昨日もLOUIS VUITTONから大事な連絡が来たわ!
コレクション・プレヴューの「招待状」に関して。
あと、1月末に非常に嬉しいことがあって…それを手にして今日はお出かけしようっと♪
それと、私の本名と「蘇軾」をキーワードにしたら、ヒットするの。国立国会図書館にも載っていた。
だけど、荒らされている記事もあったわね。
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さて、ブログに本音を書くのは、みんなどこまでしているのか、今回やってみようと思う。
書き出したらきりがないだろうから、ささっと…。
友人によく言われること…それは「Joaillerieちゃんは苦労したことないんだよ。」ということ。おそらく金銭面のことが主だったと思うけど、私はまったくお金に興味がなくて、「好きか嫌いか」だけである。
それを「苦労したことないんだよ」と言ったんだろうか。金額ではない、「好きか嫌いか」。これに尽きる。
たしかに父が会社も経営したりといろいろと経緯があって、幼少の頃から、「好きか嫌いか」だけで購入できたというのは事実。でも、その反面「物を大事にする」ということも、代々の父の家系や、母の家系で伝授されている。だから、どんなものでも、かけがえのないものであれば、ずっと大事にする。
それが私のやり方。
お金などに換算できない、かけがえのない人たち、思い出、瞬間、私はすべて大事。
幼少の頃亡くなった母方の祖父の、あの温かい思い出。私に「生と死」というものを教えてくれた。
今まで数え切れないほどの人々と接してきた中での、本当に大切な一瞬、一瞬。
小児喘息で何度も死にかけた(一緒に救急病院に運ばれた男の子は亡くなった)時、医師よりも必死になって、意識が戻るまで手を握りしめていた両親。そしてその喘息を治してくれた医師の叔父。あの時の真剣な眼差し。
元彼が「Joaillerieがね、こう言っていたのを胸に頑張っているんだ!」と言われた時、その言葉を憶えていてくれたことの驚きと嬉しさ。
3歳くらいの私と叔母が出会ってから、私が20歳になるまで、ずっと私の健康を願い、毎日外を眺めては、私の年齢くらいの子どもを見て、思い続けてくれていてくれたことを知った時。「あなたは大丈夫よ。生きてゆける。」そう言って、翌日に亡くなった気丈な叔母。あんな格好いい女性は見たことがない。叔母の意志は必ず継承する。ずっと見守っていてくれて、ありがとう。
例えば、ブログでしか知らない相手だったのに、ふと心を奪われた瞬間。これは本当にあった。
そして、初対面で目が合った瞬間にお互い心を重ね合った人と出会った感動的な瞬間。
その人と手が触れるだけで、指を見つめるだけで、涙が出そうなくらい愛情を感じた瞬間。
こういった人たちに触れた時。
これはもうお金や物など太刀打ちできないでしょう。
お金はどうとでもなるもの。でも、それ以上に価値のあるものが存在すると確信している。
アート好き、建築好き、ピアノ曲好き、などなどの趣味や教養を親が授けてくれたことにも感謝。
果てしなく拡がる世界を見せてくれたから。
研究者であることも無限に続く私のかけがえのないもの。
体調を崩して何年にもなるけど、それでも研究は大好き。「生きる」ことを支えるものだから。
↑いつものLOUIS VUITTONのVIPルームにて 大好きな店長さんたちといつも談笑。
人と人との関係で言えば、LOUIS VUITTONの店長さん、副店長さん、担当さん達、スタッフの皆さんの、あの笑顔。
笑いながら談笑するときの、本当に穏やかな気持ち。
目と目で会話する温かさ。
体をくっつけて笑い合う楽しさ。
一緒に過ごす楽しさ。
それは私にとってかけがえのないもののひとつ。だからいつもありがとう!と思える
本当にいつもありがとうございます。
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