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異世界食堂 作者:犬派店主

アーモンドチョコレート

・一応ファンタジーです。
・剣も魔法も存在しますが、あまり活躍はしません。
・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。
・訪れる客は毎回変わります。ただしたまに常連となる客もいます。
・チョコレート類の販売はバレンタインディのみとなりますので、ご注意ください。

以上のことに注意して、お楽しみいただけると幸いです。
二月の第二週。
まだアレッタが来るよりも少し早い時間、ねこやにいつもより早く来客があった。
「おう。今年も頼むわ……ちょっとつくり足しといたぜ」
そう言って上の階でケーキショップフライングパピーを営む幼馴染が運び込んでくるのは、綺麗にラッピングされた売れ残り。
「ああ。あんがとな」
そういって受け取る。

日本の菓子屋にとって、稼ぎ時の二大巨頭の一つ、バレンタインディ。
そのうちの一角はフライングパピーにおいても重要な意味を持つ。
毎年この時期だけ特別に様々なチョコレート菓子を作り、例の日の三日前には夢見る女の子(一部男性含む)向けにお菓子教室を開く。
そして大いに宣伝し、同時にチョコレートを売りさばく。
年に二度の掻き入れ時であるこの時期、フライングパピーは土日返上の大売出しを連日行っているのだ。
また、そのときには『売り切れ』を防ぐべく、フライングパピーではほぼ確実に売れ残りが出る量を仕込むので、毎年当然のように相当量の売れ残りが出る。

……それを引き取ってやってるのがこの時期の土曜日にねこやで行われる『バレンタインフェア』なのである。
「いいってことよ。うちじゃあ売れ残りの半額処分とかはやらないからな。いつもの仕入れ価格で引き取ってくれるんなら、ありがたい」
店長が嘘偽りのない言葉と共に笑顔を浮かべる。
必然的に出る売れ残りを毎年全て引き取ってくれる幼馴染。
例の日が過ぎてしまえば必然的に売れなくなる在庫を抱えずに済むフライングパピーにとっては有り難い話であると思っているのも事実であった。
「まあ、毎年楽しみにしてくれてる人がいるとなると、やらなきゃならんからな」
対する店主も軽く苦笑いしながら言う。
始めた当初は幼馴染に頼まれて余った菓子をちょっと売ってみる、という程度だったが今では向こうでは手に入らない貴重な菓子を売る祭り(どういう祭りだかは説明していない)だと思われたらしく、毎年楽しみにしている常連が複数いる。
そうなると中々やめるというわけにもいかず、年に一度という貴重さもあいまってなんとなく続けている。
(っと、そうだ)
食堂の目立つところに日本語で『本日バレンタインフェア開催』と書かれた張り紙を張りながら、ふと気づいて厨房に戻り、翼の生えた犬が書かれた空色の箱の山の中からそれを取り出して、横に置く。
「まあ、頼まれてるからな……今年は、ちゃんと着てくれるといいが」
ふっと寂しくなりながら、呟く。
常連だった彼に毎年『取り置き』を頼まれていた一品だが、彼はここ数年姿を見せていない。
……それがどういう意味なのかはこの十年でそれなりに理解しているからこそ、店主は毎年取り置きをやめるつもりは無かった。


雲ひとつ無い青い空の下、痛む頭を抱えながら、ジュニアは黙々と山を登っていた。
(寒いな……)
真夏だと言うのに、防寒具が必要なほどに寒い、この辺り一帯では最も高い山。
その山頂がジュニアの目指す場所である。
「ほらほら。もう少しっす。頑張ってください、師匠! 」
傍らで、女性でありながらジュニアの分まで荷物を背負った、弟子であるマリベルがジュニアを促す。
ジュニアとは対照的にマリベルには疲れた様子は無い。
ジュニアとて長年経験を積んだトレジャーハンターとして体力には人並み以上に自信があるのだが、赤の神の炎の加護に守られたマリベルはたやすくその上を行く。
(クソッ。大体何だってこんな山の上なんだ……)
元気な弟子の様子に少し毒づくが、それは言っても仕方が無いとも思いなおす。
得てして遺跡は守りやすいような僻地に作られるものだし、ジュニアのようなトレジャーハンターは、そこに宝があると聞けば、行かずには置けないものなのだから。

ジュニアの本名はウィリアム=ゴールドという。
伝説のトレジャーハンターと同じ名前なのは偶然ではなく、同じ名前を持つ曽祖父から受け継いだのである。
……両親としてはゴールド商会の一員として商売人になって欲しかったのかも知れないが、ジュニアは曽祖父のようなトレジャーハンターを志した。
才能はあったと思うし、勝算もあった。
初代ウィリアム=ゴールドが寄る年波には勝てずに引退した後に集めた、様々な遺跡の情報。
その遺跡を探るのが、名前を継いだ自分がやるべきことだと思ったのだ。
……その遺跡の一つが、エルフが『覇王』と呼ばれる魔竜を神と崇める南大陸を攻めるために作った侵略用の魔法装置で、それの誤作動で南大陸に飛ばされ、二度と動かなかったのは誤算だったが。
そうして、言葉も通じぬ南大陸で、必死に言葉を覚えながら旅をしてトレジャーハンターを続けて十年。
その十年はジュニアを一流と言っても差し支えの無いトレジャーハンターに育て上げていた。

そして、今回ジュニアが、今まで登ったことが無いほど高い山に登っているのも、トレジャーハンターとして、財宝のためである。
「よし!ここっす!親父の日記によれば、ここに『扉』が……おおう!?マジであったっす!? 」
日が西側に傾きだした頃、ジュニアよりわずかに早く山頂の土を踏んだマリベルは驚きの声を上げた。
「……なるほど。扉だ。お前の親父さんの話は本当だったか」
ジュニアもそのある種異様な光景に感心する。
遮るものが何一つ無い山の頂に広がる、雪が残った岩場。
その岩場の中央に、ぽつんと、場違いな黒い扉が立っていた。
「正直アタシも見るまでは嘘くせーっと思ってたんすけど本当にあったすね『ネコヤの扉』」
その光景にマリベルがぽつりと言う。
彼女の父親……三年前に赤の神の御神体を破壊しようと攻め込んできた白の神の信徒たちとの戦で死んだ優秀な戦士であり神官であった男が日記に残していた。
七日に一度山の頂に現れる、赤の神の聖地でもある異世界の食堂に繋がる不思議な扉のこと。
そして年に一度、夏の盛りにその食堂で催される祭りと、その祭りのときのみ振舞われるカラオ豆の菓子のことを。
「よし……行くか」
「はいっす! 」
しばしその扉を見た後、ジュニアは扉に手を掛ける。

チリンチリンと音を立てる扉をくぐり二人は異界へと至った。

ネコヤの異界。それはジュニアとマリベルにとって、驚きの光景が広がっていた。
「ほえ~。ここがネコヤの異界っすか……」
異界の濃い空気を吸いながら、マリベルは辺りを見る。
ネコヤの異界。それは日記に書いてあった通り、昼のように明るい部屋で、強い赤の神の力を感じさせ、種々雑多な者たちが思い思いに食事をしていた。
「う~ん、なんか師匠みたいに肌が白い人が多いっすね……」
トレジャーハンターに必要なものは観察力であると常々教わっているマリベルが気づいたことを口にする。
この店で食事をする客は、人間が多い。
だが、この店で食事をする人間はマリベルにとって見慣れた、茶色い肌のそれではなく、彼女の師匠のような白い肌の持ち主が多い。
(……うん?師匠? )
一通り観察を終えたマリベルは、師匠が一点を見つめて固まっていることに気づいた。
その師匠の視線の先には、一人の娘がいた。
どうやら肉料理らしい、黒い汁が掛けられた茶色い料理を食べているマリベルと同じくらいの歳の、白い肌が日に焼けて赤くなっている若い娘。
彼女もまた、マリベルの師匠を見て固まっている。
「……どうかしたっすか?一目ぼれっすか? 」
冗談交じりにつんつんとつついてみるが、反応が無い。
……その理由は、すぐに知れた。

「……サラ?いや、まさか……本当に、サラ、なのか!? 」
ジュニアは驚いて声を上げた。
王都で大商会の令嬢として暮らしているはずの、従妹。
最後に会ったのは十年前、まだ東大陸でトレジャーハンターをしていた頃だが、間違いないと直感が告げていた。
ジュニアが知るサラはまだ子供の頃だったが、面影が強く出ているし、何よりその姿がどう見ても都会で暮らすお嬢様の姿では無く、動きやすさを重視したトレジャーハンターのそれであったがために。
「お兄ちゃん!? 」
果たして、ジュニアの直感は真実であった。
娘……サラの方も混乱しながらも答えてみせる。
サラが覚えている姿よりは大分老けてこそいるが、見間違えようもない。
そこに立っているのは、十年前に死んだと思っていた従兄の姿であった。

それから少しして、食事を終えたサラとジュニア、そしてマリベルの三人は同じ卓に座り話し込んでいた。
「なるほどね。南ってことは……まさか竜神海の向こう側ってこと? 」
「ああ。そうだ。向こうでは北の海が青の神の海……竜神海だったから、間違いないと思う」
サラの質問にこの十年使いこんでボロボロになった手帳を取り出し、集めた情報を教える。

最初は無難にジュニアの家族の話や王都の様子を聞いていた。
だが、いつしか話題は遺跡や南大陸のことになり、二人は熱心に話しこんでいた。
「エルフの遺跡か……他にも生きてるのもあるのかな? 」
「分からん。だが少なくとも南大陸では生きてる装置は見かけなかったな」
ジュニアの話を聞き、サラは大いに好奇心を刺激されていた。
竜を崇め、魔物が知性有る存在として人間と共存すると言う、サラたちにとって未知の大陸。
そんな話を聞いて何も思わないなら、トレジャーハンターとはいえないと、サラは思う。
「……そうだ。良かったらこの手帳、お前が持っていってくれないか? 」
いつの間にかいっぱしのトレジャーハンターになっていたサラを見て、ジュニアはふと思いついたことを言う。
「いいの!? 」
その言葉に、サラは思わず問い返す。
トレジャーハンターにとって、集めた情報が書き込まれた手帳は、命の次に大事なもの。
熟練のトレジャーハンターのものともなれば時に金貨数十枚の値段がつくこともあるほどだ。
それをあっさり譲ってしまうことに、疑問を覚える。
「ああ。これにはじいさんが調べた遺跡で、まだ俺が調べてないのもいくつか書き込んであるんだ。
 もしかしたらまだ財宝が残ってる遺跡もあるかも知れんが、俺では探しに行けないからな。
 それに……父さんと母さんも、これを見たら少しは安心してくれるかも知れない」
「……なるほどね」
その言葉に、サラも納得する。
もう十年も前に行方不明になったジュニアはとっくの昔に死んだと思われている。
それが生きてるとなれば、相応の証拠が必要となる。
……本人直筆で、なおかつインクがまだ新しい手帳は最適であるとサラも気づいたのだ。
「分かった。じゃあ、貰っておくね……ところで」
一通り話が終わったところで、サラは話に加わらず、黙々と注文したメンチカツをほおばっていた褐色肌の少女に目を向ける。
「その娘は兄さんのいい人か何か? 」
「いや、ちがうっふよ? 」
「ああ、違うな。ただの弟子だ……ってか一応俺、子持ちだぞ?こいつの姉さんが俺の嫁だ」
年頃の娘らしいサラの質問に、マリベルとジュニアは同時に否定してみせる。
「あ、そうなんだ……」
その言葉に、冷静になったサラは、ふと気づく。
「そういえば兄さん、ここには何か用があって来たんじゃないの?たまたま見つけた……って感じじゃないけど」
きっかりと丈夫な革製の鎧と防寒具を着込んで、腰には剣を下げたジュニアの装備は、どう見ても本格的な探索用の装備だ。
恐らく、サラが使っている廃坑の扉より険しいところにある扉を使って来たのだろう。
ちょっと食事をしに来たという感じではない。
「ああ、そうだった……すいません。注文いいですか? 」
「は~い」
魔族の給仕を呼んで、注文することにする。
……そもそも、そのためにあの高い山を登ってここまで来たのだ。
「今日、ここで『バレンタインディの祝祭』があると聞いたのですが」
「はい!チョコレートのご注文ですか? 」
その言葉に魔族の給仕が頷くのを確認し、ジュニアは注文を出す。
「はい。あの、アーモンドチョコレートってありますか?
 それを『持ち帰り』用で一箱。あと一箱分、食堂で食べて行きたいんですけど」
「それとあっためた牛の乳も人数分お願いするっす。やっぱりアーモンドチョコレートには牛の乳っす」
それは妻とマリベルにとっての大好物であり、父親との甘い思い出の味であった。

それから、サラとこの店の店主らしき男が深めの皿に盛ったそれを持ってくる。
「おまたせしました。アーモンドチョコレートです」
そう言って三人の前、ちょうど卓の真ん中にそれが置かれる。
「これはまた……シア辺りに見せたら喜びそうな感じね」
サラが思わず感想を漏らす。
その皿一杯に盛られているのは色とりどりの砂糖の衣で覆われた菓子。
宝石のようにとは行かないが、天井の光に照らされたそれは鮮やかな色をしていた。
「ささっ、師匠、どうぞ食べてくださいっす……でないとアタシも手を出せないっす」
「ああ、じゃあ早速一つ貰うよ」
敬っているというよりはさっさと食べたいだけに見える、おあずけを食らった犬のような弟子の姿に苦笑しながら、ジュニアは手を伸ばす。
綺麗に丸く磨きあげられた石のようなアーモンドチョコレート。
それをつまみ上げ、口の中に放り込む。
(……うん?普通に砂糖の味しかしないな……)
その味にジュニアは少しだけ拍子抜けする。
口の中に広がるのは、疲れた身体に染み込む甘い砂糖の味。
まずくは無いが、正直、あの高い山を登ってまで食べる味とは思えない。
(まあ、そういうことも……うわっと!? 」
ちょっとだけがっかりしながら噛み砕いた瞬間、口の中の熱で溶けた、それがあふれ出す。
ただ甘いだけだった砂糖とは違い、ほのかに苦味が含まれたそれが口の中に広がる。
「……へへっ。この周りを覆っているのは、いうなれば卵の殻みたいなもんっすよ。
 カラオ豆で作ったチョコレートは溶けやすいから、殻で覆ってるんす」
その驚いた顔を懐かしく思いながら、マリベルがジュニアに笑いかける。
ジュニアの反応は自分がまだ子供の頃、暑い夏の盛りに父親が持ち帰ったアーモンドチョコレートを、生まれて初めて食べたときの顔だ。
あの苦い薬の材料が、これほどまでに美味しいものになるとはと、一家揃って驚いたものだ。
「……なるほどな。確かにこれは驚きの味だ」
ひとしきりアーモンドチョコレートを味わい、最後に残った香ばしい風味を持つ大きい種を噛み砕きつつ、ジュニアは納得する。
なるほど、これはマリベルの父親が執着したのも、マリベルや妻が食べたがったのも分かる。
アーモンドチョコレートは南大陸ではもちろん、かつてジュニアが住んでいた王都でも手に入らないほど美味な菓子であった。
「次は一気に噛み砕いて、乳を飲むのをおすすめするっすよ。こんな感じで」
敬愛する義兄兼師匠がアーモンドチョコレートを味わったのを見届け、マリベルもアーモンドチョコレートに手を伸ばす。
口の中に放り込むと感じるのは、甘くて懐かしい砂糖の味。
それを一気に噛み砕けば、苦甘いカラオ豆の菓子の味と、香ばしいアーモンドの種の味が同時に弾けて混ざり合う。
それを温めた牛の乳で流し込むのは至福のひと時であった。
「……うん。確かに一度に味わった方が美味しいな」
その味をジュニアも堪能し、納得する。
カラオ豆を使ったチョコレートと、アーモンドの香ばしさ。
そして温めた新鮮なミルクの豊かな味わい。
その組み合わせは絶品で、ついつい次に手が伸びる美味さである。
「……うん。ここのメンチカツはいつ食べても美味しいけど、お菓子も美味しいわね」
ご相伴に預かったサラも、次々とアーモンドチョコレートを食べながら、頷く。
なるほど、ここの菓子目当ての客が身分や国を問わずに多くいてシアがまず間違いなくここが出所である菓子を好むわけだと思う。
これまでは菓子のような『贅沢品』には手を出さないようにしてきたサラですら、ちょっと欲しくなる味だった。

こうして大の大人三人がかりで次々とアーモンドチョコレートを放り込んで行くと、見る見るうちに皿は空になる。
「……師匠。提案があるんすけど」
こういうときだけは上目づかいに、マリベルが財布を握っているジュニアの方を見て言う。
「いやまて。どうせなら、色々試してみるべきだろう」
そんなマリベルを制し、ジュニアは提案をする。
なにしろ今日はバレンタインディの祝祭。
見ればジュニアと同じチョコレート、それもアーモンドチョコレートとは違うチョコレートを頼んでいる客も多くいる。
それを試してみる好奇心を、ジュニアは抑え切れなかった。

様々なチョコレートで満たされた腹を抱えて扉から出ると、相変わらずの青い空が広がっていた。
「よし、帰るか。こいつを楽しみにしてるだろうからな」
「はいっす! 」
あの店で手に入れた戦果を手に、二人は意気揚々と引き上げる。
(あいつも喜んでくれるといいが)
愛する妻の喜ぶ顔を思い浮かべて家路を急ぐジュニア。
……彼がサラに渡した手帳が後に、東西二つの大陸で多くの写本が出回り、多くの人間が南の大陸へと挑むことになるのは、もう少し先の話である。
今日はここまで。
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