11-16.地下帝国の戦争
※3/24 誤字修正しました。
サトゥーです。地下帝国というと地底人をイメージしてしまいますが、エジプトを舞台にした洋画の影響か、近年ではアンデッドでも違和感がなくなってきました。
◇
――洞窟を抜けると戦場だった。
「始まったばかりみたいだな」
キュラキュラと音を立てるキャタピラが、二条の溝を刻んで鋼鉄の車体を前進させる。
陣地内の丘に並んだ四台の戦車が進行を止め、砲塔を旋回させた。
一瞬の空白に遅れて、黒煙が砲身の先にある砲口とマズルブレーキから吹き出でる。
――無煙火薬じゃないのか。
砲口から打ち出された四条の砲弾が戦場を舞い、最初の塹壕を乗り越えたばかりの鋼鉄のゴーレムに突き刺さる。
砲弾はゴーレムの分厚い装甲を突き破り、その背後の地面を抉って土煙を吹き上げる。
一撃で破壊されたゴーレムの体が、周囲に飛び散った。
「お、ムクロのキメ台詞が来るぞ」
「キメ台詞?」
オレの問いかけにかぶさるように、拡声器で増幅したような大声が地下空洞に響き渡る。
『くたばれぇ! ファンタジーィィィィィ!』
――おいおい。
『またソレか! たまには自分の言葉で勝どきを上げて見せろ!』
姿の見えない対戦相手が合成音声のような声で罵声を上げた。
こちらは多分、「鋼の幽鬼」の方だろう。
よく見たら戦場に、赤と白に塗り分けられた細い鉄塔が作られており、その上端部分にスピーカーらしきものが備え付けられている。
さっきの音声はそこから出ていたのだろう。
マップで確認した所、防御側が「骸の王」のようだ。
防御側には先ほど見た4台の戦車の他に、4台の装甲車と56体の骨兵士が配備されている。
攻撃側は鋼鉄のゴーレムが7体に粘土兵が56体ほどいるようだ。
どちらも装備は剣や盾ではなく、銃剣の付いた小銃を装備している。
さっき破壊されたゴーレムを入れると、きっちり64対64で戦っているらしい。
戦争というよりは戦争ゲームみたいだ。
◇
セメリーに案内された観戦塔という場所から戦いを見ていたが、最初に感じた印象通り、本物の戦争というよりは戦争ゴッコあるいは兵器の運用実験のように見えた。
戦いは待ち伏せに徹した戦車側が、優勢のまま勝利を飾った。
一度だけ、ゴーレムに接近されて戦車2台を破壊されていたが、使い捨てのバズーカーを持った伏兵がゴーレムの足を破壊して、動かなくなった所を遠距離からの集中砲火で殲滅していた。
この戦いだけを見たら現代兵器の勝利だが、ゴーレム達の動きがあからさまに遅かった。
真祖の大区画の入り口を守っていたゴーレムと同じ外見なのに、出力不足であるかのように「もっさり」とした動きだった。
もし、あの門衛のゴーレムがいれば一体で全ての戦車に勝てていたはずだ。
なんらかの制約というか、レギュレーションでもあるのかもしれない。
「よし、ムクロの所に行くぞ」
勢いよく塔から飛び降りたセメリーに続いて、オレも下に降りる。
現代兵器っぽいモノを見たせいか、今更ながら命綱なしで高さ50メートルから飛び降りている事に違和感を覚えた。
◇
戦場の向こうにあったのは、研究所のような白亜の建物だ。
2メートルほどのフェンスの上には返し付きの鉄条網が付けられ、アリサ風に言うならば「ファンタジー感が無くなる」ような作りだった。
セメリーは顔パスなのか、門を守っていたミイラに挨拶すると止められる事無く建物内に入る事ができた。
建物の材質は遠目に大理石かと思っていたが、近付いてみるとコンクリート製だと判った。
出迎えに来ていたスケルトンに案内されて、建物の中を進む。
スケルトンがメイド服を着ていたのは、見なかった事にした。
案内された先は、蛍光灯のような灯りに照らされた50畳ほどの広い部屋だ。
中央に大きなテーブルがあり、さきほどの戦場を再現したジオラマの上に、ミニチュアの戦車やゴーレムが置かれている。
そのテーブルを挟んで、何やら舌戦を繰り広げているミイラと全身鎧がいた。
AR表示で、この2人がムクロこと「骸の王」のテツオと、ヨロイこと「鋼の幽鬼」のタケルだと判る。
「むう、セメリーか。バンと戦うのに戦車でも寄越せとか言いに来たのか?」
「その使い道のない脂肪のカタマリを、小一時間ほど揉みくちゃにさせてくれたらバンと戦える強化外装を設計してやるぜ?」
「こ、このスケベ爺ども! 戦車みたいな無粋なものを持って行ってバン様に嫌われたら、どう責任を取ってくれるつもりだ!」
ムクロとヨロイのセクハラ発言に、顔を真っ赤にして腕を振り上げるセメリーから逃げ惑う二人。
気のせいでは無く楽しそうだ。しかし、小学生みたいなかまい方だな。
さんざんセクハラ発言でセメリーをいじり倒した後に、ようやくオレの存在に気がついた2人が誰何してきた。
「ところで、そっちの兄ちゃんは誰だ?」
「セメリーのコレか?」
ヨロイが指で下品なサインをして、セメリーに殴られて兜を床に転がしている。
やっぱり中身は空洞なのか。
「はじめまして、クロと申します。バン殿と同郷――『日本人』だと言えば伝わりますか?」
「ぬう? 勇者では無いのに黒髪の『日本人』だと?」
「その歳で早くも永遠の身体が欲しくなったのか? もう30年ほど人生を楽しんでからにしろ」
「そうだぞ、ワシみたいに機械の身体になってはならん。こんな金属甲冑の身体では、セメリーの乳を揉んでも楽しくないぞ?」
「アタシの胸はバン様のものだ!」
挨拶しただけで姦しいヤツらだ。
しかし、バンといいラスボスになれそうな逸材なのに、悪意を感じられない。
特にムクロなんかは、不死の王ゼンに会った事が無ければ魔物と間違えて退治してしまいそうだ。
――まあ、短気なヤツや敵を作りやすいヤツなら、長生きする前に殺されるか魔王化して勇者に倒されてしまうんだろう。
「それで、用件は何だ? 本当に永遠の身体が欲しいのか?」
「いえ、セメリーに下層の名所案内を頼んだら、ここが一番面白いと連れて来られたんですよ」
「はあ? 観光だと?」
「ウヒョヒョヒョ、そんな理由でこの地獄の釜の底まで来た物好きは初めてだな」
用件を聞かれて正直に話したら、大いに笑われてしまった。
「まあ、良い。ここ千年ほどは永遠の命が欲しいとか、逸失した知識が欲しいとか、ギラギラした望みをもったヤツばかりだったからな」
「後はワシらを魔王と勘違いして討伐に来て返り討ちにされた『勇者』とかな」
表情が全く読めないが、うんざりとした気配が伝わってくる。
取りあえず歓迎してくれているようなので、手土産代わりにストレージの肥やしになっていた火薬式の大砲やマスケット銃なんかを進呈した。
アイテムボックスから大砲を取り出せるか心配だったが、取り出す瞬間だけ入り口が変形して取り出せた。
「おお、レアだな」
「こっちのはワシがフルー帝国に居た頃に設計した大砲だぞ。魔法を吸収するスライムが大繁殖してな、それを退治するのに作ったヤツだ」
ヨロイ氏はフルー帝国の技師だったのか。
たしか猪王に滅ぼされた帝国だったはずだ。
思った以上に土産物は好評で、その返礼に閉鎖空間に作られた博物館を見学させて貰える事になった。
◇
支えもなく宙に浮かぶ黄金で飾られた扉を、ムクロが潜る。
転移門になっているのか、ムクロの光点がマップやレーダーから消えた。
マーカー一覧で調べると、現在位置が「UNKNOWN」と表示されていた。
試しに「遠見」の魔法で見ようとしたが、真祖の城を覗こうとしたときのように効果が発揮されなかった。
ヨロイやセメリーに続いて、黄金の扉を潜る。
マップを確認すると「マップの存在しないエリアです」と表示された。
前に一度見たことがある――そうか、ゼンの影の中に囚われていた時と同じか。
中は何処までも続くような広大な白い世界だ。
そこに等間隔で、高さ50メートルほどの直方体の建物が立っている。
「これは空間魔法で作った場所ですか?」
「いや、ここはユイカのユニークスキルで創って貰った空間だ。ここだと神々に覗かれる心配もないからな」
神様って雲の上から下界を覗くのが仕事みたいなイメージがある。
おっと、その前に確認したい事が。
「ところで、ユイカという方も転生者なんですか?」
「ああ、そうだ。ただしワシ等と違って人族では無く『小鬼人族』に生まれてな。結構酷い目にあったせいで、他人を怖がって自分の領域に潜んで引き篭っておるよ」
ゴブリンか。亜って付かないゴブリンは初めてだ。
しかし、女の子がゴブリンに転生とか……不憫すぎて涙をそそる。男かもしれないけどさ。
「ユイカは大人しいけど良い子よ? アタシの恋の相談とかにも乗ってくれるし」
セメリーがフォローしてきた。コイツはアホ可愛いから、きっと拒絶されてもズガズガ近付いていって仲良くなったんだろ。
今度、バンと戦う用の魔剣でもプレゼントしてやろう。
「おい、せっかく博物館に連れてきてやったんだから、ちゃんと見学せんか!」
「ヒョヒョヒョ、恩着せがましいぞ。見せたくて仕方が無いくせに」
仲良くケンカしだした2人は放置して、博物館の品々を見学する。
何処かで見たような拳銃や小銃、サブマシンガンや迫撃砲に手榴弾――兵器ばっかりじゃないか。
続いて連れて行かれた建物には、単葉や複葉のレシプロ戦闘機や戦車が飾られていた。地上で見かけた戦車と違い、鑑定した限りではセメリーでも苦戦しそうな戦闘力があるようだった。
200メートル級の戦艦の前で、ムクロが楽しそうに解説するのを聞きながら、何と無しに窓外に見つけたモノに興味を引かれた。
「あれはもしかして鉄道ですか?」
「おう、そうだ。ワシが神に追われる事になった元凶だ」
ムクロは三千年ほど前に、小国の王子として転生したらしい。持ち前のユニークスキルと軍事知識を使って大陸に一大帝国を築いたそうなのだが――。
「帝国の情報と流通を安定させるために、電波塔と鉄道網を作ったんだが……それが神の逆鱗に触れたらしくてな」
穀倉地帯をイナゴの大群に食い尽くされたり、干ばつが起こったり、地震や火山噴火なんかの天変地異がバーゲンセールのように襲って来たらしい。
――無理ゲーにも程がある。
そんな状態でも10年ほどは国を存続させたらしいのだが、神託によって元凶がムクロの作りだした技術だと伝えられた為に、帝国は分裂し彼自身も暗殺されてしまったらしい。
もっとも、暗殺者が来るのは想定していたらしく、「骸の王」に成る為の儀式を準備していたそうだ。
「この身体になっても、執拗に神の使徒が付け狙って来よったのだが、迷宮の奥深くに隠棲する事を条件に止めさせてやった」
それを聞いてヨロイが噛み殺すように嗤いだした。
「こいつは全人類を人質にしたんだぜ? 核兵器を山ほど作って、『人類を滅ぼされたくなかったら付け狙うな』って」
冗談かと思ったが、ムクロが不機嫌そうに鼻を鳴らすだけで否定しなかったので本当の話なんだろう。
神を脅迫するとか、無茶すぎる。さすがは一代で帝国を築いた男だ。
彼の話では、神々が材料になる放射性物質を全て鉛に変える奇跡を使ったそうなので、地上付近では採掘不能になっているそうだ。
彼のユニークスキル「金属創造」でもウランでもプルトニウムは作れないそうなので、核兵器は残存していないらしい。
良かった、ファンタジー世界で核の冬とかイヤ過ぎる。
魔法道具で原子炉とかを作ってみたかったんだが無理そうだ。
水素はあるから重水素にして核融合とかならできそうだけど、作ったらオレも神様に追われるかもしれない。
予想外の所で、狗頭の魔王の話の裏付けが取れてしまった。
やはり、大きく文明を進めようとすると妨害が入るようだ。
食材流通の向上の為に、石レールの鉄道を作ろうと研究していたので危なかった。
ムクロが欲しがった魔法金属各種と引き替えに、幾つかの設計図や学術書を貰い、彼の博物館を後にした。
※次回更新は、3/30(日)です。
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