(左)1984年の全国高校ラグビー大会決勝で同点、両校優勝の願いを込めて蹴った舞鶴・福浦のゴールキックは左に外れた。直後に無念のノーサイド(右)天理との再戦について語る福浦孝二さん=別府商業高校
【東京支社】伝説の名勝負が30年ぶりによみがえる。1984年1月の第63回全国高校ラグビー大会決勝で戦った大分舞鶴、天理の両高校フィフティーンが4月27日、再び「花園」で対戦することになった。全国に感動を与えた当時の選手(OB)らが大阪の近鉄花園ラグビー場に集結。「第8回関西ラグビーまつり」の注目カードとして、午後0時半にキックオフの笛が鳴る。
元主将の福浦さん「リベンジしたい」
試合は、歌手松任谷由実さんの名曲「ノーサイド」のモデルになったとされる。大分舞鶴は黒、天理は白の対照的なジャージー。決勝当日は舞鶴の中心選手が大学入試と重なり、考慮した大学側が特例措置で試験時間を変更するなど、名門校同士の対決は全国の話題をさらった。
試合は劇的だった。両チームとも一歩も譲らぬ大接戦となり、リードを許した舞鶴は終了間際に起死回生のトライを奪って16―18に迫った。決まれば両校の同点優勝になるゴールキックは非情にも左に外れ、直後にノーサイドのホイッスル。舞鶴はトライ数で上回りながらも涙をのんだ。
名勝負は今なお日本ラグビー界の語り草になっており、松任谷さんは一部メディアの取材に「この張り詰めた光景を何げなく自宅のテレビで見かけ、(中略)その情景が思い浮かんでぐっと来た」などとコメント。この試合に作曲の着想を得たことを明かしている。
30年ぶりの“再戦”は、天理側からのオファーで実現した。東西大学対抗戦(同志社―早稲田)の前座となり、25分ハーフ。舞鶴OBは黒色の記念ジャージーで挑む。
主将だった福浦孝二さん(48)=別府商業高校教諭=は、あの決勝戦のキッカーでもあった。「試合は自分の人生を左右した。花園に昔のメンバーが集まり、再びプレーできるのはうれしい。みんなどこまで体が動くか分からないが、戦うからには30年ぶりにリベンジしたい」としている。
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