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この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。

明日は誰にもわからない

作者:東雲飛泉
 古今東西、人は想いをどんな形であれ積み重ねていた。
 羨望。復讐。欲望。歓喜。悲嘆。
「Cras numquam scire」
 鈴のような声が響く。
 そこにはひとりの少女がいた。
 艶やかな長い黒髪に、整った目鼻立ち。蜂蜜を溶かしたようなしみひとつない肌は陶器のようで、闇色のドレスで着飾った彼女の美貌は精緻な人形のようであった。
 鳶色の瞳がひとりの男を射抜く。
「人は明日を知ることはできない。身を慈しめ、人間。それはお前に不相応だ」
 傲慢な物言いはけれども彼女の美貌を妨げない。
 少女と相対する男はみすぼらしい格好をしていた。
「気をつけな嬢ちゃん。貧民街で強盗に殺人は別に大したことじゃねぇ」
 どこか下卑た笑みを見せる男は懐からなにかを出した。
「これだから馬鹿は嫌いだ」
 それを呆れた目つきで眺める。
 男の手には小型のナイフが握られていた。赤錆びた刃は手入れを一切感じられない。
「俺の言うことをーー」
「くだらない」
 男が言い切る前に少女は告げた。凶器を前にしても微塵も動揺しない少女の姿に、男は逆に驚いた。
 自分が相手にしているのはただの女ではないのか。
 未知が男を襲う。
 武器もなにも持っていない少女。なのに男は知らずうちに冷や汗をかいていた。
「無知とは罪だぞ、人間。知らずうちにそれを手にしたというのなら……」
 少女は不自然に言葉をとめると、目を閉じた。
「ふむ。それもまた一興か……せいぜい足掻くといい」
 そこまで言うと踵を返して去ろうとする。
「待ってくれ! あんたは! あんたは何者なんだ!?」
 男の上擦った声は虚しく響くだけで、少女が止まることはない。
 焦った男は、ふと思いだす。己の持つものを。
「待ちやがれ!」
 赤褐色のナイフを大きく振るう。
 空を切る音と確かな手応え。男は歓喜の声を上げた。
「ざ、ざまぁみやがれ!」
 とぼとぼと、頼りない足取りで歩き去る。
 勢いよく倒れた少女。背に受けた傷は死に至るほど深いものであった。
「浅はかな奴だ。猿と間違えそうになる」
 だが少女は何事もなかったかのように立ち上がった。あるはずの傷はなく、少女を着飾る漆黒のドレスは綺麗なままだ。
 手際よく埃を払うと、しっかりとした足取りでその場をあとにした。
 向かう先は男が逃げさった方向。少女の目的もそこにあるのだから。
「だが時間がない。忌々しい阿呆に時間を取られすぎた」
 舌打ちひとつ鳴らし、足早に追う。
 しばらくして、彼女は足を止めた。
「遅かったか」
 感情の伺えない瞳が虚空を見つめる。
 幾ばくかの時が経った頃、少女はようやく動きだした。
「遅すぎる!」
 少女の胸元から声がした。
 そこには若草色の宝石がひとつ、黄金の装飾が施されたネックレスに収められていた。
「黙れ」
 どこか鬱陶しそうに少女は返答する。
「またひとりマガモノの被害者が出たんだよ。少しは助けようと思おうよ」
「どうでもいい」
 少女の近くを歩く人たちはまず少女の容姿に驚き、独り言のように話す様子に奇異の視線を向けた。
「想いの発露したマガモノを蒐集するのは絶対ではない」
「なんのためにここに来てるの!?」
 少女は眉を顰めた。
「うるさい」
「ならマガモノ集めてよ!」
「はぁ……」
 気だるそうに歩く姿は年老いた人間のようだった。
 ぼろぼろの家々を通りすぎていく。
 貧民街と呼ばれるここの治安は最悪であり、少女の存在は異質であった。
「リア、狙われてるよ」
「知っている」
 黒衣の少女は鋭い視線を向ける。猛獣をも射殺すようなそれは、ひとりの男を捉えていた。
「お初にお目にかかります、蒐集家であらせられるリア様」
 貧民街に似つかわしい美丈夫。
 汚れひとつない燕尾服は、周囲の汚れとの対比でより一層白く見えた。
「……リア」
「わかってる」
 少女ーーリアはその男を一瞥し、歩き去ろうとした。
 男はそれを察したのか笑みを浮かべたまま道を遮る。
「この先には私の主がいます」
「私にはどうでもいいことだ」
「主はわたくしめにあなた様の足止めを命じました」
 男は顔を上げる
「不肖、このアランめがあなた様のお相手をさせていただきます」
 アランは猫のように細い目をさらに細める。弧を描く口元は不気味に見える。
 男にしては長めの茶髪を揺らしながら、ゆっくりとリアに近づく。
 リアは冷めた目でそれを見ていた。
 汚泥のような道を小奇麗な靴で踏み進むアラン。
「リア」
 首元から心配そうな声がした。
「ほお、素晴らしい! マガモノのネックレスですか!」
 男は走り出す。主の指示を果たそうとする。
 白衣の内側をまさぐると、抜き身の刃を取り出す。
 小手調べに、そのナイフを投擲した。
 アランは少女の実力を測りかねていた。主からは油断ならない敵としか聞いてはいた。しかし小柄な体躯のリアは、簡単に折れてしまいそうに細い手足をしており、とてもではないが強者には見えなかった。
「マガモノ持ちめ!」
 投擲したナイフは不可視の壁に阻まれたかのように甲高い音を立てて弾け飛ぶ。
 マガモノの力である。
 アランは忌々しげに言い捨てると、後ろに跳ぶ。
「やはり、蒐集家は強い」
 冷や汗をかき始めた自分を励ますように呟く。
 蒐集家と呼ばれるマガモノを集める者たち。彼らは総じて、なんらかの異能の力をマガモノから引き出し行使する。
「マガモノを集めるためにどれほどの怨嗟をその身に受けてることやら」
 アランは嘲笑した。
「人の想いが籠った物を使い潰す屑野郎が!」
 嘲笑はすぐさま憤怒の表情に変わる。
 彼には許せないものがあった。人の想いを厚顔無恥にも使う蒐集家が。
「ふん」
 少女は蔑む視線を向けた。
「マガモノの想いを人間だけと決めつけるお前に厚顔無恥とは言われたくない」
 右手を男に向けた。
「エロヒムよ、エサイムよ、我が呼び声を聞け」
 禍々しいまでの炎がリアの右手から放たれる。
 豪炎は辺りのボロ屋を燃やすことはなく、アランにのみにその矛先を向ける。
 アランの驚愕に染まった顔を一瞬見る。
 リアはかぶりをふった。
「Cras numquam scire.明日は誰にもわからない。お前の未来もまた誰にもわからない」
 瞳を伏せそう言うと、リアは道の奥へと進む。
 強いマガモノの気配がするのだ。
「解き放たれない想いがあるなら、それに使命を与え解き放つのも蒐集家だ」
 誰に答えるのでもなく、そう小さく言い捨てた。
 リアが通りすぎた後にいたのは地に伏した男の姿。決して炎に焼かれ黒ずんでいるわけではない。想いの込められた火は男の心を蝕んだのだ。
「かつてあった古の王国、その王城を焼き尽くした紅蓮の炎。その亡骸はたったひとつ」
 少女の手には一枚のカードが握られていた。鈍色に輝く金属製のタロットカードが。
「愚者は愚かで狂信的だ。城を焼き尽くすほどの行いも彼らならやるだろう」
 過去を回顧するように、リアは言った。誰にも聞こえるわけではないのに。
 揺らぎない足取りで、リアは進む。
「……リア」
「蒐集家は傲慢なのだろうか」
 彼女の問いに、相棒のたる輝石は沈黙を返した。
 リアはそれに怒るわけでもなく、淡々と進む。
 激高してリアを切りつけた男。その彼が懐に所持していた物。それがリアの目的だった。
「いた」
 そこには無惨な死体があった。リアを切りつけた男だ。
 筆舌に尽くしがたいほどに原型をとどめていないそれは、人間の手によるものではないように見えた。
「やはり…………マガモノか」
「そうだね、リア。彼からはマガモノの匂いがするよ」
 相棒の言葉にリアは頷いた。
 力任せに引きちぎったかのようなそれは人の手には負えない。
「それに、そんなに遠くない」
 首元の宝石が言葉に合わせて薄く発光する。
 どこか神秘的な雰囲気を漂わせる光景に、感嘆の声が響いた。
「ほぉ……これは蒐集家様。あなたたちが来たということは」
「ーーあいつは死んだ」
「そうですか」
 物陰から現れた爺。
 しわがれた手足に、脱色した白い髪。折れ曲がった背筋。全身から老いを感じさせる老人。
 どこか憂いを帯びた顔つきをしていた。
「あなたが相手ならあんな無茶はさせなかったものを」
 悔いるように言う彼に、リアは無感動な瞳を向けるだけだった。
「この辺りにマガモノがいるはずだ。不相応なあいつーー」
 リアは視線を人だったものに向ける。
「ーーあいつの持ち物だったマガモノだ」
「ええ、見ましたとも」
 好々爺ぜんとした表情で頷く。
 老爺は不確かな足取りで歩き始めた。
「あれは私の家に代々伝わるものでしてね。ですがふとした瞬間に盗られてしまったのですよ」
 いやはや老いた、と語る彼の背は弱々しい。
「この先にあるマガモノは……」
「はい、私の持ち物でした」
 老爺は背中を向けたまま独白する。
「彼には……アランにはまだ言っていなかったことです。私も若い頃は蒐集家をしてた時期がありました」
 リアは興味なさげに髪の毛を弄っていた。
「その時に手に入れた一品でしてね……古い短剣ですよ」
 リアはハッと顔をあげた。
 こちらに振り向く老爺の顔にはありありと、高揚感が透けて見えた。
「その短剣は復讐の刃!」
 老骨は朗々と語る。マガモノの想いを。
「古きは悪政を敷いた愚王から、人々を苦しめた魔物まで! ありとあらゆる敵を葬りさってきた! 時には、無念を、時には栄光を。ありとあらゆる想いを秘めたその剣の名はーー」
「ーークラウ・ソラス……」
「ご名答」
 老爺の背に、巨大な人影が現れた。貧民街の家々を軽くこすような大男だ。
「無数の想いが、この剣をこうしたのだ!」
 リアは大男を一目見て、老人に視線を戻した。
「さあ、戻れ! クラウ・ソラスよ!」
 老人が手を掲げる。
 大男が霧散する。
「マガモノ蒐集家として、ひとりの死に損ないとして、あなたに決闘を挑もう!」
 老人の手には短剣が握られていた。
 赤錆びた古びた短剣。ひと振りでもすれば砕け散るのではないだろうか。
「ふんっ!」
 しかし、老爺がそれを振るうと、短剣は神々しいまでの輝きを放つようになった。
「本来の持ち主の手に戻ったか」
「リア、あれはなかなかに危険だよ」
 相棒の警告に、リアは従った。
「アランの仇をとろうとは言わん。あれは私の責任だ。だが、これだけは果たさせてもらう! 蒐集姫と呼ばれるあなたを殺すことだ!」
「Cras numquam scire.いいだろう。私の明日もまた誰にもわからないということだ」
 リアは傲慢な物言いで相対する。
「神々よ! 悪魔よ! 我は求め訴えたり!」
 老骨の持つクラウ・ソラスが異様な輝きを放つ。
 リアはドレスの裾からひとつの宝石を取り出した。
 老人は確かな一歩を踏み出す。その歩みは年相応の小ささだが確実に、リアに近づいていった。
 短剣の放った光にリアは眩しそうに目を細めた。
「馬鹿な!」
 老人は驚愕の声をあげた。
「クラウ・ソラスの光は敵の目を潰し、その切先はひとりでに敵を斬り倒すはずだ!」
 悲しみと絶望が混ざりあった顔で、老人は絶叫する。
「まだ! まだ足りないのか!」
 リアは手にした真紅の宝石を老人に向けた。
「Cras numquam scire.お前の未来もまたわからない。私にはマガモノは効かないと聞いていないのか?」
 どこか呆れたようなリアの声に、老人はただ絶句するのみだった。
「…………老骨には相応しくない最後か」
 老爺は吐き捨てた。
 マガモノの想いを、彼の積年の想いを否定されたようだった。さきほどまではみなぎっていた活力は、復讐心は、もはや枯木のようになっていた。
「違う」
 思ってもいなかった否定の声に、彼は頭をあげた。
「マガモノは確かにお前を主と認めていた。お前はそれを誇っていい。決して想いが拒絶したわけではない」
 呆然とそれを聞いていた老爺は、しばらくして一筋の涙を流した。
「あなたに肯定されるとは、この老いぼれ、感激の極みでこざいます」
 リアの、精緻な人形のような顔は、ただ彼を見つめるだけだった。
 彼は天に手を伸ばした。縋るような、望むなにかを欲するような仕草で。
 老爺は、口でなにか言うとそのままピクリとも動かなくなった。
「……リア、マガモノを回収しよう」
「わかっている」
 リアは無言のまま、老人の手にあるクラウ・ソラスを握りとった。
 そのまま踵を返すと、貧民街の中へ行く。
「マガモノに縛られた馬鹿な人」
 誰に聞かせるでもなく言い捨てた。
 あとに残るは静寂。
 少女はドレスを揺らしながら歩く。
「Cras numquam scire.明日を知らず、明日を知れず。自分の思いに縛られた彼の想いは、それでも確かに存在する」
 リアはクラウ・ソラスをひと撫でして懐にしまいこんだ。
「明日は誰にもわからない」
 夕闇が貧民街に横たわる。
 少女は眩しそうにそれを見つめていた。
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