<2013年12月=東スポ携帯サイトより>
福山雅治主演の映画「そして父になる」(是枝裕和監督)が話題だと思ったら、今度は現実世界で本当に東京都江戸川区在住の60歳男性が昭和28年に生まれた病院で、13分後に生まれた男性と取り違えられていたことが発覚した。
男性は貧しい家庭に育ち、中学卒業後すぐに町工場で働きながら定時制高校を卒業。一方、今回の訴えで判明した男性の実の家庭は裕福だったことも報じられている。
この赤ちゃん取り違えニュースに「まるで『やがて父になる』を地で行く話だ」と話題の映画に例える人もあれば、「韓流ドラマみたい」という人もいたし、生まれてすぐではないにしろ、伊勢湾台風による大混乱の末、山口百恵と秋野暢子が入れ替わってしまう「赤い運命」(昭和51年)に例える人もいた。
今回発覚した事件の貧富のコントラストからして、ここはあの名作アニメ「さすらいの太陽」(昭和46年・フジテレビ)に例えるのがベターだろう。この名作アニメ、本放送時は男子に人気の「タイガーマスク」の裏番組だったため、男子視聴者は少なかったはずだが、昭和50年代半ばまでは、かなりの頻度で再放送が繰り返されたため、男女を問わず一定の年代には知名度が高い。にも関わらず、今回の事件報道で「さすらいの太陽」を思い出した人が少なかったことに寂しさを覚えた。
このアニメの取り違えは病院側のミスではなく、あくまで人為的、作為的に赤ちゃんが取り違えられる。諸悪の根源は看護婦の野原道子なのだ。かつて金持ちの恋人に捨てられた道子が金持ちを憎むあまり、すべての金持ちに復讐を誓い、香田財閥の令嬢として生まれた香田美紀を、下町の貧乏な屋台おでん屋の娘・峰のぞみとスリ変え、2人の成長を常に影から見守り(?)つつ、さまざまな妨害工作で微調整しつつ、ともに歌手を目指す2人の人生を狂わせていくという物語だ。
そんな道子の何が怖かったかって、デスラー総統のような青い皮膚、そして低音でつぶやく(この道子は、とにかく独り言が多い)、実に凄みのある声なのだ。
この声を演じていたのが11月25日、多臓器不全のため82歳で亡くなった声優の来宮良子さん。あの「演歌の花道」(テレビ東京)や「たけしの本当は怖い家庭の医学」(テレビ朝日)のナレーションの人といえば分かるだろう。
他にも「放送中は女湯が空になった」という伝説とともに日本放送史にその名を残すラジオドラマ「君の名は」(昭和27年)の「忘却とは忘れ去ることなり――」とか「忘れ得ぬ人とは遠き人を言うなり――」の冒頭ナレーション。TV版「バットマン」のミス・キャット、「銀河鉄道999」のメーテルの母・プロメシューム、「ヤヌスの鏡」や「花嫁衣裳は誰が着る」などフジテレビ放送の大映ドラマや「スケバン刑事シリーズ」のナレーション、さらには昭和時代の映画館でおなじみのニュース映画「毎日ニュース」のナレーションも担当されていた。
女性の声で怖さを感じる存在といえば、この来宮さんと岸田今日子さんが双璧。そして男性声優では、日本テレビのUFO特番などでおなじみの矢島正明だろう。このお三方が朗読すれば、たとえ「桃太郎」でも単なるエロ小説でも、背筋も凍る恐怖の物語に感じられるほどだ。
本来は逆境に負けない、けなげな主人公を描いた「さすらいの太陽」が、なぜに恐怖を感じるアニメだったかと言うと、物語の鍵を握る道子が来宮さんの声で、物語の世界観や登場人物の心情を説明するナレーションが矢島正明だったからだろう。つまりドラマの鍵を恐怖系声優の男女二大巨頭が担っていたからだ。
そんな来宮さんを偲びつつ、今一度、42年前の名作「さすらいの太陽」に注目して欲しいものだ。