Rescue me.
 広げた腕に、ためらいながらエージェントは飛び込んできた。
 頭に腕を回され、顔を上げる。視線がぶつかる。今は逸らすこともできない。逸らす気もない。
 重ねられた唇を、躊躇することなく割って舌を滑り込ます。
 あの時伸ばせなかった腕を、相手の肩に回す。

 待ち望んだ温もりに心が震える。俺らしくもない。
 だがこの温もりが欲しかったのは事実だ。
 エージェントを抱えたまま後ろに倒れこんだ。

「優等生が夜這いとはな」
「別にお前がしたくないんなら帰ってもいいんだぞ」

 その言葉に、俺の頭に迷いが生じる。
 だから、こいつの本心はなんだって言うんだ。

「………お前は、俺に触られるのが嫌じゃないのか?」

 エージェントが、わけがわからない、という顔をした。
 その隙に、相手を下にして見下ろす。見下ろした視線は、期待には沿わず向こうから逸らされた。

「………本当にいいのか?」
「今更どうもこうもないだろ」

 その言葉からはいまだ真意を掴めない。

「……悪い」
「……なんで謝るんだ」
「いつ歯止めが効かなくなるか保障がないからな。嫌だったら言え」

 そうだ、言ってくれ。そうすれば、離してやる。
 俺の理性のあるうちならな……。

 意を決してキスを、今度はもっと深く。舌が絡まるたびにエージェントの体が震えるのを感じる。

 ……けっこう好きなんじゃないか?
 調子に乗って首筋に舌を這わす。
 ……反応は悪くない。

 引きずり出したモノが半ば起ち上がっていたことに、俺は素直に驚いた。

「っ………見るな」
「いや、本当に堅くなっているなと思ってな……」

 もっと反応が見たくなって、何か言おうとしたのも聞かずにしゃぶりつく。口の中でそれが萎えるどころか質量を増すのを感じて、妙に安心する。

「っやめろ!離せ!」

 それは羞恥心が叫ばせたのか、それとも本当にこの行為が嫌なのか?

「さっき言っただろう、嫌なら言えって」
「………っ!」
「ここは別に嫌じゃないみたいだぞ、エージェント」

 わかりやすく、立ち上がったそれを見せ付ける。舌も這わせてみる。
 その顔が、羞恥で歪んでいることに愉悦を感じる。俺も性質が悪いな。

「ち、違う、そういうのは……」

 返ってきた答えからは拒絶は読み取れない。まだ許されるのか。

「スペクター、なあ……もう………」

 口の中で脈打つのを感じて、俺は一気に喉の奥まで咥え込んだ。
 こういうのは初めてだろ?
 他人によって、快楽を与えられたことはないはずだ。
 あと少し、あと少しでこいつがすべてを曝け出す。
 そう思って目を瞑った瞬間、エージェントが無理矢理に腰を引いた。

「っあ、あああっ!」

 ドクドクと、脈を打ってあふれ出る白い液体。
 イったら何か言ってやろうと思っていたのに、言葉も忘れてただその光景に見入る。

「………だ…から……見るな……」

「…………お前、本当に嫌じゃないんだな」

 言ってしまえばただの生理反応だが、エージェントが自分の行為で射精したことに妙な満足感がある。

「だからそれは……あ、っぁあ…!」

 気を良くした俺は、その後ろの窄まりに唾液を垂らした。辺りをなぞった後、反応を見て指を差し込んでいく。

「っうう……」

 眉間に寄った皺から、痛みと違和感を感じ取る。
 様子を見ながら、性器に手を伸ばした。

「……やめろ………もう……そっちは触る…な」
「痛そうだからちょっとは楽にしてやろうと思ったのにな」

 びくん、とその体が跳ねたのは快楽のせいか、試しにただ入れっぱなしだった指をゆっくりと動かしてみる。

「…は……あ…あっあぁ」

 開かれた奴の口から漏れたのは、今までに聞いたこともない、俺がずっと聞きたかった嬌声。
 快楽を与えてやろうとしていたのは俺なのにその声は、俺の頭に考えられないほどの甘い痺れを生む。

 もっと、もっと聞きたい─…

 ただの欲望の塊になって、その体を掻き抱こうとした俺の耳に入ったのは今日始めて聞いた、拒絶。

「い………やだ……」

 うつろな目で、それでもはっきりとした意思が伝わる。
 俺は自分の指を中から引き抜いた。
 その体が震えたのを感じる。

「……?」
「言ったろ、嫌なら言えって」

 濁っていたエージェントの目に、光が戻る。

「嫌なら止める。俺はもう、無理にお前の体をどうこうしたくはない」

 後ろを向いて俺は座り込んだ。
 俺が欲しいのは、お前の体じゃない。
 今はもう、暴力で組み敷いて、思い通りにしたいわけじゃない。
 絶対的な救世主だったお前が、こうやって二人で居る時だけでも俺のことを見てくれるなら、俺のことで頭の中をいっぱいにしてくれるなら、俺が犯した罪は、許されることじゃない。

 この行為が、エージェントを不安にさせるなら、その心の傷をえぐるなら、ここで止めてやる。

「出て行くのなら早くしろ、悪いがいつまでもそこに居られたらこっちがもたない」

 それは本心だった。俺の理性がまだ残ってるうちにな。

 ………次に感じたのは、背中に伝わる温もり。

 予想もしなかった相手の動きに、返す言葉を捜す。

「……………クックッ…物好きにも程があるな……」

 自分でも、その声が震えていることに気づく。
 それ以上に、次にエージェントが取った行動は俺を動揺させた。
 耳元に寄せられた口が囁く。

「言ってろ、お前だって中途半端じゃ終われないだろ」

 その声に、もう何も考えられなくなって、たまらずにエージェントを組み敷く。

 その目に問う。
 お前は、俺を許すのか、俺に抱かれることを選ぶのか。
 相手の足を開いて、体を推し進める。
 あの時とは違う、慣らされた肉の壁が俺自身を包んでいく感覚。それだけで持って行かれそうな理性を、痛みで歪むエージェントの顔が引き止める。
 引きつったまま閉じられた瞼を指でなぞる。
 俺をぎりぎりまで受け入れて、荒い息を吐いたその口に唇を重ねる。
 ぐったりしたようなその口内は、力なくただ俺の愛撫を受け入れた。
 その反応にぞくぞくさせられる。瞬間、相手をさらに強く抱きしめる。

 全身余すことなく感じる、奴の体温。
 唇が離れた瞬間に漏れたのは、相手の名前。

「……エージェント……」
「スペクター……」
「………すまない」
「……馬鹿、謝るな」

 耐え切れずに動き出した俺に、エージェントが声を上げる。

「ん………ぐぅ…」

 その声に混じる不安を感じ取り、一瞬躊躇する。
 だがもう、やめることはできない。こいつが俺を受け入れてくれるということを、今はもう理解しているからだ。

 どのみちもう止められないがな……。

 だんだんと、ただ快楽に支配されていって相手の体を力任せに掻き抱く。
 その口から漏れる言葉を理解できる理性はもうない。
 打ち付ける速度を速めるうちに、自分にも限界が来ていることを感じる。
 最後の瞬間に、エージェントが叫んだ言葉がなんだったのか。
 ……まあいい、また何度でも叫ばせてやる。
 俺を受け入れたまま果てたエージェントが無性に愛しくて、残っている意思で相手の体を強く抱きしめる。
 既に絶頂を迎えてなお、お互いを求めるように。
 投げ出した意識の代わりに麻薬のような多幸感が流れ込む。

 これは……中毒になるな………。

 隣で横たわる体は、そのまま眠ってしまったようだ。
 もったいない、なにか言ってやろうと思ってたのにな。
 しかしエージェントが起きていたところで、俺はなにを言うつもりだったのか。
 相手の胸の辺りに手を置く、その鼓動を手のひらに感じる。
 口から自然に漏れたのは、ただのシンプルな感謝。

「………ありがとな、エージェント」

 ああそうだ、俺はこう言いたかったんだ。
 俺がお前に犯した罪を許し、自分から俺を受け入れるためにここへ来てくれたことへの、俺に抱かれることを選んでくれたことへの、ただの礼が。

 しばらくまた黙っていたら、俺の手の上にエージェントの手が重ねられたのを感じた。

 …………まさかこいつ起きていたのか?

 さっきの言葉を聞かれたかもしれないと思い当たり、座りの悪い思いをする。
 まあいい、寝てしまおう、明日起きてなにか言われたら知らないフリをすればいい。



 久々に、いい夢が見れそうだ。

→あとがき
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