ダンスホール
ここの所の死神Jr.こと我らが偵察兵はちょっと様子がおかしく、それに関しては他傭兵もハンクも少し気にかけてはいるようだった。
どこかの通信兵のように部屋に篭るというよりは、本社内から滅多に外へ出ない、つまり外部の様子を直に感じないことに原因があるのではないかと師であるハンクは思った。
本社の上層部は基本的にかの傭兵達を野放しにするのを好まないようで。外出の際は必ず面倒な手続きを行わなくてはならず、その外出の許可を得てようやく街へと繰り出すことができる。もちろん、門限つきであるが。
そんな反吐が出そうな勝手な規律をこの傭兵達は嫌い、各々監視の隙をついては本社を抜け出し気分転換の外出を楽しんでいる。
しかしこの真面目な男ベクターは、律儀にも規律を守り全く外へ出ようとしない。必要なものはほとんど本社で取り寄せることが可能で、出掛ける口実もなければそういった気分転換への興味も薄い。
彼は自分でも知らないうちに、こもりっきりの生活でストレスを溜め込んでしまっているようだった。
シンデレラではあるまいし、そろそろガス抜きをしてやらねばならないな、とハンクは昨日組み手で余計なストレスを無意識に混ぜ込んでいたベクターを一目見て思った。
「ベクター、少し付き合わないか?」
「……何にだ?」
ハンク、ベクター共に非番の日。師であるハンクは、内容など全く頭に入っていないであろう雑誌を捲っている覇気のない弟子に声を掛けた。
「とっておきのスポットに御案内というヤツだ」
「外に出るのは駄目だぞマスター。いつもあれだけ監視に、」
「ほう。では、私は今から散歩に出かける。お目付けしてないでいいのか?」
「………………」
ハンクはたまに、こうして全ての責任と判断をベクターから貰い受け、自分が引っ被ってやってはベクターが外へ出られるようにしてやる。
こうでもしてやらなければ、規律を守るといった意志の強いベクターは自ら外出をしようとしない。
ベクターは無言で立ち上がり、ホルスターに銃を隠すように仕込んでハンクと一緒に本社を抜け出して街を歩く。
「…………マスター。やはり無断外出は良くない。戻るべきだ」
「……本当にどうしたんだ。昨日の組み手の時もそうだったが、少し異常だぞベクター」
「何が異常なものか。俺が間違った事を言っているか?」
「本社の上層部が外部の人間と必要以上に関わるなと言うのはまあ解る。下手に一般市民と関わってもこちらにもあちらにも良いことはないからな。しかし我々にも気分というものがある訳だ。傭兵でも極秘でも、我々は人間だ。意識と感情と気分という上等なものが一応備わっている。そこに変わりはない。たまにぶらっと人目に付かないように闊歩して何故咎められる?」
「……………マスターの場合はたまにじゃあないだろう」
返答に詰まったベクターが、どうにか答える。が、ハンクはそれを流して先を続けた。
「生物が移動しようとする範囲というものは、移動しても害はない範囲だとローンウルフが以前言っていた。 気分が赴いた時に行ける範囲に自力で行く。人権なんて言葉を振りかざす訳ではないが、せめて行きたい場所に行きたいと思った時に行くくらいの自由があっていい筈だ。 何様がそれを咎められる」
「……………マスター……だが………」
「お前とて、我々の誰だろうがそうだろう。勿論私とて無闇に人心を惑わせる気はない。だから私はお前に、『人に気取られない』方法を教え込んだ。お前とて我々がいつまでも本社だけで暮せないと解っていたんだろう」
「……違う。そんなつもりは…………」
「適度な気分転換にそう気を詰め過ぎるなベクター。そういった楽観的になれる部分は、少しはベルトウェイを見習った方がいい」
「……………………」
何の事はない、この偵察兵は他の傭兵よりも、危機感だけが突出していただけなのだ。それもまあ、所謂個体差なのだろう。
ならばソレを抱き込んでなだめて、異国の地、この国での外出はそんな畏怖の対象ではないと安心させるのも自分の勤めで理に叶うとハンクは胸の内で思う。
「………まあ、偵察兵は大変だな。考えてしまったのだろう、我々がこの先外部の敵にあぶり出されたら、と」
そう、彼は考えてしまったのだろう。外部を恐れず、外部に大した感情を抱かなかった自分に危惧したのだろう。
幾ら身体を鍛えても術を磨いても、集団の暴力には敵わない。少なくともこの国よりは安全だった母国を出て、吐くほどの厳しい訓練に耐え抜いたにも関わらず、こんな陳腐な街中でつまらない不祥事を起こす事は彼のプライドが許さない。
だからと言って、ベクターという一人の人間を殻の中に閉じ込めておく訳にはいかないと、ハンクはどこかでヒトらしい考え方を持っていた。
「………食事にしようか」
「……?」
「お前が相手だと出向くのは少し躊躇ってしまっていたのだが」
ハンクに案内されたのは、日本食を取り扱う飲食店。これまで全くと言っていいほど外出をしなかったベクターの目に留まったのは、どこか異様に見えてしまうその飲食店のメニュー。
故郷の料理の品名にどこか懐かしさを感じて、ベクターはこの店まで持ち込んでいたピリピリとした空気を少しだけ和らげた。
適当な席に着いて、オススメというものを二人でオーダーする。
「マスター、ここは……」
「私も来るのは初めてだ。出来たばかりの店らしいが、興味があったのでお前を誘い出してみたのだが……」
こ洒落た雰囲気の店内、テーブルには何故か富士の絵が飾られ、白い洋食器とスプーンとフォークが並んでいる。
で、そこに盛られているソレとスープボールに入っているソレは、見た目には完全に散らし寿司と味噌汁であったのだ。
「これは、日本ではどういった食べ物なのか知っているか?」
「ああ……恐らく、散らし寿司と味噌汁だろうと思うが……」
「ふむ……日本食を多少は知っているにしても、本場のお前の口に合うのか心配だ」
結果としてそれは、微妙に珍妙な味がしたものの、確かに酢飯に具を乗せた散らし寿司であったのだ。
スープボールの味噌汁を一口飲んで、ベクターは一瞬故郷の今は無き家に思いを馳せた。
まあマイナスの美学だのプラスの哲学だの言わずとも、味噌汁なんてものは出汁を取ってみそを入れれば、あとはキャビアとかフォアグラとかそういうとんちんかんな物を入れさえしなければ形になるのだ。
「すまないな。私はこういったネイティブな一般な味についてはわからない。私の知る日本食の味は、飽くまでこちらで『日本食』として流通しているそれに他成らない」
「マスター、そのセリフは思い出に浸り過ぎなアメリカ住みの日本人に言ってやるといい。俺は全く気にしていない」
ベクターに言われて、改めてそちらを見た。そうだこの弟子は、控えめではあるが意思のはっきりした気の強い男だった。
「ベクター、そうは言ってもこの国の食事は日本人には辛い物があるだろう」
「この国で『暮らした』のはほんのわずかだが、俺はさほど辛くはなかった」
「ふむ。どういうことだ」
「これはあくまで俺の考え方だが。この国のものを日本の食事の味と違うとつっぱねるのではなく、こういうものだと思えば悪くはないと言うことだ。この国にある和食は、確かにずいぶん日本のものとは違うが、どんなものを作ろうとして作られたものかはわかる。この国の者はこの国の者で、異国である日本の伝統を重んじなおかつ自分達の口にあったものを突き詰めているだけだ。マスターの突き詰めんとした武芸と同じでな」
ベクターはそう言うと、普段は滅多に見せない優しい微笑みを浮かべた。
「それに、俺はマスターとこうして食事をしに出掛けられたことだけで幸せだ。……今日は誘ってくれてありがとう」
そうして少し照れくさそうに、声のボリュームを絞って付け足す。
その後はすっかり大人しくなって食事を再開させたベクターを見て、ハンクは口の端で笑った。
「……気に入ってもらえたのなら何よりだ」
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