Crossroad <肥土伊知郎> 2014.03.01

ウイスキー好きで知られる国アメリカ。
この地で今注目を集める日本人がいます。
気鋭のウイスキーの造り手です。
アメリカだけじゃありません。
権威ある大会でも日本一と評されるなどその名声は世界的なもの。
彼が造るウイスキーは自らの名を冠した美しい琥珀色。
味わいは濃厚です。
埼玉県秩父の山あいにある小さな蒸溜所。
ここが肥土さんの仕事場。
しかしここまでの道のりには幾多の試練がありました。
それを一つひとつ乗り越えウイスキー造りに挑んで10年。
ウイスキーが好きであれば多少大変なことでも苦にならないしちょっとした困難でも乗り越えられるみたいなところってあるじゃないですか。
ウイスキー造り。
その果てしないロマンを追い求めて彼が踏み出す次の一歩とは?人の行く道は一本道とはかぎらない。
突然に岐路が現れ進路を選ぶことで旅路は続く。
この人はどんな道を歩むのだろう?その静かな山のふところに肥土さんの営む蒸溜所があります。
ウイスキー専門メーカーおはようございます。
肥土さんの出勤は毎朝8時。
おはようございます。
朝のうちは室内の温度も上がらないんでなかなか脱げないですけどね。
これね午後やる樽って…。
これメモ残しておくから。
たぶんサンプルとってもらったやつだと思うんだけど…。
スタッフは9名。
全員が肥土さんのウイスキーに惚れ込んでやってきた若者たちです。
今日も1日よろしくお願いします。
(一同)お願いします。
さぁ今日もウイスキー造りそれぞれが持ち場に散っていきます。
肥土さんのウイスキーは手作業が中心の伝統的な方法で造られます。
出荷するのは年間およそ5万本。
大手メーカーとは比較にならない小規模の蒸溜所です。
ウイスキーの原料は大麦。
まずは麦芽を細かく粉砕。
季節ごとに品種やひく細かさを調整しています。
砕いた麦芽をお湯に浸して攪拌。
そこへ酵母を投入しおよそ4日間寝かせて発酵させます。
この段階ではアルコール分はまだ7%ですが蒸溜器に送り加熱気化冷却し液体化することでそれを高めていきます。
こうしてとり出された液体にはアルコール分とともに大麦の風味も凝縮されています。
蒸溜液が出来ると肥土さんは必ず自分の鼻で確かめます。
この蒸溜器はウイスキーの本場スコットランド製の特注品。
肥土さんは最も濃厚な味に仕上がるようオーダーしたそうです。
蒸溜液は樽に詰め寝かせることで原酒となります。
貯蔵庫では現在およそ2,500の樽が熟成のときを過ごしています。
長い時間をかけ内部に樽の成分が溶けだして豊かな色と香りが生まれるのです。
肥土さんが現在主に使用している樽はかつて他の酒の熟成に用いられたもの。
シェリー酒バーボンワインなど10種類以上にのぼります。
取り出してみるとほんのりピンク色の原酒が育まれていました。
非常に濃厚なすごい個性的な熟成になってますね。
肥土さんの重要な仕事のひとつがテイスティングです。
貯蔵庫で熟成中の2,500樽すべての原酒を自分の鼻と舌で確かめ記憶にとどめていきます。
この日はワインの空き樽で熟成させた原酒をテイスティング。
なんでしょうね?同じワイン樽による熟成でもできあがる風味は樽ごとに千差万別。
次に原酒と原酒を組み合わせることで新しくオリジナルのウイスキーを造り出していきます。
ブレンディングという作業です。
組み合わせることで味に厚みと複雑さを生み出すブレンディングはウイスキー造りの醍醐味ともいえる作業。
ここで発揮される肥土さんならではの感覚が今世界を唸らせているのです。
肥土さんは実家は江戸時代から300年以上続く造り酒屋。
戦後19代目にあたる祖父は日本酒のかたわらウイスキー造りにも乗り出しました。
酒造りを間近で見て育った肥土さん。
大学では醸造学を学びました。
卒業後は大手酒造メーカーに入社し営業マンとして活躍。
しかし入社8年目実家の経営が悪化。
肥土さんはその立て直しを志します。
企画とか営業とかそっちの仕事やらせてもらっててそれはそれで楽しかったんですよ。
やり甲斐もあったし。
だけどやっぱりモノづくりがしたいなという気持になってきたときに父から会社に戻らないかというふうに声をかけられたのでああちょうどいいやと。
実家に戻ればなんかそういうこともできるかなという思いで…。
そのとき出会ったのが実家の倉庫で眠っていたウイスキーの原酒でした。
ところが時はワインブーム。
実家の主力商品日本酒の売り上げは低迷し続けついに倒産。
祖父の代から受け継いできた400樽のウイスキーの原酒も廃棄を迫られる事態に。
なんとかこの原酒を守る方法はないだろうか。
ツテを頼って酒造メーカーを訪ね歩きますが現実は思ったよりずっと厳しいものでした。
そんなとき救いの手を差し伸べようという人物が現れました。
どうもご無沙汰しております。
この地の老舗酒造会社に10年前肥土さんを救ってくれた大切な恩人がいます。
お世話になります。
どうもご無沙汰しております。
山口さんは肥土さんの熱い思いにうたれ廃棄寸前だった400樽の原酒を預かること更にはここでウイスキー造りをさせてほしいという願いまで受け入れてくれたのです。
社長にお会いできなかったらこの製品も世の中に出てなかったかもしれませんので。
あ〜どうもどうも…。
社長夫人敏子さんも肥土さんの意気込みを心から応援してくれました。
うちの蔵が肥土さんの樽で埋まったときはもうなんか嬉しくなってね…。
蔵が喜んでるような感じがして…。
そして樽を運び込むと同時に蔵の一角で肥土さんのウイスキー造りもスタート。
2月3月になるとものすごい寒くて…。
ストーブであったまりながらやるんですけど灯油がきれちゃったときがありまして凍え死ぬかと…。
やがて肥土さんはこの蔵でウイスキー専門メーカーを立ち上げました。
といっても社員は自分ただ1人。
400樽の原酒のテイスティングをひたすら繰り返し試行錯誤を続けついに初めてのウイスキーが誕生。
それがイチローズモルトの第一号。
製作本数600本。
自分の名前伊知郎を冠したのはこれを世に送り出す覚悟の証し。
このウイスキーを知ってもらいたい。
イチローズモルトを手にした肥土さんは2年間でおよそ2,000軒ものバーを訪ね歩きました。
こちらのバーもその1つ。
オーナーは初めて口にしたときの印象を今でも鮮明に覚えているといいます。
通の間でじわじわと評判が高まるなか肥土さんの胸にはある思いが募っていきました。
ウイスキーのビジネスっていうのはそういうビジネスです。
ですからこれを売らせていただいてる以上はそういうふうに心に決めてたんですね。
蒸溜所の立ち上げを目指す肥土さん。
スコットランドに渡り本場のウイスキー造りを現場で学びました。
およそ2億円という借金を背負い夢を実現する場所に選んだのは…。
生まれ故郷秩父。
おいしい空気と水に恵まれ夏と冬との寒暖差が大きな点もウイスキーの熟成に向いていると考えました。
そして秩父で造った初めてのウイスキーは7,400本すべてが予約完売。
この日を心待ちにしていた人たちがいました。
バーテンダーさんに最初の頃蒸溜所を造りたいなんて言ってるなんか変なおじさんが来たなと思ってたらしいんですよ。
でもホントにできちゃいましたねとしみじみと語ってくれたんですけど。
そういった人たちが結局最終的にはうちを応援してくれてうちのウイスキーを待ち望んでてくれたと。
肥土さんはその後も次々と新作を発表。
名だたるコンテストで大手メーカーを退け栄誉に輝き続けています。
おはようございます。
肥土さんは今家族を東京に残し秩父のアパートでひとり住まい。
ここから毎日蒸溜所に通っています。
肥土さんは新しいウイスキー造りに取り組んでいました。
用意したのはブレンドして造った2種類の原酒。
今日はその2つを組み合わせることで更に深い味わいを引き出そうとしているのです。
異なる2つの個性。
組み合わせるとどんな変化が生じるのでしょう?組み合わせの比率を変えては試す繰り返し。
ほんの少しの違いがウイスキーの風味を劇的に変えるというのです。
追い求めるのは秩父の味。
到達するまでにはこの作業をまだまだ積み重ねていかねばなりません。
去年肥土さんはアメリカへの輸出を開始しました。
この日は初めてニューヨークを訪問。
プレゼンに臨みます。
まあホントに僕がしゃべるよりはウイスキーたちが語ってくれるんじゃないかなってそんな気がしますけどね。
会場はニューヨーク随一の品揃えを誇るバー。
集まったのは有名バーのオーナーや専門誌の記者たち。
ウイスキー大国アメリカでも極め付きのうるさ型がイチローズモルトの味を確かめようとしています。
果たしてその反応は?プレゼンは大成功。
秩父の蒸溜所で造ったウイスキーが国境を越えて人を魅了します。
ウイスキー。
ウイスキー。
北海道旭川の森に肥土さんの姿がありました。
肥土さんは今このミズナラの木に注目しています。
ミズナラは日本固有の樹木。
特に北海道産のものは良質とされ高級家具などに用いられます。
肥土さんはこのミズナラで樽を作ろうとしているのです。
この日は半年前に買いつけ乾燥させておいたミズナラの丸太が製材される日。
その木が樽に向いているかどうかは製材してみて初めて判断できるのだそうです。
さあこのミズナラはどうか?ところどころ不良部分もありますけど…。
樽にできない。
だけどおおむねいいものも多いのでまあどういうふうになるか。
樽用の木材にするためには今後更に2年間の自然乾燥が必要になります。
そして秩父の蒸溜所には頼もしい助っ人が姿を現しました。
この道60年樽作りの名人斎藤さんは去年現役を引退。
その際親交のあった肥土さんに機材をすべて譲ったうえ指導までかって出てくれたのです。
肥土さんが非常に熱心でね機械を譲ってくれって言うからさ。
こっちとしては本当にありがたかったよね。
更に肥土さんはウイスキーの原料大麦も地元農家と協力して作ろうとしています。
よろしくお願いいたします。
肥土さんの思いを知り秩父では行われていなかった大麦作りに手を挙げてくれた農家の方々。
現在秩父に合う品種を模索中。
やっぱり自分で作った麦でウイスキーができるっていうのはまたそれを飲んでみられる…。
嬉しいですね。
今年はこれまでに収穫した大麦を使いいよいよ原料から秩父産というウイスキーを造り始める予定です。
今肥土さんが目指しているものとは?自分たちの造りそれがこの秩父の熟成環境でどんな味になっていくのか?これっていうのは何年も先だと思うんですね。
結果が出てくるのは。
そのときにようやく自分たちが丹精込めて造ってきたウイスキーがあっこういう味になったんだ。
そのときに味わった味がたぶん秩父らしさっていうのになるんじゃないかなというふうに思いますけどね。
未来の財産をつくる。
あなたの心意気を応援します。
2014/03/01(土) 22:30〜23:00
テレビ大阪1
Crossroad <肥土伊知郎>[字]

ウイスキー好きで知られる国アメリカで注目を集める、気鋭のジャパニーズウイスキーメーカー・肥土伊知郎が登場。彼が踏み出す次の一歩とは?

詳細情報
出演者
【ナビゲーター】
原田泰造
番組内容
ウイスキー好きで知られる国アメリカで注目を集める日本人、肥土伊知郎。自らの名を冠した「イチローズモルト」というウイスキーを、埼玉県秩父の「べンチャーウイスキー秩父蒸留所」で、本場スコットランドの伝統的な手作業で作っている。日本、そして秩父の風土が醸し出す個性的で濃厚な味わいで、世界中にファンを増やしているが、ここまでの道のりには幾多の試練があった…。彼のクロスロードに迫る。
番組概要
様々な分野で活躍する、毎回一人(一組)の“挑戦し続ける人”を紹介。彼らが新たなる挑戦に取り組む今の姿を追う。挑戦のきっかけになったもの、大切な人との出会い、成功、挫折、それを乗り越える発想のヒントは何からつかんだのか?そして、彼らのゴールとは?新たにどこへ向かおうとしているのか…。そんなCrossroad(人生の重大な岐路)に着目し、チャレンジし続ける人を応援する“応援ドキュメンタリー”。
ホームページ

http://www.tv-tokyo.co.jp/official/crossroad/

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – その他
情報/ワイドショー – グルメ・料理

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