報道特集【保険が下りない▽ビキニ60年】 2014.03.01

システムに弱いところがあって、ビットコインがいなくなって、みんなに、結果でご迷惑をかけてしまって本当に申し訳ありませんと思います。
仮想通貨、ビットコインの大手取引サイト運営会社、マウントゴックス。
昨日、東京地裁に民事再生手続開始を申し立て、経営破たんした。
マウントゴックスが顧客から預かるなどした85万ビットコイン、取引停止の25日のレートでおよそ114億円分のほぼすべてが消えた。
債務超過額はおよそ26億円。
債権者は世界で12万7000人に上り、影響が広がっている。
ニューヨーク・ウォール街でビットコインの普及を推進する男性はマウントゴックスの経営についてこう指摘する。
アメリカ・イリノイ州ではマウントゴックスの顧客が損害賠償を求め、連邦地裁に提訴。
男性はアメリカ在住の全被害者を原告とする集団代表訴訟として扱うよう求めた。
こうした中、イギリスでは、逆に売り上げを30%も伸ばしたビットコイン会社も。
取引の仕組みは、こう。
従業員2人がインターネット接続環境のない秘密のパスワード保管場所に行き暗号化したパスワードでビットコインを取引するとの情報を書き込んだQRコードを作成。
このQRコードだけを外部に持ち出しインターネット取引を行う。
保管場所やパスワードの解読方法は社長と従業員の頭の中にありハッキングの恐れはないと安全性を主張する。
日本のビットコイン利用者も今日午後、都内に集まった。
ビットコインを研究する日本デジタルマネー協会の本間代表理事は200万円の損を出したと言う。
そのすぐ近くにある国、ウクライナで大きな政変があり、今も緊張が続いていて非常に気になるところです。
続いてはこちらのニュースです。
今日午後2時前、川崎市の石油精製工場で火災があり、工場で働く作業員6人が重軽傷を負った。
午後1時50分頃、川崎市川崎区にある東燃ゼネラル石油の川崎工場で煙が出ていると工場の従業員から119番通報があった。
火が出たのは石油を精製するプラントで、ポンプ車など16台が現在も消火に当たっている。
この火事でプラントの男性作業員6人がケガをして病院に運ばれた。
このうち29歳の男性作業員がのどにヤケドを負って重傷。
警察によると、作業員が重油を分解する装置を点検・清掃していたところ、残っていた油に何かが引火したとのこと。
警察と消防は詳しい出火の原因を調べている。
緊迫しているウクライナ情勢をめぐり、国連の安保理は緊急会合を開いた緊急会合は28日、非公開で行われた。
ウクライナの代表は、ロシア軍の輸送機や攻撃ヘリコプターが違法に国境を越えてきたことやロシア軍の部隊がウクライナ国内でウクライナの治安当局の動きを妨げていることなどを報告し、事態がこれ以上進展しないよう安保理に支援を求めた。
アメリカやイギリスはロシア軍の撤退を求めたが、ロシアの国連大使は、ウクライナとの協定の範囲内の行動だと反論している。
こうした中、アメリカのオバマ大統領はこのように述べ、ロシアを牽制した。
アメリカメディアによると、オバマ大統領はロシアによる軍事介入が確認され次第、6月にソチで予定されているG8サミットへの出席を拒否する方針だとのことで、米露の緊張が一気に高まっている韓国のパク・クネ大統領は日本の統治下で起きた独立運動を記念する式典で講演し、慰安婦問題に絡んで河野談話の作成経緯の検証に乗り出す安倍政権の姿勢を批判した。
式典で韓国のパク・クネ大統領は戦後、日韓関係が発展できたのは平和憲法と村山談話、河野談話に代表される歴史認識があったからだと述べ、現在の関係悪化は安倍政権の姿勢に原因があるとの認識を示した。
その上で、直接慰安婦という言葉を使い、元慰安婦はもう55人しか残っていない、傷を癒すべきだ、歴史の真実は生きている人の証言だと牽制。
慰安婦問題で日本政府に解決を求めるとともに旧日本軍の関与を認めた河野談話の作成経緯の検証に乗り出す安倍政権を批判した。
安倍政権発足後、ロシアのプーチン大統領と5回の首脳会談が行われるなど、北方領土問題の進展に期待が高まっている。
しかし一方で、戦後70年近くがたち元島民らの高齢化が進んでいる。
そんな中、後世の子どもたちが北方領土について考えるきっかけにしてほしい、そんな願いが込められたアニメーション映画が公開されている。
アニメーション映画「ジョバンニの島」。
10歳の純平と7歳のお父さ、寛太は美しい自然に恵まれた北方四島の1つ、色丹島で暮らしていた。
しかし、1945年9月、ソ連軍が突如、進駐し、島は不法に占拠されてしまう。
やがて島に移り住んできたソ連の子どもたちとの間で交流も生まれるが、2年後、日本人は強制退去となり兄弟は樺太の収容所に送られる。
主人公・純平のモデルになった得能宏さん。
13歳のときに島を追われ、樺太で厳しい収容所生活を送った北海道根室で元島民らに向けた映画の試写会が行われた。
純平たちを守る佐和子先生のモデルになった女性もモデルになった女性も、当時を振り返った。
原作・脚本を担当したのは、ドラマ演出家の杉田成道さん。
サブシキン・ヴラディスラヴ君。
ロシア・モスクワで生まれ、8歳のときに母親の仕事の関係で来日した。
今年1月、北方領土をテーマにした弁論大会に出場。
日露が互いの立場に立って考えることが必要だと訴え、優秀賞を受賞した。
しかし、ロシア人としてこの問題を語ることに不安もあったと言うそんな中、スピーチを聞いた元島民からかけられた一言が心に残った。
秋にはプーチン大統領の来日も決まり、交渉の進展に期待が高まっている安倍総理に映画を見てほしいと手紙を書いた杉田さんは…平均年齢およそ80歳という元島民たち。
語り部が減っていく中、できるだけ多くの子どもたちに映画を見てほしいと願っている。
ビキニ事件から60年。
静岡県焼津市の漁船「第五福竜丸」がアメリカの水爆実験で被ばくしてから今日で60年がたち、地元では乗組員を追悼し、核廃絶を訴える行進が行われた。
行進には全国から1700人が参加し、死の灰を浴びて犠牲となった歩行困難になるなど、交通事故の後遺症に悩む男性がいる。
障害を抱え、生活は一変する一方で保険金が下りないのはなぜか。
そこには国際基準とはかけ離れた後遺症に対する日本の認定基準がありました。
山口裕司さん42歳。
今は支えなしで自由に歩くことはできない。
階段を上ったり下りたりするのも一苦労。
病院に行くとき以外、ほとんど外出することはなくなった。
つらいときは首から下が全部しびれてしまったりとか。
あとはめまいであったり、頭が痛くなったり。
山口さんは中学生のとき、器械体操部に所属するスポーツマンだった。
鉄棒や跳馬が得意だったが、今は箸を使うことも難しくなったこうした生活は、もう10年になる。
山口さんの暮らしぶりが一変したのは2004年9月のこと。
職場に原付バイクで向かう途中、交差点で車に追突され、首の骨を折る大ケガをし、半年の入院生活を送った。
懸命なリハビリ訓練で歩行器を使って歩けるまでに回復したが、障害は残ったまま。
今では身体障害者2級の認定を受けている。
事故に遭う前はカイロプラクティックの施術師をしながら夜は工場で働き、月収60万円以上だった。
今、山口さんには月およそ6万円の障害者年金が支給されているがそれだけでは到底生活はできない72歳の父、清さんを頼る日々だが、高齢の清さんには負担があまりに大きい。
元の体になってほしい。
ならんもんなら、それに一歩でも近づいてほしいわね。
動ける間に、元気になってできれば社会に復帰してほしいわな。
事故を起こした車の運転手が過失を認め、保険会社から治療費は支払われていたが2年過ぎると、それも打ち切られた。
それでも体は回復しないため、山口さんは運転手が強制的に加入させられる自賠責保険に後遺症の認定を求め診断書を提出した。
ところが…事故直後に撮影した脊髄のMRI画像に異常はなく後遺症は事故が原因であるとは認められなかった。
運転手が加入する任意保険も自賠責保険の判断に従い支払われることはなかった。
怒りよりもあきれの方がきましたけどね。
お役所仕事みたいな感じで、手順に当てはまらなかったら、切り捨て切り捨てかなと。
ところが事故から5年、山口さんに転機が訪れた。
弁護士が紹介してくれた医師が診察し、後遺症は事故による脳外傷が原因だと初めて診断された。
病名は、聞き慣れないものだった10年前の交通事故の後遺症に悩む山口裕司さん。
山口さんはMRI画像に異常が見られないことを理由に適正な後遺症認定を受けられずにいる。
事故から5年、山口さんの症状は事故の後遺症による脳外傷と初めて診断された。
病名は、軽度外傷性脳損傷というもの。
軽度外傷性脳損傷とは、事故直後には軽い意識の障害しかないが時間の経過とともに脳損傷を原因とする様々な症状が出てくる障害を言うようやく事故と後遺症がつながった。
山口さんは2011年、後遺症に対して支払われるべき2億4000万円の支払いを求め裁判を起こした。
しかし、保険会社側は真っ向から反論を展開した。
保険会社側の主張は、画像に異常がないなら事故とは関係ないの一点張りだった。
さらに症状は嘘ではないかと詐病扱いまでされた。
国内に軽度外傷性脳損傷で後遺症に悩む人は7万人前後いると見られる。
山口さんの弁護士は、この認定基準が変わらない限り多くの人が泣き寝入りを強いられると訴える。
後遺症残った人はね、自賠責保険、任意保険会社から見捨てられてね、裁判所から見捨てられて、社会から見捨てられて、二重三重の被害になってるよね。
去年12月、東京・江東区で交通事故などが原因で軽度外傷性脳損傷と診断された患者たちの集会があった。
参加者は様々な症状に悩みながら生活しているが、画像に異常が見られないため誰もが十分に補償を受けられていない。
頭も痛いし体も痛いし全身ですね、とにかく頭が痛いし、先生に痛みがとれないって言っても、それだったら効かないんだったら鎮痛剤やめましょうって先生は簡単におっしゃるんですよちょっとどころじゃないんですねかなり忘れっぽい。
昨日のことも全部忘れてしまう。
私は生きてても仕方がないなってそう思うときがあるんです。
この日参加した20人の中には、栃木県や奈良県など遠方からの患者が多くいた。
働けないのに保険金が支払わず、生活保護に頼る人もいる。
参加者の多くは保険会社の決定に納得ができず裁判で闘っている。
しかし、画像に異常がないことを理由に事故との因果関係は否定されたまま。
会をサポートする石橋徹医師は軽度外傷性脳損傷が画像上では異常を確認できないことも多いと話す。
画像の進歩は著しいですからね、文明の利器ですから、画像に頼ることは間違いじゃないと思うんですけど、ただ、すべてが画像に出るわけではないということもお医者さんは忘れてはいけないんじゃないでしょうかね。
後遺症の認定基準を定める国土交通省は客観的な証拠がなく、保険金を支払うのは困難だと話す。
画像だけではないですけれども、何らかの因果関係が証明できるような根拠がないと、やっぱり支払いの適正化という観点から出すことは困難だったりするので画像所見以外の方法によって、ちゃんと等級を認定というか、後遺障害を認定する方法というのはこれからどんどん開発されるべきだと思います。
アメリカ東部ペンシルベニア州フィラデルフィア。
この街に脳損傷プログラムに定評のあるリハビリ施設がある。
マギーリハビリテーション。
年間250人あまりの患者のうち半数近くが軽度外傷性脳損傷だと言う。
クリスティーンさん64歳。
ボールを上に投げながら真っ直ぐに歩く動作を繰り返す訓練。
一見簡単そうに見えるが、彼女にはまだとても難しいそう。
こうしたリハビリ訓練は平衡機能などの回復に効果があると言う。
最近症状が出てくるので、先生からは安定した状態になるまではリハビリをやらないといけないと言われているんです。
クリスティーンさんは2年前、自転車を運転中に交通事故に遭い骨盤を骨折する大ケガをした。
そればかりか、事故後は平衡感覚がなくなり、手足がしびれ、思うように歩けなくなった。
事故後はうまく歩けずに、歩行器を使っていました。
階段の上り下りができずに家では2週間、2階で生活していました。
実際にあるものを組み合わせて製作する現代アート。
これらはクリスティーンさんの作品。
芸術活動していたが、事故後は体が思うように動かなくなり作品づくりはあきらめていた。
ところが、事故から3カ月が過ぎたある日、医師に症状を訴えると、軽度外傷性脳損傷と診断されリハビリ訓練に通うようになったここが私のアトリエで、その2つの作品も私のものです。
リハビリの成果でクリスティーンさんは事故後9カ月で創作活動を再開し去年10月、個展を開いた。
これまで費やしたリハビリ訓練の費用は保険会社が負担している。
クリスティーンさんの頭部を撮影したCT画像に異常はなかったが事故直後の意識障害レベルや医師の診断が支払いの決め手になったリハビリの費用をすべて自分で支払わなければならなかったら、通っていたかはわかりません。
日本でもこうした治療を受けられるようになることを望みます。
CDC=アメリカ疾病予防管理センターの報告によると、MRI画像などに異常が見つからない場合でも1年後に5〜15%の割合で症状が残るとされている。
このためアメリカでは、たとえ画像に異常がなくても診断書を根拠に認定されるケースがほとんど。
クリスティーンさんを診察したキューサー医師は画像の異常を何よりも重要視する日本の後遺症認定に疑問を投げかける。
日本の認定方法を聞いて本当に残念に思います。
たとえるなら、いくら性能のよいカメラでも、上空からフィラデルフィアの街を撮影したとして水道管に問題があったり、水漏れしていたりバスルームが水浸しになっていることまではわからないでしょう。
画像がいつもすべてとは言えません。
アメリカの医療機関では、軽度外傷性脳損傷が画像に映りにくいことや、症状が事故直後ではなく、数週間、数カ月経過しても出てくることがあると周知されている。
そのため事故後、数カ月していてから受診しても目の動きやふらつき、記憶障害などについて多岐にわたる診察を行い、脳外傷かそうでないかを判断するのが常識。
クリスティーンさんを診察した医師は、今の日本の状況はアメリカの15年前だとあきれて見せた。
先月20日、事故の後遺症認定を求める山口裕司さんの裁判が判決を迎えた。
裁判所に向かう山口さん親子の表情は緊張して見えた。
この日、言い渡された判決は到底納得できるものではなかった。
山口さんの求める生活補償は一切認められることなく、およそ1700万円の損害賠償金のみが認められた。
判決文にはこう書かれていた。
理由は、画像に異常が見当たらないということだった。
裁判所は、自賠責保険と同じ判断をした。
これじゃ話にならんなと。
こんなん、間違いやと思う。
もう放心状態です。
これが今の日本の現実かなと。
もう真っ白になりました。
またこれから闘います。
取材にあたったMBS毎日放送の高田記者に伺います。
日本とアメリカでは対応にかなり差があるようですね?そもそも日本とアメリカでは背景がまた違いまして、アメリカではアメフトなどが盛んということもあって脳しんとうなどといった脳外傷が非常に身近な問題になっていますそのため、画像に異常がなかったとしても、後遺症が残る場合がある、そういったことが医療機関だけでなく社会に浸透している、それが大きな違いだと思います。
VTRの最後で、山口さんはこれからまた闘いますと言ってましたけど。
山口さんは判決直後に控訴することを決めました。
やはり日本でもアメリカと同じように、画像に映らないケースがあると、そういったことを認識した上で画像に必ずしも頼らない後遺症の認定方法を確立させないといけないのかなと思います。
今の日本では患者さんが幾ら記憶障害がある、手足がしびれます、そういった症状を訴えても、なかなかお医者さんが画像に異常がないから、関係ないです、大丈夫ですよ、気のせいですよ、そういうふうに言ってしまうことが多いです。
だから、まずは医療機関側の周知徹底が必要になるかと思います。
人ごとは思えないほど実際の患者の数の広がりがあるようですね?WHOによりますと、外傷性脳損傷は年間1000万人以上に上りその9割が軽度外傷性脳損傷と言われています。
さらに今後途上国の交通事故が増えると見られていて、2020年には世界第3位の疾患になると予測されています。
そのためアメリカでは、この対策というのが急務になっている。
だから日本でもアメリカと同じように大きな問題として対策に乗り出す必要があるのかなと思っています第五福竜丸事件が起きてから、今日でちょうど60年になります。
「報道特集」ではアメリカ国立公文書館からおよそ3000ページに及ぶ公文書を入手しこれまで解析作業を行ってきました。
文書から見えてきたのは、事件後の日本国内の動きにアメリカ側がいかに慌てたか、そしてその後、いかにしたたかに動いたかということでした。
そして皮肉なことに、「第五福竜丸」事件が日本への原発導入を結果的に加速させたという構図も見えてきました。
揺れる線で描かれた男性の姿。
手元には日本の漁師とある。
今も、静かに何かを訴え続けている。
この男性が乗っていた船とは…「第五福竜丸」です。
当時の姿が復元されて、保管されています。
60年前に静岡県焼津港から出港したこのマグロ漁船がビキニ環礁で行われたアメリカの水爆実験に巻き込まれ、いわゆる死の灰を大量に浴びました。
1954年3月1日、マーシャル諸島ビキニ環礁付近でマグロ漁をしていた「第五福竜丸」がアメリカの水爆実験に遭遇、乗組員23人が被ばくした。
広島・長崎での被ばく体験を持つ日本にとって事件は衝撃だった。
当時、汚染されたマグロが大量に廃棄されるなど甚大な被害が出た。
事件後、東京・杉並区の主婦による署名運動がきっかけになって、原水爆禁止運動が生まれ、世界に広がった。
ところが、事件からわずか1年3カ月後、日本はアメリカとの間で原子力平和利用協定に合意し、一気に原発立国へと舵を切っていく。
第五福竜丸事件で、原水爆に対して多くの国民がノーを突きつけたはずの日本がまるで手の平を返すように原発については政府レベルでイエスと言い始めた。
その1年あまりの間に一体何があったのか?アメリカ側の公文書などから、そのプロセスを見る。
事故が起きてから2カ月の間、アメリカ側は日本国内の反応をヒステリーなどと評し人体の被害についても過小評価していた。
私も先週、現場を訪れました。
アメリカはあくまで核実験を続けると主張。
一方で、こんな公電も残されている。
こうした中、日米間で中心的な交渉テーマとなったのは被害に対する補償金の問題だったアメリカ側は当初、15万ドル、5400万円という補償額を非公式に提示した。
何よりも法的責任を問われないことを最優先し、賠償金ではなくエクスグラーシア好意による見舞金としてでしか受け入れられないとした。
しかし日本国内の原水禁運動の高まりと水産業の大打撃で、それどころではなくなっていく。
実はこの過程でアメリカ政府内部で極めて重要な決定が行われた。
それは補償金をどこから捻出するかという財源の問題である。
決定を下したのはOCB=作戦調整委員会といわれる組織。
OCBというのはどういう権限を持ってどういう役割を果たしたのですか?OCBのスタッセンは、直ちに軍に対して働きかけた。
その結果、相互安全保障法に基づき日米で管理する軍事分野の特別基金から拠出されることになった。
その歴史的文書がこれ。
MDAP基金は相互安全保障法に基づく基金のうちの軍事分野の基金である。
つまり、第五福竜丸事件の被害への補償は軍事支出で賄われることになったとにかく財源を確保することが先決だった。
スタッセンは、直ちにこの案をアイゼンハワー大統領に進言して承認を得た。
ところが、事態はアメリカの思惑どおりには進展しなかった。
この時点でアメリカ側は、100万ドルの補償額で決着させようともくろんでいた。
しかし、現実に久保山愛吉さんが死亡すると、その影響はアメリカ政府の予測をはるかに上回った。
原水爆禁止運動は、これを機にさらなる盛り上がりを見せていた。
日本政府は100万ドルでは到底解決はできないと押し返す。
交渉は難航した。
結局、アメリカは日本側の要求をのんだ。
OCBの動きは早かった。
日本側もこれ以上の要求を控えた補償問題は200万ドルで実質決着した。
その最終文書がこれ。
実際、アメリカ側の公文書にその支出記録があった。
アメリカの研究者は、この支払いをどう見ているのか。
まさに福袋ですよ、好きなだけ使えるお金なんです。
本来、防衛分野で使われるべきお金を人道的被害を受けた人々に対する補償金に充てることが倫理的かどうかは、確かに疑わしいです。
けれど現実的な方法ですから、そうしたことはよくあるものです当初の思惑とは異なり、補償額は200万ドルにまで引き上げられた。
原水爆に対する日本社会の強い拒否反応をアメリカ側は、まざまざと見せつけられた。
しかし一方で、アメリカは第五福竜丸事件をむしろテコにして償いと推進という一見、正反対の動きを日本に仕掛けてくる。
原子力の平和利用という名の一大キャンペーン。
すべての出発点は「第五福竜丸」事件に先立つことおよそ3カ月前に行われたこの演説だった。
アイゼンハワー大統領の平和のための原子力演説。
ソ連が核兵器を開発し、東西冷戦の危機が深まる中でアメリカが原子力の平和利用を主導することによって、自由主義諸国の結束を固める目的があったとされる。
当然、被ばく国である日本もその対象だった。
そんな中で第五福竜丸事件が起きてしまった。
私たちはある事実に気づいた。
それは補償問題と並行して日本での原子力の平和利用の動きが同じ文書に頻繁に報告されていることだった。
事件から2カ月もたっていない時期に作成されたこの秘密文書。
そこには、当時のアメリカ政府の本音が記載されていた。
会議の出席者は15名、国務省、国防総省、情報局、OCBのほか、CIAからも2名が参加した。
この1年半後の結果報告の文書がこれ。
つまり、日本での原子力の平和利用が事故後の早い段階から「第五福竜丸」の補償交渉と表裏一体の政策として進められていた。
山崎正勝名誉教授は、長年この問題を研究してきた1人。
第五福竜丸事件以降の日本への原子力技術の導入はどのように進められたのか。
アメリカ政府は日本の世論を一方で見ながら、もう一方で、議会の議論を考えながらですね…ところが、同じ1955年に日米協定が結ばれたのは、日本側で特に中曽根康弘さんのように第1弾に乗り遅れると日本は大勢から取り残されるという危機感を抱かれて、そういう言葉を発して、早期に調印、国会での承認を求めたと。
東西冷戦のもと、核実験を続けるためにアメリカは福竜丸事件の決着を急いだ事情はあったのだと言う。
一方で日本側でも、中曽根康弘氏らが原子力技術の導入を求めていたと言う。
そして、山崎氏によれば、その受け皿となって動いたのが読売新聞社主の正力松太郎氏と、その側近だった日本テレビ役員の柴田秀利氏だった。
急激な原水禁運動の高まりにより有効な日米関係が崩れてしまうのではないかと危機感を抱いた柴田氏はこれをしずめるため、原子力の平和利用を大々的にうたい上げる。
毒は毒をもって制する、柴田氏は自伝でこう言い切った。
こうした日本側の強力な受け皿ができたこともあって、第五福竜丸事件は実に皮肉なことに、日本への原発導入が加速される大きな引き金の役割を果たすことになった。
日米両政府は事件から1年3カ月後、1955年6月21日、原子力エネルギーの平和利用協力に関して合意した。
第五福竜丸事件の当事者はこうした事実をどう受け止めるのだろうか。
今年1月、80歳の誕生日を迎えた1人の男性がいる。
大石又七さんは、「第五福竜丸」の元乗組員。
2年前、脳出血で倒れて以来、娘の家族とともに暮らしている。
60年前の20歳のとき、大石さんは「第五福竜丸」に乗り仲間22人とともに水爆実験に遭遇した。
1年2カ月の入院生活の後、地元に戻った彼らを待ち構えていたのは、放射能を持ち帰ったことへの怒りと、見舞金をもらったことへの妬みの声だった。
大石さんは、焼津の町から逃げるようにして東京に出てクリーニング店を営んできた。
私はこれまでも折に触れ大石さんにお話を伺ってきた。
今回明らかになった日米の防衛に関わる基金から補償金が出ていたことを大石さんに伝えた。
問題解決するにはお金なんだからそれで片付くならそれでやっちゃえっていう、そういうことじゃないですかね。
また、日米の政府が事件と原発の導入とを表裏一体のものとして処理していたことについても…「第五福竜丸」の心臓部のエンジンです。
打ち捨てられていたものを市民らが回収して保存に動き、今ここにあるわけです。
今では全く動かないエンジン。
その静かな残骸は私たちに一体歴史から日本人はスタジオにはリサーチャーのセイコ・グリーンさんにアメリカから来てもらいました。
よろしくお願いします。
グリーンさんがこの事件のリサーチを始めたのは10年も前になるんですね?そうですね、長いですね。
最初はあんまり気乗りがしなかったのは当時、あまりにも多くのリサーチャーたちが同じテーマを追ってましたので、新しい資料が出てくるとは思わなかったんですね。
でも、非常に強い勧めがあって、公文書館にともかく行って、ほかのリサーチャーたちのものを使うのはどうかと思いましてそれで自分なりに考えて、アメリカの核の問題というのはどういうふうにとられているか、そこから始まって、原子力委員会のファイルを探したんです。
そうしましたら、いきなり1954年の6月29日、スタッセンファイル、メモランダムが出てきて、それに非常に強い衝撃を受けたんです。
その中にはビキニの交渉問題が実は耳慣れないMSAファンドということで進められていたということだったんですね。
それを見たときは、MSAファンドの向こうに非常に大きい力が動いていたということを感じ取ったものですからそれが大きな動機だったと思います。
第五福竜丸事件と日本への原発導入の関係であっこういうことだったんだと納得がいったということですか?そうですね、リサーチの段階でOCBという特殊なグループが残した資料にぶつかったんです。
その中の資料では、核アレルギーが非常に強い日本人に対して、心理作戦を行おうということが書かれてありまして、その1つが、アトモスフィースと言われる大々キャンペーンだったんですねその中から新しい原子力技術と原子炉の導入ということが書かれてあったとはつながっていると思います。
本当にグリーンさんに10年にわたってやっていただいているんで本当に忍耐強さに感謝するしかないんですけど、1個だけ言うと、あのVTRの冒頭で紹介したベン・シャーンの絵というのは実はあれ、福島の美術館に所蔵されているんですよね。
あの絵も被災したということは、僕はとっても運命のつながりというんですかね、そういうものを非常に感じます。
ご苦労さまでした、これからもまたよろしくお願いします。
続いては佐藤キャスターのスポーツです。
サッカーJ1がついに開幕した。
セレッソ大阪の2人に注目です。
W杯南アフリカ大会得点王、フォルランは日本代表、柿谷と先発出場。
J1王者の広島をホームに迎えるまずはフォルランから柿谷。
ここはキーパーに取られる。
前半27分には2人で崩す。
Jリーグファーストシュートは枠をとらえることができない。
0−0で迎えた後半26分。
J1、3連覇を目指す広島に先制を許してしまう。
ゴールを期待されたフォルランはこちら国立競技場では、改修前最後のJリーグ開幕戦、甲府対鹿島戦が行われます。
当初の予定では甲府のホーム、中銀スタジアムで開幕を迎えるはずだったが、先月の大雪の影響でスタジアムが自衛隊の防災基地として使われ、現在も除雪作業が行われているため、急きょ国立競技場での代替開催となった。
サポーターも山梨から駆けつけ迎えた開幕戦。
甲府は前半10分、コーナーキックから先制点を許してしまう。
追いかける甲府はその4分後に、すぐさま反撃するが、阿部のシュートはバーの上。
その後、追加点を奪われ、点差は広がるばかり。
後半は何度も鹿島ゴールへ襲いかかるが、ゴールを割ることができない。
決定球をものにできず、0−4で敗れ、手痛い黒星スタートとなった。
そして改修前最後の日本代表戦は4日後の3月5日です。
ザックジャパンのラスト国立、ニュージーランド戦もお見逃しなく。
続いてノルディックスキー複合。
渡部暁斗選手、得意の距離で順位を上げ、表彰台に上がった。
フィンランドで行われたノルディック複合個人のW杯第14戦。
日本のエース・渡部暁斗がオリンピック後初めての大会に臨んだ。
前半のジャンプ。
123.5m、6位で折り返す。
それでも、ここからが銀メダリストの真骨頂。
後半、得意のクロスカントリーで見事な追い上げを見せる。
最後まで攻めの滑りを貫き2位でフィニッシュ。
W杯今シーズン6度目の表彰台。
こちらは福島・猪苗代でモーグルのW杯が開催された。
5度目のオリンピックでもメダルに手が届かなかった上村愛子。
直前の公式練習で見せたこのジェスチャーの意味とは…前日の練習でエアを失敗。
腰を強打し、左足のつけ根を痛めた。
日本のファンの前で滑ることを楽しみにしていた上村。
痛みが引かず、悔しい欠場。
決勝に日本で唯一残った星野純子は6位だった。
来週の「報道特集」は東日本大震災から3年を迎えるのを前に夕方5時から30分時間を拡大してお送りします。
2020年には東京でオリンピック開催が予定されているんですけれどもその頃、被災地はどうなっているのか。
東京と対比的に描きたいと考えています。
2014/03/01(土) 17:30〜18:50
MBS毎日放送
報道特集[字]【保険が下りない▽ビキニ60年】

保険が下りない!見過ごされる交通事故後遺症。▽第五福竜丸事件60年。米公文書から見えてきたは米国のしたたかさだった。

詳細情報
お知らせ
▽番組HP
http://www.tbs.co.jp/houtoku/
▽twitterのアカウントはこちら!
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http://www.facebook.com/tbs.houtoku
番組内容
【保険が下りない!見過ごされる後遺症】
交通事故で重度の後遺症が残っても保険が下りない。そんな事例が相次いでいる。事故との因果関係が画像で証明できない限り認定されないのだ。見過ごされる事故被害者を追う。

【第五福竜丸事件と原発 60年目の真実】
第五福竜丸事件から60年。入手した米公文書から見えてきたのは、皮肉にもあの悲劇が日本への原発導入を加速させたという事実だった。歴史の闇に迫る。
出演者
【キャスター】
金平茂紀(TBSテレビ報道局)
日下部正樹(TBSテレビ報道局)
岡村仁美(TBSテレビアナウンサー)
佐藤渚(TBSテレビアナウンサー)

ジャンル :
ニュース/報道 – 特集・ドキュメント
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
福祉 – 文字(字幕)

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
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