シューイチ・ソチ五輪SP 2014.02.16

おめでとう、葛西紀明。
今からおよそ3時間前、ソチオリンピックのスキージャンプ男子ラージヒルで、葛西紀明選手が銀メダルを獲得しました。
お母さんを亡くしました。
度重なる、所属先の廃部もありました。
すべてを乗り越えてきた悲運のエースが、もう悲運ではありません。
本物のレジェンド、オリンピックメダリストになりました。
葛西が銀メダルです。
今ご覧いただいているのは、試合後に行われたフラワーセレモニーの映像です。
41歳にして、初めて個人でのメダル獲得となった葛西選手の、これまでの人生を振り返ります。
冬季史上最多、7度目のオリンピックに挑む、葛西紀明選手41歳。
僕もここまで諦めずに出るっていうことはもう、金メダルを狙っていくしかないんで。
21歳で迎えた自身2度目となるリレハンメルオリンピックでは。
ちょっと上方向、それでも伸ばしてくる。
高さがある、高さがある、高さがある。
きました、きました。
いきました。
K点を大きく越えていきました。
見事、団体で銀メダルを獲得。
しかし、その4年後の長野オリンピックでは。
原田選手、船木選手などの活躍によって、日本は団体で金メダルを獲得するも、その輪の中に、団体メンバーからもれた葛西選手の姿はありませんでした。
以降、3大会連続でオリンピックに出場するも、表彰台は遠ざかっていきました。
それでも葛西選手は、ひたむきに挑み続けました。
先月行われたワールドカップでは、男子史上最年長での優勝を果たすと。
さらに、その1週間後に行われたHTB杯でも、130メートル超えの大ジャンプを2本決め、見事優勝。
そして13日に行われた直前の公式練習では、全体で2位の飛距離をマークするなど、好調を維持。
メダルへの意欲も示しました。
いいところで、僕も勝負できてると思うので、あとは本当に集中して、必ずメダルをとるっていう気持ちで、集中してやっていきたいと思います。
さあ、いよいよこのあと向かって左側の大きなジャンプ台で、男子個人ラージヒルの競技が行われます。
注目の葛西選手、1回目。
さあ、いよいよその葛西のメダルへ向けて。
さあ、どうか。
切り裂くようなスピード。
これは大きい!きました。
ビッグジャンプ。
最長不倒タイとなる139メートルの大ジャンプ。
1回目を終え、2位につけます。
ジャンプはまあ、よかったと思いますけれども、最後のテレマークがちょっと決まらなかったので、ちょっと残念でした、そこが。
きょうも風がまちまちなので、どうなるか分からないですけど、次のジャンプでいい風をもらって、また大ジャンプしたいと思っています。
頑張ってください。
はい。
そして金メダルを懸けた運命の2回目。
7度目の挑戦。
悲運のエースから、メダリストへ、金メダルへのテイクオフ。
さあ、どうか。
高い、高い。
いけいけいけ。
いきました!
葛西選手らしく、着地もしっかりと決めます。
トップに立ちますね。
あー、選手たちが駆け寄ってきます。
133メートル50。
やりましたね。
トップに出た。
葛西メダル確定。
残りは1人。
銀メダル以上が確定。
さあ、金か銀か。
最後のジャンパーにかかります。
最後の選手は個人ノーマルヒル金メダルを獲得しているストッフ選手。
葛西の金か銀が決まります。
ストッフのジャンプはどうか。
伸ばしてくる。
葛西と、いい勝負だ。
そして結果は。
悲運のエースが、オリンピックメダリストに変わった瞬間。
ついに手にした、オリンピックの個人のメダル。
16歳の世界デビューから戦い続けました。
7度目のオリンピック。
夢にまで見たオリンピックの舞台でのこの日の丸。
試合後行われたフラワーセレモニー。
おめでとう、葛西紀明。
7回目のオリンピックで、初めて、個人でのメダルを獲得した日本のエース、葛西選手。
日本のジャンプ陣、長野大会以来、16年ぶりのメダル獲得となりました。
葛西紀明選手が来てくれました。
やったー!
本当におめでとうございます。
おめでとうございます。
ありがとうございます。
よかったですね。
いやあ、ノーマルヒルではメダルとれなかったんですけど、本当にメダルをとるという難しさをすごく感じてて、きょうも、本当にレベルの高い試合だったので、メダルを狙ってましたけれども、簡単にとれると思ってなくて、すごいいろんなことが頭でぐるぐる回ってて、もう失敗したらどうしようとか、メダルとれたらどうしようとか、そういうことがたくさん、頭によぎってて。
でも、2本ともいいジャンプができたと思います。
2本目終わって、ストッフ選手が飛んだあと、得点が出るまで、ちょっと時間がありましたよね。
そうですね。
でも仲間たち、大貴、択、礼留飛が、すぐ駆け寄ってきてくれたので、もう絶対トップに立ったっていうのが分かったので、もうその時点で、もうメダル確定ということで、非常にうれしく思いました。
まだメダルはてにしてません。
フラワーセレモニーだったんですけれども、オリンピックの表彰台、1人で立った気分っていうのは、どうですか?
いや、初めてですね。
個人戦でメダルをとったことなかったので、あした、メダルセレモニーで、どんな状況になるかもちょっと分からないですけれども、ほんとうにたのしみにしています。
しかし、92年のアルベールビルから飛び方も変わればルールも変わったり、スキーの長さもスーツも変わって、葛西さんにもいろんなことがありました。
なんでそんなに強いんだろう、長く強くいられるんだろうと、みんなが不思議に思っています。
僕も不思議に思ってますね。
でも本当に負けたくないっていう気持ちが一番強い、強かったですし。
そしてたくさんの方に支えてもらえて、お父さん、お母さん。
そして姉、妹、そして会社の方たち、ファンの方たち、ずっと今までたくさん応援してくれてるので、その応援に応えたいなっていうのが、自分の一番の気持ちでした。
本当に、この場にいて感じますけれども、不思議をみんな通り越して、レジェンド、尊敬してますよ。
まあ、金メダルをとって、本当にレジェンドと呼ばれたいなと思ってたんですけど、まだまだ、目標がまた出来たので、その金メダルという目標に向かって、また頑張りたいと思っています。
まだ続きはありということですね?
そうですね。
まだ諦めずに、金メダルを目指して頑張りたいと思ってます。
とりあえず、銀メダルはおめでとうございます。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
おはようございます。
お父さんは日曜日も頑張ります。
中山秀征です。
ソチから帰ってまいりました片瀬那奈です。
ご苦労様でした。
お帰りなさい。
そしてきょうは喜びのニュースがけさ、入ってまいりました。
葛西選手、みごとな銀メダル。
喜びの声が伝わってきましたね。
このあとも、喜びの会見を、生中継でご覧いただくということなんですよね。
個人では初のメダル獲得となった葛西選手のことですよね。
いやあ、見事でしたけれどもね、しかし、手嶋さん、やはり41歳、この年齢というのは関係なかったようですね。
さて、お伝えしていますとおり、日本時間の午前4時40分ごろ、ジャンプ男子ラージヒルで、41歳の葛西紀明選手が銀メダルに輝きました。
そして、そのほかの日本人選手の順位は、ご覧のようになっています。
伊東選手、清水選手、竹内選手、ご覧の順位となっています。
そして、改めて、7大会連続出場の葛西選手のこれまでのオリンピックの成績を見てみましょう。
一応、葛西選手はこちら、右側、団体ではメダル獲得があったんですが、こちら、真ん中のところ、個人ではこれまでメダル獲得がありませんでした。
最高成績というのは、1994年、リレハンメル大会の5位、これが最高順位でした。
ただ今回、41歳にして、銀メダル、41歳にして、最高成績を残したという葛西選手です。
すごいですよ。
衰え知らず、まさにレジェンド。
今回が一番いいというね。
改めまして、手嶋さん、大変な快挙だと思うんですけどもね。
まさしくそうなんですけれども、この間、葛西選手が不調だったっていうよりも実はですね、日本に、かつてジャンプ王国といわれた日本に不利なルール改定というのが明らかにありましたよね。
そういうものを一つ一つ乗り越えてきて、ついに普通なら諦めていいところを、41歳でこのメダルを、本当にすばらしいことだと思います。
その対応能力、その順応性っていうのも人並みではないということですね?渋谷さん。
そうですよね。
葛西選手がジャンプを始めたころは、両方のスキー板を平行にして飛ぶ、今ではクラシカルスタイルっていわれてるんですけれども、そこからV字が主流になっていったわけですよね。
そこに適応して、今、手嶋さんが言われたように日本人に不利なルールに改定されて、そういう中で41歳の今、一番進化してるって、だから本当に生きるレジェンドなんだなと思いますね。
そうですね。
やはり北澤さんね、アウエーといわれている中でも、こういった成績を残せるという。
そうですね、しっかり自分というものを持っているでしょうし、うまくいかないこともたくさんあったと思うんですけど、それなりにやっぱり自分が変えられる適応能力の高さっていうのは感じますよね。
今回もオリンピックでうまくいかなかった選手、いると思いますけど、こういうのを見たほうがいいですね。
やり続ける。
うまくいかなかったとしても、必ずこういうことがあるというふうにやっぱり思える存在ですよね。
そうですよね。
今回、銀メダルということですけれども、金まであと1.3という、このね、1.3の、この差が僕らには分からないですね。
分からないですね。
さっきのショートインタビューでも今度は金をとって、本当のレジェンドになりたい。
まだ狙ってますよ。
そのときは44歳ということに、45歳か、なるわけですね。
葛西選手だと、実現しちゃうんじゃないかなという気がしちゃいますよね。
中丸君、すごいね。
いや、本当すごいですね。
僕もリアルタイムで見れなかったんですけど、朝、車の中で見て、えっ!って言いましたね。
えっ?って。
思わずえっ?
思わずえっと言ってしまうという。
本当に経験値の差が出たんじゃないかと思いますね。
空気に飲まれてないんだろうなと思って、本当に感動しましたね。
でもよく勝負師の方たち、皆さん、思うんですけれども、体力だけはもしかしたらあるかもしれない。
ところが闘争心というものを失ったときに勝負ができなくなるんだという話をよく聞くんですけれども、まさに肉体も精神も万全の状態で臨んだというね。
いろんな要素はやっぱり整ってないと、勝負というものには、勝てませんからね。
確かにメンタルの部分は、…な部分っていうのはやっぱりそれを、続けていける力というのは、やっぱり大きいですね。
これまで数々の大会、大舞台を経験してきていながらも長野オリンピックのときには、団体のメンバーではなかったんですよね。
あのときけがでね。
できなかったっていうね、そういう思いがいろいろあるんじゃないかと思いますね。
どちらかというと悔しいことのほうが多いと思いますけどね。
98年の長野オリンピックでは、1人、漏れてしまったんですよね。
そうなんですよ。
そういった中での個人でのこの成績、お見事というしかもうね、ないと思いますけれども。
さあ、そして現地には荒川静香さんと佐藤アナウンサーがいます。
そちらの様子、いかがでしょうか。
東京の皆さん、おはようございます。
おはようございます。
ソチは今、午前2時45分なんですが、荒川さん、どうですか?
全く眠気が来ないというぐらい、葛西選手の活躍で、興奮が続いております。
いやぁ、もうわれわれも大興奮でしたよね。
いや、本当に飛んだ瞬間、ガッツポーズしてしまいましたからね、私、ここで。
本当そうですよね。
私、つい1時間ほど前に、ジャンプ会場から戻ってきたんですが、VTRの中で、葛西選手のコメントにもありましたが、きょうはとにかく風が強かったんですよね。
試合前、競技前に、練習ジャンプが行われるんですが、それも途中で打ち切り、さらには1本目の競技開始も15分遅れるという、難しいコンディションの中だったんですが、さすがはそのあたりはベテランですね、荒川さん。
そうですね、やはり変わりゆく状況にきちっと冷静に対応して、そしてまた、自分のコンディションによって、練習をしたり、しなかったりというそういう調整もすべて、自分を知り尽くしてできる選手っていうのは、やはりベテランならではなんじゃないかなと思うんです。
そうですよね。
いやぁ、ノーマルヒルが終わったあとにインタビューしたときは、いや、これもうメダルとる手応えがあるんですというふうにおっしゃっていたんですよ。
あとはタイミングだけというふうに、葛西選手、言っていたので、いや、まさにそのとおりになったなという感じしますが、荒川さん、改めて41歳のメダリスト、いかがですか?
41歳という年齢まで、競技を続けるということの難しさを私、そこまで分からないというのが正直なところなんですけれども、やはり競技を続けるだけではなくて、世界でメダルをとるほどの実力を維持し続けるというのは、なかなかできないことだと思うんです。
それでやはり、オリンピックを何度も経験してきて、やはり悔しい思いをこれまで数々してきて、その悔しい思いはオリンピックでしか晴らせないっていう思いがあるからこそ、オリンピックにまた何度も挑みつづけられるのかなというふうに葛西選手のインタビューを伺ってても、そう思いました。
そうですよね。
レジェンドという話もありましたが、優勝したストッフ選手の母国のポーランドの国の方々がね、近くで見てたんですよ。
終わったあとにもうみんな抱き合って、もうすごいな、ノリアキ・カサイはと。
いや、彼はレジェンドだ、彼はレジェンドだって、言われるわけですよ、われわれも。
もうね、やっぱり日本人としてもうれしくなりましたよね。
私、葛西選手を見ていると、もちろん、日本の代表なんですけれども、世界のスキージャンパーの代表のようなまなざしで、世界中が見てるんじゃないかなというふうにも感じます。
そうですね。
いや、本当すごい。
ただ荒川さん、葛西選手、まだ自分はレジェンドじゃないとおっしゃっていましたよね。
団体ですかね?やっぱり。
いや、でももう団体のような雰囲気で葛西選手を祝福するチームメートを見て、これは団体戦も、このチームワークで、いい風に乗っていけるんじゃないかなっていう、なんか予感がありますけれども。
1つ、いいニュースとして、日本チームは、トップ10に各国の中で唯一、3人選手が入ってるんですね。
4選手全員がトップ15に入ってますから、これは日本時間の17日月曜日に行われる団体戦、期待が持てそうですよ、中山さん。
そうですね。
ちょっと、ノーマルヒルのときに、若干腰の痛みを感じているなんていう話もありましたけど、そういった様子はもう感じないですね?
いやぁ、全く感じなかったですね、見てるかぎりは。
だって1本目、だって139メーターですよ。
135メートルを超えたのは、1本目、3人しかいなかったんで、このメダルは手に収めたかなという中での2本目だったんですが。
それでもドキドキしました。
本当そうですね。
改めて底力、そのすごさを感じました。
ありがとうございます。
後ほどまたよろしくお願いします。
さあ、ということで、ソチオリン
ここからは男子フィギュア総力特集です。
深夜の日本列島が興奮に包まれた19歳、羽生結弦選手の金メダル。
日本男子フィギュア界初の快挙です。
つい先ほど、メダルセレモニーが行われました。
最新の会見とともにご覧ください。
メダルセレモニーが行われるメダルプラザです。
このあといよいよ、羽生選手が金メダルを手にします。
フィギュア男子のメダルセレモニー。
笑顔で羽生結弦が入ってきました。
メダルプラザでは、これからフィギュアスケート男子シングルの表彰式が始まります。
日本男子フィギュア史上初、そしてソチオリンピック、日本最初の金メダルを獲得しました。
男子シングルは、計り知れないほどのプレッシャー。
そしてすべてを懸けて挑む選手たちの気迫にあふれた2日間でした。
羽生らしく一礼をして。
笑顔が輝きます。
羽生結弦。
みずからの夢、そして日本男子フィギュアの夢をかなえる金メダルです。
そして。
一日本国民として、まずこうやって、1つ金メダルを、自分が持って帰れたっていうのが、とても誇らしいですし、日本の国民の皆さんにやったよ!って伝えたいなって思ってます。
本当にうれしそうでした。
日本男子初の金メダルを獲得した羽生選手。
さらに、町田選手、高橋大輔選手も、入賞を果たしました。
ということで、ソチの荒川静香さん、そして佐藤アナウンサー、この成績、見事でした。
本当にそうですね。
女子初の金メダリストの荒川さんからご覧になって、男子初の金メダリスト、羽生選手、いかがですか?
バンクーバーオリンピックのときに、男子では初めて、メダルを高橋大輔選手が手にして、それを見て、たぶん、羽生選手という世代は、もうオリンピックで自分たちも頑張ったらメダルがとれるんだというふうに感じて、今度は金メダルに、頑張ったら手が届くんだというふうに、羽生選手の世代の下の選手たちは思えた希望になったのではないかなと思うんです。
本当にみんなに勇気と希望を与える金メダルになってくれましたが、ちょっと当日を振り返ると、荒川さん、実は当日の朝の練習のとき、私ちょっとお話したんですけど、リラックスしてますっていうふうに羽生選手、話してたんですよね。
競技直前の6分間練習、何かちょっとおかしく見えました。
その部分の流れって、どうご覧になりました?
恐らくショートプログラムの前までは、それほどオリンピックということを強く意識せずに臨めて、本当にふだんの試合と変わらないなというほどの、羽生選手のメンタル状況だったように、私も見えていたんです。
朝の練習までもやはりそうだったと思うんですけれども、やはり最終グループ、フリーでメダルが決まるグループになった瞬間に、金メダルということをフッと心がキャッチしてしまって、気持ちでは、それをあまり意識してはいけないと、今、目の前にあることに集中しなければいけないと思いつつも、金メダルが恐らくオリンピックの魔物ってよくいいますけれども、金メダル自体が魔物なんじゃないか、そこに魔力を感じて、引き込まれるんじゃないかっていうふうに、私は思うんですよね。
それによって、体が少し、思いと違った動きをしてしまう。
ちなみに金メダルをとられた荒川さんは、その魔物を、どう処理したんですか?トリノのときは。
やはり私はショートプログラムで3位スタートでしたので、あまり強く金メダルだけをピンポイントで見ないように、見ないように、本当にして、メダルよりも、自分のやはり結果は自分の出来だということを、もう何度も何度も思い直さないと、すぐにメダルがちらついてしまう。
それはやっぱりオリンピックの、4年に1度しか目指せない難しさなのかなと思いました。
それにも見事に打ち勝った羽生選手ということですよね。
そうですね。
そしてやっぱり、クローズアップされるのは、チャン選手とのライバル関係なんですが、羽生選手のコーチのブライアン・オーサーコーチが、いいスケーターがいいスケーターを育てると話していました。
そのあたり、いかがですか?
本当にそのとおりだと思うんですね。
パトリック・チャン選手という、世界を3回極めている選手の背中があって、それにはどう対抗すればいいのか、どう超えればいいのかということを、日々、考えた結果、それを超える力を、羽生選手に与えたのかなというふうに思うので、やはりいい選手を見て、育つっていうのは、すごく分かる気がします。
ただ、すごいのは荒川さん、まだやっぱり悔しいって、金メダルを羽生選手、インタビューでは言ったじゃないですか。
ですから、より4年後、楽しみになりますよね。
そうですね、やはりスケーターとしてはパーフェクトな出来をいつも目指していて、その上でとれた結果というのが一番だという中で、恐らく羽生選手、ミスが出てしまったことによって、悔しさは、直後にすごくあったと思うんです。
ただ、メダルを手にしたことによって、またこのオリンピックの舞台で晴らしたいと。
荒川さんごめんなさい、お話の途中ですが、今、葛西選手のこれ、共同インタビューが始まります。
今まさにライブの映像です。
ご覧ください。
銀メダル、おめでとうございます。
ありがとうございます。
改めて今、どんなお気持ちですか?
いやぁ、まだメダルは手にしてないんですけど、これがメダルもらえるとなると、もううれしくて、なんかわくわくしてますね。
きょうのジャンプ、2本、それぞれ振り返ってみていかがでしたか?
緊張感の中、たぶん、パーフェクトなジャンプができたと思います。
緊張感という今、お話ありましたけれども、今回は、日本選手団の主将という立場でもありましたけれども、この主将というプレッシャーというのは、いかがでした?
そうですね、初めての主将というた大役、そしていろんな競技を見てきて、みんな、メダルとってる姿を見て、いや、僕も頑張らないと、とれるかなっていう不安もありましたけど、そういう強い気持ちで臨んでましたね。
ご自身の調整のことを考えるならば、ほかの種目に応援しに行くというのは、それはそれで大きなリスクもあるとは思ったんですが、そのあたりというのはどういう気持ちだったんでしょうか?
いや、やはり、なんかみんなのパワーをもらうのと、あげるのと、なんかそういう気持ちで見てましたし、そしていろんな競技を見ることによって、なんかすごく自分がリラックスできてるなっていう、負けるのもそうですし、勝つのもそうですし、いろんなものを見れて、いろんな競技のそういう悔しさやうれしさを見れて、すごい勉強になったというか、勉強するつもりで、なんか行った感じですね。
今回、7度目のオリンピックということでしたけれど、今までの過去6度のオリンピックとの違った部分というのはありましたかね?
うーん、もちろん、そうですね、すごいいい調子で臨めたっていうのと、ワールドカップでも上位に入って、そして、ランキングが3位ということで、予選免除っていうのも、非常にラッキーだったというか、そして余裕のある試合運びができる。
そういうことで、非常にこのオリンピックにきっちり合わせれたっていうのが、このメダルの理由だと思います。
オリンピックにはよく魔物がいるということばがありましたけれども、今回、葛西選手は魔物の影というのは感じましたか?
影は、見えなかったですね。
もう自分の気持ちが強いっていうのが分かったので、もう、寄せつけないぐらいの気持ちで臨みました。
ノーマルヒルを終えて、腰にちょっと違和感を感じているようなコメントをされてましたけれども、体の状態というのはどうだったんですか?
完璧ではないですね。
もういまいち、ちょっと腰の痛みも少しあったりで、練習飛んで、腰痛くなって、次の日休んで、そしてまた飛んで、痛くなっての繰り返しだったんですけど、非常に痛みが出ている間も、たくさんのトレーナーの方にケアしてもらって、この試合に間に合わせてもらったので、本当に感謝してます。
試合が終わったあと、サポートスタッフと抱き合っている姿が印象的だったんですけれども、やはり皆さんの支えというのは、力になりましたか?
そうですね。
7回目のオリンピックで、そしてずっと応援して、そして報道してもらえて、そういううれしい気持ちから、もうみんなに会ったとたんに、うれしくて、もう飛びついちゃって、みんなと、何十人かいた中の方たちとハグしたというか、そういう感じになりましたね。
そうですね。
実は今、日本は本当に寒くて、いてつく寒さの中、この喜びというのは大きいと思うんですけれども、今、日本は朝のちょうど8時を回ったところなんですけれども、日本の皆さんに伝えたいメッセージ、ありますかね。
もう、今シーズンは本当にたくさん応援してもらってましたし、そしてオリンピックの地に来て、よけい国民、日本国民の皆さんが応援してくれてるのが伝わってきたので、ぜひいい成績を出して、応援してもらった皆様に恩返しをしたいという気持ちが強かったので、銀メダルですけど、少しは恩返しできたんじゃないかなと思ってますし、本当に応援ありがとうございました。
そして銀メダルなんですけれども、金メダルまではあと1.3ポイント差。
本当に僅かな差だったんですけれども、この差に関しては、どのように捉えてますか?
うーん、そうですね、まあ、理由というか、まあきりがないですけど、テレマーク入れられなかったとか、そういう、腰も万全じゃなかったとか、そういう理由もありますけれども、そういう自分の技術の足りなさっていうのも、少し感じましたけど、まだまだトップの選手と戦っていけるっていう自信にもなったので、負けた理由はそこにあるんじゃないかなと思います。
そして20年前は団体で銀メダル、今度は個人で銀メダル。
この違いというのは、自分の中ではどのように捉えてますかね?
個人っていうのは、本当に自分の力でもぎ取らなきゃならないオリンピックのメダルなので、今シーズンは本当に調子よくシーズンを迎えられて、そしてオリンピックで、皆様の期待どおりにっていう、プレッシャーもありましたけど、それに打ち勝って、自分で個人戦のメダルをもぎ取ったっていう、すごい自分でもいい経験になったというか、すごいメモリーになりますね。
20年前、団体で銀メダルをとったあと、ルールの改正などあって、本当に苦しい時期もあったと思うんですけれども、この20年間を振り返ってみて、どんな思いになりますか?
逆に毎年変わるルールもあったんですけど、すごく楽しくできましたし、それに対応していく自分の能力っていうのも、自分を信じてやってきてて、長野五輪のあと、ソルトレーク、トリノ、バンクーバーと、いまいちな成績でしたけど、まだまだ諦めないで、自分の努力を続けていけば絶対メダルはとれる、夢はかなうって信じてやってました。
その中で生まれたのが、あの独特の飛型スタイルだと思うんですけれども、あれ、名付けるとしたら、どういう飛型スタイルになるんですかね?
アハハ、どういうんですかね。
まだ、金メダルをとって、レジェンドと自分で言えるようになりたいと思っていますし、金メダルをとって、レジェンドスタイルっていう名前でも付けたいなと思っています。
それが次の目標ということになりますかね?
そうですね。
まだ団体戦もあるので、きょうの試合では日本チーム、本当に上位のほうに食い込んでますので、狙える位置にあると思うので、次、金メダル目指して頑張りたいと思ってます。
きょうも葛西選手が2本目を終えたあと、日本のチームメートがすぐ駆け寄ってくれましたよね。
あれはどんな気持ちで待ってました?
もう、自分が飛んで、何位になったかというのは、全然分かんなかったんですけど、すぐに大貴と拓と、礼留飛が来てくれて、涙出そうになりましたけど、やっとメダルとったんだと、そしてそこの中に、やっぱりチーム一丸となったっていう、そういうチームの結束がなんか見えたので、本当にうれしく思ってますね。
トップ10の中に日本人が3人いるっていうのは、日本だけなんですよね。
そうですね。
団体戦に向けても本当に楽しみですよね。
はい。
何が起こるか分からないですけど、みんな、一丸となってベストを尽くして、そして金メダル目指していきたいと思ってます。
きょうは記者席で最後の2本見てたんですけれども、世界中のメディアも、葛西選手のジャンプを応援しているというのが、初めての光景だったんですけれども、そういうのはご自身として感じてますか?世界中が応援してくれていることに関して。
そうですね、飛び終わってから、通路を通っていくときに、いろんな国の方たちが、ノリアキ!って声かけてくれて、そういうので、もうすごい伝わってきてましたね。
プレッシャーという部分ももちろんあるとは思うんですが、どのように改めてそういうプレッシャーと向き合っていったのかっていうのを教えてもらってもいいですかね。
いや、本当にプレッシャーはありましたね。
自分がメダルとれるのか、とれる調子ではあるけど、本当に不安もたくさんありましたし、でも、応援してくれてる方たちの、そういうパワーも感じてて、これはどっちに転ぶかなという、自分のかけみたいなのもありましたけど、でも、あのプレッシャーの中、本当にいいジャンプができたし、全世界の応援してくれてる方たちにも、僕のジャンプを、そして、なんだろうな、元気というか、そういうのも見せれたんじゃないかなと思います。
きょうはスタンドには、北海道の地元、下川町の応援団も大勢駆けつけてましたけど、力になりましたか?
もちろんです。
ノーマルヒルのとき、そして女子の試合のときも、下川町から第1便、そしてすぐ帰って、今回ラージヒルの試合で第2便の応援団が来てて、非常に心強く思ってました。
やっぱり地元の人たちのその応援というのも、本当に励みになったということですね。
そうですね。
また帰ったら、大フィーバーでパレードとかしてくれると思いますけども、本当にやった!っていうことを、下川町民の皆様に伝えたいなと思っています。
そしてまだ戦う舞台が、団体戦という形で残ってますから。
どうしても金メダルがとりたいんだと、以前…。
いやぁ、荒川さん、改めていかがですか?ライブでご覧いただきましたが。
もう今の葛西選手の晴れやかな表情を見てて、こちらもうれしくなりましたけれども、連日、本当、今、ソチオリンピックメダリストが日本から誕生してますので、今後の競技にもいい風を吹かせてくれたなというふうに思います。
本当に流れが出来てきましたよね。
はい。
さあ、葛西選手、真のレジェンドへの挑戦。
そして日の丸飛行隊、復活なるんでしょうか。
ジャンプの団体は、こちらの時間の17日月曜日に行われます。
期待しましょう。
中山さん、こちらからは以上です。
はい、ありがとうございます。
しかし今、生放送。
まさに今、会見が、終えたばかりということなんですけれども、本当にその喜びの声、今、ひと言ひと言かみしめて、語ってくれてるという感じですね。
そうですね。
これだけの結果を何十年もやってきて、今、こうやって結果を出せて、でも、それでもまだまだですと言える、あの強さがすごいなと思いました。
やはり金をとって初めてレジェンドなんだという、今まだ満足してないと、手嶋さん、こういう会見でした。
団体もとりそうですね。
でもね、今、葛西選手自身もおっしゃってましたけど、試合直後に、日本のインタビューがあったんですけど、そこに行き着けない、各国のメディアが、もう、ノリアキ、ノリアキというふうに。
そうなんですよ。
足止めされちゃってる。
そうです。
オリンピックってやっぱり国ごとですから、自分の国以外はあまり関心がないというのが常なんですけれども、今回は文字どおり自分たちのレジェンドなんだと言って、ひと言インタビューをしたいっていう気持ちが…。
やはり万全の体調では渋谷さん、なかったようですね。
そうですね、ただ、魔物の影は見えなかったということですから、心と、それから技ですね、これについては、圧倒的にここまでやってきたんだという自信があったんじゃないかなというふうに思いますよね。
それでこの快挙ですからね。
あと葛西選手のインタビューを聞いてると、すごい飾らない人柄がすごく伝わってくるんです。
で、それは海外のメディアの方とかですね、選手の方々から人気があり、尊敬されてる理由の一つなのかなって、今、思ったりしました。
地元、下川町に対しての思いの強さなんかを感じますよね。
第1陣、第2陣、みんな応援に来てくれたって、北澤さんね。
そうですね。
もちろんそういったことに向けての感謝というものもあるでしょうけれども、もちろん、メダルをとるっていう目的、競技者として当然ありますけど、それを通して、世の中を明るくしたい、みんなを元気にしたいっていうふうに、すごく感じるので、特に40代、頑張らなきゃいけないなと。
われわれ世代ですよね。
まったりしてる場合じゃないですね。
決して着氷でテレマークやらないようにしないといけない。
でも中丸君、やっぱりね、こうやって、まだ次へ次へという思いがここに来たんだろうね。
そうですね、僕らも含めて、若い選手も含めてですけど、見習うところがたくさんあるんだなと思いましたね。
会見見て、すごい晴れやかな表情が、また次の団体のほうでもメダル期待したいなと思いましたね。
でもなんかルール改正なんかも、笛吹さん、やっぱり楽しみながらやってきたということがありました。
楽しみながらできるというのも、すごいなと思って聞きましたよね。
また、日本選手団の主将ということで、スキージャンプだけではなくて、日本選手団全体のいい空気になってるんじゃないかな、ほかの選手がいることで、ずいぶん違うんじゃないかなということ
きょうのシューイチは、ソチオリンピックスペシャルです。
金メダルを手にした羽生結弦選手の19年の道のりとは。
貴重な映像とともに振り返ります。
羽生結弦選手が、フィギュアスケートを始めたのは、4歳のとき。
4つ上の姉のスケート教室について行ったのがきっかけでした。
こちらは11歳、小学6年生の羽生選手の映像。
当時、地元、宮城のテレビ局から注目のフィギュアスケート少年として、取材を受けていました。
学校ではあどけない少年も、スケートリンクに入ると。
うわー、すげぇ!
思わず取材スタッフも声を上げてしまうほどの、高速スピンを披露。
さらに。
連続ジャンプも次々と成功させていました。
ジャンプが跳べて、なんだろう、跳べて決まったときに、なんかすっきりして、そういうところが楽しいです。
スパッと決まると、やったーって感じになるんです。
目指せ!オリンピック金メダルです。
結弦君が出るとしたら、どこだろう?まだ決まってない?
バンクーバーの次です。
きっと出てるね。
出られればいいですけどね。
その後もジュニアでめきめきと実力をつけていった羽生選手。
中学2年生のときには。
14番、羽生結弦さん、宮城クラブ。
全日本ジュニア選手権の優勝者として、シニアの全日本選手権に初出場。
初めての大舞台。
序盤はジャンプにミスがいくつか出たものの。
後半はしっかりと立て直していきます。
14歳ながらシニアの大会で8位に。
初めての全日本の舞台、滑り終わって今、率直にいかがですか?
率直に言うと、非常に悔しいです。
本番の前に、ちょっと今回の大会で、お客さんがすごい多いって聞いて、興奮、興奮っていうか、気持ちが高ぶりすぎて、鼻血が出てしまって、それでちょっと落ち着けなかったのかなと思います。
そんな羽生選手が、一躍脚光を浴びたのは、中学3年生のときに出場した世界ジュニア選手権。
フリーでトリプルアクセルを2回成功。
おー!
みごと世界位置に。
中学生での世界ジュニア制覇は、日本男子史上初めてのことでした。
実はすでにこのころ、羽生選手は、4年後の明確な目標を口にしていました。
4年後に向けての意気込みっていうのを教えてもらっていいですか?
やはりオリンピック、ソチオリンピック出場と、できればそのソチオリンピックで、自分のパーフェクトな演技ができたらなと思います。
4年後はトリプルアクセルの確率はもちろん、やはり4回転とかも跳んでいかなきゃいけない年になってくると思うんですけど、勝とうという欲を持って、どんなプレッシャーがあっても、自分の最高の演技ができるようにすることが、第一の目標だと思います。
2010年4月、高校生になった羽生選手は、異例の早さでシニアデビュー。
ソチオリンピックに向けて、本格的な4年間が始まりました。
この年の試合では、すでに4回転ジャンプを成功させていた羽生選手。
その勢いは止まらず。
四大陸選手権では2位に。
しかし。
そんな中、起きた東日本大震災。
仙台出身の羽生選手。
ふだん、練習をしていたホームリンクも、壊れて使えなくなってしまいました。
アイスリンク仙台内で練習をしていて、そのときに、とてつもなく大きな地震が起きて、自分自身どうすることもできませんでしたし、本当に立つことが精いっぱいなほどの大きな地震でした。
そのあと、少しずつ、揺れが収まってきて、そうしたあとに、エッジを保護するためのカバーも履かずに、靴のまま、外に出ていきました。
シニア2年目の2011年4月、練習場所をなくした羽生選手。
それでもリンクの上で滑り続けるため、全国を転々としながら、アイスショーに出演しました。
その数、実に60公演。
新シーズンのプログラムも観客の前で滑りながら作り上げていきました。
震災を乗り越え、世界と戦う仙台の希望の星。
しかし一方、このような形で注目が集まることに、重圧も感じていました。
ただのスケーターなのにっていう思いが強かったです。
仙台のスケーターとかそういうのじゃなくて、羽生結弦としてのスケーターなのに、なんでこんなに重いものを背負わなきゃいけないんだろうっていうふうな、そういう重圧に負けそうになったことはありましたけど。
当時16歳だった羽生選手。
葛藤を抱えていたころ、地元の人に、こう声をかけられました。
頑張ってね。
はい、ありがとうございます。
頑張ろう東北なんて書かなくていいからね。
自分が頑張る。
そうすればみんなが喜ぶ。
はい。
頑張ってください。
ありがとうございます。
この日、お寺でおみくじを引いていた羽生選手。
吉って結構ね。
結構いい感じだ。
今後の上昇運気を迎えるにあたっての基盤作りの時期って書いてあるんで、まあとにかく、練習頑張んないとなって思いました、今。
そしてこの年、羽生選手は初めてグランプリシリーズで優勝。
さらに世界選手権では、パトリック・チャン選手、高橋大輔選手に次ぐ銅メダル。
憧れの先輩たちの背中が見え始めていました。
シニア3年目の2012年8月。
高校3年生になった羽生選手は、カナダにいました。
よりスケートに集中するため、地元を離れ、環境の整った海外に、練習拠点を移す決断をしたのです。
お願いします。
バンクーバーオリンピックで、キム・ヨナ選手を金メダルに導いた、ブライアン・オーサー氏を新コーチに迎え、2種類の4回転や、基礎のスケーティング技術を学びました。
くそっ!
もっと強く、さらなる高みを目指して。
羽生選手は、スケート漬けの生活を送りました。
その努力の成果は、早くも表れました。
この年の11月に行われた、グランプリシリーズNHK杯。
ショートプログラムで、当時の世界歴代最高得点をマーク。
見事、優勝に輝いたのです。
本当に今まで、こんなにやったことないぐらい練習をしてきたので、本当、ブライアンコーチにも、君は十分やってきたんだから大丈夫っていうふうに言われて、最後、送り出されてきたので、しっかりと最後まで、自分の気持ちをコントロールして、やりきれたなというふうに思います。
そしてシニア4年目の今シーズン。
ロミオとジュリエット。
ただ1人、2種類の4回転。
4回転トーループは?あっ。
4回転トーループ、耐えましたね。
ひざをぐっと曲げて決めました。
自分にとっての誇り、トリプルアクセル。
トリプルアクセル、トリプルトーループ、きれいに決まってます。
グランプリファイナル初優勝。
全日本選手権2連覇。
オリンピック前には、世界ランキング1位にまで上り詰めました。
羽生選手にとって、初めてのオリンピック。
大会前のインタビューで口にしたのは、ふるさとへの思いでした。
何回も宮城県、または東北地方のニュースを受けて、すごく自分の気持ちが一喜一憂するっていうのがあるので、僕自身もそのメディアを通してですけれども、一生懸命頑張って、その姿を見ていただいたあとに、何か、勇気が出たとか、または前を向けたというような声が上がるような演技をしたいなと思ってます。
ということで、本当に小さいころのかわいい映像から、たっぷり皆さんに見ていただきました。
しかしながら、震災を乗り越えて、この栄冠をつかんだということになるわけなんですが、いろんなことが手嶋さん、ありましたね。
そうですね、震災という大きな災いは、ときに羽生選手のような若い選手に、大変な力を与えるというふうにいわれますから、まさにそうだったと思うんですよね。
今、見ましたこの羽生選手の19年というのは、日本の男子フィギュアが王座をついに勝ち取る、その軌跡とぴったりと重なっているという感じ。
そしてこのシューイチでもしばしば扱っていましたけれども、1人の羽生選手を出すためには、大変なすそ野が、そこから1人の羽生選手が出てきたという感じがしますね。
そうですね。
やはり日本人初の金メダルという、男子では快挙ですよね。
快挙ですよね。
本当に長い道のりではあったんですけど、やっぱりここで本当に大輪の花が開いたなっていうふうに思いますよね。
羽生選手、震災のあと、被災地を離れて練習しているときに、もうスケートやめようかなと思ったこと、一度あったそうなんですよね。
そのあとチャリティーをやることで、逆にチャリティーのお客様たちからエネルギーを頂いて、やっぱりスケートが好きだってことで、再びオリンピックを目指したということですから、あの震災っていうのは、本当に羽生選手を一皮むけさせた、きっかけだったのかもしれないですね。
やっぱり本当に避難所で家族4人で過ごしている中で、東北は、…というお母さんが、背中を押してくれたという、そういうこともあっての再スタートだったと聞きますけどね。
北澤さんやっぱり、ご本人が分かりえないところでもいろんなことが起きる中で、やはりその中で練習しなきゃいけないというね。
そうですね、なんのためにやってるのかっていうのが、少し分からなくなってしまう時期もあったわけじゃないですか。
本当に今回の金メダルは、いろんなものから作られた金メダルなんじゃないかなと思いますよね。
本当に普通に過ごしていただけでは、たぶん感じ取れなかったものが、感じ取れたことによって、ここまで行き着いたんじゃないかなって思いますけどね。
先ほどのお店の方の話もありましたけれども、頑張ろう東北、あるいはそういったことを背中に書くことはないんだと、君が頑張ってくれることが、みんなの喜びなんだと。
ああいうことも、フラットにいないと、しっかり素直に聞き入れることができないし、自分のものにはできないじゃないですか。
そういったやっぱり人間力というものも、一つの羽生選手の魅力だと思いますけどね。
そうですね。
そういった理解が、またできる若者でもあったということですね、中丸君ね。
そうですね。
かねてから中丸君も注目してましたからね、羽生君には。
そうですね。
だから僕の目は節穴じゃなかったと思いましたけど。
当初から言ってましたからね。
僕、言ってましたね。
本当にVTRを見ると、やっぱり震災をご自身が体験されて、練習施設がないっていうのも体験されて、それも1つのバネになったのかなとも思うし、それってやっぱり強い精神力がないと、バネにはできないと思うから、やっぱりすごいなと思ったことと、あとは15歳の時点で、明確なもう。
ビジョンをね。
それがやっぱりすごいなと思いました。
もう、完全にソチっていうものが、ご自身の中で見えてたっていうのがね、改めて感じますけれども。
本当にあの震災があって、あの東北から、自分だけ滑ってて、その場所から逃れていいんだろうか。
いろんな葛藤があったようですね。
ところが横浜で滑ったときに、4月の当初ですか。
余震なんかありまして、そのときにまた跳べなくなった。
滑れなくなった。
でもそのあとに、神戸で滑るんですね。
そのときに神戸の皆さんからばんらいの拍手があった。
そして神戸も同じように震災があって、そして復興を成し遂げた。
そういったことを自分で感じながら、よし!東北もこれから大丈夫なんだということから、多くの方がアイスショーを提供してくれることによって、頑張って、この一日一日その拍手の大きさが増えていったということもありますし、その頑張りが、今日につながってきたんじゃないかなと、改めて感じますね。
表彰式直後のインタビューでもメダルについてはすごく重いんだけれども、改めて震災の話もしてましたよね。
日本国民の人たち、それから世界中の人たちと一緒にかけているような気分ですと話をしていました。
荒川静香さんが、トリノのオリンピックでメダルをとったあとに、いろんなアイスショーをプロデュースするんですけど、そこに震災直後の羽生選手も出てくるんですよね。
羽生選手、金メダルをとったことで、これからできることがあると思うということも語っていて、これからの羽生選手が、どんなことをしてくれるのかということも、いろんな人が待っているんじゃないかなというということも感じます。
きょうのシューイチは男子フィギュアの総力特集です。
今回のソチオリンピック、羽生選手のライバルと目されていたのは、世界選手権3連覇の絶対王者、パトリック・チャン選手23歳、そしてフィギュア史上最多のオリンピック4大会連続メダリスト、ロシアのエフゲニー・プルシェンコ選手31歳でした。
しかし、ショートプログラムは波乱の展開となりました。
フィギュアスケート男子ショートプログラム。
会場の外には、たくさんのファンの姿が。
頑張れ、大ちゃん!
世界中が注目する中、男子ショートの幕は上がりました。
最初に登場したメダル候補は、第2グループの1番滑走、ロシア代表、プルシェンコ選手。
さあ、いよいよ第2グループが登場してきました。
大歓声です。
ロシアのエフゲニー・プルシェンコが、一番早くこのリンクに入ってきました。
ところが練習中、そのプルシェンコ選手にアクシデントが。
なんと、着氷に失敗し、腰を痛めてしまったのです。
その後、審判席の所に行き、話をしたあと、再びリンクに戻りましたが。
やるのか?いや、いや、これはやらないですね。
ショートの試合を棄権。
本人によると、背中にナイフを刺されたかのように感じ、これ以上、滑ることはできないと思ったと話しました。
今、目頭を押さえながらリンクを後にしていきます。
コーチと何やらずっと相談をして、一度、ジャッジ席のほうに行きました。
名前はコールされたんですが、そのあと、みずからリンクの出口のほうへと滑っていき、リンクを後にしていきました。
いやぁ、大歓声に包まれたこのフィギュアスケートの会場なんですが、一気にして、静まり返りました。
そして、第4グループ。
メダル候補のパトリック・チャン選手と羽生選手が登場。
いよいよ個人ショートのリンクの上に、羽生選手が上がります。
それでは2分50秒の演技、ノーカットでご覧ください。
金メダルのためには、このショートプログラム、リードを奪うことが必須です。
パリの散歩道。
まず4回転。
降りた!
完璧ですね。
羽生はこのショートプログラムで、ジャンプを2つ、後半にもってきています。
トリプルアクセル。
高い!
トリプルルッツ、トリプルトーループ。
3つのジャンプ、完璧です。
コンビネーションスピン。
強い!世界ランキングナンバー1、強さを見せつけました。
羽生結弦。

いやぁすごいですね。
いやぁ、本田さん、すごい19歳ですね。
すごいですね。
今シーズンは本当にショートプログラム強い。
そしてこのオリンピックでも、それをできたっていうのは。
そして。
まだショートプログラムで100点を超えた選手はいません。
スコアが出ます。
101.45!ついに出ました!ショートプログラム史上最高得点。
このオリンピックの大舞台で、すごいことをやってのけました、羽生結弦。
うわー!世界最高得点をオリンピックの舞台で出しました!すごい!
羽生選手の新記録のあとに登場したのが、カナダ代表、パトリック・チャン選手。
ラフマニノフのエレジーで。
このショートプログラム、挑みます。
まずは冒頭のジャンプ。
4回転のトーループ、トリプルトーループ。
きれいです。
しかし。
トリプルアクセル。
トリプルアクセルの着氷で、バランスを崩してしまいます。
トリプルルッツ。
ミスしたものの、その後の演技をみごとにまとめた、パトリック・チャン選手。
羽生選手に次ぐ、2位発進となりました。
ありがとうございました。
フリー当日の朝。
午前中の練習に向かう羽生選手。
おはようございます。
お願いします。
音楽を聴き、リラックスしているようにも見えました。
羽生選手がショート1位で迎えた男子フリー。
さあ、いよいよソチオリンピック男子シングル、メダルの行方が決まる最終グループです。
舞台裏では、自分の順番が来るまで、気持ちを盛り上げている羽生選手の姿が。
そしていよいよ、試合会場へ。
この時点で、2位、パトリック・チャン選手との点差は3.93。
羽生選手にミスがあれば、逆転される可能性も残されていました。
演技直前、オーサーコーチと握手をし、笑顔を見せた羽生選手。
戦いの舞台へ。
大歓声に迎えられる羽生選手。
頑張れー!
羽生選手の母校、東北高校の生徒たちも、その演技を見守ります。
ついにそのときが。
19歳はどんな思いで、これからの4分半を過ごすんでしょうか。
体の軸をしっかりと十字を切って確認します。
そして大きく一つ息を吐いた。
羽生結弦19歳。
子どものときから憧れ続けたオリンピックという夢の舞台。
4分30秒の戦い、そのすべてをご覧ください。
ロミオとジュリエット。
…。
4回転サルコーは転倒ですね。
まだまだこのあとに4回転のトーループがあります。
4回転のトーループ、きれいに決めました。
決めた!
トリプルフリップでステップアウト。
どよめきを打ち消すきっかけが欲しい。
トリプルアクセル、トリプルトーループ。
ここは見事。
トリプルアクセル、ダブルトーループ。
こらえました。
トリプルループ。
トリプルルッツ、シングルループ、トリプルサルコー。
3回転、1回転、3回転。
さあ、最後のジャンプです。
トリプルルッツ。
決めた!
コンビネーションスピン。
思いを、ぬくもりを氷に伝えた羽生。
体と心を持っている技、そのすべてをぶつけた、フリースケーティング。
ジャンプの失敗がどう評価されるのか。
祈るように結果を待ちます。
お願い、お願い、お願い。
減点2点、そしてフリースケーティング、178.64。
ここにショート、101.45が加わります。
280.09。
この時点で、羽生選手はトップに立ちます。
この羽生選手の得点を受けて、パトリック・チャン選手です。
いやぁー、カナダの国旗も多いですね。
完璧に近い演技をすれば金メダルの可能性。
ショートプログラム2位、パトリック・チャン選手の演技。
まずは冒頭の4回転。
4回転のトーループ、トリプルトーループ。
4回転3回転。
続く2回目は。
4回転のトーループ。
両手をつくミス。
さらに。
トリプルアクセルでステップアウト。
珍しくジャンプでミスが続いたチャン選手。
それでも。
トリプルルッツ。
トリプルフリップ、ダブルトーループ。
しっかりと立て直し、最後のステップへ。
少し悔しそうな表情を見せたチャン選手。
羽生選手との差は182.57。
これは点数、分かりません。
出ないと思いますけどね。
羽生か、チャンか。
しかしまだ2人は残っています。
178.10。
ショート2位の点数を加えても、パトリック・チャンは、トータルで羽生を上回ることはできません。
やった!
海外メディアの取材中だった羽生選手。
思わず。
羽生選手は、日本男子フィギュア史上初の金メダルを獲得しました。
19歳で金メダリストとなった羽生選手。
夢に見た、オリンピックの一番高い表彰台に上った今、一体何を思ったのでしょうか。
お疲れさまでした。
改めてやっぱり、オリンピックの難しさっていうのを感じました?どうでした?
もう本当に悔しいです。
本当に悔しくて、本当に驚きで、本当にうれしいっていう、なんか意味分かんないです。
演技前は、やっぱりいつもと違うものがありましたか?
もうとにかく緊張しました。
本当に、はっきり言って自分のベストな演技はできなかったと思いますし、ただ、ベストな演技ができなかったにしろ何にしろ、僕は全力を出しきれたなとふうに思うので、そこについてはやっぱり誇らしく思いたいなというふうに思います。
メダルセレモニーの行われるメダルプラザです。
このあといよいよ、羽生選手が金メダルを手にします。
今から6時間半前。
笑顔で羽生結弦が入ってきました。
メダルプラザでは、これからフィギュアスケート男子シングルの表彰式が始まります。
日本男子フィギュア史上初、そしてソチオリンピック、日本最初の金メダルを獲得しました。
男子シングルは、計り知れないほどのプレッシャー、そしてすべてを懸けて挑む選手たちの気迫にあふれた2日間でした。
羽生らしく一礼をして。
笑顔が輝きます。
羽生結弦。
みずからの夢、そして日本男子フィギュアの夢をかなえる金メダルです。
そして。
一日本国民として、まずこうやって1つ、金メダルを自分が持って帰れたっていうのが、とても誇らしいですし、日本の国民の皆さんに、やったよ!って伝えたいなって思ってます。
速報です。
今からおよそ6時間前、
今からおよそ6時間前、フィギュア男子金メダリスト、羽生結弦選手が、ソチの日本テレビスタジオに登場。
試合から一夜明け、金メダルを手にしたその心境をじっくりと語ってもらいました。
え、いいの?おっ、重いです。
ガラスが入ってるのが、おしゃれ。
ここに刻まれてるんですね。
メンズのなんちゃらかんちゃら。
裏に書いてあるのかな?
裏にはソチって書いてあります。
あ、でも、メンズって書いてありますね。
すごい。
ご自身の金メダルと比べて、いかがですか?
また全然なん金、形も違うんで。
そうですよね。
リボンが立派です、ソチのほうが。
よれよれになっちゃいました、私のは。
ちぎれないことを祈ってます。
洗ったんですか?
洗った。
ちょっと汚れちゃって?
いや、なんかいろんな人の首に掛かって、最後に、もうしまおうというか、飾ろうと思ったときに、洗いましたけれども、そしたらちょっとよれよれになってしまって。
そんなのあるんだ。
考えておきます。
改めてお願いします。
お願いします。
おめでとうございます。
ありがとうございます。
ありがとうございます。
一夜明けましたけれども、実際に今、メダルを手にして、きのうの夜と、きょうと、気持ちは変わりました?
やはりきのうはフリーのあとだったので、すごい悔しい気持ちがいっぱいで、まあ、自分が1位になれたっていうのが、あまりにも信じられなかったんですけれども、今、こうやって首に掛けさせてもらって、やっぱりすごいうれしいですね。
私も自分の演技が終わったときよりも、メダルを手にした瞬間のほうが、だんだん悔しさより、喜びがシフトしてくる瞬間だったので、さっきのメダルセレモニーでのこの表情を見てたら、そうなのかなと思いましたけれども。
もう本当にうれしかったですね。
本当にすっごい緊張したんですけれども、本当つまずいてこけないかとか。
セレモニーで?
そう。
手と足が一緒になんないかとか、すごい緊張してたんですけど、でも、すごい楽しかったです。
うれしかったですし。
やっぱりほかの大会とオリンピックって、全然違いました?緊張感。
違いましたね。
ただ、僕にとって、オリンピックの魔物っていうのは、たぶんオリンピックにいたんではなくて、オリンピックに挑む自分の心の中にいたと思ってるので、それをこうやって、初めての舞台で金メダルというすばらしい結果をとった、さらに、しかもその経験を得たっていうのは、ものすごい大きなものになったと思います。
ショート1位ですばらしい演技で折り返して、いつ金メダルを意識しましたか?
たぶん、もう、ショートで1位になって、かなり意識してたんだと思います。
ただ、僕の中では、それを意識しないようにっていうのをすごい心がけてしまっていて、逆にそれが、意識してる自分を見失っていたというか、変な緊張感があるのを、分からずにそのままいってしまったので、今回のフリープログラムに関しては、うまくいかなかったんではないかなと思っています。
やはり緊張されたということですが、同じ仙台出身の荒川さんと、そして羽生選手ですよね。
羽生選手にとって、荒川さんって、どんな存在ですか?
僕にとっては本当に憧れの存在なので。
また。
本当に、本当に荒川さんがトリノで金メダルをとったときに、僕がまだ小学生だったんですけれども、とにかく、宮城県で練習されて、仙台で練習されて、初めてのオリンピックの女子の金メダルをとられたので、僕も両方とも、宮城県から頑張って出ていって、男子でもとりたいって思っていたので、なんか夢のようですね。
幸せすぎてことばが出ないです。
いやー、でも初めてのオリンピックにチャレンジで、それで金メダルを手にしてしまうという、本当に、度胸のよさと、そしてまた持ち合わせた技術と、そして精神的な強さ、いろんなものをこれまでも感じてきたんですけれども、精神的に、緊張したとおっしゃられたショートプログラムでも、一番伸び伸び滑っていたように見えたんですが、そのメンタルの強さは、昔からですか?
緊張はするのは嫌いじゃないんですよ。
もう、最初からもう、緊張するっていうのは当たり前だし、誰もが緊張するし、あと、リンクのコンディションなんかもそうですけれども、みんな一緒、だからそれをしっかり割り切って、じゃあ、その中でうまくできたら、自分、上じゃんって思えてたんで。
だから、そういうような思いと、あとは今シーズンを通して、やはりパトリック選手と何回も当たってきて、また全日本もすごいプレッシャーのかかる舞台をやってきて、その中で、自分自身が集中するすべを磨いてこれたっていうのが、今回の、この初めてのオリンピックでもショートはできたっていうのは、あるんじゃないかなっていうふうには思います。
まだまだお話をたくさん伺いたいところなんですけれども、時間がやって来てしまいました。
ここでプレゼントがあります。
いいですか?
なんですか?
ロシアなので。
びっくり。
ユヅリョーシカです。
すごい。
超うれしい。
マトリョーシカです。
似てますか?
そっくり。
これ、ちゃんと中にもちっちゃいユヅ君もいるんで。
選手村で楽しんでください。
楽しみます。
ありがとうございます。
これ、一つしかないんです、世界に。
全部手書きで作ってもらってるんで。
では羽生選手、マトリョーシカを持って、日本の、そして被災地のファンの皆さんへ、メッセージをお願いできますか。
はい。
えっと、こうやって金メダルをとることができましたけれども、まず、僕がオリンピックを目指そうと思ったのはプルシェンコ選手がきっかけで、またオリンピックの金メダルをとろうと思ったのは、隣にいる荒川選手の、荒川選手のって、荒川さんのおかげで、本当にこうやって頑張ってこれたと思ってます。
そしてまた、こうやって今、ここに立っているのは、たくさんの方々のサポート、またコーチをしてくださったたくさんのコーチ、また応援してくださった日本のファン、世界中のファンの方々のおかげだと思うので、自分だけがこのメダルをかけてる気持ちではなくて、たくさんの方々と一緒に、このメダルの喜びを分かち合いたいなと僕は思っています。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
本当にしっかりしてるのね。
ありがとうございました。
荒川選手って。
よく言われちゃうんだけどね。
と、ここで荒川さんからさらにサプライズで、バレンタインのプレゼントが。
きのうだったんですけど。
ありがとうございます。
先ほどスタジオで話していたときに流れていたVTRで、世界ジュニア選手権銅メダルとテロップ表記しましたが、正しくは、世界選手権銅メダルでした。
大変失礼いたしました。
さて、羽生選手、パトリック・チャン選手、最終結果、見てみますとこうなっています。
羽生選手が280.09点。
チャン選手は275.62点。
その差は4.47でした。
金と銀を分けたポイントはなんだったのでしょうか。
この中身を見てみますと、フィギュアスケートは、ジャンプやスピンなどの技術を採点する技術点と、スケーティングの質や演技力などを採点します演技構成点の合計で争われます。
それぞれの点数を見てみますと、演技構成点で見ますと、ショート、フリーともに、羽生選手、チャン選手に及んでないんです。
チャン選手のほうが高いんですよね。
ですけれども、技術点ではともに羽生選手がチャン選手を上回っています。
羽生選手の技術がチャン選手の表現力を上回った結果が、この金メダルにつながったということになります。
そういうことですね。
でも本当に最後の最後まで分からなかったというふうな、そんな思いもね、実感も徐々に湧いてきているという羽生選手だと思うんですけれども、那奈ちゃん、実際にソチに行ったときに、会場に行ってるわけですよね。
そうですね。
私は女子の団体を見させていただいたんですけれども、もう会場の雰囲気は、本当にやっぱりロシアで開催されてるんだなっていう空気がもう本当に、リプニツカヤ選手が出てきたときは、ものすごい歓声で、地響きで、みんな、もう足でどんどんどんどんロシア、ロシアという雰囲気の中、最高の演技をしたあとに浅田選手だったので、まあ、それはすごい歓声の中、すごくプレッシャーを感じたんだろうなって。
やりづらさも当然?
当然あったと思いますね。
すごい緊張した面持ちだったので。
しかしながら男子、見事な金メダルだったわけですけれども、まあ確かにプルシェンコ選手がああいった事態という形になりました。
その中でのスタートを切ったわけですけれども。
また雰囲気が変わりましたよね。
そうですね、羽生選手の場合には、後半の高いジャンプの技術が、まさに決め手と、金メダルの決め手というふうにいわれてましたけれども、それだけに、後半に次々に難しいジャンプを決める体力を温存しとかなきゃいけない。
ところが、聞きますと、羽生選手は小さなころからちょっとぜんそく気味で、特に2012年のカナダでの合宿の際には、ぜんそくの発作に襲われてる。
ですから後半、特に難しいはずなんですよね。
そうですね。
にもかかわらず、それを乗り越える。
文字どおり、奇跡の肉体、そして強い心、これが羽生選手なんだなというふうに思いました。
最後、滑りきったときの倒れこんだ雰囲気なんて、まさに力を出し尽くしたという、そんな感じでしたね。
渋谷さんね。
そうですよね。
最初、4回転サルコーをバランス崩してしまいますよね。
あそこで動揺しないで、そのあと立て直して、で、後半、本当に体力が消耗していく中で3回転、3回転、トリプルとりぷるを飛んだというその精神力と、それから基礎的な体力ですよね。
本当に細くてしなやかな体なんですけれども、僕はそれ、すごいなというふうに思いましたね。
見事な金メダルだったですよね。
特にショートの中で結果がすごかっただけに、フリーのときに、自身の中でもやっぱり緊張感というのが、ただ者ではなかったような感じがしますね。
そうですね。
これもう一度見たんで、冷静に見れましたけれども、あのライブで見てるときには、あの1回目で、手をついたときには、うおーっ!とかって思っちゃいましたもんね。
結構、難しいんじゃないのか、この試合って思いましたけれども、ここは立ち直れた力だったりとか、コメントを聞いてたりとかすると、客観的にやっぱり自分を分析できる力って、分析力がすごく高いなと思いましたね。
じゃどうすればという形につながってくるので、やっぱり、こういった競技の中でも、後半を変えられるのはそこにあるんじゃないかなと思いますけれどもね。
あとはプルシェンコ見て、荒川さん見て育ってきたという、また次の世代の普及という部分も大きく広がってるんじゃないかなと思いまして、この間、僕、スケートリンク行ったんですよ。
すごい人でしたね。
なるほど。
やっぱり、羽生君を見て、またやりたいなんてお子さんたちも、たくさん。
好きという人たちがたくさんいますね。
スケートリンクには。
当然、プルシェンコに、憧れのプルシェンコがああいった形があって、そういった彼の悔しさみたいなものも、当然羽生君は分かっていますよね。
しかし、見事な金。
中丸君。
そうですね、感動しましたね。
もう国旗が揚がって、国歌が流れたときに、本当に誇らしいなと思いました。
生放送見たんですけど、ただ、先ほど荒川さんもおっしゃってましたけど、ショートのときはいつもどおりにできたけれど、フリーでちょっと緊張していたって聞いたんですけれども、確かに見ていて、表情がちょっとこわばってるような気がしました。
音楽も聴いてて、リズムを取っているのも、なんかこうプレッシャーを弾き飛ばそうとしているのかなって思ってたんで、その1回目、倒れたときにはいや!まずいかなと思ったんですけど、立て直して、さすがだなと思いました。
なんか臨んだときのショートっていうのは、追う立場の気がするけれども、何かフリーになったときにはすでに追われる立場になっていたという、一夜にして、なんか大きく変わったんじゃないかと思いますけれども、ただ、彼が言ってた、すごいなと思ったのは、皆、同じ環境であるということなんですよね。
氷の状況であったり、コンディションを含めて、みんなが同じ環境、状況の中でやってるわけだから、自分だけではないという、このへんのところが、すごいなって、改めて感じました。
おめでとうございます。
さあ、ソチオリンピックのスペシャル。
まだまだ続きます。
続いては高橋大輔選手です。
今回が最後のオリンピックと明言してソチに臨みました。
日本フィギュア界のエースが歩んだのは、苦難の道のりでした。
これは、高橋大輔選手がスケートを始めた8歳のときの映像です。
大ちゃん、ちょっと来て、曲げてみるね。
えっ?忘れた、ちょっと。
忘れた?
忘れとるところがある。
忘れとるところがある?
口で言ってあげるから。
はい、準備して。
最初は遊びの感覚で始めたスケート。
あっ、終わっちゃった。
あー!
その後、国際大会で優勝するまでに成長した少年は、ある夢を抱きます。
将来の目標、なんかあったら聞かせてほしいんですけど。
将来…、6年後のオリンピックに出場することです。
日本代表で?
はい。
14歳が語った、大きな夢。
2006年トリノオリンピック。
高橋選手は19歳で、その夢を実現させたのです。
けさの練習では4回転下りました。
トリプルアクセル。
コンビネーションにはもっていけません。
ジャンプで精彩を欠くと。
得意のステップでもミスが目立ち、結果は8位。
メダルには届きませんでした。
勉強になった、勉強になった、次につながるオリンピックになったかなと思います。
次では絶対失敗しないようにしたい。
すべての試合を成功させていきたいと思います。
次のオリンピックでは、メダルを。
2008年の四大陸選手権では。
フリーで2回の4回転ジャンプを成功させ、当時の世界歴代最高得点で、見事優勝。
世界でトップで戦える選手へと、着実に成長していきました。
しかし、バンクーバーオリンピックの1年4か月前、ハードな練習を重ねる高橋選手に、選手生命を脅かす危機が訪れます。
右ひざ前十字じん帯断裂。
半年もの間、リンクに立つことすらできない日々が続きました。
それでも壮絶なリハビリを乗り越え、再びリンクの上に。
挑んだ2009年全日本選手権。
着実にジャンプを決め、見事優勝。
再びオリンピックの切符を手にしたのです。
2度目の大舞台、バンクーバーオリンピック。
4回転。
転倒だ。
フリーで冒頭の4回転ジャンプは失敗したものの。
トリプルアクセル、ダブルトーループ。
その後は、次々とジャンプを成功させます。
トリプルループ。
立て直した。
世界一のステップ。
すべての道はここ、バンクーバーへと通じていた。
高橋選手は、日本男子として初めて、オリンピックで銅メダルを獲得しました。
オリンピックという大舞台で、日本人初の、男子初のメダルがとれたことは、本当にすごく自信にしたい、誇りに思いたいと思います。
さらに高橋選手は、この年の世界選手権で、金メダルを獲得。
世界のトップスケーターへと駆け上がりました。
そんな中、高橋選手はある決断をします。
それは、ポイントの高い4回転ジャンプを、フリーで2回入れること。
バンクーバーではフリーで1回しか入れていなかった4回転ジャンプ。
オリンピックで勝つための選択でした。
そして迎えたオリンピックシーズン。
グランプリシリーズNHK杯。
冒頭の4回転ジャンプ。
4回転のトーループ、決まりましたね。
トリプルトーループになりましたね。
2回目の4回転は失敗。
しかし。
トリプルアクセル。
美しいジャンプです。
トリプルルッツ、ダブルトーループ、ダブルループの3連続。
その後はジャンプを次々と決め、見事優勝。
ソチへの道は、順調かと思われました。
しかし、11月末、驚きの発表が。
高橋選手、右けい骨骨挫傷、全治2週間。
ソチ代表を決める全日本選手権。
高橋選手は、けがを押して臨んだのです。
ソチへの切符を逃せば、これが最後の試合になるかもしれない。
それでも高橋選手は、リスクの高い2度の4回転に挑戦しました。
4回転のトーループ。
転倒で入ります。
4回転トーループの予定が、3回転でしたね。
それでも4回転に挑みました。
転倒の際に負ったけがで、手を真っ赤に染めながらも、最後まで滑りきった高橋選手。
結果は5位に終わりました。
えっと…。
あの、自分の演技が…、ちょっと待ってください。
改めて。
まあ、自分の演技ができなかったので、そのできない中でも、最後まで応援してくださったので、それが本当にうれしくて、まあ、これで最後の演技になるかもしれないなと思ったら、今までありがとうございましたという気持ちで。
オリンピックへの道は、閉ざされたかのように思われました。
しかし。
高橋大輔。
高橋大輔です。
代表の最後の一枠に名を連ねたのは、高橋選手でした。
そして、本番の4日前。
もう何があってもこれが最後ですから、一生懸命やるというか、あまり後ろを見ずに、あとのことを考えずに、
高橋選手、オリンピック最後のショートプログラム。
恐らくは最後になるであろうオリンピックです。
下りてほしい4回転。
4回転のトーループ。
冒頭の4回転は惜しくも両足着氷。
しかし。
続くコンビネーションジャンプでは。
トリプルルッツ、トリプルトーループ。
成功!
さらに、得意のステップで観客を魅了します。
コンビネーションスピン。
高橋らしさが出ました。
得点は86.40。
4位で翌日のフリーにつなげました。
そしてきのう。
ひときわ大きな歓声に包まれました。
アイスバーグスケーティングパレス。
高橋選手にとって、最後となるオリンピックの舞台。
衣装も新たに挑んだフリー。
4分30秒の演技です。
イエスタデイから始まる。
高橋の思いは。
4回転のトーループ。
決めた。
トリプルルッツに変えました。
トリプルルッツ。
トリプルアクセル。
フライングからのコンビネーションスピン。
トリプルアクセル、ダブルトーループ。
トリプルルッツ。
トリプルトーループ。
決まっています。
トリプルループ。
トリプルフリップ。
充実の表情と共に、決めていく高橋。
トリプルサルコー。
スタンドで日の丸が揺れています。
注目の高橋。
フリーの得点は、164.27で4位。
ショートと合わせ、結果は6位入賞。
2大会連続のメダル獲得とはなりませんでした。
このあと、
試合後、インタビューに答えた高橋選手。
お疲れさまでした。
今、お気持ち、いかがですか?
そうですね、まあ、とりあえず、これで自分の現役としては、たぶん最後のオリンピックだと思うので、満足はできなかったです、満足のいく演技ではなかったんですけど、でもまあ、最後まで諦めずに、精いっぱいやれたと思うので、ここに来るまでなかなか大変でしたけど、でもすべていい経験になったので、かなり今回のオリンピックはきつかったり、つらかったりすることがたくさんあったんですけど、自分にとっては、すごくいい思い出になったと思います。
また、今後について聞かれると。
今後ですか?どうですかね。
まあ、終わったばっかりなので、あした、ちょっとゆっくりして、あしたゆっくり話して、決めたいなと思いますけど、でもまあ、もう僕の中ではちょっと限界だと思うので、世界選手権とかは、どうかはちょっと分からないですけど、出ると思いますけど、それ以降っていうのは、自分の中では、もうないと思います。
改めて現役を退く考えを明らかにした高橋大輔選手。
最後の舞台となる世界選手権大会は、来月・3月に行われる予定です。
うーん、でも本当にソチに向けてつらいこともたくさんあったわけですけれども、なんか最後はすごく晴れやかな表情だったですね。
手嶋さん、いかがですか?
ふっきれた感じがありましたね。
高橋選手のようなああいうトップ選手というのは、本当に、さまざまなけがを抱えて、満身創痍の中で、ぎりぎりのところで勝負をしているという感じがあるんですよね。
でも最後に、高橋選手らしい美しい演技が見れて、僕は幸せでした。
そうですね。
日本フィギュアの選手のみんなを引っ張ってきたという、そういう思いもありますよね。
そうですよね。
フリーの最後のほうで、ロング&ワインディングロードがかかりましたよね。
あれ聴きながら見てて、目頭が熱くなったんですよね。
高橋大輔選手の歩みを象徴しているような感じがして、つまり、バンクーバーで銅をとりましたよね。
あれがあったから、たぶん、羽生選手の今回の金メダルにつながったと思うんですよね。
そういう本当に日本のスケート界を引っ張ってきたわけですよね。
ただ、あの華やかなりりしさをリンクでこれから見られないのかと思うと、ちょっと寂しいですよね。
今後のことについてはまだね、明言なさってませんでしたけど、ねぇ、まだ長く続けてほしいなっていう気持ちが。
続けてほしいですよね。
北澤さん、ありますね?
そうですね、見せるということと競うということを同時にやらなきゃいけないとなると、今回、高橋選手のなんだろう、すごく大切に踊ってるなっていうのが、この一瞬を楽しみたいというのが、すごく出てたので、見ていたいなというのがありますけども、ただ、こういった、バンクーバーでメダルをとったりだとか、けが、いろんな経験を、いろんな形で生かしていけるんではないかなと思いますけれどもね。
やっぱり北澤さん、けがっていうのは、アスリートにとって、どうしてもつきものですけれども、相当つらい中でやってらっしゃるわけですよね。
相当つらいと思いますよ。
その中で常にやっぱり1番をとりたい気持ちもあったと思いますからね。
全日本選手権のときもそうでしたけれども、やっぱり本当に涙というのも、多くを語らなかったですけれども、中丸君、やっぱりつらい中でやってたんだね。
なんですね。
最後の会見を見ても、そう思いましたね。
本当に吹っ切れたような表情がすごくよかったなと思いますね。
僕がいうことばじゃないと思いますけど、長く第一線で活躍してたし、成績もよかったし、すばらしいスケート人生だったのではないかなと思ってますね。
そうですよね。
ご自身の中では、何か一つ成し遂げたという感じが、僕らになんか伝わってきましたよね。
当然、ご本人の中では満足いかない部分もたくさんあったと思うんだけども、われわれは大いに満足させてもらったなという点があると思いますし、この、やっぱり最後の笑顔ね、何か、なんていうのかな、みんなのためにやってるんだけども、なんか自分のためにもなってほしいなって、僕らは思うじゃないですか。
そうですね。
多く背負って、そして日本勢の多くの選手の憧れでもあったわけだから、でも最後は、自身のために滑ったんではないかなと僕なんかは思って、その表情が、また多くの方の感動を呼んだんじゃないかなというふうに思いますね。
なんか特に、ラスト、スケーター、すごく美しいものに映ってましたね。
本当にかみしめた、ソチオリンピックではなかったかなと思います。
お疲れさまでした。
さあ、ここまでソチオリンピックの話題でお伝えしてまいりました。
おはようございます。
小林麗菜です。
東京・汐留、日本テレビ前は、週末に降り積もった雪が、ほぼとけかかっています。
また風が少し強く吹いています。
それでは、2月16日日曜日、最新のお天気をお伝えします。
全国のきょうの予報です。
北日本と北陸は、雪が降り、大雪の所があるでしょう。
沿岸部を中心に、非常に強い風が吹きそうです。
関東から西日本は大体晴れるでしょう。
きょう正午から午後6時までの降水確率です。
東北北部と北海道を中心に、30%以上で、高めの数字です。
関東から西では10%以下となっています。
日中の予想最高気温です。
北海道は0度以下、東北北部は5度以下、東北南部と北陸は10度を下回るでしょう。
関東から西は10度以上の所が多くなりそうです。
全国の週間天気。
札幌から名古屋です。
北日本と日本海側は、雪の降る日が多いでしょう。
東京は水曜日に、また雪の予報です。
大阪から那覇です。
火曜日から水曜日にかけては、広く天気が崩れて、雨が降りそうです。
雪どけによる川の増水や、
さて、今からおよそ5時間前、見事、銀メダルを獲得した葛西紀明選手。
長年、共に戦ってきた原田雅彦さんから、祝福のコメントが届きました。
ご覧ください。
腰が調子悪いとかって言ってたんですけども、まあ、全然そんなことないですね。
まあ、公式練習からですね、その調整は始まっていたんだと思います。
やはり飛ばなかったり、しぎをキャンセルしたりね、そういったことでですね、不安を一掃して、もうとにかく、きょうは思い切って飛ぶだけだという状況が出来てましたね。
すばらしかったです。
でもきょうはね、葛西、銀メダルにぜひ浸ってもらって、とにかく銀メダルとったっていう実感を、一人で布団の中で感じてほしいなと思いますよ。
以上ですね、原田さんらしいコメントありがとうございます。
なんか幸せな気持ちになりますよね。
そうなんですよね。
でも本当に見事な銀メダルでございましたからね。
本当、日本勢、今、金が1つ、銀が3つ、銅が1つという。
この結果が今現在なんですけれども、あまりメダル、メダル言っちゃいけないんですけれども、なかなか好成績じゃないかと思います。
そうですね。
まだまだ期待したいですね。
さあそして山口達也さんからお知らせです。
あしたのZIP!は。
フィギュア、羽生選手の金メダルで、さらに盛り上がるソチオリンピックを総力取材。
片瀬さん、一緒に10時間のフライト楽しかったですね。
そうですね、行き、一緒だったんですよね。
高須クリニックの方も、院長さんも。
いらっしゃったんですか?
なんかおもしろい感じでした。
ソチに行かれたわけでございますね。
ということで、水曜からは、注目のフィギュアの女子が始まります。
日本からは、浅田真央選手、鈴木明子選手、そして村上佳菜子選手が登場します。
そしてその女子ショートプログラムなんですが、19日水曜日夜11時30分から放送です。
歴史的瞬間をぜひ、生放送でご覧ください。
さあということで、いよいよ女子のフィギュア、始まるわけですけれども。
私も生で見ましたから、よけい楽しみなんですけれども、とにかくもちろん、メダルも大事ですけど、やっぱりすばらしい演技を、ただ見たいですね。
そうですね。
本当に皆さんが目いっぱい、これまでやってきた2014/02/16(日) 07:30〜09:55
読売テレビ1
シューイチ・ソチ五輪SP[字]

羽生結弦&町田樹&