「釈明」*1
●釈明と説明
人は誰しも社会生活を送る中で、自分を取り巻く多くの他者たちから「良い印象」を得たいと思うところがある。しかし、この願望はいつでも満たされるわけではない。
自分が「望ましくない特性」を持っていると思われたり、「思われているのではないか?」「思われるのではないか?」という状況にしばしば遭遇する。
社会的「苦境」(Predicaments)[結果1=要因2]、という。
周囲の状況 自らの行為
(要因1) (要因1)
「釈明」(Account)の必要性
(結果2)
釈明:望ましくない不適切な行為、あるいは期待はずれの行為が生じた場合に、その行為と期待との間のギャップを埋め合わせるために、当該行為者が行う言明。
:「説明」(Explanation)の下位概念。
釈明のバリエーション:「弁解」「正当化」「譲歩」「否認」、「メタ釈明」*2
●弁解と正当化
大別して4つに分かれる。
「譲歩(謝罪)」(Conssesion/Apology):相手の言うとおりに自分の非を認め、悔恨の情を示し、罪のあがないを申し出る。
「否認」(Denial):自分の責任を一切認めず、あるいはそうした事件が起こったことさえ認めようとしたいケース*3。
「弁解」(Excuse)と「正当化」(Justification):下図を参照のこと。
●釈明はどのようにおこなわれるのか、どのようにおこなったらよいのか
釈明は「帰属」(Attribution)*2という社会心理学的過程との密接なつながりを持つ。
Ex.)「あの人はいい加減な性格だから、ああいう失敗を犯したんだ!」
人は、上記のような帰属を行うことで、自分の身のまわりの他者たちの行動やその結果、ひいてはその人のパーソナリティに対してある一定の評価を下す。
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ならば・・・
他者から良い評価を得たいならば→自分の行動の原因を自分にとって都合の良いように他者に推測させる、という営みが必要となる。
そこで・・・
そもそも人は他人の行動をどのように推測するのか、どのような原理に従って推測するのか?
そうした原理の1つに「共変原理」(Covariation principle)*3、というものがある。
↓
↓
↓
共変原理に絡む3要因
1) 対象*4
2) 時と態様*5
3) 人(行為主体)*6
「1)」に絡む情報を「弁別性情報」、「2)」に絡む情報を「一貫性情報」、「3)」に絡む情報を「合意性情報」という*7。
Ex.)「友人のAさんが英語の試験で不可をとったことが知られ、その原因が推測される事態が発生」
さて、Aさんはどう「釈明」すればよいか?
まず、周りの人は上記の「不可」の原因をどのように推測するか、そこから考える必要がある。
手がかりとされる情報として、上記の3つの情報が探求(探究?)されることになる。
1)「Aさんは他の科目でも不可をとったのかどうか?」
2)「Aさんのその前の英語の試験の成績はどうだったのか?」
3)「Aさんの他に何人ほどの学生が今回の英語の試験で不可をとったのか?」
もし、
一貫性が高く*1、弁別性も高く*2、合意性も高い*3、と判断されれば、Aさんが不可をとった原因は、「英語の試験の難しさ」あるいは「Aさんは英語が不得手」だと判断される可能性が高い−−これでは親に言い訳が出来ない!−−。
とはいえ、
一貫性は高く*4、弁別性は低く*5、合意性も低い*6となると、 不可の原因はAさんの能力の低さ、に求められてしまうことになる−−もっと拙い!−−。
もしAさんが、<<英語の試験の成績の悪さを自分の能力の低さに帰属されてしまうことを避けよう>>とするならば、なんとかしてAさんは、
合意性を高め*7、一貫性を低め*8、弁別性を高める*9ような情報操作
これを行わなければならないことになる。
●釈明の効果
釈明とは「現実との交渉」である(C.R.Snyder)。
人間は自分自身に関して「肯定的な錯覚」(Positive illusion)*10を抱きがちだが、現実は必ずしもそうした自己観を受け入れてくれるとは限らない。とはいえ、そうした自己観を否定する現実からの反応をそのまま受け入れてしまうと、「自己喪失」につながってしまう。その自己喪失を避けようとする、ないしは既存の自己観を何とか維持しようとする試みの1つが「釈明」である。
「その意味で、釈明はショック・アブソーバ(緩衝器)の役割を果たす」*11。
ショック・アブソーバとしての釈明は、自分自身に対して行われることもあれば*12、他者たちに対して行われることもある*13。特に後者を指して安藤は、
「社会的交換〔=社会的相互作用〕の〔良くない印象を与えるような〕結果に関して行われる、弁解者とオーディエンスの間の積極的な交渉過程」*14
と呼んでいる。
本当に効果があるのか?
実験*1
ある女性(=被験者)が、「実験」アシスタント(=実験協力者、女性)から指示を受けてある課題を遂行する、という<実験>。アシスタントはあらかじめ「ミス」を行い、被験者の足を引っ張り、被験者に悪い成績を取らせるよう実験主体*2から仕向けられている(無論、被験者は「実験」内容は知っていても、<実験>内容は知らない*3)。
ある女性×アシスタントA(「謝罪あり条件」):アシスタントは被験者に謝罪し、その後も実験を続行。
ある女性×アシスタントB(「謝罪なし条件」):アシスタントは謝罪することなく、そのまま実験を続行。
上記の「実験」終了後、被験者は別の実験協力者からアシスタントに対する印象を尋ねる質問が含まれた質問紙を渡される。
その結果(テキスト、43-4頁より)・・・・・
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●=謝罪なし
○=謝罪あり
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●
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○
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●
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○
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○
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不誠実度 無責任度 不注意度
少なくとも、この実験結果を見る限りは、釈明の効果はあるようです。
事後的に行う釈明vs事前に行う釈明
*1 『見せる自分/見せない自分』(以下、「テキスト」と略記)第2章。
*2 釈明を行わないことによって釈明を行う、という高等戦術。
*3 しばしば「メタ釈明」を伴う。
*4 ある人が他者から何か否定的な評価を受けそうな行為。
*5 自分と悪い行為ないしは結果とのつながりを弱めようとする行為。
*1 少なくとも部分的には自分に責任があることを認めた上で、その行為ないしは結果の否定的意味合いの方を弱めようとする行為。
*2 ある人の行動やその結果の原因を、他者が自分なりに推測する過程を指す。
*3 ある現象が生じるときには存在し、その現象が生じないときには存在しないような要因に、その現象の原因が求められること。「桑原が来るといつも雨が降る、桑原が来ないときにはいつも雨は降らない。桑原は雨男だ!」
*4 対象が変われば人間の行動も変わる。ある映画を見ておもしろいと思っても、別の映画を見ておもしろいと思うかどうかは分からない。
*5 同じ対象に対する行動でも、異なる機会、異なる環境の下では、変化が生じる。友人と一緒に見ておもしろかった映画も、一人で見るとおもしろくない、など。
*6 同じ映画でも、その反応は人によって様々。
*7
1)・・・その対象だけに反応しているかどうか。
2)・・・時や様態が変化しても同じ反応が生じるか。
3)・・・同じ対象に対して他の人はどのように反応しているか。
*1 英語の試験ではいつも成績は悪い。
*2 不可をとったのは英語だけ。
*3 Aさん以外にも多くの人が英語の試験で不可をとった。
*4 前年度の英語の試験の成績も悪かった。
*5 他の授業の単位も落としまくっている。
*6 今回の英語の試験の成績が悪かったのは、Aさんの他に数名程度。
*7 不可をとった人はたくさんいる、と吹聴してまわる。
*8 いつも悪い点数をとるわけではない、と強調する。
*9 点数が悪かったのはこの英語だけだと主張する。
*10
1) 非現実的なまでに肯定的な自己評価(俺は有能だ!)
2) 自己のコントロールの過大評価(俺なら何とか出来る!)
3) 非現実的な楽観主義(何とかなるさ!)
http://gyo.tc/IgM5
*11 テキスト、39頁。
*13 社会的相互作用(social interaction)における自己呈示。
*14 テキスト、40頁。「自分が呈示する現実と、他者の定義する現実とのズレ」の調整行為。
*1 http://gyo.tc/IgMU
*2 実験の責任者。
*3 心理学の実験では、よく「表向きの実験目的」と「本当の実験目的」とが異なっている。