アニメで弓道や三味線の構えの間違いを指摘すると炎上するのはなぜか
以前、「ストパン、ガルパンに続く「萌えミリタリー・アニメ」はこれか?」というエントリーで、「艦これ」がアニメ化され、人気が出るであろうと予想しました。
この度、めでたくアニメ化が決定し、キービジュアルが公開されたため、注目度がかなり上がってきています。
そんな中、「加賀さんの弓の構え方がおかしい」と弓道部員に指摘され、Twitter上で炎上しているとのこと。
これって、以前当ブログでアニメ『じょしらく』の空琉美遊亭丸京(くーるびゅーてぃ・がんきょう)の三味線の構えがおかしいと指摘して、炎上したのとそっくりです。
じょしらく・空琉美遊亭丸京による三味線の撥の持ち方がひどすぎて絶望した!
DVD&Blu-ray発売前日記念! じょしらく第1話を見返していたら三味線の構えがひどくてさらに絶望した!
じょしらく・丸京の三味線の構えを見るとなぜ違和感を感じるのか? ← つまんねーこと聞くなよ! (笑)
他にも、『薄桜鬼 黎明録』や『Dog Days’』なんかにも三味線や鼓が出てきましたが、構えがおかしかったので当ブログで指摘しました。
薄桜鬼 黎明録〜三味線の構えがひどすぎて絶望した! (笑)
感動した!薄桜鬼黎明録 第9話の三味線奏者の描写が第5話より良くなってて感動した!
Dog Days’ ノワール・ヴィノカカオの鼓の持ち方が間違っていて絶望した!
問題となっている、加賀さんのキービジュアルはこちら(画像はITライフハックより)。
そして、弓の構えについて指摘した画像がこちらです。
(画像はpic.twitter.com/4HuOrXgGABより)
(画像はhttps://twitter.com/Yotsura/status/422567077929431040より)
(画像はhttps://twitter.com/Renma654/status/447914666933501953より)
今回のエントリーでは、構えの是非ではなく、私のブログが炎上した経験を踏まえた上で「アニメ(もしくは特撮など)で構えが間違えていると指摘すると炎上するのはなぜか」をテーマに考えていこうと思います。少し長くなりますが、おつきあい下さい。
間違えの指摘に対する反応
こうした間違いの指摘に対する反応は、ネタにして遊んでいる人たち(加賀さんの弓の撃ち方が間違っていると話題になっていますが、○○をご覧下さいなど)は別として、およそ6種類に類型化することができます。これは当ブログが炎上した際のコメントと、今回の弓騒動に関するコメントを読んだ上で私が独自に類型化したものです。
(1)偉そうにしやがって(=知識をひけらかしやがって)、ふざけんな!
(2)私(オレ)が好きな作品をバカにすんな!
(3)アニメと現実世界をごっちゃにすんな!
(4)絵的によければ(面白ければ)構えなんてどーでもいい
(5)そんなに構えが大事なら弓道マンガでも読んでろ!
(6)たかがアニメにマジになるなよ 頭おかしい、気持ち悪いわ
さて、ここで大事なのはこうした反応が本物か否か(書き込んでいる本人が本当にそう思っているかどうか)ではなく、「このように反応しているのは、一体どのような人たちなのか」です。これは、大まかに3種類に分けられると思います。
(a)指摘した人が持つ専門知識や技能を知らない、持っていない人
(b)アニメ作品のファン、アニオタ
(c)喧嘩の野次馬みたいに、面白半分に炎上させようとする人
この3種類の分布を考えてみると、およそこんな感じになると思います(あくまでも概念図です)。
書き込みを見ていると、構えそのものに対する検証、つまり弓道での構えはこの人が指摘している通りなのか、流鏑馬などはどうなのかといった議論はほとんどありませんでした。私のブログが炎上したときも同じです。つまり、こうした反応をする人たちのほとんどは「指摘した人が持つ専門知識や技能を知らない、持っていない人」です。その中に、(b)と(c)がいるという構図ですね。
そのため、まず(1)偉そうにしやがって(=知識をひけらかしやがって)、ふざけんな! という反応が出てきます。
そして、(b)アニメ作品のファン、アニオタの人たちはアニメ作品に入れあげている、つまり作品と自分とを同一化しています。これにより、間違いを指摘されるということは作品をバカにされたということと同じ、つまりは自分がバカにされたことと感じるわけです。そこから導き出されるのは、(2)私(オレ)が好きな作品をバカにすんな!です。
さらに、このように反応する人たちは指摘した人が持つ専門知識や技能を知らない、持っていない人たちですから、指摘した人のフィールド(専門領域)では絶対に戦わない、いや、戦えない。なぜなら、負けるのが分かっているからです。だから、フィールドの外から石を投げて攻撃する。その例が(3)〜(6)になります。
(3)アニメと現実世界をごっちゃにすんな!は、 二次元と三次元は違うものだし、そんなことを言っていたら何もできなくなるだろという意見ですね。
(4)絵的によければ(面白ければ)構えなんてどーでもいい というのは、キャラクターが可愛く描けていれば構えなんて重要な要素じゃないんだよ、というものでこちらも指摘すること自体がおかしいという意見です。
(5)そんなに構えが大事なら弓道マンガでも読んでろ! も同様ですが、弓道の構えは枝葉末節で、この言葉の裏にあるのは「キャラの可愛さやストーリー(現状ではゲームだけなのでゲームのおもしろさ)などが最も重要なんだ」ということです。つまり、こういったアニメ作品はこう消費するべき、という「同調圧力」をかけることで指摘を否定しています。
(6)たかがアニメにマジになるなよ 頭おかしい、気持ち悪いわ はファンタジーであり、子どもや息抜きに見るアニメごときに目くじら立ててどうすんの、バカじゃねーのという意見で、こちらも「同調圧力」により指摘そのものを否定する点で共通しています。
つまり、おまえがやっていること、つまり指摘すること自体が間違っているとして、指摘そのものを葬り去ろうとするわけです。この(3)〜(6)に関しては、はもう少し後で検証していくことにします。
作品の受容の仕方は一通りではない
ここではまず、(4)〜(6)の同調圧力について考えてみましょう。
私のブログが炎上したときも同じでしたが、指摘そのものを葬り去ろうとする場合、指摘している人の専門領域では戦えないので、最も手っ取り早くて効果的なのが「同調圧力」を使うことです。
同調圧力とは、多数の意見に合わせるように強制していくことで、具体的には「アニメはこういうものだ」「こういう風に作られているんだから、その通りに消費するのが当たり前」「キャラを愛でるためのアニメなんだから、おまえの指摘なんて必要ない」といった文言で出現します。「KY」(空気読め)なんていう言葉も、同調圧力の一例ですね。
こうした文言を読むと、私はいつもこう思うんです。
「ストーリーやキャラクターの可愛さ楽しむことが当たり前だという考え方って、一体誰が決めたの?」
アニメを制作するプロダクション、もしくはディスクを販売する「送り手」は、こうしたら売れるだろう、こうした客層をターゲットにして、こういう内容で売っていこうというコンセプトの下、作品を作り上げているのは皆さんもご承知の通り。そして、キャラクターも1人ではなく、優等生、ツンデレ、ロリ、お姉さんタイプなどを揃えて様々なニーズに対応させようとしています。こうしたさまざまな情報がコード化されて受け手(消費者)に送られるわけですが、100%送り手が意図したように消費されるわけではありません。スチュアート・ホールや現代思想、大衆文化論をちょっと読んだことがあれば分かると思います。
大衆文化論とかアドルノは、大衆の消費は画一的なものと考える傾向にありました。しかし、デビッド・リーズマンなんかは1950年の論文で、受け手は作品を全く同じように消費しているわけではないことを明らかにしているんですね(アドルノとリーズマンの場合は音楽でした)。
つまり、作品の受け手は、皮下注射モデルのように送り手の意図する通りに受容するロボットのような存在ではないということです。もっと言えば、作品を受容すること、ここではアニメを見て評論していくことは、評論者が持っている知識や経験、技能を総動員して能動的に消費していることに他ならない、ということです。
その極端な例がこのブログで、アニメや特撮に登場したカメラをひたすら特定していく内容になっています。私は常にカメラが出てないか、出てきたらどんな描写をしているか、機種は特定できるのか、といったことだけを気にしながらアニメや特撮を見ています。指摘を批判する人たちから見れば、こうした消費の方法はまさしく「言語道断」といえるでしょう。しかし、塵も積もれば何とやら、といった感じで既に紹介した作品は200を超え、さらに特定できたカメラも200機種を超えました。
こうして数がまとまってくると面白いもので、色々と見えてくるものがあるんですね。詳しくは下のリンクからどうぞ。
アニメと特撮に出てきたカメラで特定できた200機種をまとめてみたよー
アニメと特撮に出てきたカメラを200機種特定して、わかったこと(1)
アニメと特撮に出てきたカメラを200機種特定して、わかったこと(2)
実はこんな私の楽しみ方も、アニメや特撮の消費の一形態なわけです。
そして、そうした意外性の中から、新しいものが生まれたり、それをヒントに新たな動きにつながっていくこともあります。逆に言えば、予想できないところから生まれる「意外性」が面白いんです。
以前炎上したときの書き込みに、こんなのがありました。
parties
私はテレビ製品を創っていますが、楽屋においてあるテレビは間違っています。写真を比較すれば簡単にわかりますが、本当はこうならなければおかしいのです。そのせいでこの番組の面白さが半減しています。
監督さん、もうちょっとがんばってくださいよ……。
こういう技術屋だって、楽しみにしてるんですからねっ!
頭おかしい。
まず間違えているのは、お前の論理で行くと、細部の描写だけがよければ作品全体の質が向上するんだろ、そんなわけあるか! と極論で考えていること。細部だけに注目すればいいとは言ってませんよ。
それから、この書き込みを読んだとき、実にもったいないなぁと思いました。返信でも書いたんですが、私にはどこがどう間違っているのか全然分からなかったからです。そうした専門家から見た描写の違いを何十、何百と積み重ねて見ていけば必ず面白いものが得られると思ったわけです。しかし、partiesさんにとってアニメ『じょしらく』はこういうもののようでした。
三味線アニメじゃありません。伝統芸能紹介アニメでもありません。
落語にしてもありえない描写は多々あるが、落語家が見てここ違うとか、わざわざいうとは思えません。
監修のしん平さんも、リアルでない部分もあるがこのアニメはそれでokって言ってます。それが普通でしょう。
重要なのは、「それが普通でしょう」というところです。このアニメはこういう形で作られているんだからその通りに受容するのが当たり前で、細かいことにけちを付けているお前は頭がおかしい、狂っているんだ、ということです。ここでも、みんなはこう消費しているのに、そうじゃないお前は間違ってる、と同調圧力を使っているんですね。
返信として、テレビのどこがどう間違っているのか、説明して欲しいと書きましたが、反対意見をぶちまけるだけぶちまけて、すぐにいなくなってしまいました。実に残念です。
翻って同調圧力は、様々な消費の形態を限定し、閉じ込めてしまおうという大衆文化論に先祖返りさせようとする圧力といえるでしょう。
ただし、消費の方法はすべてから自由で何をしても良いというわけではなくて、送り手の内容によってある程度の制約を受けることは、様々なポピュラー文化の研究論文で明らかにされています。
昔の考え方なら、送り手(アニメの制作会社や原作者など)の意図をどれだけ忠実に理解できるか、というのが受け手にとって非常に大事なことでした。つまり、原作者や作り手が神様で、受け手はそのしもべだったわけです。しかし、現代思想などの普及により、作品の評価を決めるのは一部の高名な学者や評論家ではなく、不特定多数の消費者であるという考えに変わってきました。特にポピュラー文化の場合には、接する人口が多いという意味で重要なんですね。
間違いを指摘している人にとって最も重要なことは何か
弓道の間違いを指摘した人にとって最も重要なことは、私が三味線の構えで指摘したことと全く同じになるかどうかはわからないので、ここでは私の意図を書いておきます。これは、先ほどの「(3)アニメと現実世界をごっちゃにすんな!」に対応しています。
私にとっては、デフォルメはあっても良いと思っています。なぜなら、ガチガチに正しい方法で作り込んでいこうとすると、どうしてもそれだけではうまくいかない、表現に幅が出ない、荒唐無稽な展開ができないといった副作用があるからです。
しかし、一番問題なのは作画担当者が三味線の構えを全く理解しない、理解しようとしないでデフォルメしていることなんです。
三味線が弾ける人にとったら、こんなデフォルメ、換言すれば適当な描写はしないよねという形で描かれていたからなんですね。もし理解していれば、もっときちんとした描写になったはず。だから指摘したわけです。
アニメと現実は違うと言いますが、実は「リアルさ」は「細部に宿る」んですよ。ナウシカの巨神兵がすごかったのもどろどろさを表現した細かさだったわけだし、宮崎駿氏や大塚康夫氏がすごいと言われるのも、細部へのこだわりがハンパないからです。
最も重要なのは、アニメと現実の違いを理解しつつ、デフォルメしないといけないところはする、忠実に再現しなければならないところはする、ときちんと理解した上でまとめていくことなんですね。
要するに、デフォルメするならきちんと基礎を押さえて、マニアを納得させてくれということです。アニメだからといって何もかもでたらめで許されるかというと、そうではない。それは作風や内容によって異なるので一概にはいえませんが、「リアルさ」は「細部に宿る」、つまり細部をきちんと描いていくことは作品のリアルさや表現の幅を追求する上で非常に重要であるということなんです。
「構えができてないからダメ」が本当に言いたいこと
「構えができてないからダメ」ということの真意は、文字通りだけでありません。つまり、「構えがきちんと理解した上で描く、もしくは構えを理解した上でデフォルメして描くことができていたら、もっと可愛く見えるもしくはもっと作品がよく見える」ということなんですよ。
しかし、大変残念なことに、(1)〜(6)で反応してしまう人たちは、そもそも正しい構えが分からないのだから、「どれだけよくなっているかが全く理解できない」。
例えば、雑誌「spoon」の表紙に『中二病でも恋がしたい!』に登場した凸守早苗が登場しましたが、彼女が持っている小物でひときわ光っていたのがカメラでした。
アールデコ調のおしゃれなカメラを持たせることで、幼い女の子という描写の中に「おしゃれ感」と「大人っぽさ」を盛り込んでいる訳なんですね(単に幼いだけじゃないよ、ということ)。このイラストを見て、私は「このイラストレーターさん、なかなかやるなぁ〜」と思ったんですが、それが分からない人は、カメラではなくて熊やチューリップのアップリケが付いているポシェットが描かれていても全く違和感を感じないでしょう。
そうなると、(4)絵的によければ(面白ければ)構えなんてどーでもいい という意見が出てくるわけです。
炎上の根底にある3つの要素
これまで述べたような「間違いの」指摘に対する反応と、炎上の根底には実は以下の3つの要素が深く絡んでいます。この3つの要素は、主に先ほど述べた(1)〜(6)の反応をしてしまう人たちが共通して持っているものです。
[1]違いを指摘されても何がどう違うのか分からないことに対する「苛立ち」
[2]指摘している人に対する「妬み」
[3]アニメ作品に対する「差別」「偏見」
では1つずつ見ていきましょう。
[1]違いを指摘されても何がどう違うのか分からないことに対する「苛立ち」
これは、「(1)偉そうにしやがって(=知識をひけらかしやがって)、ふざけんな!」という反応に顕著に見て取ることができますね。アニメや特撮から離れたジャンル(と思われているもの、もしくはアニメや特撮ファンの興味の範囲外の場所に詳しい人)ほど、この傾向が強いようです。
[2]指摘している人に対する「妬み」
人は自分に持っていないものを自慢されるのを嫌う傾向にあります。たとえば、「お金」「学歴」「資産」「コレクション」など、多くの人々が認めた価値のあるものであればなおさらのこと。間違いを指摘しているのを見ると「この野郎!」となるわけですね。
[3]アニメ作品に対する「差別」「偏見」
個人的には、これが一番大きい問題ではないかなぁと思っています。一見、間違えの指摘を否定してアニメ作品を擁護している人も、実は「差別」と「偏見」を持っていることが非常に多い。
例えば、以前ブログに書き込まれたコメントにこんなのがありました。これは、三味線の構えが間違っているとしてきたところに書き込まれたものです。移転中に移転前のブログに書き込まれたため、こちらのブログでは閲覧できなくなってます(沖縄ケーブルネットワーク株式会社からの書き込みですので、おそらく沖縄の方でしょう)。
^^
アニメにこんなムキになってちゃ人生楽しめないぞ。
じょしらくファンとしては嫌悪な記事ですね
一件、じょしらくを擁護しているように見えますが、実はそうではないというのがミソ。注目すべきは、「アニメにこんなムキになってちゃ」の部分です。
この人(^^さん)の書き込みの裏にあるのは、アニメは息抜きや子どもが見るものであって、厳密さを求められるものではないこと、そしてアニメとはその程度のものでしかないという認識なんですね。
実は反応の(3)〜(6)にもアニメはこんなもんだろ、高尚なものではないポピュラー文化なんだし、「たかがアニメ」というところにも差別と偏見を感じます。その程度の人間が作っているものなんだ、という認識なんでしょうが、その程度の作品を見てどうこう言っている反応者の方々も同レベルなんじゃないかしら、とふと思ってしまいます。
指摘し続けることの重要性
艦これの弓騒動はすぐに収束することでしょう。重要なのは、間違えがあれば指摘し続けていくことだと思います。指摘し続けていくことで、どこが間違えやすいのか、どうすれば避けることができるのか、といったことがだんだん分かるようになります。だから、弓道に詳しい方はアニメや特撮に出てきた弓道のシーンをどんどん比較考察してってデータを蓄積していけば、大学の卒論が書けると思いますよ。だから単発だとダメだと思います。
大事なのは指摘するのを恐れないこと、そしてそれを継続していくこと。このブログも、継続してきたから200機種以上のカメラを特定できたわけですし。1つ1つのデータの重みがそれほどないものなら、それを100、200と積み重ねることで重みを出すことができます。そして、そこから何を引き出すか、そのデータから何を読み取るかは読み手次第ですし、それがその人の強みにもなります。
当ブログは現在、アニメ、特撮に出てきたカメラの特定に特化しています。これからも少しずつではありますが、作品を見守っていこうと思います。
最後に、ついでといってはなんですが、『勇者ライディーン』のゴッドゴーガンの構えがどうなのか、弓道に詳しい方に是非指摘してもらいたいところです (笑)。
他にも、『TARI TARI』に流鏑馬が出てきたと思いますが、そこらへんも気になりますねぇ。
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