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二式大型飛行艇(Emily)
い、次の日の計画を練った。だいたいきょうで目的は達していて、明日は史料館の残りの展示飛行機などを撮影するだけということだった。午後が空き、帰りの船は午後8時50分佐伯発。
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わたしは米軍のオリンピック作戦での上陸地点の一つ、志布志湾をみることと、宮崎にある「八紘一宇の塔」(「八紘之基柱(あめつちのもとはしら)」)をみようと提案した。二つとも戦争とは関係のある場所である。
Mさんの同級生でわたしの叔父は名前を「紘二」という。
昭和15(1940)年生れである。
その年、日本中は「皇紀2600年祭」に湧いていた。
その年が、神武天皇が即位してから2600年に当たることもあって、政府と軍部は国威発揚にそれを利用した。
零戦の由来は、この皇紀2600年のゼロから来たものである。
このイベントで神武天皇の在所とされた宮崎神宮は整備され、その北方の山の上に「八紘一宇の塔」は建立された。
そんなこともあって、教育者であり、また在郷軍人会のリーダーでもあった祖父は、その年に生れた次男に「八紘一宇」の一文字をとって「紘二」と名づけたのだった。
その話はMさんも知っていて、「紘二の塔を写真に撮りたい」と一同その方向でまとまった。
食事会のあと、志布志湾の戦跡を調べようとホテルに利用できるインターネットはないか尋ねたが置いていないとのことで、Gちゃんに連絡をとって調べてもらった。
しかし、開発がすすむ志布志湾にはほとんど戦跡は残っておらず、内之浦に砲台跡がのっこいるだけだとの返事だった。
翌日、9時にホテルを出て、鹿屋基地に向かった。
展示されている自衛隊機などを、カメラマンのNさんが次々と撮影するのを尻目にてんでに敷地内を歩いた。
二式大艇は、第二次世界大戦で実用された最大・最強の飛行艇。
特攻との関連では、鹿屋基地を飛び立って3000キロ離れたウルシー環礁に停泊する米機動部隊を特攻攻撃する、「銀河」の梓隊の先導を引き受けたことで知られている。
一通り見終わったあとで、敷地内にある土産物売り場に入った。
鹿児島の特産物とともに、自衛隊関連の土産物もたくさんあった。
海軍とカレーは縁が深く、そこにも「海軍カレー」が二種類売っていた。
カレーを買って店内を見ていると、「軍人勅諭」「尋常小学校教科書」などとともに「軍国少年はこうしてつくられた」という本が並んでいるのが目にとまった。
「へえー」と手にとってみると、中学校教員だった帖佐勉さんが、小学時代にうけた軍国教育をじっさいの教材をつかって明らかにしているものだ。
戦争中に使われた教材がのっていることもあって買い求めた。
そんな本が自衛隊の敷地内の売店で売られてることに不思議な感じがしたが、それも憲法九条のもとでの自衛隊なのかもしれない。
鹿屋基地を出て、鹿屋基地から飛び立った特攻隊員たちの名簿があるという「小塚公園」に向かった。(つづく)
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