エビフライ
・一応ファンタジーです。
・剣も魔法も存在しますが、あまり活躍はしません。
・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。
・訪れる客は毎回変わります。ただしたまに常連となる客もいます。
・人の話はちゃんと聞きましょう。
以上のことに注意して、お楽しみいただけると幸いです。
日も落ちて暗くなった空の星と月の灯りだけを頼りに荒野をひた走るハインリヒの体力は、限界を迎えていた。
このままでは任務を果たすことも出来ず、この荒野で1人寂しく命を落とす羽目になる。
そんな予感を振り払いながら、ハインリヒは荒野を駆ける。
ハインリヒは、重要な任務を帯びていた。
東の森での、モスマンの大量発生。
奴等のばら撒く毒を含む粉と、空を舞い、襲い掛かる爪にハインリヒたち公国の兵士達は必死に篭城で対抗しているが、このままでは敗北は必至だ。
一刻も早く国元に窮状を知らせ、増援を寄越してもらわなくてはいけない。
この、重要な任務に選ばれたのが馬の扱いに長けたハインリヒだった。
国元に窮状を知らせる、師団長の花押が押された密書を懐に入れ、仲間達が作った僅かな隙を見て、砦を出たのが昨日のこと。
予定では既にたどり着いていたはずだった。
ハインリヒの誤算は、馬にあった。
健康で力強い馬を選んだつもりだったが、砦を出るとき、モスマンの毒にやられていたらしい。
乗ってきた馬は道半ばにして泡を吹いて倒れた。
仕方なく、ハインリヒは最低限の荷物だけ背負い、2本の足で城下町を目指していたのだが、それも限界だった。
砦を出るとき、ハインリヒは充分な食事を取ってきた。
だが、それから丸1日。既に胃の中は空だ。
少しでも馬を早く走らせようと食糧を積んでこなかったのは失敗だった。
(こんなところで…死ぬわけにはいかない!)
ここでハインリヒがのたれ死ぬということは、ハインリヒが増援を呼んでくると信じ、今も必死に戦っている砦の仲間達も死ぬと言うことだ。
そのことに対する責任が、誇り高きゼーレマン家の若き騎士であるハインリヒを走らせてきた。
このまま走り続ければ、夜明けまでにはつくだろう。
…問題は、疲労困憊したハインリヒの体力が尽きるのが、それより早いということだが。
だが、神はそんなハインリヒを見捨てはしなかった。
「…!」
ハインリヒの目に、小屋がうつる。
小さな、恐らくは開拓民の小屋。
「助かった…!」
水と食糧だけでも手に入れば…そこまで考えてハインリヒは即座に決意する。
彼は、ともすれば公国の命運を左右しかねない重要な任務を帯びている。
その達成は『何よりも』優先される。
砦を出るとき、これだけはと思い腰にさしてきた、ドワーフの手による名剣に思わず手をやる。
全ては公国のために。
深く、暗い決意を込めてハインリヒは黒くて立派な扉を開いた。
チリンチリンと扉が鳴ると同時に、月と星明りに慣れたハインリヒの目が一瞬眩む。
開拓民の小屋の中は予想外に明るくまばゆかった。
「いらっしゃい」
開拓民らしき男が、ハインリヒに言う。
(…1人か)
その、中年の開拓民の男以外に人の気配は無い。
その幸運に感謝しながら、ハインリヒは威圧的に言葉を紡ぐ。
「私は、公国の騎士ハインリヒ=ゼーレマンである!
この小屋に住む公国の民よ、水と食糧を供出せよ!逆らえば…」
「はいよ」
必死の、脅迫じみた命令を続けようとしたところであっさりと了承が得られ、決死の覚悟をしていたハインリヒは目をしばたたかせた。
「それじゃあ適当に座って待っててもらえますかね?
今おしぼりと水持ってきますんで」
開拓民の男…こんな荒野に住んでいるにしては妙に小奇麗な格好をした男は、ハインリヒに言う。
「わ、分かった…」
余りにも自然体の男に毒気を抜かれ、席に着く。
「ああそうだお客さん。サマナーク語は読めますかね?」
その問いかけに、ハインリヒは困惑しながらも頷く。
「そっか。良かった。ちょっと待っててください」
そう言うと男は部屋の奥…恐らくは水がめが置いてあるのだろう炊事場の方へと行ってしまう。
(なんなのだ?この小屋は…)
店の店主を待つ間、改めて小屋の中を見て、ハインリヒは困惑を深める。
幾つもの、上品な光沢がある卓と、柔らかなクッションがついた椅子。
夜にも関わらず妙に明るい部屋の中。
卓の上には幾つもの小さなガラス瓶や陶磁器が並んでいる。
…食うや食わずが当たり前の開拓民の小屋とはとても思えない。
「おい。貴様は何者だ?ただの開拓民ではあるまい?」
器用に巻かれた布と、金属製の水差し、そして氷と水が入ったガラスの杯を盆に載せて運んできた男に、ハインリヒは尋ねる。
余りにも不審な場所だ。
思わず詰問するハインリヒの声も堅くなる。
「開拓民?なんですそりゃ?ここは、洋食…料理屋ですが」
そんなハインリヒに、男は不思議そうに聞き返す。
「料理屋だと?あんなところでか!?」
冗談としか思えない。
大体、今日ハインリヒが通りがかったことすら奇跡と言って良い場所で料理屋なんぞ開いて、客が来るわけが無い。
そう思ったハインリヒは思わず声を荒げる。
「お客さんがどこの『扉』通ってきたかは知りませんがね、ここの扉は特別製なんですよ。
ドアベルに魔法が掛かってて、向こうの世界の色んなところにここに繋がる同じ扉がある…らしいです」
男は慣れたものでハインリヒに『異世界食堂』のありようを説明する。
…基本的に最初は信じてもらえないのも承知の上で。
「なにをバカな…」
案の定にわかに信じがたい言葉を聞かされて、ハインリヒの困惑は膨らむ。
そんなハインリヒを見て、男は1つため息をついて言う。
「まあ、信じられないのは無理も無いですがね。
俺だっていきなり言われたら嘘だと思うでしょうし。
とはいえ、ここは間違いなく料理屋です。
一応、このメニューに書いてあるものなら何でも出せますんで、ご注文をどうぞ」
そう言うと男…自称料理屋の店主はそっとメニューが記された本を置く。
「メニューだと…?何を言っているのだ…」
文句を言いながら、ハインリヒは店主の前でメニューを開いた。
妙にツルツルした、皮とも紙とも違う奇妙な手触りの本。
それには見たことも聞いたことも無い料理がずらりと並んでいた。
「ふむ。中々の達筆だが…」
このメニューを書いたものは相当高い教育を受けたものであろうことを、ハインリヒは察する。
文字は整って読みやすく、語彙も豊富だ。
それによりハインリヒが見たことも聞いたことも無い料理の説明が的確になされている。
「まあ何でも良い。とりあえず腹が膨れればそれで…!?」
その中の1つにハインリヒの目が釘付けになった。
―――南方の海で取れたシュライプにパンの衣をつけ、油で揚げたもの
その説明文に、状況も忘れ、ハインリヒの喉がごくりとなる。
シュライプは、ハインリヒの故郷である港町で取れる海の生物である。
細長い身体と、大き目のはさみが特徴で、取れた当初は青いのだが、火を通すと赤くなる。
塩を振って焼いたものに被りついたり、刻んでスープの具にして食べるものだが、非常に腐りやすい。
そのため、隣町に運ぶのすら困難で、ハインリヒの故郷のような港町でしか食べられない。
ハインリヒとてもう何年も…騎士団に加わるべく故郷を離れてからは1度も口にしていない。
(ああ、これはいかん…)
シュライプを思い出した瞬間、ハインリヒの舌に、長らく口にしていないシュライプの風味が蘇る。
肉厚の、獣とはまるで違う食感の肉と、噛み締めると広がる、塩の利いた肉汁。
子供の頃、数枚の銅貨を握り締めて庶民の子供のように塩焼きを買いに走った記憶がよぎる。
「お客さん、注文は決まりましたか?」
「あ、ああ…これを」
店主の確認に半ば反射的にシュライプの料理を指差す。
一瞬、ここがシュライプどころかまともな食糧すらあるか怪しい荒野のど真ん中であることを思い出したが、思い直す。
これはこの店の店主が『出せる』と言ったものだ。
出せないのなら詐欺である。
「はいよ、エビフライね。付け合せはパンでいいですかね?」
「あ、ああ」
店主は何でもないようにハインリヒに確認し、頷きを返し、店の奥に引っ込む。
「…本当に出せるのか?シュライプを」
そんな気負いの無い態度をいぶかしみながら、ハインリヒは水を飲んだ。
「うまい…」
思わずため息が漏れる。
氷入りの冷たい水。かすかに果物の爽やかさを感じるそれが、走り続けて乾ききったハインリヒの体に染み込む。
(なんで氷なんぞがこんな場所に普通にあるのだ?)
この店に着てから何度思ったか分からぬ疑問が頭をよぎるが、手が止まらない。
大きな、磨かれた金属製の水差しから水をガラスの杯に注ぎ、飲む。
それを3度繰り返し、そのままとうの昔に空になった皮袋に水を満杯まで注ぎ込み、ハインリヒは一息つく。
「むう…これも中々心地よいな」
次に、出された布で汗を拭う。
見たことも無い不思議な折り方をした、ハンケチーフほどの大きさの布。
熱い湯を含ませてから絞ったのか、暖かいそれで拭うのは、中々に爽快だった。
手を拭い、次に顔を拭い、首筋を拭う。
…店主が用意した3本のオシボリは瞬く間に真っ黒に染まった。
「はいよ。お待ちどうさん。エビフライです。
特製タルタルソースをつけて食ってください」
そのオシボリを回収しながら、店主はハインリヒの前に料理を置く。
白い皿に盛られた、野菜の細切りに、小さく赤い果実。
白く小さな器に盛られた、緑のものが混ぜられた白い何か。
…そして、皿の上にどんと置かれた料理こそシュライプの揚げ物…『エビフライ』であろう。
「そいじゃごゆっくり。
パンとスープはタダでお代わり自由なんで、気軽に言って下さい」
「うむ…」
店主の言葉を聞き流しながら、ハインリヒは思わず唾を飲んだ。
(これが…シュライプだと?)
それは、ハインリヒが知るシュライプの料理とはかけ離れた存在だった。
まず、真っ直ぐだった。
普通、焼くにせよ煮るにせよシュライプとは火を通せば、内側に丸まるものだ。
串に刺し、真っ直ぐに伸ばしてから焼けば真っ直ぐにも出来ようが、この『エビフライ』とやらは串を刺した様子は無い。
にも関わらず、3本のエビフライは真っ直ぐに伸び、皿の上で香ばしい匂いを立てている。
料理法も、良く分からない。
(説明文には衣をつけて油で揚げたとあったが…)
なるほど、エビフライは尻尾の先…シュライプであることを疑う余地の無い、赤い尻尾以外は茶色い衣に覆われていた。
最初は小麦粉を水で溶いた衣をつけたのかと思ったが、それにしては表面がざらついている。
騎士…貴族としてそれなりに多彩な異国風料理を口にしたこともあるハインリヒをして、見知らぬ料理だった。
(…まずは一口食べてみるとするか)
ナイフで先端を切り落とし、フォークに刺して持ち上げる。
どうやら頭を取り、殻を剥いた状態で調理したらしく、衣の下は柔らかく、断面からは白い身が覗いている。
それを口へと運び…噛み締める。
「…おお」
思わず言葉が漏れる。
それは…紛れも無く、シュライプだった。
肉厚の白い肉からは、故郷で食べたものより新鮮なシュライプの肉汁が漏れる。
その淡白な味が、癖の無い油をたっぷり含んだ、香ばしくて歯ごたえのある衣と一体となり、至福となる。
ハインリヒは瞬く間に1本のエビフライを食べつくす。
香ばしい風味を持つ最後の尻尾まで、一気に。
「うむ…む?」
すぐさま2本目に突入しようとしたところで、ふと、ハインリヒは店主の言葉を思い出す。
(確かタルタルソースとか言うものをつけて食えと言っていたが)
皿を見る…正確には、皿の上に置かれた、緑色のものが混じった白い何かが入った小さな器を。
これが店主の言う『タルタルソース』というものなのは、間違いなかろう。
だが、このままでもこんなに旨いエビフライに掛けて…果たして美味になるのだろうか?
ハインリヒはエビフライの先端を切り落とし、白いソースにつける。
白いシュライプの身に、少しだけ緑のものが混じった白いソース。
(見た目は美しいが…)
問題は、味だ。
半信半疑のまま、ハインリヒはそれを口に運び。
―――絶句した。
(なんだ…なんなのだこれは!?)
それは、ハインリヒの知らない味だった。
ひたすらにまろやかで、僅かな酸味を含んだ未知の白いソース。
酢漬けの野菜と茹でた卵、そして癖の強いハーブを微量混ぜたそれは、それがやや淡白なエビフライと交じり合うことで素晴らしい味となった。
(なんと言うことだ…)
ハインリヒは思わず、先ほど食べつくしたエビフライを惜しむ。
そのままでも美味だったが…タルタルソースとあわせた味には叶わない。
グギュルルルル…
腹が、はしたない音を立てる。
恐ろしい体験だった…食べ進むほどに、余計に腹が減るのだ。
「すまない店主!もう1皿頼む!」
思わずハインリヒは注文を重ねる。
「はいよ!お客さん、随分とエビフライが気に入ったみたいですね」
店主が朗らかに笑った。
それから結局ハインリヒはタルタルソースをたっぷりとつけたエビフライを3皿平らげ、パンとスープどころか一緒に盛られた野菜にまでタルタルソースをかけて最後まで食べつくしたのだった。
「神よ…素晴らしき糧をもたらしていただき、感謝いたします」
食後の祈りを終え、ハインリヒの食事は終わった。
是非作り方を知りたいものだ、そう思いながら席を立ち…ハインリヒは顔を青ざめさせた。
(…しまった、金など無いぞ!?)
そう、今は伝令のために飛び出した最中であった。
財布は、砦に置きっぱなしだ。
(これは、困った…)
これだけの美味なる料理だ。
要求されれば銀貨100枚分の価値がある金貨であろうとハインリヒは払いたいと思うし、財布を持っていれば間違いなく払っていたであろう。
だが、無い袖はふれない。
財布を持っていない今のハインリヒは、無一文だった。
(しかし、金を払わぬわけにも…そうだ!)
最初ここを見つけた時は、力尽くで『供出』させようと思っていたことなど忘れ、ハインリヒはそれを思いつく。
「店主よ!勘定を頼みたいのだが…1つ、頼みがある」
「はい。なんでしょう?」
店主を呼び、ハインリヒは言う。
「すまぬが、金が無い!代わりにこれを渡そう!
次に、必ず金を払う!どうかそれまで、これを預かっててくれ!」
そう言うと、ハインリヒは、ドワーフの名剣を店主に預ける。
「へ!?いや、そんなら普通にツケで…」
「ならぬ!これは私なりの誠意なのだ!心配するな!私は必ずまたここへ来る!
今は火急の用事があるゆえ失礼するが、そのときはまた『エビフライ』を食わせてくれ!」
突然の出来事に目を白黒させる店主にそう告げるとハインリヒは出口へ向かって走り出す。
「あ!?お客さん!また来るって言ってもうちは…」
店主の言葉を背中に受けながら、ハインリヒは店を飛び出す。
「すまぬ!急がねばならぬのだ!公国の命運が掛かっている!」
ハインリヒの足取りは軽い。
充分に店で休息を取り、素晴らしきエビフライにもたっぷりとありついた。
もはや、疲れは微塵も無い。
かくてハインリヒは夜明け前には公国の城までたどり着き公国の危機を告げる。
公国も危機の大きさを知り、すぐさま城の兵士達を動かし、公国の危機は辛うじて去った。
そして、一番の功労者であるハインリヒには栄誉と褒美が与えられ…それを手にしたハインリヒは、後に絶句する。
「…バカな!?店が無いだと!?」
危機が去ってより10日後、その場所を訪れたハインリヒが驚愕に目を見開いていた。
あの日、確かに訪れたはずの店は、影も形も無かった。
あの場所に確かに小屋はあったが、それはとうの昔に打ち捨てられた小屋で、人の気配など微塵も無いし、あの日見たはずの黒い扉なんてものもついてはいない。
「ではあの日見たのは…なんだったのだ?」
ハインリヒの脳裏に疑問がよぎる。
夢ではない。それは断言できる。
ハインリヒがあの日預けたドワーフの名剣は、腰から消えたままなのだから。
―――それが、3年前の出来事
あの、奇跡の日より3年後。
「あの…ハインリヒ隊長。お客様がお見えです」
公国に窮状を無事知らせ、危機を回避した功績を認められ、騎士団の隊の1つを任されるようになったハインリヒは、部下によりとある客の来訪を告げられた。
「客?誰だ?」
その言葉に隊長としての貫禄がついてきたハインリヒは首を傾げる。
ここは華やかな都とは無縁の辺境の砦の1つ。
それを約束も無しに尋ねる相手に、心当たりが無かった。
「はい。実はお1人で、隊長を名指しで尋ねられてきたのですが…
タツゴロウ様と名乗っております」
そう言いながら困惑し、部下は来訪者の名前を告げる。
「なんだと!?タツゴロウだと!?本物か!?」
その名前にハインリヒは驚きの声を上げる。
大陸で武名を轟かせる、異国の剣豪。
傭兵はおろか、およそ剣を握るものなら知らぬものはいないその名前に思わず腰を浮かせる。
「はい。それに、吟遊詩人の歌どおりの御方でしたので…」
部下は困惑しながらも事実を伝える。
反りのある異国のサムライソードを腰に佩き、エルフの編んだ魔法銀の戦羽織を着込んだ巨躯の老人。
条件は揃っているし、何より町から辺境の砦であるここまで魔物が徘徊する道を1人で来たのなら、尋常な腕ではない。
「分かった。お通ししろ。くれぐれも粗相の無い様にな」
その話を聞き、ハインリヒは会うことを決め、部下に指示を出す。
そして、彼らは邂逅した。
「初めまして。タツゴロウと申します。
どうぞよろしくお願いしますゼーレマン卿」
噂どおりの老人が恭しく頭を下げる。
異国風の装束、噂に聞こえたサムライソードにもう1本剣を佩いた巨躯の老人。
その姿と身に纏う獅子のような気配にハインリヒは直感する。
間違いない、この男は本物だと。
「いえいえこちらこそタツゴロウ様!
私は公国の騎士、ハインリヒ=ゼーレマンと申します!
その武名はかねがね!」
武人として最大級の敬意を払い、ハインリヒはタツゴロウに挨拶をする。
傭兵の身ながら、人間の身では倒せぬといわれた幾多の魔物を斬ってきた鬼神。
その男に救われたものは、限りなく多い。
「しかして、一体どのような御用向きでこんな田舎の砦に?」
それから、ハインリヒは1つ咳をして尋ねる。
伝説の武人がここまで尋ねてきてくれることは大変な栄誉だが、その理由は分からない。
その問いかけに最もだとばかりに頷き、タツゴロウは言う。
「…実はですね、知り合いに頼まれ忘れものを届けに来たのですよ」
そう言いながら、タツゴロウは佩いていた剣のうちの1本をハインリヒに渡す。
「これは…!?」
その剣を受け取ったハインリヒが驚愕に目を見開いた。
「一体、これをどこで!?」
それは、かつてハインリヒが料理屋に預けたドワーフの手による名剣。
長年それを使ってきたハインリヒが見間違うはずも無い。
3年前から『行方不明』になっていた剣を何故タツゴロウが持っているのか。
思わずハインリヒは問い詰めるようにタツゴロウに質問した。
「ですから、知り合いに頼まれたんです。
取りに来る様子も無いし、剣が無くては困るだろうから届けて欲しいと」
タツゴロウはそんな…店主から聞いていた通り『人の話を聞かなそうな、偉そうなにいちゃん』であるところのハインリヒに、苦笑しながら答えを返す。
「…ということは、まさか!?」
その言葉の意味を考えて…結論に達したハインリヒがタツゴロウにつめよる。
「はい。多分お考えの通りです…
そう言えばこの砦の近くにも確か『扉』があったはず…」
そんなハインリヒを受け流した後、長年の行脚で調べた情報を思い出し、タツゴロウはにやりと笑う。
「どうですかね?明日のドヨウの日…エビフライでも食べに行くというのは?」
やはり聞いていた通りなのに、タツゴロウは苦笑する。
エビフライ。
その言葉を口に出した瞬間、ハインリヒは一瞬絶句した後、大声を上げる。
「エビフライを食べられるのですか!?」
ハインリヒは3年前に食べた美味を思い出し…ごくりと唾を飲む。
「はい。7日に1度のドヨウの日ならば…」
タツゴロウは笑い答える。
それは、異界食堂に新たな常連が加わった日であった。
今日はここまで。
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