11-12.デート(1)
サトゥーです。都会に住んでいると、街路樹や観葉植物以外の植物を見ることが少ない気がします。
たまに公園に散歩に行くと癒やされますが、徹夜明けだと職務質問されそうになるのが玉に瑕です。
◇
「さあ、出発しますわよ!」
「あい~」
「らじゃっ! なのです!!!」
カリナ嬢のかけ声に、タマはいつものようにのんびりと応えたが、ポチはいつも以上に大きな声で応えた。
少し自棄気味に聞こえるのは、肉絶ちのストレスだろうか。
今度から肉抜きの罰をするときは2日までにしておこう。
「明日は朝から肉のフルコース祭りをしてあげるから、頑張っておいで」
「ぐあっ! 頑張るのです!」
目の輝きを取り戻したポチが、両手を握りしめて気合いを入れ直す。
「ふるこ~す?」
「そうだよ。オードブルに3種類のローストビーフからはじまって、シャブシャブ、唐揚げ、照り焼きチキン、ビーフシチュー、それから忘れちゃいけない分厚~いステーキ。もちろんハンバーグはオーソドックスな和風洋風を始めとした7種類の味だ。箸休めのエビやカニ料理を挟んで、すき焼きで〆よう」
オレが品目を語る度に、ポチの尻尾が揺れる速度が上がる。
「ああっ……楽しみ過ぎて、どうにかなっちゃいそうなのです!」
「わくわく~」
「とても素晴らしいですね。お腹を空かせるためにも、今日の迷宮攻略には私も参加させて頂きます」
嬉しさを表現できなくてタマと一緒に周り始めたポチに加えて、リザも肉祭りに興奮してきたのか尻尾をビタンビタンと床に打ち付けている。
そんなに好きか、肉。
気合いを入れる獣娘達に「頑張っておいで」と手を振って見送る。
カリナ嬢に引きずられるエリーナ達が少し哀れだが、肉祭りには彼女達も招いてあげるから頑張れと激励しておいた。
◇
「サトゥーさん、今日は良い天気ですね」
「はい、珍しく雲が出ていて過ごしやすい日差しですね」
ゼナさん達迷宮選抜隊が宿舎にしている屋敷に迎えに来たのだが、屋敷の門前で待っていたゼナさんがやけに緊張した面持ちをしていた。
はて?
今更何を緊張しているんだろう?
今日のデート用に借りた馬車から降りてゼナさんをエスコートする。
門の向こうからリリオ達や見知らぬ選抜隊員達が物見高く覗いているから、それが恥ずかしいのかもしれない。
老御者が踏み台を地面に置いて、スカート姿のゼナさんが馬車に乗り込むのをサポートしてくれている。
彼は辻馬車組合から派遣された人だが、無口で無愛想ながら丁寧な操車と意外に気が回るので、辻馬車を使うときは良く指名している。
「ゼナさん、朝ご飯は食べましたか?」
「は、はい」
話し掛けても、少し反応が遅い。
やはり、体調が悪いのだろうか?
「まだ本調子で無いなら、出かけるのは又にしますか?」
「いえ、大丈夫です」
あまり大丈夫そうに見えないし、少し景色の良い場所でリフレッシュして貰おう。
老御者に蔦の館前の公園に向かうように指示した。
◇
「この都市に、こんなに豊かな自然があるなんて知りませんでした」
「この近くにはエルフの賢者と呼ばれる方が作った、水源を地表にくみ上げるための施設があるんです。その余録で自然が豊かなのだそうですよ」
公園の樹木や芝生を見て目を細めるゼナさんに、レリリルから聞いた話を語る。
実際には水源だけでなく、地脈から「魔素」も吸い上げているらしい。
それはともかく、ゼナさんの元気が戻ったようなので、ここを少し散策しよう。
老御者に言って、公園の入り口付近の草地に馬車を止めて貰う。
「少し散歩しませんか?」
「はい、喜んで」
「ここの散歩道は涼しいから、きっと気分が良くなりますよ」
オレは老御者に待つように告げて、ゼナさんの手を取って木陰の小道をゆったりと散策する。
「サトゥーさん……」
「はい」
オレの名前を呼んでは口ごもるゼナさんに先を急かす事をせずに、ただ相づちを打って彼女の中の言葉が纏まるのを待つ。
ここは朝露の気化熱のお陰か、とても涼しい。
それに、木々の間から聞こえる小鳥のさえずりが耳に優しい。
「あのっ、サトゥーさんは、セーリュー市にいた頃から、そのっ、貴族だったんですか?」
「いえ、あの頃は普通に平民ですよ」
それが聞きたかった事だったのか、オレの答えを聞いてゼナさんの肩から力が抜ける。
そんなに重要な事でもないよね?
盗賊から貴族一家を助けた縁でムーノ男爵を訪ねる事になり、その時にリザ達の活躍でムーノ市を襲った魔物を撃退し、男爵からの褒美として士爵位を賜ったのだと手短に語った。
「……それで、あの綺麗な方は?」
ゼナさんが会った中で「綺麗」と表現する相手と言えばカリナ嬢とかナナあたりかな?
カリナ嬢については紹介前だったし、多分、彼女の事だろう。
そう当たりを付けて説明する。
「金髪巻き毛の女性ですか?」
「は、はい」
「あの方はカリナ様と言って、ムーノ男爵のご令嬢です。前々から迷宮都市に来たがっていたので、今頃はリザ達に案内されて迷宮探索を堪能してらっしゃると思いますよ」
男爵令嬢が迷宮探査というのが意外だったのか、ゼナさんが怪訝な表情になった。
「勇者の従者になるのが夢だと仰ってましたから強くなりたいのでしょう」
「それ、判ります!」
判っちゃうのか……。
案外、ゼナさんとカリナ嬢って嗜好が似ているのかも。
◇
半時間ほど散歩しながら、ミーアやナナとの出会いを語る。
もちろん、「トラザユーヤの迷路」や「不死の王ゼン」の話をするわけにもいかないので、当たり障りのない内容に修正してある。
その途中で、ゼナさんのお腹が小さく鳴るのが聞こえた。
やはり朝食を食べていなかったのだろう。
この先の樹間にタマの昼寝スポットがあったはずだ。
今日はそこでお弁当を食べる事にしよう。
小道からは見えないが、細い獣道を少し進むだけでタマの昼寝スペースに辿り着く。
木漏れ日の間を小さな蝶が飛び、枝の陰からリスのような小動物が顔を覗かせる。
なかなか心休まる空間だ。
草地に腰掛けるためのシートを敷いて、今朝お弁当に作ってきたサンドイッチとクジラの唐揚げセットを取り出す。
飲み物には、レモン水に蜂蜜を溶いた物を用意した。レモン水といってもレモンっぽい味のハンドボールくらいの果物の果汁を使った物だ。
「あの、サトゥーさんは『宝物庫』のスキルを持っているんですか?」
「この鞄が魔法の品なんですよ。『宝物庫』みたいに沢山の品を軽々と運べるんです」
「凄いですね。絵本の中の魔法使いみたいです」
しきりに感心した様子を見せるゼナさんに、魔法の鞄を渡して自由に触らせてあげる。
セーリュー市に居た頃は秘匿していたが、迷宮都市に着いてからは皆の妖精鞄のカモフラージュ代わりに普通に使っていたから見せても問題ない。
意外なことに、赤鉄証が不心得者を退ける虫除けにでもなったのか、この鞄を盗もうとする者は現れなかった。
「さあ、食べましょうか」
ゼナさんに手製の紙ナプキンを渡して、サンドイッチの食べ方を教える。
サンドイッチは紙ナプキンで包んで手掴みだが、唐揚げにはちゃんとフォークを2本付けてある。
「白パンですか? こんなに薄くて柔らかいのは初めて見ました」
「白パンの一種ですが、食パンという種類のものなんです」
この食パンはアリサの強い要望を叶えるために作った。
パン酵母自体は王都で手に入ったのだが、食パンらしさを出すのに半月もかかってしまった。
アリサは完成した食パンを咥えて「遅刻、遅刻」と言いながら廊下を走って、リザとルルだけでなくミテルナ女史にまで怒られていた。
元ネタは判るが、何をしたかったのやら。
「この唐揚げは、そのまま食べても良いですが、こちらの赤いソースか黄色いソースに付けて食べるともっと美味しいですよ」
赤い方が少し甘めのトマトソース、黄色いのが少し辛いマスタードソースだ。
サンドイッチは、タマゴサンドとチーズ&ハムサンドの2種類を用意した。
ツナフレークも用意したかったのだが、あの独特のフレーク感が試食して貰った屋敷のメイド達に不評だったので、今回は見送った。
「おいしっ」
サンドイッチを小さく囓ったゼナさんが、一言呟いて絶句する。
こういう反応を見るのは久々だ。
「すごく美味しいです。こっちの赤いのは唐辛子かと思ったんですけど甘いんですね」
「はい、それは公都方面の名産でトマトという実から作った調味料だそうです」
サンドイッチや唐揚げはゼナさんの口にあったらしく、瞬く間に彼女のお腹の中へ消えていった。
少し遅めの朝食を食べながら、ゼナさんに公都での工房訪問や公爵の城でのティスラード卿の結婚式の模様を面白おかしく聞かせた。
結婚式の最後を飾った花火の話になると、ゼナさんが、うっとりした表情で「素敵ですね」と心底羨ましそうに吐息を漏らす。
その仕草が可愛かったので、つい、ゼナさんに今度花火を見せる約束をしてしまった。
アリサに頼むのも悪いので、花火を打ち上げる魔法道具をもう一度作るとしよう。
すっかり元気になったゼナさんを連れ、公園を後にした。
次回更新は3/18(火)です。
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デスマ1巻発売まで、あと3日です!
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