屋久島に伝わる民話を収録した「屋久島の民話」が再編集され、約40年ぶりに南方新社から復刊された。著者は元鹿児島大教授で民俗学者の下野敏見さん(76)=鹿児島市。高校教師だった1961年ごろから夏休みの度に島を訪ね、古老の話者を探して昔話を聞き続けた。今もフィールドワークを信条に県内外を歩き続け、民俗学の研究に情熱を注いでいる。
下野さんは現在、鹿児島純心女子短大非常勤講師。日本民俗学会、日本民具学会などに所属し、第1回柳田国男賞を受賞している。
種子島の高校に勤務していた時に民話を集めていた。遠くに屋久島が望め、「行ってみよう」と決意。どこに話者がいるのか情報もないまま、自転車で集落を回った。
道端で会った人に「話し好きの方はいませんか」「おとぎ話を知っている人は」などと尋ね、教えてもらった先を訪ねた。最初は庭先や木陰で古老の話に耳を傾けた。
話者は80歳前後が中心だった。「昔話を聞きたいなんて、お前が初めてだ」と迎え入れ、幼い頃に囲炉裏端や寝床で祖父から聞いた話を語ってくれた。その内容をノートに取り、録音した。
「当時は高度成長期に入ろうという時。郷土に対して人々は後ろ向きだった」と下野さん。「話者の存在さえ忘れられていて、訪ねると喜んでくれた」と振り返り、数十人から150余りの話を収集した。
汗びっしょりになった衣服を川で洗い、自転車に立てた竹にかけて乾かしながらペダルを踏んだことも、懐かしい思い出だ。こうした時代からこれまでに、県内で収集した昔話は計1500件に上るという。
熱意は今も消えない。「現場こそ大切」と、最近はアイヌの祭りの調査のため北海道に出かけた。墓や拝み方、背負い具などに共通点がある琉球文化との比較研究に引き込まれた。
「私は戦中派。食べ物が満足になく、十分な教育も受けられなかった。何でも吸収したい、知りたいという飢餓感が根底にあるのかなあ」。下野さんはパワーの源をこう話した。
「屋久島の民話」は1964年に出版。絶版になったが、「屋久島の民話 緑の巻」のタイトルで11月に復刊した。16人の話者による45の昔話には挿絵もあり、話者の名前や年齢なども記されている。
会話文は方言を生かし、ほかは口語体にするなど読みやすい工夫も。下野さんは「親が子どもへ、あるいは一緒に読んでほしい。そして学校や社会教育の場で、語り部がそらんじてくれればうれしい」。
来春には下巻に当たる「紅の巻」が刊行予定。県内全域の昔話を収録した新刊も年明けに出版される。問い合わせは南方新社(電話099・248・5455)へ。