「ほらっ!くぅちゃん!ちゃんと背中拭いたの!?頭乾かしたの!?」
「拭いたし乾かしたよっ!ここぞとばかりにこっちを見るな!」
『くぅちゃん』と呼ばれた少年、壬生空也が、顔を赤くしながら怒鳴った。
壬生空也は高校2年生なのだが、いまだに姉である壬生かなめと一緒にお風呂に入っている。
正確に言うと、姉にむりやり入り込まれて体中を洗われている。
こんな所、友達には見せられねぇ・・・・絶対。
「・・・・くぅちゃん・・・」
怒鳴られたせいか、かなめは涙目でこっちを見ている。
ちなみに、前をバスタオルで覆ってはいるが、少し太めの腰と太ももが、はみ出て扇情的なことこの上ない。
「ち、ちがうって!あー、いや、そうじゃなくて、ねーちゃんこそ早くあがらないと風邪ひくぞ」
目をそらしながら空也が叫ぶ。
「くぅちゃん・・!!」
ぱっとかなめの顔が明るくなる。
「・・・ただでさえ、ケツがでかいんだからよ」
「くぅちゃん!!!」
ガツン!何かが飛んできた。たぶんシャンプーのボトル。
ベッドの中で、たった一つのベッドの中で、空也とかなめが抱き合っている。
ただしくは、かなめが空也の頭を抱きかかえたまま添い寝している。
「〜〜〜♪」
心底うれしそうに、かなめが弟の頭をなでている。
「もぉ、こ〜んなに幸せそうに眠って、くぅちゃんたら」
綺麗な指を、空也の髪にとおす。
「恥ずかしがって、かわいいんだから♪」
毎日のことなのだが、空也はかなめと添い寝することを拒む。
拒むだけで、それで一人寝ができたためしなどないのだが。
恥ずかしいのである。空也自身、かなめを『女性』としてみているため、
自分の理性に自信がない。かなめはそれに気がついていない。
それでも、姉の胸の中で、空也は安らかな眠りを得ている。
「・・・・」
空也の頭を抱きなおし、首を痛めないように深く抱きとめる。
「・・・そのうち、『お姉ちゃんと寝るのはいやだ』とか言うようになるのかなぁ・・・」
それはすでに言っています。
「・・・・いっしょに眠らなくなったら・・・」
空也を見つめる。穏やかな弟の寝顔。
「いっしょのお風呂も嫌がるようになるのかしら・・・・」
それもすでに言っています。
「一緒にお風呂も入ってくれなくなったら・・・」
意外に長い空也の睫毛。
なんだか悲しくなるかなめ。
「『ねーちゃん、紹介したい人がいるんだ』」
ぐきり!といやな音を立てて、空也の顔をまっすぐに立てた。
「くぅちゃん!おねえちゃん、そんなの許さないんだからねっ!!
くぅちゃんには、彼女なんてまだ早いんだからねっ!!!!」
「・・・・」
寝ぼけている空也。
首を捻じ曲げられることなど、この壬生家では日常茶飯事なのだ。
「くぅちゃん!聞いてるのっ!?」
コクコクとうなずく空也。姉がまた根拠のない妄想で自分をたたき起こしているのだ。
「ほんとに!?ほんとに聞いてるのね?」
目に涙を浮かべたままで、かなめは空也に顔を近づける。
「・・・・聞いてます。要芽お姉様の言うことは、いつも正しいです。」
半分以上眠ったままで、空也は長年培ってきた処世術を発揮する。
「・・・・ならいいけど・・・」
「よろしいでしょうか?要芽お姉様」
「・・・・うん・・・」
と、また空也はかなめの胸の中に納まって規則正しい寝息をたてる。
「くぅちゃん、たまにお姉ちゃんのこと「お姉様」っていうわね?
『ねーちゃん』でしょ?あるいは『かなめおねえちゃん』
・・・・・お姉様?」
ぐきり!と同じ音を立ててまた首をひねられる空也。
「・・・・・まだなにか?」
いい加減眠い。
「くぅや、『要芽お姉様』って誰?」
実に冷たい目で、かなめが空也を問い詰める。
「・・・?かなめねーちゃんのことじゃないか」
「・・・おねえちゃんのこと?」
「そーだよ、要芽お姉ちゃん、そうだろ?」
「おねえちゃんは、『かなめ』でしょ」
「うん、かなめ、おねえちゃん・・・・大切な・・・」
ぽふ、とかなめの胸に帰る空也。寝息。
「・・・・・」
『お姉様』。そういう響きも悪くない。うん、悪くない。
まんざらでもなく、かなめは空也の頭を抱きなおし、眠りについた。
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