学生時代は物理化学を専攻した。「薬学系の道に進むと思っていたよ」ソフト工学の研究開発などを行うSRA先端技術研究所のトップ、青木淳氏は振り返る。漠然とした好奇心から、何気なく飛び込んだコンピュータ業界。興味を示したものは、最初から他のプログマラーと違っていた。
プロフィール
年間1万行のプログラムを書く、現場主義は崩さない
学生時代は物理化学を専攻した。「薬学系の道に進むと思っていたよ」ソフト工学の研究開発などを行うSRA先端技術研究所のトップ、青木淳氏は振り返る。漠然とした好奇心から、何気なく飛び込んだコンピュータ業界。興味を示したものは、最初から他のプログマラーと違っていた。メインフレーム中心に業界が回っていた当時、それには目もくれず、次世代の技術ばかりを探していた。
「オープンソース」と「オブジェクト指向技術」に魅せられ、SRAの入社を志願。しかし、お願いする立場ながら条件を出した。「海外赴任と、プログラマーとしてずっと働かせてもらうこと」。執行役員の立場でも、“第一線のプログラマー”の立場は決して崩さない。「役職が上がり、部下も増え、純粋にプログラマーとしての仕事に没頭できなくなって、会社を辞めた」。そんな過去もある。
並のプログラマーが書くプログラムは年間3000行程度だという。しかし、「年間1万行のプログラムを書けなくなったらコンピュータ業界を去る」。青木氏は言い切る。「優れたプログラマーであるためには実践が重要。いつまでも開発現場の中心にいたいから」。 4年間の米国赴任中、オープンソースを体に染み込ませ、独自開発OS「じゅん」の土台を作り上げた。“第一線主義”にこだわり続けて生まれた「じゅん」。その普及と進化に力を注ぐ。
木村剛士・取材/文
ミワタダシ・写真