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異世界食堂 作者:犬派店主

ウィンナーポテト

・一応ファンタジーです。
・剣も魔法も存在しますが、あまり活躍はしません。
・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。
・訪れる客は毎回変わります。ただしたまに常連となる客もいます。
・ウィンナーは焼きと茹でから選べます。

以上のことに注意して、お楽しみいただけると幸いです。
暗闇を見通す魔法がかかった兜ごしに朝日が目に飛び込んできたのを感じ取り、グレンはほっと一つ息を吐いた。
「終わったな」
「ああ、交代の時間だ」
となりで同じように鎧に身を包んで兜を被った相棒、イグニスと頷き合って、兜を外す。
その瞬間、冬の朝の冷たい空気が頬をなでる。
夕刻の朝までの見張りの仕事は退屈で眠い、つまらない仕事だがそれだけに終わった瞬間の、この開放感だけは好きだ。
もう一つの『お楽しみ』が待っているとわかっていればなおさら。
「さってと……代わり、さっさとこねえかな」
となりにいる馴染みの相棒であるイグニス……猪のようにでかい牙が2本下あごから突き出した魔族の同僚が白い息を吐きながら呟く。
夜通しの見張りを終えた日は、翌日の朝まで兵士の仕事は休みになる。
そう、あとは交替要員さえくれば今日はもう仕事は終わりなのである。
「おお。すまんな。少し待たせちまったようじゃわい」
「お疲れ。後はまかせとけ」
そんな話をしているとほどなくして交代要員が来る。
帝国式の軽鎧を着た、グレンの腰ほどしかない斧を担いだドワーフ兵と、とがった耳を持つ槍を担いだハーフエルフ兵。
「おう。じゃあ後頼むわ」
見慣れた2人に軽く挨拶をすると2人は連れ立って宿舎へと一旦戻る。
『規律と命令を理解できる頭と健康な身体さえあれば兵士になることは容易い』と言われている帝国では、異種族の兵士など珍しくもない。
冒険者や傭兵ほどには実入りはよくないが、魔物にも敵軍にも相応の規模であたるため死の危険ははるかに少なく、また、しょっちゅう戦があるため軍にいる限りは食いっぱぐれることも無い。
それゆえに兵士は帝国では相応に人気のある仕事で、帝国では技も学も持たず、家を継ぐこともできない男は大抵兵士となると言われているほどなのである。

それからしばらくして、まだ明けたばかりの空の下には腰には剣を下げてるものの鎧は脱いでいるグレンとイグニスの姿があった。
「相変わらず何も無い街だな」
「おう」
砦の下に作られた、まだ荒々しい雰囲気を持つ町を見ながら言う。
魔族との戦争の時代に作られた壊れた砦を修復し、防衛に送り込まれた兵士を当て込んで帝都から流れてきた人間が集まる、小さな町である。
娯楽なども精々垢抜けない田舎娘しかいない娼館に行くか、砦で出る餌よりはマシ程度なメシと酒を出す酒場に繰り出すか、金の使いどころが無い兵士向けに帝都から仕入れた商品を高めの値段で色々並べている店でも冷やかすかしかない。
「ま、あそこがあるだけでも大分恵まれてるけどな、ここ」
「違いない」
だが、2人の目的地はそのどれでも無い。
まだ起き出したばかりの、静かな街のなかを歩き向かう先は。
「よっしゃ。やっぱ朝ならまだあるな」
「おう」
裏路地にひっそりとたたずむ、黒い扉。
他にも『使っている』ものがこの街にいるらしく、夜間見張りをした日の朝だけ使えるこの扉は、2人にとっての秘密の場所である。
頷きあい、グレンが扉に手をかけて開く。

静かな朝の街にチリンチリンと鈴の音が響きわたるのを聞きながら、2人は異世界へと通じる扉をくぐるのであった。
「あ、いらっしゃいませ! お二人とも、相変わらず早いですね」
ほとんど客のいないまだ朝の早い時間、朝食を終え、簡単に掃除をしていたアレッタがやってきた客に気づいて出迎える。
ここ最近来るようになった客だが、大抵来るのが朝なのですぐに顔を覚えた。
「よぉアレッタちゃん。相変わらず可愛いな」
「お、おう。久しぶり」
脚の出た、ちょっと扇情的でありながらも清潔感を感じる、汚れ一つ無いお仕着せに身を包んだこの店の給仕に、グレンは朗らかに、イグニスは柄にも無く顔を赤くして答える。
「ありがとうございます。ご注文は? 」
そんな2人をうまくあしらいつつ、アレッタは注文を尋ねる」
「ああ。いつもどおりウィンナーとポテトの盛り合わせで頼む。ウィンナーは茹でと焼きを半々な。それと、俺はビール。ジョッキで2杯」
「俺はサイダーを2杯頼む。ジョッキでな」
そんなアレッタに手馴れた様子でグレンとイグニスも注文を返す。
「はい。少々お待ちください」
そう言って奥の厨房へと行くアレッタを見送った後、2人は適当な卓につく。
「「ふぅ……」」
すわり心地のよい、上質な座布団が置かれた椅子に座って息を吐き、2人は料理が来るまでの間、ぼんやりとくつろぐ。
普段ならば寝ている時間の夜通しの見張りはやはりそれなりに疲れる仕事なのだ。
もっともだからこそ待ち遠しさもひとしおなのだが。
「お待たせしました!お飲み物とお料理をお持ちしました! 」
アレッタが両手に2杯分ずつ飲み物で満たされた杯と大皿一杯に盛られた料理を盆に乗せて運んでくる。
「お!待ってました! 」
「っしゃ!来た来た! 」
卓の真ん中に置かれるのは、大皿一杯に盛られた料理に歓声を上げる。
豚の肉の腸詰めと、8つ割りにして油で揚げた皮付きのダンシャクの実。
出来立てのそれは香ばしい香りと熱気を放っており、夜通しの見張りで腹を減らした2人の胃袋を直撃する。
それと、2人の前に2杯分ずつ置かれるのは、硝子の大杯に満たされた飲み物。
「それじゃあ、ゆっくり楽しんでいってくださいね」
それぞれに言葉を掛けて仕事に戻るアレッタが去り、2人のささやかな宴会の準備は整った。
「よし、まずは飲むか」
「だな」
ごくりとつばを飲み、2人は一緒に持ってきてもらったでかい硝子の大杯を手に取る。
グレンの持つジョッキに満たされているのは、泡立つ黄金色の、異世界のエール。
イグニスの持つジョッキに満たされているのは、ぷつぷつと泡が出る、透き通った透明な甘い水。
それを一気にあおる。

2人の喉を洗い流すように、酒と水が通り過ぎていく。
喉を刺すような泡の感触と共に酒の苦味と水の甘みがそれぞれの喉を通る。
杯一杯に満たされたそれぞれの飲み物が渇きを癒していく。
「「ぷはー! 」」
喉を刺すタンサンの刺激に、2人は思わず息を漏らす。
「やっぱここの酒は最高だな!特にこのビールはうめえ。ここで酒を飲まないなんて間違ってるだろ」
「いや、やっぱこのサイダーだろって。酒なんざ向こうでも飲めるが、こんなに甘い水は早々手にはいらねえ」
お互いが若干張り合うように言葉をつむぐ。
それぞれが自分の選択肢が一番だと思っているので、毎回平行線になるが、それでも言わずにはいられないのだ。
「……まあ、食うか」
「おう」
そして、2杯目の杯を己の脇に置き、ビールとサイダーの両方に合う、その料理に手をつける。
ウィンナーという腸詰めとダンシャクの実を油で揚げたフライドポテトの盛り合わせ。
量の割りに安いので酒の供に最適で、帝国でも比較的一般的な料理だが、ここのはモノが違う。
グレンは早速とばかりに揚げたてのフライドポテトにフォークを伸ばす。
皮付きで太めに切り分けられたダンシャクの実にフォークがさくりと突き刺さる。
それを口に運べば、広がるのは、ほのかな塩気と、口の中で崩れるダンシャクの実の味に、香ばしい油の味。
(おう!こいつぁたまんねえなあおい!)
すかさずビールを手に取り、あおる。
ガキの頃、銅貨を握り締めて寒空の下、屋台のフライドポテト屋まで買いに行った日のことを思い出す。
あの頃、あれと小麦粉の衣をつけて何度使いまわされたかわからないような油で揚げたコロッケはガキのご馳走だった。
ここの店のフライドポテトは屋台で出してるそれよりはるかに上等だが、それでもグレンにはどこか懐かしく感じられた。

一方、イグニスが最初に手を伸ばしたのは、ウィンナーだった。
(やっぱり『焼き』だな)
茹でのあのかみ締めた瞬間肉汁があふれ出す味も捨てがたいが、やはりイグニスの好みは焼けた皮の弾ける焼きである。
フォークで黒い焼き目のついたウィンナーに刺して、口に運ぶ。
皿の隅に置かれた小さな器に盛られた赤くて酸っぱいケチャップや黄色くて辛いマスタードとウィンナーの相性の良さは知っているが、最初は何もつけずに食べる。
(おう。やっぱここの腸詰めは良い肉を使ってやがるな)
その味に思い出すのは、故郷のこと。
如何に魔族でもそれなりに認められているとは言っても魔族の開拓村はやはり貧乏で、作物の実りはあまりよくなかった。
そんな場所でいつもすきっ腹を抱えてたから、たまに村の男連中が大昔の戦争の頃から使ってるボロい剣だの弓だのを抱えて山に入って取ってくる獣はご馳走で、狩りがうまくいった日、肉だけは腹いっぱい食べられた。
「うん。やっぱ酒よかこっちだな」
それからぐびりと、サイダーを飲む。
舌を刺す、痺れるような甘みが、あふれ出た肉汁を洗い流す喉越し。
それは酒の苦味があまり好きではないイグニスには、この料理にふさわしく感じられる。

少しの間だけ、2人は無言になり、無心に料理を楽しむ。
ケチャップをつけたフライドポテトやマスタードをつけたウィンナーが見る見るうちに皿から消えて……
「おう!追加で盛り合わせ頼まあ!」
「ビールとサイダーもだ!ジョッキでな!」
皿が空になると同時に注文を飛ばす。
2人の、2人だけの宴はいつもこんな感じである。
互いに余計な口をたたかず、一気に食う。
腹がくちくなったらしょうもない話をしたりもしながら、やはり食う。

それからしばらくして。
「……お。そろそろ行くか」
「だな。すまねえ。勘定たのまあ」
店の中が混みだしたのを感じ取り、2人は席を立つ。
「はいよ……それじゃあお勘定は銀貨3枚に銅貨6枚です。お一人あたり銀貨1枚と銅貨8枚ですね」
それを聞き、奥から出てきた店主に言われて金を渡す。
「それじゃあまたな」
「またそのうち来るよ」
このまま帰るのがちょっと惜しくて、そんな言葉を掛ける。
「はい。いつでもお待ちしております。またどうぞ」
そんな言葉に店主は笑顔で答えるのであった。

街に戻ると、すっかり日が昇り、街は活動を開始していた。
「よし、戻るか」
「おう、夕方までしっかり寝るか」
途中、街の見回りしているらしい、2人より大分質のよい装備に身を固めた騎士とすれ違いながら、これからの予定を考える。
とりあえず夕方まで寝て、残りはそれから考えよう。
腹が満ちて眠気が来た2人は寄しくも同じことを考えている。
そして、2人は連れ立っていつものごみごみした砦へと戻るのであった。
今日はここまで
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