もっといい町にするのにどうしたらいいんだろうって考えていく力になるとそれは…命を守るためのさまざまなアイデアを聞いた参加者たち。
ここからは大町をどんな町にしていくのか具体的な議論を進めます。
最初にやる作業はまずは皆さんが何がこの町で大事だとかいう事をたくさんリストアップしてそこに貼り付けるという作業をやって頂きます。
防潮堤を含めた町の姿を考える時まず鷲見さんが問いかけたのは何を大事にまちづくりをしたいかという事。
住民一人一人が書き出していきます。
まず出されたのは「やはり高い防潮堤を第一に考えたい」という意見です。
一方若い世代からは…。
また「高い防潮堤の建設よりも自然や文化を生かす事を最優先にしたい」という意見も。
「いい町をつくるためには何よりもまず地域のつながりを取り戻したい」という意見も出てきました。
自分の事になるんですけれど…さまざまな観点から出された住民たちの意見。
今度はそれらを反映させるとどんな町の姿になるのかグループごとに具体的に考えていきます。
(鷲見)それでは最後の報告をお願いします。
基本的にはですね高台移転というのを基本にして弱者でも津波の被害にあわないというのを基本として防潮堤を下げた分のその1/3の予算というものを高台移転の方のスピードアップを図るというような考え方が基本になってます。
そういう意味で避難ビルなども配置して平行した防災体制を作るべきじゃないかというのが基本的な考え方です。
ひと言にまとめたら「過信しないまちづくり」という事になったんですけど「過信しない」というのは例えば14.5mの防潮堤が出来た時に今いる人たちは地震があったら逃げると思うんですけど後世の人たちは多分逃げないと思うのでちゃんと伝えていかないと。
危機感持って生活できるというかそれを後世にちゃんと伝えていけるようなまちづくりをこれからしていくべきという結論になりました。
ありがとうございます。
(拍手)私の方で大きく印象的に思ったのはコミュニティの問題がすごく大きいという事を今出された事だと思います。
コミュニケーションがすごく欠けてると。
あるいはこの先コミュニケーションを維持しないとソフト対応だってできないよという事を多分分かって頂けたと思うんですね。
住民たちが意見を交わす事で少しずつ見え始めた未来の町の姿。
「防災教育に力を入れれば防潮堤は低くてもいい」という意見から「それでも防潮堤は14.5mないと心配」という声まで。
この日のつながりを生かし今後も話し合いを続ける事で住民の声を実際のまちづくりに反映していきたい。
会場はその思いでまとまりました。
(拍手)今日は長時間ありがとうございました。
我々は今改めて思うのは今回防潮堤をキーワードにまちづくりの事を考えましたけどもこれはこれだけの問題じゃなくて今皆さんから出たようなさまざまな課題というのは今後5年10年で終わるわけではなくずっと続いていくものだと思うんですね。
是非この事がほんとに町内全部に広がって皆さんがあの時語った事がこうなってるというようなほんとに納得いくような結果が生まれる事を僕は望んでます。
今日はありがとうございました。
(拍手)話し合いから5日後。
阿部さんたちまちづくり委員会のメンバーが再び集まりました。
復興計画に対して町や県が募集している意見書をまとめるためです。
この前の話し合いで出た意見はもちろん疑問心配の声も行政に届けようとしています。
またすぐにでも動きだしたい事も出てきました。
これからもずっと大町で暮らしていくために。
防潮堤の議論だけで終わらない町の将来を見据えた話し合いはこれからも続きます。
子や孫の世代まで長く暮らしていくのにはどんな町がいいか。
大町の皆さんが考え始めたのは将来に向けての町づくりです。
一人でも多くの住民の声を反映させるべくこれからも話し合いを続けていくという事でした。
さて将来の町といいますと今被災地では震災の教訓を将来未来に伝えていく建物震災遺構の保存をどうするかを巡って議論になっています。
そういう中で宮城県女川町の中学生たちが震災の教訓を千年後にも伝えたいと悲しみを乗り越えつつ活動を進めています。
女川中学校の生徒たちは震災の教訓を未来に伝える活動を続けてきました。
生徒たちは自らの手で募金を集め町内21か所に津波の到達点を示す石碑の建設を企画。
更に津波の怖さを将来の世代に伝えるため倒れた3つのビルを保存したいと訴えてきました。
しかし遺構を巡る議論は初めから保存ありきでスタートしたわけではありません。
生徒たちの中には身近な肉親を亡くした子供もいたのです。
生徒たちはさまざまな声に耳を傾けようと町民に向けたアンケートも実施しました。
結果は半数以上の人が遺構の解体を望んでいました。
保存か解体か。
難しい議論が続く中事態は大きく動きました。
女川町が倒れた3つのビルのうち2つを解体1つを保存すると表明したのです。
全てのビルの保存を希望していた生徒たちにとって残念な知らせでしたが生徒たちは前向きに受け止めています。
「千年後の命を救いたい」。
自らの悲しみを乗り越えての生徒たちのまっすぐな気持ちに胸が熱くなる思いがいたしました。
周りもこういう声に耳を傾けてどうしていくか支えていくかが求められていると思いますが皆さんはどう受け止められたでしょうか。
では被災された方々の声に耳を傾けて頂きます。
広田湾でカキ養殖をやっています。
震災後水揚げは半分ぐらいしか戻っていません。
それでも頑張っていられるのは私のカキを待っている人がいるからです。
このプレハブもそんな応援してくれる皆さんから頂きました。
気仙川でサケのふ化事業をしています。
津波で施設が流されてしまいましたが少しずつ新しいふ化場が出来戻りつつあります。
震災前から子育て支援施設を開いていましたが震災後ひとつきで中学校を間借りして再開。
2012年6月から仮設商店に開く事ができました。
子供は地域の宝物です。
2014/02/16(日) 10:05〜10:55
NHK総合1・神戸
明日へ−支えあおう− 復興サポート「防潮堤からつくる町の未来〜岩手県大槌町〜」[字]
新たに建設する防潮堤の高さをめぐり、被災地の住民から疑問の声が上がっている。岩手県大槌町を舞台に、防潮堤と防災のあり方、未来のまちの姿を住民たちと共に考える。
詳細情報
番組内容
岩手県大槌町で、震災前6.4メートルだった防潮堤を14.5メートルで再建する計画がある。だが、基幹産業である漁業への影響や、維持費などの負担が増えることについて懸念が広がり、新たに建設する防潮堤について、被災地の一部の住民から疑問の声が上がっている。番組では、防潮堤の高さによって同町はどう変わるのか、専門家に提示してもらいながら、防潮堤と防災のあり方、未来のまちの姿を住民たちとともに考える。
出演者
【キャスター】三宅民夫,【司会】加生健太朗,【出演】大槌町住民…阿部敬一,大同大学工学部准教授…鷲見哲也,北海道大学理学研究院助教…定池祐季,環境デザイナー…岩崎敬
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
ドキュメンタリー/教養 – ドキュメンタリー全般
情報/ワイドショー – その他
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