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2003/07/07 11:00

インタビュー

[週刊BCN 2003年07月07日付 Vol.997 掲載]

SRA先端技術研究所 執行役員 オブジェクト指向技術担当 青木淳

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 学生時代は物理化学を専攻した。「薬学系の道に進むと思っていたよ」ソフト工学の研究開発などを行うSRA先端技術研究所のトップ、青木淳氏は振り返る。漠然とした好奇心から、何気なく飛び込んだコンピュータ業界。興味を示したものは、最初から他のプログマラーと違っていた。

プロフィール

(あおきあつし)1957年、新潟県上越市生まれ。82年、近畿大学大学院化学研究科博士前期課程修了(理学修士)。同年、富士通ビー・エス・シー入社。86年、富士ゼロックス情報システム入社。91年、SRA入社。同年、米国コロラド州ボルダー研究所に4年間赴任。現在、SRA先端技術研究所CTO(技術執行役員)を務める。現在も現役プログラマーとして活躍。オープンソース推進活動を行う。

年間1万行のプログラムを書く、現場主義は崩さない


 学生時代は物理化学を専攻した。「薬学系の道に進むと思っていたよ」ソフト工学の研究開発などを行うSRA先端技術研究所のトップ、青木淳氏は振り返る。漠然とした好奇心から、何気なく飛び込んだコンピュータ業界。興味を示したものは、最初から他のプログマラーと違っていた。メインフレーム中心に業界が回っていた当時、それには目もくれず、次世代の技術ばかりを探していた。

 「オープンソース」と「オブジェクト指向技術」に魅せられ、SRAの入社を志願。しかし、お願いする立場ながら条件を出した。「海外赴任と、プログラマーとしてずっと働かせてもらうこと」。執行役員の立場でも、“第一線のプログラマー”の立場は決して崩さない。「役職が上がり、部下も増え、純粋にプログラマーとしての仕事に没頭できなくなって、会社を辞めた」。そんな過去もある。

 並のプログラマーが書くプログラムは年間3000行程度だという。しかし、「年間1万行のプログラムを書けなくなったらコンピュータ業界を去る」。青木氏は言い切る。「優れたプログラマーであるためには実践が重要。いつまでも開発現場の中心にいたいから」。 4年間の米国赴任中、オープンソースを体に染み込ませ、独自開発OS「じゅん」の土台を作り上げた。“第一線主義”にこだわり続けて生まれた「じゅん」。その普及と進化に力を注ぐ。

木村剛士・取材/文
ミワタダシ・写真
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