公益財団法人 共用品推進機構 専務理事 星川安之
 
1. 柏餅からシャンプー、ボディソープへ
江戸時代、日本人は後世に残る和菓子、「柏もち」を発明しました。その発明とは、味噌餡(あん)の入った餅に巻く柏の葉は裏を、こし餡(あん)に巻く柏の葉は表が上になるように包んだということです。葉の表と裏は、見た目でも分かりますが、触った感触が違うので、目の不自由な人にも識別することができます。

s140327_01.jpg

 

 

 

 

 

 

 

その工夫は300年の時を経て現在(の日本)に「他人の事を考える」という思考がしっかり受け継がれています。20年前、リンス容器と触って識別するため、シャンプー容器の側面に、ギザギザがつきました。それは、目をつむって髪の毛を洗う多くの人だけでなく、目の不自由な人にも識別することができるとても便利な工夫です。その工夫が始まって約20年、目の不自由な人にとっては、シャンプー、リンスと並んでいる「ボディソープ」も識別したいものの一つでした。その声がメーカーの業界団体に届き、この春、通称JISと呼ばれる日本工業規格で承認されたのが、容器側面または丈夫に凸状の一本線がついたものです。
 
s140327_02.jpg

 

 

 

 

 

 

 

2. みんなの会議
 ボディソープにつける凸線一つを決めるにあたっても、使う人、作る人が、合意、つまり同じ気持ちにならなければ、成立しません。今回は、目の不自由な人の団体から私の所属する共用品推進機構に要望を受け、この件に関係する団体の方々と共に、話し合いを繰り返し行いました。ボディソープを作る企業の団体、それを機関として購入するホテルや、旅館の協会、そしてパッケージの規格を作る業界団体、さらにはどのような工夫をすれば良いかを研究する機関の人達です。
 サンプルをいくつも作り、目の不自由な人への確認作業を行った結果が、この凸の一本線です。
 関係する人達全ての合意がないと、次に進むことができません。その前提として、関係する人達が意見を言え、合意するための会議の場が、必要となります。
 アクセシブルミーティング、つまり「みんなの会議」は、日本人が元来持っている「他人を思う気持ち」を、会議の場にあてはめたルールです。
 
s140327_03.jpg

 

 

 

 

 

 

 


 目や耳が不自由な人、車いす、杖を使用している人などが、参加しづらかった会議に、どのようにしたら参加し意見が反映できる会議になるかを、今までの経験を参考に異なる立場の関係者で議論を重ね、できたのが、このアクセシブルミーティングというJISです。このJISは規格を作る時のルールですが、それ以外にも多くの場面で活用することができます。その場面は、大きく2つに広がりました。
 一つは日本での実践を積み重ねた「みんなの会議」を、国際的なルールにすることです。そのために、世界横断のルールを作る機関である国際標準化機構(ISO)に提案し、多くの国から賛同を得、日本が議長国をつとめることになり、この春には国際規格になる予定です。
 もう一つは子ども達に、「みんなで話し合うこと」が、どんな意味を持つか、アニメーションで紹介することにしました。
この「みんなの話し合い」は、誰もが利用できるコンビニエンスストアとは、どうゆう工夫や配慮があれば良いかを、さまざまな人たちが参加する会議で決めていくという物語です。
さらに、このアニメは、目の不自由な人のために「音声ガイド」が、耳の不自由なひとのために「字幕」が表示できるようになっています。
DVD『みんなの話し合い』は、日本児童教育振興財団の教育ビデオライブラリーで、貸出をしています。ご利用希望の方は、日本児童教育振興財団にお問い合せください。
または日本児童教育振興財団、ホームページの利用案内をご覧ください。
 
3.不便さ調査から生まれた「片手でも使えるモノ展」
 さてみなさんは、共用品という言葉をお聞きになったことはあるでしょうか?
「共用品」というのは、さまざまな身体特性のある人たちの意見を聞き、さまざまな工夫をこらし、より多くの人たちが使えるようになった製品のことを言います。アメリカから「ユニバーサルデザイン」という言葉が入ってくる前から、日本ではさまざまな身体特性のある人たちとの「みんなの会議」や、「日常生活における不便さ調査」を繰り返し行ってきた結果、数多くの製品が「共用品」となりました。
 高齢の人たちの意見や経験を聞く機会が少ないと、高齢者の人材派遣を行っている会社では、「高齢者何でも調査団」を結成し、さまざまな企業や公的機関が、製品開発やサービス提供の知恵を得るために、この調査団にアンケートや、みんなの会議(座談会)を依頼しています。
ここの会長さんである上田研二さんは、パーキンソン病で片手が少々不自由です。そのため、片手でできる「かっこいいネクタイがほしい」という一言がきっかけで、「片手で使えるモノ展」というイベントが開かれました。一昨年の秋、東京ビックサイトで行われた「国際福祉機器展」では、主催者によるコーナーにおいて、数多くの「片手で使えるモノ」が展示されました。会期中、朝から晩まで、多くの人が一つ一つの製品を確かめながら見学し、見学者があとをたたない人気コーナーになりました。
 
s140327_04.jpg

 

 

 

 

 

 

 

 

4.不便さ調査から、良かったこと調査へ
 今まで私たちが行ってきたのは、「不便さ調査」でした。ボディソープの一本の凸線も、最初は目に不自由な人たちからの不便さからの提案でした。不便さ調査は、確かにマイナスをゼロに戻す、言い換えると穴の開いている箇所を埋めて平らにする、きっかけにはなり、交通のインフラ、各種製品の共用品化が進んだのは事実です。けれど、不便さを指摘するだけでは、ゼロから「プラス」の方向には変化させることは困難です。ゼロからプラスとは、例えば、この製品を使ってよかった!という感動までに、達するといったことです。
 そのため私どもでは、日本パラリンピック委員会の鳥原光憲(とりはら みつのり)委員長に、座長になっていただき、多くの障害当事者団体、高齢者機関の人たちと共に、「よかった調査」を昨年初めて行いました。テーマは、「旅行」です。 
 交通機関、宿泊施設、レストランなどの飲食機関、観光地で、受けた誘導、案内、説明などで、良かったことを数多く聞くことができました。お聞きになると、「なんだ、当たり前のことではないか!」と思われるかもしれません。しかし、「良かったこと」を今まで文書に残してこなかったことで、多くの現場では、それらを共有することができませんでした。冒頭にお話しした「柏もち」の工夫のように、日本人は元来、他人のことを考え工夫し、行動する力があると思います。2020年に開催が決まった東京五輪・パラリンピックに向けても、「良かった事やモノ」の共有化をはかっていきながら準備が進められれば、きっと誰もが「やってよかった」というイベントになると信じています。