脳で直接コミュニケーションする未来へ、必要なブレイクスルーは何なのか聞いてきた。
こんなみらい、まってた。
2036年に設立100周年を迎えるリコーでは、スペシャルサイトを開設しています。こちらの記事でもご紹介しているので、ご覧になった方も多いのではないでしょうか。
スペシャルサイトでは「西暦2036年を想像してみた」と題して、これまでに「仕事場」「働き方」といったテーマのもと、第一線で活躍するクリエイターと未来について語ってきました。
その第3弾のテーマは「コミュニケーション」。『CHAOS;HEAD』『STEINS;GATE』『ROBOTICS;NOTES』などで知られるゲームクリエイターの志倉千代丸さんとリコーのエンジニア川俣僚太さんが、2036年のコミュニケーションについていろいろと想像してるんです。
そのなかで頻出するキーワードが「BMI」です。BMIとは「Brain-Machine Interface」の略。簡単に言えば、脳のパルス(脳波)を解析してデジタル信号化することでさまざまな機器を操作する装置のこと。これがより発展することで、人と人とのコミュニケーションにおいても、脳内のイメージをそのまま伝えられる可能性だってあるんです。
「BMI」は想像上のものではありません。実は世界中で研究が進められており、すでに医療分野では近い将来での実用化を目指して研究がされているのです。
そこで、医療のBMI研究に携わっている、大阪大学大学院医学系研究科で脳神経科学を専門とする医学博士・工学博士、平田雅之先生にお話を伺ってきました。
平田先生は、脳の表面に置いて正確な脳波測定ができるシート状の電極を開発。実際に脳波を使ってロボットを動かすことに成功しています。
脳とロボット。まさにBMI。平田先生はどのような未来予想図を描いているのでしょうか。
脳の表面に直接置くシート状の電極を開発
医学の世界でのBMIとは、脳の信号を解読し、その人の代わりに機械や装置を使って行動を代行することを目的に研究されています。なかでも特に、身体の不自由な方へのサポートをすることがメインの目的。
イメージとしては、手が不自由な人がテーブルにあるものを取りたいと思ったときに、ロボットアームが取ってくれたり、脳信号でカーソルを操作して文章を書いたりという感じ。これが2014年のBMIです。
脳の表面に直接置くシート状の電極は、てんかんの手術の際に、どこからてんかんが起きているのかを調べたり、どこにどのような脳の機能があるかを正確に調べるために、20年ほども前から使われているそうです。平田先生はこのシート状の電極をさらに細かくして患者さんの脳のかたちにそった立体形状にしたのです。
我々がよく目にする、頭皮に電極を貼り付けて脳波を測定する方法に比べると、かなり高精度。しかし、脳に直接電極を置くために手術が必要となるため、気軽にできるものではありません。
リコーのWebサイトで語られているような、耳につけるだけで脳で思い描いたことが具現化されることは、可能なのでしょうか?
体内埋め込み脳波測定装置の実用化は10年以内が目標
平田先生によれば、
「現在の私たちが持つ技術では難しいと思います。脳というのはとても複雑で、膨大な脳信号が行き交っています。仮にその一部を耳につけたセンサから検出することができたとしても、それはごく一部であり、そこから脳で思い描いたとおりのことを自由にできるようにすることは難しいでしょう」
とのこと。そしてもうひとつの問題が、脳波を解析するための装置の大きさ。現在は電極だけを脳の表面に置き、そこから配線を外に出して大きな脳波計に繋いでいます。つまり、脳波を測定するためには、その装置に繋がれていなければならないのです。
そこで現在、電極だけでなく、測定した脳波をワイヤレスで外部の機器に送信するための小型の機器を身体に埋め込む研究を、平田先生たちは進めているそうです。充電ももちろんワイヤレス。解析のみを外部の装置で行うというわけです。
すでに動物実験の段階であり、4、5年先には患者さんを対象とした研究までたどり着ければ、という段階になっています。そして、10年以内の実用化を目指しているそうです。この体内埋込装置と、BMIを用いたカーソル操作による文章作成とを組みあわせれば、コミュニケーションも可能です。
つまり、手術をすればBMIによる簡単なコミュニケーションはできるということです。
しかし、一般の人が手術までしてBMIを使ったコミュニケーションをするというのは現実的ではありません。あくまでも、これらは医療用という位置付けです。
ならば、頭皮から漏れる脳波を正確に補足して、解析できるようにすればいいのでは。素人考えを平田先生にぶつけてみました。
「それができたらすごいんですけどね。研究はされていて時間をかけてゆっくりとであれば1文字ずつ表示していく方法もあるんですが、思い通りというレベルではなく、画期的なものがなかなか現れていません。脳に電極を置く方法に比べると、精度は雲泥の差。電極の数を増やせば正確性は上がりますが、根本的な精度が違いますから」
うーむ、やはり現段階ではもうひとつふたつみっつほど、ブレイクスルーがないとリコーのWebサイトで語られたような2036年に小型装置を耳にかけるだけでBMIによるコミュニケーションを実現するのは難しいようです。
常温超導電がBMIのカギ
平田先生は、「ウェアラブルガジェットとして成立する可能性があるのは、脳波よりも脳から発生する磁気を計測する方法ではないか」と話します。脳波は、脳に電気が流れる場合に発生する電波です。電気が発生するところには磁気が発生します。しかも、磁気は電気と違って頭蓋骨や頭皮を通過してもほとんど波形が変わらない性質を持っています。
ということは、頭の皮膚の上から脳の磁気を計測すれば、脳波より正確な脳信号が測れるはずなのです。
しかし、問題もたくさんあります。頭の外から測るので脳からセンサーまでの距離が遠くなるため、磁気が減衰してしまい測定しにくくなります。また、まばたきなど筋肉の動きからも磁気が発生し、それらのほうがはるかに強力なため純粋に脳からの磁気だけを取り出すのが困難。そして最大の難関が、常温超電導です。
脳から発生する極々弱い磁気を測定するためにはセンサーの抵抗を限りなくゼロにする必要があります。抵抗をゼロにするには、超電導の環境を構築しなければなりません。現在、超電導の環境を構築するには液体状態にしたヘリウムでマイナス269度までセンサーを冷やす必要があるのです。なので、現在、脳の磁気を測定する装置(脳磁図と呼ばれています)は、何億円もする大型の検査装置であり、大病院の地下で電磁気ノイズをシャットアウトするシールドルームの中に置かれているという状態です。耳にかける小型装置にはほど遠いわけです。
まさか、リコーのWebサイトのようなBMIを使った会議を脳の磁気を測る大型装置を何台も使ってやるわけにもいきませんしね。
この超電導状態を、一般的な温度で再現しようというのが常温超電導ですが、現在はマイナス100度くらいが限界。これが30度前後の温度でも実現できるようになれば、脳の磁気を測定したBMIによるコミュニケーションができる可能性は生まれてきます。
「常温超電導が実現できて、さらに非常に小型化できたら、帽子のような装置をかぶって、脳の磁気を正確に測り、BMIによるコミュニケーションが気軽にできるようになるかもしれません。その際、電気製品や目や口の動きから発生する磁気を選別して、純粋に脳から発生する磁気だけを解析するという、別な技術が必要になりますが……」(平田先生)
ああ、ひとつ問題がクリアしてもまた次の問題が……。脳の磁気を調べる装置は現在もあるということですが、とても大きな上に、20年前とあまり変わっていないということ。脳の世界の研究は、日進月歩というわけにはいかない面もあるようです。
究極の目標に向かってゆっくり前進している
Post from RICOH THETA. - Spherical Image - RICOH THETA
お話を聞いているところをRICOH THETAで撮影してみました。
そもそも、人間の脳はコンピュータとは全く異なるものだということ。コンピュータはあらかじめ数式を与えておき、そこに数値を入れると数式の処理を素早く正確におこなって答えを導き出すものです。一方人間の脳は、神経細胞が非常に複雑なネットワークを構成していますが、結構曖昧な処理をしています。それなのに、正解に近いことを導き出せる。しかも、ほんの少しの朝ごはんでお昼まで働ける。平田先生は「脳は、コンピュータに比べてとても柔軟でエコです。しかも環境に合わせてどんどん変わっていきます」と話します。
脳の研究は、簡単なところはかなり進んでいるそうです。これまでは、運動や感覚などの分かりやすい分野がメインでしたが、最近は感情や戦略的思考といった抽象的な分野の研究がむしろ注目されているとのこと。人間が感じたり、考えるときに、脳のどの部分を使っているのか。そして、その仕組みを解析することができるのか。今の脳研究は感情や思考にともなう複雑な脳の働きを明らかにする段階に移行しているといいます。
「私たちの研究は、医療分野でからだの不自由な患者さんの手足の運動や簡単なコミュニケーションをサポートするというもの。人間の感情部分にはタッチしていません。しかし、今は脳の奥深くまで脳の血流変化を正確に測ることができる装置もあり、脳の機能について研究がどんどん進んでいます。耳掛けの小型装置でBMIにより思い通りにコミュニケーションができる可能性は2036年でもそれほど高くはないでしょう。しかし、脳で思ったとおりのことをそのまま耳に掛けたBMIの装置が読み取って、思い通りにコミュニケーションやロボット操作をしてくれる。そうなることが理想ですね。これは究極の目標かもしれません。この究極の目標に向かって、ゆっくりと前進しているのが現在の状態だと思います」(平田先生)
20年後に耳掛け型のBMI装置で思い通りのコミュニケーションができる可能性はゼロではない
平田先生のお話を伺った限りでは、耳に掛けるだけの小型の装置でBMIにより思い通りのコミュニケーションが気軽にできるというのは、2036年でもかなり難しいことのようです。脳波の解析の問題、機器の小型化、常温超電導などなど、クリアしなければならないことが数多く存在します。
しかし、可能性がゼロというわけではありません。未来はこれから作られていくもの。いつどこで、何が起きるかわかりません。
もしかしたら、想像もできないような技術的ブレイクスルーがあり、一気にウェアラブルガジェット界が変わることもありえます。
音楽がレコードやカセットテープからMD、CD、データというように移り変わってきたように。固定電話がワイヤレスになり、携帯電話、スマートフォンと進化したように。
今では、会議にプロジェクターを使うのは当たり前。また、遠く離れた人ともビデオチャットで会議をすることだって可能です。
こんなこと、ほんの20年前には考えられなかったことです。ということは、このあとの20年も、想像できないようなことが起こる可能性はあります。
BMIに関しては、実用化にむかって研究がどんどん進んでいるわけですから、実現性はゼロではありません。リコーのWebサイトで語られている内容も、今はSFのように思えるかもしれませんが、10年後には近い将来のこととして感じられるようになり、20年後には普通に使われているかもしれません。
もはや、ガジェットは現代社会になくてはならないものとなっています。今後進化するのは必然。その進化が、僕たちの未来といっても過言ではないでしょう。
リコーのWebサイトで語られているように、20年後の未来で僕たちは新しいコミュニケーションをしているかもしれませんよ。
リコーのWebサイトでは、さらにBMIが普及したあとでのセキュリティの話、BMIへの世代によるジェネレーションキャップ、BMIのデータを量子コンピュータや分子メモリを活用して保存することなど、興味深い話が語られているので、ぜひご覧あれ。
[志倉千代丸 ✕ コミュニケーション / 西暦2036年を想像してみた | リコー]
(三浦一紀)