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83年末の「笑っていいとも」周辺を巡る証言
古本屋で雑誌の宝島を見かけたら必ず買うようにしている。先日は84年1月号を購入した。実際の発売日は83年12月10日。表紙は忌野清志郎で、特集は「テレビで笑いたい」。この特集記事の中の横澤彪・景山民夫の対談、そしてタモリ・景山民夫の対談が面白かったので引用しつつ紹介してみる。
横澤彪と景山民夫
ひょうきん族を知らない自分にとって、横澤彪はバラエティ番組に苦言を呈し続けながら晩年を過ごした爺さんっていう印象だったんだけど(例:http://www.j-cast.com/tv/2010/12/30084709.html)、ひょうきん族全盛の頃、当時47歳なのかな、この時点で既にこんな事を言っている。
横澤 - 要するにね、知的な物が無いわけ全然。笑いというのはパロディーにしろナンセンスにしろ基本は凄く知的なもんでしょ。だから演る方にやっぱり知性が無いとまずいし。それからそれ以上に見てる視聴者のレベルが凄く高いという事。ほとんど大学出てるわけでしょ。演者よりも見てる人の方が感覚的に上いっちゃってると。だからそのギャップがね、凄く出たから。
これは「笑っていいとも」の前身番組「笑ってる場合ですよ」の出演者のレベルが低下している事を嘆いてのコメント。そんな、知性が有る笑いの演者を求めた横澤氏が目を付けたのが早稲田大学卒、当時は深夜のアングラ芸人だったタモリだった。ただ、ここでタモリに関してちょっと面白い証言が。
横澤 - 最初たしかに僕らもタモリと付き合うの初めてだから、掴めないわけね。で、彼自身もやる気が無いわけだから、なんとなく言われた通りね……ほら、彼はどっちかというと他力本願型のタレントだから。
景山 - 台本の通りにちゃんとやっちゃうっていう人ですよね。
横澤 - うん。だからちゃんと言われた事はちゃんとやりますよという。そんな感じでやってたからあんまり盛り上がんなかったんだけども。
プロデューサーに「やる気が無い」と明言されている所がまず凄い。しかも深夜から昼に引っぱりだされて昼の冠番組を任されて間もない頃に「やる気が無い」モードでいられるだなんて、タモさんどうかしてるよ!あと、意外なのが横澤、景山両氏の「台本通りにやる人」という認識。タモリはアドリブの密室芸で頭角を現してきた人だと思っていたのだけれど、当時のテレビの現場の世界では台本通りにこなすという側面の方が際立っていたんだろうか。
「笑っていいとも」のタモリが覚醒しだしたのは、番組開始から1年ほど経ってからだったらしい。ちょっと長いけど引用。
景山 - ビートたけしが「笑ってる場合ですよ」の最終回に客席にわめきましたよね、"お前ら、実は全部騙してたんだ。お前らみたいな客は大嫌いだ。なんでもゲラゲラ笑いやがって"っていう、あれと同じような意味でね、タモリ自身にふっ切れがついたのかなっていう気がしてたんですよね。もうテレビを観てる客が対象、会場の客じゃないっていう。
横澤 - そう、そう。それはね、さんざんタモリに言ったんだよね。ここの現象だけで笑う客をあてにしてるとギャグが言えなくなるから、テレビ観てる人が何万倍って多いんだから、って。
景山 - その辺の時点からね、横澤さんの狙っていたタモリの知的な部分というか、つまりフリートークの部分、台本に頼らない部分、それからはっきり言って悪口の部分がバンバン出てくる様になったっていう気がするんですよね。
たけしのそのエピソード、すげえな!それはさておき、タモリが「台本通り」という領域からはみ出して自由に知的にのびのびとやれるようになったのは、現場で観覧している客では無く、テレビの向こうの何万倍もの人を意識するようになったからだというのが横澤、景山両氏の認識だったらしい。
これを読んでて連想したのが有吉弘行の事。売れてない時期に視聴者目線でテレビを観続けて磨きに磨いた批評眼をテレビの現場に持ち込んで、視聴者の意識を代弁するどころか、思ってもいなかったけれど腑に落ちる事をズバズバ口にする事で当代一の売れっ子にまで上り詰めた有吉さんの姿と、横澤、景山両氏が語るタモさんの姿、ちょっと重なる部分が有る。そういえば今まで考えた事も無かったけど、「笑っていいとも」の後任司会者、有吉さんだと結構うまく行くんじゃないかしら。
タモリと景山民夫
さて、今度は当事者タモリの証言。タモさんはいきなり飛ばしてくる。
景山 - 笑っていいともは最初やりにくかったでしょ。
タモリ - 朝早いしさぁ、やる気しなかったもんね(笑)
自分の口からも「やる気ない」って言っちゃったよ!
さて、この二人の話題は「いいとも」の話というよりは当時のテレビ論、お笑い論の方へと向いていく。
景山 - 欽ちゃんの批判はやんないんですか、最近。
タモリ - やめなさい。欽ちゃんいじめるの。可哀想じゃないか。
景山 - 可哀想じゃないかって(笑)。それも凄いね、言われりゃその通りだ(笑)
彼らが欽ちゃんについて語るのはこのやり取りだけ。でも、その短さにこそ「語る価値すら無い」という冷淡さを感じる。実は景山氏と横澤氏と対談でも欽ちゃんについて言及されている。内容を端的にまとめると「全く笑えないけど、ああいう番組があっても良いとは思う」。
ちなみにこの対談が行われた83年末というのはちょうど「欽ちゃんのどこまでやるの」から派生したユニットわらべの「もしも明日が…。」がオリコン年間1位を奪取する程に売れまくっていた時期。「100%男」と言われていたのもこの時期なのかな。その頃の欽ちゃんを指して「欽ちゃんいじめるの可哀想」というどぎついDisり方をするタモさん当時39歳。とんがってるし、やっぱり、どこか今の有吉さんの姿がちらつく。
あと、景山タモリ対談で興味深いのは、「シャボン玉ホリデー」や「夢で逢いましょう」といった60年代、70年代のお笑い番組と、83年当時のお笑い番組を比較してのこの発言。
景山 - やっぱり時代と密接に関係ありますよね、スピード感(後略)。
タモリ - 非常に瞬発的なものになってるんだよね、笑いが。それと、昔は完成品として出荷されていた番組が、半完成品になってるんだよね、キットみたいな感じ。
景山 - それはいい意見ですね。「タモリ倶楽部」なんて、マニアのためのキットだもん。そのことが分かってない人は絶対笑えない。
完成品から半完成品へ。視聴者が自分達の側で隙間を補完する事で出来上がる笑い。これって今のバラエティ番組のあり方そのものかも。「タモリ倶楽部」や「笑っていいとも」が先陣を切った半完成のお笑い番組の流れの果てに生まれたのが、芸人同士の関係性や各人のパーソナリティを知らないと面白さが分からないような内輪受けのフリートーク主体のお笑い番組。そんなお笑い番組を、タモリをフックアップした張本人である横澤彪が批判し通していたのだから皮肉なものだ。
半完成品の笑いが増えた理由に関してタモリ、景山の両氏は「テレビは集中して観る事に向いていないから」だと看破している。
タモリ - 元来テレビは(略)完成された芸には不向きなんだよね。完成された芸っていうのは、ある程度その場の状況っていうのがあるでしょ。寄席なら寄席で「見るぞぉ」っていう。
景山 - 姿勢がある。うちはテレビ27インチだけど、それでもダメだもんね。(略)周辺が見えちゃうから、自分が入れ込まない。
タモリ - だから向いてないのに、それを長い間完成されたもの、完成されたもの、完成されたものって来たんだよね。だから、笑いに限定して言えば、本当はナマがいちばんいい。ナマじゃない場合は、ほとんど時間通りに、リアル・タイムに撮ったものをやるっていう風になって行くんじゃないかな。
そう言えば、最初は完成したコントを見せるものとして始まった番組が、時を経てだんだんフリートークや企画主体のものに変化していったりするよね。その現象に対して、タモさんのこの発言って結構的を得た説明になってるのかも。結局、がっつり作り込んだものを見せるより、スナック感覚で眺めるものの方が支持を得やすい(し、作り手も消耗しづらい)っていう。
そんな感じで、彼らの対談はいずれも数ページの短いものなのだけれど、30年近くの時を経た今になって読むと、彼らの先見性や、若かりし頃のタモさんの批評性が伺える面白い読み物でした。こういうのが楽しめるから、昔の宝島を買うのはやめられない。
ちなみに同じ号にはこんなインタビューも。
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