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異世界食堂 作者:犬派店主

テリヤキ

・一応ファンタジーです。
・剣も魔法も存在しますが、あまり活躍はしません。
・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。
・訪れる客は毎回変わります。ただしたまに常連となる客もいます。
・常連が通い始めた時期は様々です。最長で30年前くらい。

以上のことに注意して、お楽しみいただけると幸いです。
―――どうやら、向こうもすっかり冬のようだな。

山の外れにぽっかり浮かんだ黒い樫の扉を開き、そこから漏れる暖かい空気を吸い込み、代わりに白い息を吐き出しながら、タツゴロウは改めて冬の訪れを実感した。
タツゴロウが贔屓にしている異世界食堂では、ひんやりした空気が扉から漏れるようになったら夏、逆に暖かい空気が漏れるようになったら、冬である。
異世界の『エアコン』とやらは非常に優秀で、夏に涼しく、冬は暖かい。
異世界食堂はその辺の宿屋や酒場とは比べ物にならぬほど、ともすると王侯貴族の城より快適な場所なのである。

「店主、世話になるぞ」
30年の間にすっかりとお国言葉が磨り減った言葉で、いつものように一言来訪を告げてするりと扉をくぐる。
「はい。いらっしゃい」
タツゴロウに老人から店を受け継いだ青年…を通り越して中年になった男が挨拶を返す。
その声にふと、タツゴロウが通い始めた頃にはもう今のタツゴロウより年老いていた先代店主の顔がよぎりハッとする。
「…なるほど、老いるわけだ」
そのことに苦笑する。
思えば新しい店主が店を継いでもう10年は経つ。
その頃はまだ、若者と言えなくも無かった店主も、今やすっかりと貫禄を増し、ふてぶてしい顔となった。
先代の頃に出してた幾つかの料理が姿を消し、代わりに先代の頃は出してなかった料理がメニューに書かれる様になり、通い始めた頃からのつきあいだった連中がポツポツと姿を消し、代わりに今まで見かけなかった新顔が堂々と席に座っている。
「おっと、すまんね。お嬢さん…通らせて貰うよ」
新顔なのにどこかで見た覚えがある、微笑みながらメンチカツとキャベツにたっぷりとソースをかけている娘の席の脇を抜け、いつもの席に向かう。
店の奥まった場所にある、厨房に一番近い席。
長年の相棒であるサムライソードを下ろし、席にどっかりと腰を下ろす。
いつも通りの椅子の座り心地にホッとタツゴロウは息を吐く。
「やあ…1ヶ月ぶりだな『テリヤキ』」
厨房に自動的に相席となった客…この店きっての古株がタツゴロウに声をかけてくる。
古ぼけたローブを着込んだ、痩せぎすの老人。
今にも枯れてへし折れそうな姿の癖に、卓の上に並んでいるのは良く冷えた黄金色のビールが満たされた杯に、ジュウジュウと揚げたての音を立てる男の大好物。
「ああ。ちょっと仕事が立て込んでてな。お前は相変わらずみたいだな『ロースカツ』」
タツゴロウはこの店で一番長い付合いになる常連に言葉を返す。
店の中で呼び合う時は渾名として、そいつの店での一番の好物の名前で呼ぶ。
誰がはじめたかは忘れたが、いつしか定着した風習だった。
「はっはっは。私がビールとカツを飲み食いできなくなったときは、私が死ぬときだからな」
茶目っ気たっぷりにカラシとソースがたっぷりまぶされたロースカツを噛み千切り、ビールで流し込んでゲップを1つ。
こういってはなんだが…非常に下品だ。
(まったく、これで英知を極めし賢者だと言うのだから恐れ入る)
その様子に、タツゴロウは内心苦笑する。
目の前の『ロースカツ』が、魔術を極め、あらゆる知識に通じた伝説の賢者として魔術師の間では非常に有名であることをタツゴロウは知っている。
恐らくロースカツもまた、タツゴロウの本当の名前を知っているだろう。
30年間、異国の剣豪として幾多の怪物を叩き斬ってきたタツゴロウもまた、相当な有名人だ。
だが、関係ない。
今、この場にいるのはただのテリヤキとロースカツが好物である客であり…友人なのだから。
「お客さん、注文は決まりましたか?」
「ああ、テリヤキチキン。ライスを先に持って来てくれ。ツケモノと一緒に。それと…セイシュのヒヤを」
頃合いを見計らって注文を取りに来た店主に流れるようにいつもの注文を。
「はい、いつものですね」
主人もなれたものでさっさと奥に引っ込み、お目当てのものを持ってくる。
「どうぞ。ライスと漬物、それと今日のみそ汁は豆腐とわかめです」
ことりと置かれる、茶碗に盛られた真っ白なライスと、ツケモノ。
そしてミソのスープ。
タツゴロウがこの店を愛用している理由が目の前に並び、1人頷く。

箸を手に取り、茶碗を取る。
まずは、そのままで、一口。
ふわりと口の中に広がる、ライスの香り。
故郷の茶色がかってボソボソしたコメとは一線を画す透き通った白くて熱いライスをかみ締める。
何度も噛むたびに柔らかいライスが口の中で甘みを増す。
充分に噛み締めたところでライスを飲み込み、タツゴロウは口直しにツケモノを齧る。
ポリポリと音を立てる、冬の風物詩である、ショウテンガイの職人謹製の黄色い、ダイコンのツケモノ。
強い塩気が口の中の甘みを洗い流して行く。
口の中に今度は塩気が満ちたところで、もう1口ライス。
今度は余り噛まず、ミソを入れたスープで流し込む。
柔らかなトウフとワカメ、そしてライスが熱いスープと共に胃の腑へと落ちていく。
「…ふぅ」
思わず息が漏れる。

やはり、良い。
パンが普及しておらず、コメを毎日食べていた故郷を感じさせる、玄妙の味。
この店でしか味わえぬ、柔らかくて甘い白パンも嫌いではないが、やはりライスの方が旨いと感じるのは故郷を思い出させるからだろうか。
(思うに、この店のメシが旨すぎるせいで、ショーユもミソも無い故郷には帰る気にならないのだろうな)
そんな益体もないことを考えながらライスを味わう。
主役が来る前の前座として、たっぷりとライスを楽しむのが、タツゴロウのこだわりだった。
「お待たせしました。テリヤキチキンとセイシュです」
そうして、ライスとツケモノ、ミソのスープを楽しんでいると、ついに今日の主役が姿を現す。
大きな鶏肉の塊を、甘辛く味付けしたソースをつけて焼いた、テリヤキチキン。
これこそがタツゴロウが愛してやまぬこの店の味だった。

箸でも食べやすいよう、薄切りにされたそれを1つつまむ。
茶色く透き通ったテリヤキソースがたっぷりとかけられた茶色い皮と、穢れを知らぬ乙女のように白い肉。
その対比が美しい。
まずは目でそれを楽しみ…口へと運ぶ。
余計な油が程よく抜けてねっとりとした皮と、柔らかい肉の感触が同時に口に広がる。
噛むたびに皮からは油が、肉からは肉汁が口の中に広がる。
(嗚呼、これはいけない)
タツゴロウは急いでライスを口に運ぶ。
それ単体では少し濃いように感じるテリヤキが、ライスと共にあることで完全な味へと至る。

テリヤキこそがこの店で最もライスを美味しく食べる方法だとタツゴロウは思う。
昔、そう断言したら『カレーライス』と『オムライス』と『カツドン』が猛然と反論してきて、危うく本気で喧嘩になりかけたこともあった。

この店で一番旨い料理は何か。
常連の間では何度か議論になったこの話題は、この店が作れる料理の幅が広すぎるがゆえに、未だに結論は出ていない。

そして、いよいよ異世界の酒、セイシュへとすすむ。
テリヤキを肴に、酒を飲む。
ドワーフの好む火酒のように強い酒精を含む辛口の酒が、甘い味付けのテリヤキと良く合う。
この酒も、異世界ならではのものだ。
この店にドヨウの日のたびに『飲み』に来ている酒職人のドワーフが、何とかして向こうで同じものを作ろうと何年も頑張っているらしいが、未だ完成には至っていない。
すなわちまだしばらくは、セイシュは異世界食堂でしか味わえぬということになる。
「むう…テリヤキチキンも旨そうだな…」
そうして楽しんでいると、ロースカツがポツリと呟く。
「真ん中の一切れと交換なら、変えてやってもいいぞ?」
友人のよしみで提案してやる。
ライスと最高の組み合わせなのはテリヤキだが、ソースをたっぷり含んだロースカツも、中々にライスに合うことを、タツゴロウは知っている。
「…端っこではダメか?」
「ダメだ。嫌だと言うならば、自分で頼め」
そこは譲れない。
それからは軽口を叩きあいながら、食事を楽しむ。
酒を飲み、料理を楽しみ、会話を交し合う。
そして楽しい時間が過ぎて…
「さてと…そろそろ戻らんと弟子どもがうるさいな」
ロースカツが席を立ったのにあわせて、タツゴロウも席を立つ。
「おい店主。会計はここに置いていくぞ」
タツゴロウは懐の財布から銀貨を何枚か取り出し、テーブルの上に置く。
毎回少し多めに置いている。
若くて金が無かったころ、先代にツケにしてもらったり負けてもらったことがあるので、その恩返しだ。
「はい。毎度ありがとうございます」
店主も慣れたもので、素直にそれを受け取りテーブルを片付け始める。
「世話になった。また来る」
そんな店主に、タツゴロウは一礼し、ロースカツと連れ立って出口へと歩いていく。
「…ふむ。さしずめ『メンチカツ2世』か」
その途中、ふとロースカツが呟く。
その視線の先には、1人の少女…先ほどタツゴロウが見た新顔だ。
とうに食事を終えたらしく、コーヒーを飲みながらくつろいでいる。
「…なんだそりゃ?」
唐突な言葉に、タツゴロウは首を傾げる。
「なんだもなにも、見た通りよ」
そういって笑いながら、ロースカツは店を出て行く。
「なんなんだかなあ…あのジジイは」
そう思いながら店を出る。

店を一歩出ると、月に照らされた山の中。
店から出た時に繋がるのは、入ったのと同じ場所。
暗い夜道は危険なので、ゆっくり注意しながら、寝屋である庵に向かう。
「…ああ、そうか。2世か」
ほろ酔い気分で歩いていると、急に先ほどのロースカツの答えの意味を見出す。
「そういや何年も見てなかったな…メンチカツの奴は」
風の噂では病で死んだと聞いている。
あの店で一番メンチカツを愛していた男だった。
…そして、ロースカツがメンチカツ2世と呼んだあの娘は…
メンチカツには似てなかったが、メンチカツが似合っていた。
「なるほどなあ…世は巡る、か」
恐らくあの娘はメンチカツの血縁だろう。
かなり年は離れているが。

―――そのうち、見所のある奴を、異世界食堂に連れてってやるか。

そんな考えがふとよぎる。
このまま、自分が死んだから忘れ去られるのはもったいない。
タツゴロウはそう、感じていた。
本日はここまで。
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