おとといの深夜に、僕の働いているホストクラブに来て頂いた女性と、花園神社に行った。
その日は、その女性と一緒に18時ごろにゴールデン街で飲んでいた。新宿の街のことを何も知らない僕のために、彼女が街を案内してくれた。新宿二丁目、三丁目と、一緒に散歩してから、ゴールデン街の飲み屋に入った。
彼女とはゆっくり真面目な話をした。『「絶望の時代」の希望の恋愛学』の内容について、お互いの意見を言い合った。彼女は、僕がまったく気づかないようなことを言ってくれる。彼女の素直な感覚によって得られた気づき。僕は彼女と話すのが楽しかった。
「あたし、シンジさんが、『女性は花だ』って言ったことに、引っ掛かりがある」
「なんで?」
「女性が花なら、女性は自分から狩りにいけないのかなと思って」
「狩りにいきたいの?」
「うん、クラブでエグザエルみたいな男を狩ってみたい。自分と違う人だから」
「エグザエルみたいな人と付き合いたいの?」
「付き合いたくないけど、そういう人と自分の力で知り合ってみたいだけ」
「そっか。多分シンジさんが『女性は花だ』って言ったのは、『女性は花であってほしい』というシンジさんの願望なんだろうね」
「それはわかってる。でも、シンジさんの言葉で、あたしは、今まで自分が『花』だったということがわかった。それで、自分は『花』に甘んじていていいのかなと思った」
「狩りたいなら、狩りに行けばいいと思うよ」
こんな感じの会話をしたと思う。お互いお酒を飲んでいて、よく覚えていないけど。
それから、一緒にホストクラブで飲まないかと誘った。すると、彼女はこう言った。
「なんか、同伴に誘われた女の子の気持ちがわかった気がする。今までの会話がぜんぶぜんぶ、営業だったのかなと思ってしまうから。ホストって大変だね」
「ごめん…」
「ルソー君は、ホスト向いてないよ」
でも、彼女は飲みに行ってくれた。本当に申し訳ないことをしたなと思った。
ホストクラブを出た後に、少しHUBで飲んでから、彼女は僕を花園神社に連れて行ってくれた。深夜の2時であった。
花園神社に入ると、女の子が1人いた。派手な格好をしているが、ひとりぼっちで石段に座っていた。それを見て、彼女が、
「女の子が1人でいるね。花園神社は、水商売をしている人のためにあると思うんだよね」
と言った。
この歌舞伎町というどうしよもない街の裏に、花園神社はある。歌舞伎町の人たちは、みんな歩き方が変だ。歩くスピードは速く、ふにゃふにゃフラフラ歩いている人が多い。男性も女性も目を釣り上げて、イライラしている。時には、完全に病んでしまって、奇声を上げている人さえいる。
神社に入ると落ち着くと彼女は言う。変性意識状態に入れると。たしかに、花園神社は、水商売をしている人のために、あるのかもしれない。他人を扱う仕事をする彼らに、自分自身を静かに見つめる時間を与えるために。
神社の石垣に2人で腰かけて、話をした。
彼女が、土を見ながら話し始めた。
「ねえ、土を見て。土がところどころ、キラキラしているよ」
「え、まさか。土がキラキラするわけない」
「本当だよ。よく見てみて」
僕は土をよく見てみた。僕の目に見える土は、なかなかキラキラし出さない。でも、彼女にはキラキラして見えている。僕は、彼女に促されて、土をもっとよく見てみた。すると、ところどころ、キラキラしているところがあった。ひとつキラキラしているところを見つけると、ひとつ、またひとつと、キラキラしているところが見えてくる。とても小さなガラスの破片のようなものが、一瞬きらめく。
こんなきらめきは見たことがなかった。いや、僕が今まで気づいていなかっただけなのか。土なんて生まれてから、数えきれないくらい見てきたはずなのに、僕は土のきらめきに気づいていなかった。彼女に言われるまで、僕はそれにまったく気づいていなかった。僕は彼女に出会えて、本当によかったと思う。彼女に出会ってなければ、僕は一生、この土のきらめきに気づけなかったから。
しばらく2人で土のきらめきを見た後、また話をした。
「あたしは、他人のクロック数(その人のテンションの高さのようなもの)に飲み込まれやすいの。クラブでも、高い音楽と高いテンションの人に囲まれると、もう倒れるまで踊ってしまう」
「羨ましいな。僕はクロック数が低いから、クラブに行くと、クラブで踊っている自分と、それを俯瞰してみている自分に分かれてしまう」
「あたしは、倒れるまでいくから、それで疲れて苦しくなる。だから、自分のクロック数を見つけるようにしている」
「自分のクロック数?」
「あたしは、早く話す人はいても、自分はゆっくり話すようにしている。それで、自分を一定に保つようにしてる。そういうことかな」
「自分のクロック数か。僕も自分のクロック数を見つけたいな」
「あたしは、変性意識状態って、太陽みたいなものだと思う」
「太陽?」
「朝目覚めた後に、朝日を浴びる感じかな。太陽って絶対的なものでしょ。その光を浴びた時の気持ち。わかる?」
「わからない。今太陽を想像している」
「うん。想像してみて」
僕は彼女のいう「太陽」がわからなかった。僕の経験の中に、「太陽」に当てはまる言葉がなかった。でも、僕はわからないことがうれしかった。
自分の中で咀嚼されていない言葉だけを並べ立てて、相手に理解を示すことは簡単にできる。東大生の会話には、そういう言葉の羅列が多い。最近、東大に行くようになってそう思う。東大は、本当にコミュ障の集まりだなと思う。
歌舞伎町の人たちは、言葉を知らない人が多い。だから、東大生のような言葉の羅列はできない。だけど、言葉が使えない分、感覚で相手の気持ち察知して会話する。うまく言えないけど、人は、感覚でコミュニケーションできた時に初めて、世界は自分1人ではなくなるのではないか。そんなふうに思った。
…
お互い酔ってしまっていて、これ以上会話を覚えていない。彼女は、飲みに行っても、会話をよく忘れてしまうと言う。彼女はそれが悲しいと思っている。だけど、僕は、それが羨ましいと思った。僕は、会話を覚えすぎている。それがつらいなと思っていた。夢中になれないこと。没入できないこと。僕は自分のそういう不真面目さが嫌いだった。
でも、この夜のことは、言葉ではなく感覚で覚えている。土のきらめきと隣に座る彼女の姿が、僕の目の中に残っている。
「男女素敵化計画」も、こんな夜にできればいいなと思う。
このイベントに来る全ての人たちに、土のきらめきを!