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異世界食堂 作者:犬派店主

肉まん

・一応ファンタジーです。
・剣も魔法も存在しますが、あまり活躍はしません。
・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。
・訪れる客は毎回変わります。ただしたまに常連となる客もいます。
・肉まんのお求めは中華料理専門店『笑龍』まで。冬季限定です。

以上のことに注意して、お楽しみいただけると幸いです。
商店街の片隅にある古株の料理屋、洋食のねこやの『異世界食堂』としての一日は結構忙しい。
まず朝。夜明けと共に異世界へと扉が繋がったばかりのころは準備に当てられる。
最近雇ったアレッタの『出勤』を出迎えて二人で朝食をとった後は店内を軽く掃除したり、今日の分の料理を準備したりして過ごす。
この時間に来る客は少なく、比較的ゆっくりと過ごすことが出来る。

それから少しして、昼前の頃から見せはにわかに忙しくなりだす。
異世界の各地から昼時の食事を求めて客がやってくるのだ。
この辺りは平日と変わらず、店内では様々な料理の注文が飛び交い、店主とアレッタは店内と厨房を往復し、ひたすら客を捌くのに終われる。

昼時を有る程度過ぎれば、異世界食堂にはつかの間の平和が訪れる。
この時間帯でも客が途切れることは無いが、この時間帯に来る客の目当ては大抵は食事ではなく、菓子の類。
ねこやではデザートの類は基本的にすぐ上の階で作られ、朝のうちに運びこまれた様々なケーキを盛り付けて出すだけである。
無論チョコレイトパフェやホットケーキ、クレープにポテトチップスと言った店主自ら作る必要がある菓子類もあるが、そのほかは菓子の供である飲み物の類を一緒に出すだけである。
この時間は主にアレッタや店主の昼食や夕方の仕込みや休憩に当てられる。

そして夕方。店は二度目の忙しい時間がやってくる。
その日の仕事を終えた様々な客が詰め掛けてくるのだ。
この時間もまた、様々な料理の注文が飛び交うが、これらは主に酒と共に供される。
この時間帯の客の目的は、向こうの世界では手に入らぬ貴重な『異世界の酒』であることが多い。
彼らは異世界の酒を大いに飲み、その肴として様々な料理を食すのである。

その時間が過ぎ、日がすっかりと落ちる頃、店は落ち着きを取り戻す。
どうやら向こうの世界では日が暮れたら早々に眠りにつくのが普通であるらしく、客も目に見えて減る。
……逆に夜にしか来られない客や、必ず店を閉める直前に来る客などもいるのだが。

とある土曜日、店主が少し珍しい客を『出迎え』たのは、昼過ぎの、少し暇な時間帯であった。
「春子さん。すいません。わざわざ」
店の裏口で商店街の寄り合いのお知らせと、差し入れだと言う袋を受け取りながら、店主は春子に頭を下げた。
「あらあら、いいのよ。今時分はお父ちゃんはともかくあたしはどうせ暇だしね。
 そっちのはまだ蒸してないから、食べるときに蒸してね。
 ……それより、マコくんこそ大丈夫なの?確かねこやは今日も仕事なんでしょ?」
ふっくらと丸みを帯び、厨房で手伝いをする仕事柄、化粧をしていない春子が眉をひそめ、少し心配そうに尋ねる。
立場は違えど同業者として、仕事の邪魔をしたのではないか。
そんな気持ちからである。

春子は同じ商店街にある中華料理専門店『笑龍』の主人の妻である。
笑龍は戦後すぐに開業した、今の店主で二代目となる店で、この辺りではねこやと同じくらいの古株である。
その関係上、ねこやの先代の店主とも親しくつきあっていたし、その孫に当たる今の店主とも、また別の意味で親しくしていた。
「いや、大丈夫ですよ。この時間帯だとアイツの作ったケーキ目当ての客ばかりですからね。
 俺はそんなに忙しくないんです……それにほら、最近新しく雇った子も下手な学生バイトよりよっぽど使えますし」
そんな春子の気持ちを察し、店主は笑いながら答える。
「そう。ならいいわ」
店長の言葉に春子は相好を崩す。
その笑みは若い頃は可愛らしかったことを感じさせる柔らかなもので、太めの、丸みを帯びた身体と相まって見る人をほっとさせる。
……その笑みに、店主は少しだけ表情を固くする。
随分と古くなったはずの店主の傷は、今もなお触れば血がにじむようなものであった。
「……あたしはね、今でもマコくんのこと、本当の息子みたいに思ってる」
その表情を見て寂しげに微笑みながら、春子は言葉を紡ぐ。
あんなことが無ければ、三代目の笑龍の店主になっていたであろう、洋食のねこやの二代目の店主。
だが、失われたものは大きく、もう戻ってくることは無い。
「それじゃああたし、もう帰るわね。
 ……また、時々でいいから夏華に会いに行ってあげてね。あの子、結構寂しがり屋だから」
言わずにはおれなかった。
それがたとえ……店主を縛る呪いの言葉だと知っていても。


日が暮れて随分時間が経ち、店を閉める時間。
「ではな。また来るぞ」
―――また来る。

「はい。お気をつけてお帰りください。ありがとうございました」
「ありがとうございました! 」
まだ熱い大鍋を軽々と抱え上げた赤い女性と、ほぼ一日中片隅の席を占拠して好物を食べ続けた黒い少女。
その日最後の客を店主とアレッタは見送り、今日の営業も滞りなく終了した。
「ふぅ……」
仕事が終わったことを実感し、アレッタはふっと緊張を解いて軽くため息をつく。
「よし、終わったな。あとは最後の片付けだけだ。もう少しだけ、頑張ってくれな」
「はい!」
店主の言葉に自然に笑顔を浮かべて答える。
返事は笑顔で、はきはきと。
この仕事をする上で大事なことである。
「よし。いい返事だ……それじゃあ、その返事に免じてちょいと夜食でも作ってやるか」
「わあ、いいんですか?」
その店主の言葉に思わずアレッタは顔を綻ばせる。
暇を見計らって今日の夕食を食べてすでに結構時間が過ぎている。
我慢できないほどでは無いが腹は減っていた。
「まあ、貰いもんだけどな。どうせ俺一人だとちょっと多いしな」
無邪気に喜ぶアレッタに、少しだけ決まりが悪そうに言葉を紡ぐ。
先ほど貰ったお土産は、人生で一番食欲旺盛だった高校生男子の頃を基準にしているせいか、今の店主にはちょっと多い。
余り日持ちするものでもないので普段頑張っている従業員を喜ばせるのも悪くないだろう。
「さてと、蒸しあがるまで少し時間があるからな。それまで卓の拭き掃除でもしていてくれ」
「はい! 」
店主の言葉に答えるアレッタの声は、いつもより心持ち大きかった。

アレッタが食堂の掃除をしている間に、店主は準備を整え、さっそく蒸しにかかる。
「……よし、こんなもんか」
蒸し器の蓋を開けた瞬間、ほのかに小麦の甘い匂いを含んだ湯気が上がる。
「相変わらず、師匠はいい腕してるな」
その匂いに店主は顔を綻ばせながら、言葉を紡ぐ。
子供の頃から慣れ親しんでいた、笑龍の純白のそれ。
冬にだけ持ち帰りで売り出す、買出しに出たOLや仕事帰りのサラリーマンが何個も持ち帰りで買っていく、笑龍の隠れた名物。
「やっぱこの時期は肉まんだな」
大皿に一つ、二つと並べながら店主はうんうんと頷くのであった。

それから、手際よく卓を拭いていたアレッタに声を掛け、手を洗ったあと二人は食卓につく。
「これは……パンですか? 」
大皿に盛られた純白の塊に、アレッタは尋ねる。
店主が夜食として先端がちょっとだけ尖った、丸くて白いパンであった。
(一体、どんな料理なんだろう……? )
アレッタにはその正体がいまいちつかめなかった。
「ああ、こいつは肉まんだ。中に肉が入ってる。うまいぞ」
不思議そうに大皿を見ているアレッタにその正体を教えながら、店主は五つほど並んだうちの一つを手に取る。
下に敷かれた紙をはがし、二つに割って、食べる。
「……うん。うまい」
肉汁をたっぷり含みながらも決して零れだしたりはしない餡と、柔らかな皮の味が口に広がる。
(うん。やっぱり中華料理の腕じゃあ師匠には太刀打ちできんな)
店主とてこれでも高校生だった頃とは比べ物にならないほど腕を上げたと自負しているが、それでもまだ届いていない。
改めて確認する事実は、嬉しくもあり、少しだけ悔しくも有った。
「……じゃあ、頂きますね」
そんな店主の様子を見て、空腹の虫が騒ぎ出したアレッタもまた、一つ手に取る。
ニクマンなるパンから伝わってくるのは、心地よい熱さ。
火傷しそうなほど熱くは無く、されども冷めてもいない熱がアレッタの手のひらに広がる。
(確か……マスターは割ってたよね。これ)
店主がやっていたように、アレッタはニクマンを手で二つに割る。
その瞬間甘いパンの匂いに中の具の匂い……蒸し上げられた肉の匂いが交じり合う。
食欲をそそる、肉の香りにアレッタは思わず唾を飲み、半分に割ったニクマンにかぶりつく。
(あ、柔らかい……)
まず、噛み付いて気づいたのはその柔らかさであった。
普段食べているパンとは比べ物にならない、この店で食べるパンの白い部分だけを抜き出してきたかのような柔らかさ。
それが水気を少しだけ含んでいて、ほのかに小麦の甘い匂いがする。
アレッタにとってはこの少し厚めの皮の部分だけでもご馳走に感じられる。
だが、ニクマンの主役は中に入った具であった。
細かく刻んだ脂の乗った豚の肉に、香り付けに入ったネギ、歯ごたえのある薄黄色の何かに、細かく刻んだキノコ。
それらを念入りに混ぜ合わせ、練りこまれて火が通された具。
どっちかというとはっきりした味付けのその具の味が柔らかくて淡白な味のパンに吸い込まれ、調和した味となっている。
「……美味しいです。これ」
瞬く間に一つ食べ終えたアレッタが笑顔と共に感想を漏らす。
「だろ? 」
普段は余り自分の作った料理を誉めない店主もまた、珍しく同意する。
「ほれほれ、どんどん食ってくれ。あとこいつは一口齧ったあとに酢醤油とか辛子をかけても合うぞ」
美味しそうに食うアレッタに対し、店主は笑顔で言葉を添える。
かつて、自分や他のバイトたちに、春子が笑顔で言ってくれたのと同じ言葉を。


それから、深夜のひっそりとした街中をアレッタは歩いていた。
(美味しかったな。ニクマン……)
王都の冬は相変わらず寒かったが、古着屋で買った、丈夫な仕立ての外套と、温かなニクマンを腹に入れたお陰かあまり寒さは感じない。
冬なのに、どこか嬉しい。
そう感じながらアレッタは、今日は王都にいる雇い主に頼まれたメンチカツサンドとその妹に頼まれたクッキー缶を手に、家路を急ぐのであった。
今日はここまで。
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